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音と身体

先日こんなイベントを見てきた。
ダンサーの大前光市さんと作曲家の藤倉大さんの対談。

12/1に芸大奏楽堂で、このお二人による「七感で楽しむシアター」というステージが企画されているそうで、今回はそのために彼らが作品を作っていくプロセスを単に公開しちゃおう、みたいな、一応学生たちには授業というスタイルになってた。
コンサートは公開だが、この対談は学内限定。
正直「対談」というより、2人の打ち合わせを側で黙って聴いてる、という感じ😅
当然「音楽と身体性」なんてタイトルとは程遠く…

予めご本人たちが半分くらい決めた残りの部分を相談して完成させてしまおうという手筈。
予定の90分を軽く超えて2時間強で話し合いはひとまず一段落、ザックリとした輪郭ができた模様。

印象としては、藤倉さんが既成の手持ち自作曲を次から次へとかけまくって(笑)「これどうですか?」「こんな感じですか?」と、大前さんのイメージに合わせていきながら使用曲を決定、その場で継ぎ接ぎ編集もしちゃう、という作業。
作曲家にしては?かなり饒舌な方で、しかもご自分の作品を出来るだけ多く私たちに聞いてほしい!という熱意と意欲が凄すぎて圧倒され気味…
(他の人の作品を良いと思わないので全く興味がないそうです→演奏家もわりとそうだからよくわかるんだけど、ご自分の曲かけながらガンガン言われちゃうと学生ちょっと引いちゃう😅)

ここ数年、ダンサーの近藤良平さんと同様なコラボレーションをする機会をいただいてきたので、いったい他の音楽家とダンサーはどうやって作品作っていくんだろう…という興味深々で参加してみたんだけど。

大前さんはやっぱり「身体の人」らしく、言葉で多くを語らず、どちらかといえば寡黙に近く落ち着いた印象。落ち着き…というより、頭や身体の中で何かをじっくり熟考している感じ。アイデアやイメージや、どうしてもやりたいことなどがハッキリ強くある、または湧き出てくるみたいで、それが言葉になると非常にハッキリ要求される。
藤倉さんが矢継ぎ早に自作曲を鳴らすと、それぞれに、座ったまま自然に腕や脚が小さく踊る。そしてご自分のイメージとあうかどうかを確かめてゆく。

藤倉さんの曲は初めて聴いたのだけれど、この日だけの印象では、どの曲も比較的小さい単位が基礎にあって、その重なりや大きさで尺や量が変わってくる…ようだと思った。
たまたまこの日使われた曲がそうだったのかもしれないけれど、息の長い横線や、粘りや、長い沈黙などはあまり傾向ではないのかなと。
なので「ミニマルミュージックは大嫌いなんです」と仰ってたのがちょっと意外だった。尤もたしかに、単位が小さくても「繰り返し」要素はあまり無いようだったかな。
「散りばめられてる」美しさがあったですね。
演奏家はまずそうなんだけど(笑)やはりご本人の「話し方」って作品の傾向と一致するのかもしれない…

「僕もずいぶんダンサーの人とコラボしてきたんでだんだんわかってきたんですよ。
ダンスの人に音楽を提供する時は、絶対コラージュの方がいいんです。あらかじめできてる曲の方がイメージが作りやすいみたいなんです」って仰ってたけど、これにはちょっと違和感(んー、T河原さんとかがそうだったのかな…)。
だってそれだと、まず音楽が先にあって、それを提供して、ダンサーはその制限された(与えられた)範囲で作らなきゃならなくなるよね…
ダンサー側からのゼロ地点からの要求、欲求、インスピレーション、発想は???
どちらかが先に、上に立つのではない、向き合って同時スタート!のほうが対等な気がするけどな。

