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10時25分くらいに御供所の前に行くと、数人がその時を見ようと待っていた。

時々薄く戸が開いて、中からお坊さんたちが外の様子を伺ったりしている。

雨がまた強くなって来た。

時間ピッタリに戸が開き、中でお食事を入れて担ぐ箱にビニールの掛物をしているのが見える(雨なので)。

維那と呼ばれる非常に名誉あるお仕事を担うお坊さんが先導され、後から2人の若いお坊さんが箱を担ぎ、履物を履き、傘を指して出てこられる。

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すぐ傍にある嘗試(あじみ=味見)地蔵を拝んで毒味をしていただいてから、3人は御廟橋に向かって歩き出す。

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全てがスムーズにあっという間に行われる。

何度も何度もテレビで見て来た光景、目の前でそれが行われているのが夢のようだった。

橋へ向かう箱の後を、流石にすこ~しだけ下がった位置で、そのままついて行った。

お坊さんたちと一緒に頭を下げる。

何だかちょっと畏れ多いのと、ただありがたいのとで、あっという間に灯篭堂へ着いてしまった。

御膳はそのまま中へ入っていった。

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ちょっと我に返って、灯篭堂の中へ。

御廟橋から中は撮影禁止。

灯篭堂からはお線香のいい香りと読経の声。

傘をたたんで入り、まずはご供養の申し込み。これも今回の高野山詣での目的の一つ。

昨年亡くなった父の戒名や色々を書いたものをお坊さんにお渡しし、読み方などの確認。

灯篭堂での法要は約1時間おき、10時20分からの回はすでに始まっていて今から途中参加できますよ、と言われたが、せっかくなのでゆったりご供養したく、11時30分まで拝観しながら待つことにした。


灯篭堂の中は薄暗いが、天井いっぱいに下がった灯篭や、たくさんの灯明の灯りでちょうどいい暗さ。

人も少なかったし、さすがにここは静かな空間。

厳粛というよりも温かい静けさ。

ちょうど雨が強くなって来て、まるで豪雨のような音になってきたが、ここにいると不思議と守られているような包まれているような安心感があった。

お守りはここで購めるつもりだったので、ゆっくりと見て回る。

「共生」という、御廟の檜皮葺を葺き替えた際に出た木の皮をお守りにしたものを、家族や友人のために。

読経をしばらく聞いてから、外へ回って裏側の御廟へ。

外側にもたくさんの灯篭。そしてたくさんの花、ろうそく、お線香。

手を合わせる人たち。読経する人たち。

冷たい雨に囲まれて、ちらっと見える御廟の屋根をいつまでも見つめる。

そうか、ここにいらっしゃるのか。

こちらに向かって座っていらっしゃるのか。

雨だからお出かけせずにここにいてくださっているのかな・・・


腰掛けてそんな光景をぼーっと眺めていたら、ある方からメールが入る。

旅行に出発する前ちょっとしたトラブルで心にずっと重く引っかかっていた件で、思いがけずポジティフな解決の知らせ。

驚いた!

よりによってこのタイミングで。

やっぱり何かの力を感じちゃうのだ。

ああ、ありがたい!とお大師さまにお礼をいう。


ぐるっとお堂の外側を周り、地下に降りてゆく階段を下へ下へ。

地下にはたくさんの御遺骨、その中央にお大師様の肖像と祭壇。

大きな大きな数珠と三鈷杵。

ここはちょうど、入定された場所だという。

ここまで来て、まさに、そこにいらっしゃる実感があった。

相対している感覚。

見てくださっている感覚。


一人、般若心経を静かに唱える女性。

その後ろに、しばらくの間立ち尽くしていた。


お堂の中に戻り、法要に参加。

1時間ほどの法要、とてもいい声のお坊さん。

一緒に参列したのは4組ほど。

それぞれ読み上げてくださる時に前へ進みでてお焼香。

ふと、父も確かにここに居るような感じがした。

般若心経と「南無大師金剛遍照」を共に唱和する。

ただただありがたく、父のことも、ご先祖さまのことも、家族のことも友人のことも、一つ一つに思いを馳せる。


法要が終わって、内壁に掲げてある僧侶の肖像についてお坊さんにお尋ねして教えていただいたり、しばし名残惜しく灯篭堂を後に。

土砂降りは続いていた。

まだ見ていなかった「弥勒石」のところへ。

小さなお堂の中に結構な大きさの石がおいてあり、格子の間から手を入れて、それを上の段まで持ち上げる。簡単に持ち上がるのは罪の軽い人、重い者は持ち上がらない

・・・のだが、石は片手では到底持ち上がらないくらいの重さで、狭い格子の間からなんとか両手を入れて持つことは出来ても、とてもとても持ち上がるものではなかった。

雨に濡れながら数分格闘したが潔く断念。

罪が軽いとは思ってないので、納得(苦笑)

まあ、石に触っただけで弥勒菩薩様のご利益があるというので、それでもう十分である。


帰り道は、もと来た道ではなく新しく出来た広い道の方を選ぶ。

企業の墓所を見たかったからだ。


護摩堂の近くにあった浅野内匠頭の墓所。

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回れ右をして川沿いの新しい砂利道を歩く。

すでに13時頃ですっかり空腹だったけど、てくてく歩く。

しらばく行くと、左手、開けた場所に英霊殿が見えてくる。

川を渡ってお参りする。

雨は緑をより美しくしてくれるのでありがたいね。

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その近くにある落(楽!)書き塚。

ここは吉本興業の芸人さんだった花菱アチャコさんの墓所。

らくがきは人を楽しくする、っていうことらしいね。

らくがきできるお墓なんて、他にないんじゃないかなあ。

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ここからずらっと企業墓所、慰霊塔が並ぶ。

コーヒーカップのucc、上島珈琲。

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労働者の姿が印象的な日産自動車。

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シャープはスピーカーの形なのかな?

