初めての火の国
2012年 12月 03日
週末、合唱団とのお仕事で熊本へ。
小雨の羽田、8時15分発熊本行き。新しいD滑走路まではバスなのだが、搭乗前に皆が「787、すっげ〜」と写真を撮りまくっていたので、何だかわからないけど一応撮っといた(笑)。
ボーイング787ドリームライナー。後で調べたら、な〜るほど「中型機なのに航続時間が長い」ので国際線でもOK、という新型の優れものらしい。
乗ってみたら、窓が電子カーテンだったり、トイレが温水便座付きだったり、いいことはいっぱい。だが唯一不満だったのは、エコノミーの椅子のリクライニングが背もたれは倒れず、座席部分のみが前にスライドできるだけという、あんまり「リクライニング」じゃない感じ。天井は高くなったというのに、まだちょっと圧迫感がある。隣りのオジサンもCAさんに文句いってたな(苦笑)。
空港には合唱団(スコラカントールム熊本)の方がお迎えに来て下さってて、車で市内へ。
今回のリハは2月の本番を行う日本ルーテル福音健軍教会。高い天井とステンドグラスが印象的。ガルニエのポジティフを使ってシュッツ、バッハ、ブルックナーを練習。
午後遅く、今度はチェンバロのある市内のお寺に移動。これも本番使わせていただく久保田さんのフレミッシュ。最近時々あるが、お寺の本堂にチェンバロって本当に似合う。
ここではモンテヴェルディを練習。
練習後、団員の皆さん、指揮の雨森先生とご一緒にお食事。楽しい時間を過ごす。
翌朝早起きし、ホテルの朝食をとりながら見事に雨が降りしきる外を眺めやる。ま、雨だって構わない。かねてから訪ねたいと思っていた藤崎八旛宮を目指すが、その前にホテル近くの手取天満宮に寄る。大通りに向かって大きな赤い鳥居が建ち、そこからまっすぐ奥にある趣のある菅原神社だ。
ご神木の立派な銀杏が美しい。
今は静かだが、さすがに受験シーズンには賑わうらしい。
「あせかき地蔵堂」、これは長安寺というお寺がここにあった名残らしい。国内に天変地異が起きた時にこの阿弥陀如来様がどうにか皆を救おうと汗をふきながら力を尽くされるので、この石が濡れる、という言い伝え。
雨の中、てくてく歩くこと20分ほどで藤崎八幡宮へ。
毎週欠かさずみている大好きな番組「GRACE OF JAPAN」で数週間前にやったばかりのお宮なので、楽しみにしていた。お〜、テレビで見たこの光景!
八旛宮の「まん」の字は写真のとおり「方」ヘンのこの字。後奈良天皇の勅額の通りになっているとのこと。熊本城の鎮守だった由緒あるお宮。
935年に朱雀天皇が、九州鎮護のために京都の岩清水八幡宮から分祀したと言われている。もともと熊本城のある茶臼山にあったけど、お城同様西南戦争で破壊され、神社は今の地に移されたという。
大通りに面した大きな鳥居からまっすぐに、松が植えられた参道が延びる。雨の日曜午前中、人も少なく静か。
立派な二の鳥居と楼門をくぐると、正面に拝殿。そして奥に申殿(もうすでん=宮司が祝詞を奏上するところ)と本殿。
ただあまりに雨が冷たく寒かったせいもあって、摂末社を細かくみるのをすっかり忘れてしまい、肝心の「藤井恒社」を見損なってしまったな〜、「藤崎」の名前の由来なのに(藤崎宮の社紋は下がり藤)。回廊に続いてある神楽殿は見られたけど、能楽殿は閉まっていて見えなかった。お天気がよかったら、元あった場所の楠も見に行きたかったな・・・次回いこっと。
さて、引き返していざお城へ。
地図でみるとけっこうありそうだが、歩いてみるとそうでもない。
歩いてみて、この街の大きさの感覚にちょっとした懐かしさを感じて気づいた。そう、ヴュルツブルクの感じ(笑)。おそらく熊本のほうがちょっと大きいとは思うけど、川があって山があって、山の上にお城があって・・・なんか似てる気がした。