今回「皆さんのアイデアもぜひ!」と、特に大前さんが呼びかけてくださったのだが、残念ながらフロアから発言できるようなスキは全く無く😅
じつは、聞いているうちにひとつ「声は全く使わないのかな」という疑問が湧いて。
音楽側の出演者はすべて器楽奏者なので藤倉さんの曲部分はそれでいいと思うんだけど、大前さんが無音の部分で強くやりたがっていた「第六感以上」の観点から、そして聴覚障害や視覚障害の子どもたちも客席やステージにいるという前提だったので、彼らの「声」や「息」なんかも使ったらどうかなー?なんて思ったんだよね。
「風」は使うようだったから。

「ダンサーって何故かみんな『無音』で踊りたがるんですよね」って藤倉さんが言ってたけど、観てる方もさすがに全部音に埋め尽くされていたら苦しいと思う。特に藤倉さんの作品みたいな饒舌な場合は。

しかし、作曲家がPC使うなんてもう当たり前の日常なんだけど、ああいう作品作りの時はその場であっという間に切り貼りできたり、付け足したりできるのはさすがに便利だよねー、ストレスフリー!
私なんていつも近藤さんを横に、五線紙バッサバサ消しゴムごしごし…あたふただから。
昭和メモ世代は困るわ😅

けど、スリムなMacを10本の指でスピーディに操る藤倉さんの正面で、大前さんが机の上に広げた1冊のリングノートに時おり鉛筆でサラサラっと大きな字でメモされていたのを見て、ちょっとホッとして、思わず微笑んでしまった。
それが近藤さんとおんなじだったから(笑)

途中大前さんが、ペットボトルの水を目の高さでグラスに注ぐその動きと水のスピードが、あまりにも美しくて見惚れてしまった。
それが一番貴重なシーンだったかな☺️

あ。
あと、ついぞ一度も入ったことがなかった「謎のプラネタリウム」に、初めて足を踏み入れました。
30年大学にいても、まだ行ったことない所いっぱいある…
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by saskia1217 | 2019-05-31 19:41 | 感じろ、考えろ、思え! | Comments(0)

言葉としるし

昨年に続き2度目の参加、晴佐久昌英神父講演会@上智。
今年のテーマは、今秋来日予定のローマ教皇フランシスコ。

教皇様のその型破りな姿勢、お働きと信念は、カトリックでない私でも聞いたことがある。
ご自分の誕生日に真っ先に招待したのがサン・ピエトロ広場のホームレスだったり、洗足木曜日に最初に足を洗い接吻したのがイスラム教徒の少女だったり、バチカン宮殿内でなく質素なホテルに住まわれたり…
とにかく「行動の方」なんだなと。

今日、晴佐久神父が強調されたのは、その行動についての「優先順位を間違えない」こと。
今、最初にするべきことはなにか、会うべき人は誰か、行くべきところはどこか。
教皇ご自身の「虚しい言葉ではなく、行動すること」の言葉どおり、有言実行されてる。
本当に素晴らしい方なんだなぁ。
以前からの願いでいらしたという来日が楽しみ。
ぜひお話をきいてみたい。
(カトリックの情報はなかなか入ってこないからなー😢マメにチェックしないと)

様々な、楽しくわかりやすく、また心に沁みる話題であっという間の2時間。
休憩時間に会場から受けたという「死への不安」「日常しょっちゅう襲ってくる虚しさ」についてのお答え。
「悩みや苦しみがある時は、できれば他人を喜ばせてみよう。多くの場合はその悩みは吹っ飛びます」
これは、神父様がいつもなさってるホームレスの方との食事会を通した交流で実感されたことから。
それが「慈善」でも「人助け」でも「NPO」でもない「当たり前の普通のこと」とされているところが素晴らしい。

また「『人が1人でいるのは良くない』←創世記、というのは本当。誰かと楽しくわいわい食事をしているときに誰もあー死んだらどうしよう!人生とは?なんて思わないでしょう?」
たしかにね。

今朝、自分の教会の礼拝で、席に座るいろんな方々の姿を見ながらちょっと感無量になったりしたことと少しリンクしたりした。
今日は神父様の言葉にも、ほんの少し背中を押して頂いた、いい時間だった。
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by saskia1217 | 2019-05-26 22:37 | 感じろ、考えろ、思え! | Comments(0)

鐘の話

留学で初めて外国、ドイツに降り立ち暮らし始めたとき、たくさんの驚いたことのなかで一番の衝撃だったのは、音。
なかでも強烈だったのは、鳥の声と鐘の音。

ルネサンス、バロックから現代に至るまで、西洋音楽には鐘を題材にした曲はわんさか(ブル、マレ、シューマン、ヴォルフ…)あって、それを演奏するときは録音や動画で知るかぎりの鐘のイメージをフル動員して弾いてたわけだが。
西洋の鐘は「速く」「複数が同時に重なって」鳴る、それは知識としては知っていたけど。

8年住んだ第2の故郷ヴュルツブルクは昔司教座があった街だったから、もう3軒おきに教会という「ザ・カトリック」、鐘の数も半端ない。
15分ごとの時報、ミサの始まりや終わりの「お知らせ」、結婚式の時の華やかな鳴り方、お葬式の時の途切れ途切れの哀悼の音…
鳴り始めのドキドキ、鳴り終わりの名残惜しそうな寂しさ。

街中から音大へと抜ける小さな路地はちょうど、街一番の大聖堂キリアン・ドームの真下にあって、そこを通っている最中に突然頭上で大音響で鐘が鳴り出すことがよくあった。
録音では到底知り得ないリアルな鐘の音は、耳への衝撃というより全身、五臓六腑まで食い込んでくる振動、そして倍音。
まさに「波に包まれる」感じ。
時には小走りで通り過ぎたくなるほどの「掴まれた感」😅

高いところが好きな私は、ヨーロッパ各地の街を訪ねると、必ず街で一番大きい教会の尖塔に昇る。
昇っている最中や昇りきったところで、ちょうど時報!目の前で自分の身長より大きい鐘が左右に揺れ割れるような音が鳴る…
微妙に「鐘違い」だが、ベルギーで触らせてもらったカリヨンも身体に直接感じて面白かったなぁ…

鐘の思い出は尽きない😅🔔
日本の鐘も大好きだけど、最近では「お寺の鐘がうるさい」とか、関口のカテドラルもせっかくケルンから贈られた素晴らしい音のする鐘が大音量すぎるからと、わざわざ録音したものを使っていたりとか。
残念すぎる。

洋の東西を問わず、鐘には必ず、悲しい歴史や輝かしい栄光が宿ってる。
そしてその音は、何かを伝えたり、想起させたり、考えさせたり、落ち着かせたり。
音のチカラは、日々のなかにあって支えるチカラなんじゃないか?
ときには福音、法話…に一瞬でとって替われるほどのチカラを宿してるような気がする。

ちなみに。
私の目覚ましの音はiPhoneの「鐘の音」🔔
入ってるのはもちろん「西洋の鐘」
日本の鐘じゃ起きられない笑
(日本の鐘は坐禅アプリに入ってます😆)

by saskia1217 | 2019-05-26 19:25 | 感じろ、考えろ、思え! | Comments(0)

今夜君はお風呂でハレルヤ!