須戸口門から入るころ、どしゃぶりに近くなる。係の人に効率よい巡り方を教えて頂いて中へ。
そびえる石垣を見上げながら、とりあえず天守閣を目指す。
わざわざ歩きにくくバラバラなサイズに作られた階段。見た目には芸術的だ。
この入り口を入ると急に中が近代的になる。
ポイントポイントに、あ、テレビでよく各地のお城の紹介するときにみるコスプレした戦国武将さんたちが・・。これが「おもてなし隊」かあ、なるほど〜。武将っぽい話し言葉を崩さないまま、観光客の通行整理をしたり、坂を登るお年寄りの手をひいたり、雨のなか甲斐甲斐しく働いていた。
(しかし、それとは別に所謂「コスプレ」軍団の若い女子たちの集団が、かなりの数お城の各所で『撮影会』をやってたのは個人的には残念だったな。誰にでも開放されてる場所なのだから誰が来てもいいんだけど、見学のためのスペースや通路を大量の荷物で塞いだり、撮影のために広がって邪魔になったり、キャーキャー騒いだり、かなり迷惑だったのも事実。何とかならないのかな、あれは。おもてなし隊の武将さんたちは、優しく注意してはいたけれど)
さあ、辿り着いたよ。
おっきい。お城の下に樹などがなくだだっぴろいので余計「そびえてる感」が大きい。
再建されたこの天守閣の中は各階展示になっていて、お城の模型、各時代のお城や熊本の歴史がわかるようになっていて、展示以外は撮影OK。
もともとこの位置にあったというトイレ・・・っていうより「雪隠」っていったほうがしっくりくるな(笑)。
展示に隙間からこんな眺めも。
最上階からの眺めは、雨でもなかなかだ。東西南北、さすがの見渡し。
すぐ眼下では、まだ修復が進んでるのが見える。
天守閣から降り、本丸御殿を見にゆく。ここは行政と生活の空間だったところ。
復元が3年前に完成したばかりのピカピカの御殿には、靴を脱いであがる。新しい木材や畳の香りがいい。
台所。
ところどころに風情ある屏風など。
視界が開けたところにこの風景。近くにいたおばさま達が「あ〜、これよこれ、よくあるじゃない、こっちから向こうまでパンパンパンって襖開けながら進んでいくやつよ〜!」と興奮していた(笑)。そうそう。
奥へ向かって鶴、桜、桐、若松・・・と名づけられた広間が続く。
そして見事だったのは縁側。ここからは市中を一望できる。
「広縁」「落ち縁」「濡れ縁」の3段から成る縁側。「濡れ縁」しかない実家の縁側をな〜んとなく思い出していた(笑)。小さい頃は意味もわからず「ぬれえん」と呼んでいたっけな。歩きごこちが素晴らしい。歩いただけで、それがどんなにいい木なのか素人にもわかるくらい。
そして観光客皆が目指す、話題の一番奥の広間「昭君之間」。莫大な予算をかけて復元された豪華な装飾。係の人に訊いたら、手前の広間もそのうちにその名の通りの装飾が施される予定はあるというが、ただ予算が・・・とのこと。100年後でも、いつか全てが描かれるといいですね。
そして、この欄間にも力が注がれているとのことだった。光と影さえも計算され尽くした美しい細工。
茶室。
扉絵。
御殿から出て、止まぬ雨のなか宇土櫓に向かう。
ちょっとした石垣も、雨のお陰で違った顔になっている。
途中「首掛け石」や「地図石」などのスポットも通過。
本丸天守閣は、後ろから見ても壮大。傘も気にせず、顔が濡れるのも忘れて思わず見上げてしまう。
さあ、宇土櫓に着いたよ。
ここには殆ど人が居ない。寒い中、入り口の係のオジサンたちが傘と靴用のビニール袋を手にお客さんが来るのを待っていた。
(つづく)