青山学院のチャペル・ウィーク最終日の礼拝説教を担当された関野和寛牧師に同行。

一般総合大学、ましてやミッションスクールなんて滅多に足を踏み入れたことがない(東京女子大は仕事で毎年何度か伺うが、あそこは女子大だからまたある意味ちょっと違う)
友人、先輩、先生、教会、教え子…など、めちゃめちゃ青学出身・関係者が多いのに😅中に入ったのは初めて(もしくは遙か遙か大昔)
雰囲気、空気、景色…全てがキラキラな「ザ・青春」で、正門からガウチャー礼拝堂までの数分でクラクラ✨

構内にチャペルがあるっていいねー⛪️
なんか風景が優しく締まる。
毎日通ってると当たり前になっちゃう存在なのかな。
でも馴染むうちに何かにつけ入って、それが普通になったら素敵だよね。

今日集まった学生さんたち、この礼拝は授業の出席扱いになるそうで、スタッフの先生方に誘導されながら(うちの大学ではまず見られない光景でちょっとビックリ😳)整然と、お行儀よく、(見たところ)テンション高くも低くもないクールな様子で、端からズラッと着席。

礼拝開始直後の賛美歌では「おいおい、誰か1人くらいは歌ってんのかーっ⁉️」ってくらいの声に苦笑😅
普通の大学生ってあれくらいが普通なのか…!
賛美歌は音大か教会でしか聞いたことなかったから、なかなかのショック。

司式の先生が関野牧師を紹介、「ふーん誰アレ」な空気の学生さん達に、ベースを手に何も言わずいきなり語りかけだした関野先生。
あの、祭服にベースに足元のエフェクター、私なんかはもう見慣れちゃったけど😆彼らにとってはやはり興味津々なんだろう、皆が段々ステージに引っ張られていくのがわかる。

クイーンの映画の話から、十八番のWe will rock youに流れ込み、学生たちを立たせて足踏みと手拍子で盛り上げていく。
「おもしれー」「結構楽しくね?」「いーのかよ、こんなノラされちゃって」なんて男子学生の声が後ろから聞こえてきて笑。

激しいナンバーからスルッとダビデ王の話へ…からの、静かなバラードハレルヤ。聴き入る学生たち。促されて次第に一緒に歌いはじめる。
20分前には何ら感情的なものが見られなかった彼らが、話のあちこちに声を出して笑う。

大学生ならではの、あの年齢ならではの悩み、苦しみ、もがき…それを全て受け止め包んでくれる「チャペル」
最後にその全ての為に関野先生が祈ると、男の子も女の子も礼拝堂いっぱいに響く大声で合わせた「アーメン」

私にとっては新鮮な環境、シーン…
そう、どこの学生も同じなんだろうな、おじさんおばさんから見える外見だけからではわからない、本当は柔らかくて、感度が良くて、力に満ちた内面。
それを開き、自分から歩き出す最初の一歩のために手を取ってあげる。

素晴らしい牧師とは、ときに素晴らしいパフォーマーであり、ときに素晴らしい教員でもあり、そしてなにより誰にとっても素晴らしい「ただの一友人」である…のかもしれない。
礼拝後、キラッキラの目をした何人もの学生さん達に囲まれてた関野先生を見て、そんなことを思っていた。
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by saskia1217 | 2019-05-19 23:31 | 感じろ、考えろ、思え! | Comments(2)

コンドルズなバッハ

バッハ率が高かったコンドルズ公演@さい芸。
クラシック使用は珍しくはないけど、今回はモーツァルトのピアノ協奏曲「戴冠式」2楽章も含め、どれも極めて長尺使用!

ブランデン5番はまぁ置いといて(ちょっと嬉しい…宮本さんがソロ曲でチェンバロ音使ってくれたくらいは嬉しい😅)
マタイ受難曲最終合唱フル使用!で、金色レオタードの石渕さんが黒学ランにリフトされながら、時々十字架型になるという…
マジ作品…でいいんだよね?
これマジなのね?
マジで観ちゃって正解なのね?😅

…ってどんだけ失礼なの!
コンドルズだってリアルコンテンポラリーやるわ、時々は!
(ボス曰く正解😆
マタイ全部聴いてチョイスされたと!👍)
しかも同じく「金の石渕」でモーセの海割りが続くとか…
この復活節に、どうしたんだコンドルズ(笑)⁉️

今年もまた、さい芸でしかできないステージの使い方、1階の私はとても楽しめました。
昨日1階、今日2階で観たお友達は「今日答え合わせできたー」と言ってました(笑)
奈落落としっぱなしの前半。
ラスト、近藤さん1人を置いて逆光のなか奥行きの果てまで去ってゆくメンバー。
観ている方はほんと夢みたいに楽しい。

今朝ちょっとした不意打ちがあって、悲しいというより顔面蒼白、奈落へドーン的なまま劇場に足を運んだのだったけど。
大抵のことでは落ちない楽観主義者だが、それでも沈みそうになる時も稀にあって、そんな時は「ちゃんとしなきゃ」という自己防衛力が働いて、ダメになりそうなポイントをごまかしはぐらかしちゃってるらしく、自分の本当の気持ちがわからなくなる(…ということに今日気づいた)
だから激しくてカッコイイ群舞みてるのに、何故か不覚にもポロポロ💧
何かを得ようとか、慰めてもらおうとか、そんなふうにコンドルズを観たことは今まで一度もなかったけど、そんな自分の意識界とぜーんぜん違うフィールドで、ちょびっと引き戻してもらうことはできるんだなぁ。
頼ってもいいのかな。
助けてもらってもいいのかな。
ほら、いつもならそういうの、好きじゃないからさ。
たまには…いっか😌

「彩の国さいたま芸術劇場」は、私の一番好きな劇場。
えー今年25周年?
こないだ20周年で、良平さん有吾さんと書いたり弾いたり舞ったり😆したばかりなのに。
あれからもう5年て…

コンドルズは、持続し変化し、蓄えて爆発し生み出し続けてる。
さて、わたしはどうだろう…
目指せ、使い尽くす人生❗
️新しい季節へキミと❗️
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by saskia1217 | 2019-05-12 22:34 | コンドルズ | Comments(0)

銀座で出会えた

超久しぶりに教文館行ったらカフェが出来てた😳
そっか、改装してから行ってなかったな。
でもって、ドイツ直輸入のルター関連グッズが全部半額だった!(笑)😅
もしや宗教改革500年記念から売ってるのだろうか…😅
家紋マグネットとか顔ローソクとか所縁の地PCパッドとかあったよ…みんな買ってあげて〜笑

プレゼントを買いに行ったのだけど、長いこと気になっていたもの、自分のお買いものをしてしまった。
もうだいぶ前、好きな番組「こころの時代」で知った本田哲郎神父の私訳の聖書。
そのドキュメンタリーでは、あいりん地区で活動される本田神父の日常と、なぜ聖書の訳に取り組まれたのか、その信念と実際の方法が紹介されていた。
翻訳というのはどの書物でも、その経緯如何で、出来上がったものが色々な姿になる。
本田神父は釜ヶ崎の労働者の人たちとミサを共にする生活のなかで「私たち日本人にピンとくる聖書が欲しい」と願い続け、それを念頭に原語から直接訳すことを試みられたという。
番組は何気なく見ていたのだが、その聖書のことはずっと心に残っていて、いつか読んでみたいという思いが消えなかった。
以前ジュンク堂で一度見かけて手に取ったのだけど、その時はなんか諦めて。
今日再び手にして、やっと手元に置けることになった☺️
とりあえず4つの福音書と使徒言行録の巻を。

聖書にはいろんな訳があって、教派や教会によって考え方や姿勢も色々、また学者や研究者が賛否両論、というのはなんとなーく聞いてるけど、自分が所属する(っていう言い方好きじゃないけど😅)教派教会の指針も知りつつ、でも何かに偏るのでもなく様々知ってみて味わうのは素敵なんじゃないかと思う。
ちなみに昔友人からプレゼントで頂いたフランシスコ会訳新約聖書の文も好き。

ゆっくり読むの、楽しみ!
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by saskia1217 | 2019-05-07 20:23 | 感じろ、考えろ、思え! | Comments(0)

GW散歩

まだ一度も行ったことがないところに散歩に出るのが好き。
定番コースはそれはそれで、お店のディスプレイが変わったり、新しい建物が段々できていったり、花が咲いたり散ったり、間違い探しみたいな日々の変化が楽しいけど。

天気がいいな、と、地図をながめて家から放射状に線を伸ばしてみる。
今日は、散歩以外でもあまり行くことの無い荒川方面目指して歩く。

最短距離をまっすぐ行けば1時間10分ほどのポイントへ、寄り道しながら2時間ほど歩いて到着。
寄り道、とは…寺、神社、教会、お地蔵さま、道祖神、花、木。

住宅地の中に突然現れた田端不動は、小さいながら迫力満点な眼力。
そのすぐ近くに田端水神稲荷神社。「みずがみ」と読むらしいが、なぜこんな水気のない所に水神様?
そうか、ずっと歩いてきたこの通りは谷田川通り。暗渠になった谷田川が流れてる。
このお社は江戸時代からあるみたい。

西日暮里から三河島、明治通りへ出て宮地、荒川へ。
左手に大きくて立派なお寺が見えたが大改修中なので立ち寄るのはやめておいた。
真言宗豊山派の観音寺、豊島の札所らしい。

次に通り掛かった浄土宗のお寺、法界寺。
入ってみると目に御利益のある長盛薬師如来様の小さいお堂が。他にも古い石仏がたくさん。
お墓まいりの方が一人二人、大通りに面しているけれど静かな境内。

その先が荒川三峰神社、耳に御利益のある袈裟塚耳無不動様が有名。
同じ大通りに面した商店が立ち並ぶ中に突然現れる無人の小さな神社。手水舎はホースから水を(笑)
すぐ裏は住宅や大きなマンション、囲まれている谷みたいな感じだ。大きな銀杏の木の若い緑が美しい。
迫力のお不動様には左耳がない。ここで祈願して耳の病が治った人たちが、穴をあけたお茶碗や湯呑みをお礼参りに納める習わしがあるそうで、カラフルな食器が山積みに。
以前訪ねたどこかの神社も、やっぱり治癒した御礼が穴をあけたお椀だったっけ。
三峰さんはお狐さんがいたからお稲荷さんなんだね。

そのまま通りを区役所方向に向かうと、学生時代自主企画でオペラを上演した懐かしいサンパール荒川が見えてきた。
そのちょうど向いあたりに大きなカトリック教会。
カトリック三河島教会。
時々書籍でお世話になるドンボスコ会ゆかりの教会だね。
連休だし金曜日だし…と思いながら中を拝見できないかなと入っていくと入り口が開いていたので(さすがカトリック教会😌)、礼拝堂はどこかなー?と階段を上っていった。
3階!
どなたかとお会いしたらお声をかけようと思っていたが、奥で談笑が聞こえるだけでどなたもいらっしゃらず。
でも礼拝堂入り口に「どなたでも入ってお祈りください」とあったので遠慮なく☺️
木が多く使われたぬくもりのある礼拝堂、後方には年代を感じるパイプオルガン。
しばらく座って黙想させていただき、どなたにも行き会わずに!再び外へ。

歩き出すとほどなく、警察署の隣に交通安全のお地蔵さまが!
なかなか大きく立派で、目鼻立ちもハッキリ、なんだかしっかり見張っていて下さりそうな感じ。

都電の駅前近くに区役所、ホール、警察、消防、公園、教会、お寺、神社、バス停…
なかなか面白い界隈。
帰りはノンビリ都電で…のはずが、さすがGW、物凄い満員電車。
帰りの車窓からは荒川自然公園や尾久八幡神社など、降りて楽しみたいスポットが。
また次の楽しみに!😊
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by saskia1217 | 2019-05-03 21:02 | 感じろ、考えろ、思え! | Comments(0)

今日もまた日が昇る・・出かけてゆこう!


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