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こちらはヤクルト。御影石?の色がまさにヤクルト色で一眼でわかる。

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そんな左側の変わった形の慰霊塔に見入っていたら、ふと右側の茂みの中に「親鸞聖人御墓所」の文字が・・

見ると少し上の方まで続く階段の山道が見えたので、雨と折れて散らばった枝々で滑らないよう恐る恐る登ってみたが、小さいお社が。

親鸞さんのお像も。

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宿坊にもなっている西禅院は親鸞が修行したお寺だし、ここを管理しているのはやはり所縁のあった奥の院近くの熊谷寺。

法然さんも親鸞さんも、なんかみんなここにいらっしゃるっていいなあ。

階段を下って元の広い道に降りる。


アデランス!(住人の1/3がお坊さん・・・の高野山にある、って思ったらなんとなく笑ってしまった私は不謹慎です)

お隣は福助。

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そして墓所が終わろうとするあたり、右手にあの有名な「しろあり供養塔」

やすらかに、って。

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向かいにはこちらも有名なロケット型の慰霊碑、新明和工業。

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これらは奥の院ではすでに「名所」のようになっているけれど、企業がまた新しいものを建てようとしたらまずは土地を入手しなければならず、すでに分譲で埋まっている奥の院では結構難しいと聞いた。

しかも最近ではあまり奇抜なデザインのものは減る(企業側も高野山側も)傾向にあるとか。


灯篭の行列に見送られて、さて、やっと門が見えてきた。

ここは朝足を踏み入れた一の橋ではなく、バス停や駐車場、食堂などがある中の橋。

なるほど、だからバスで着く団体さんは途中から入るから灯篭堂にすぐ着くわけですね。

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雨がまた強くなってきた。

朝からかなり歩いた。

13時半、もういい加減にお昼ごはんを食べないと午後の予定がこなせない!

で、ちょうど停まっていた高野山駅行きのバスに乗り込み、座席に座ってホッと。

街中のどこかでお昼を食べ、できれば大門あたりを見に行きたかったので、とりあえず千手院橋まで乗ることにする。

バスを降りるとすでに土砂降り。

滞在中に一度は食べに行こうと思っていた角濱ごまとうふの大門店まで歩く。

ずぶ濡れで入店、あたたかい店内、席についてやっと人間に戻れた気がした(苦笑)。

全てがお豆腐で出来ている美しい御膳、曼荼羅を模した「胎蔵界セット」を。

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(ちなみに「金剛界セット」はサイの目に区切ってあるデザイン!)

同じお豆腐をこれだけの種類の味で変化を持たせるのはすごいよね。

何よりも見た目が綺麗だし。

炊き込みご飯とお味噌汁も嬉しい。

美味しいコーヒーも味わって生き返った気分。

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今見てきたことなどをメモに書いたり、地図を見たりして過ごしていたが、土砂降りが一向に弱まらない。

スマホで雨雲レーダーを見ると、それどころがこれから酷くなっていくらしい。

仕方ない。

このまま何も見ないで午後を過ごすのも勿体ない。

お会計を済ませながら「止まないですねえ」「仕方ないので出かけてみます」「うちはずっと居ていただいて大丈夫なんですよ」と。

お店のお姉さんのちょっと困った笑顔に見送られて、土砂降りのなか店を出る。

目指していた大門はそこから数分。

本当は、高野山はここから入りたかったのだ。だって、ここが入り口でしょ?

そういえばお世話になってる松島龍戒ご住職も仰ってたな「テレビのロケなんかだと、いつもどうするか迷うんです。大門から始めるか、バスでみんなが着く千手院橋あたりから始めるか」

もっと言うなら本当は、麓の九度山から続く一番正式な参拝ルート、空海さんが辿ったとされる町石道を6時間かけて登り、この大門前に出るのが夢だったのだが。

一人で山道、時間的余裕を考えて今回は諦めたのだったが、どっちにしろ台風の影響でこの道は通行止になったままだった。

大雨の大門へ着くと、その大きな大きな門の下で雨宿りをしている外国人観光客が。


こんな天気でここまで歩いてくるなんてバカか、と半笑いで自分に問いつつ、大門を写真に収める。

昔の人は、どんな思いでこの門の前に立ったのだろうか、ワクワクして中へ歩み行ったのだろうか、ここに一歩入ったところまでしか来られなかった女性たちは、ここから外回りの女人道を目指す前にどんな思いだったのだろうか・・・

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大門のすぐ脇にも、お社に通じる道が。

ここも台風被害のため立ち入り禁止。

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しばし思いを馳せながら、町方面に引き返し、角濱ごまとうふ本舗の今度は本店に立ち寄る。

お土産は最終日の帰る直前に買う予定にしていたが、考えてみたら駅までのバスに乗るのはもっと宿近くの中心部、ちょっとしたはずれのここまでくるのは面倒だと、せっかく近くまで来たのでお豆腐だけは買ってしまうことにした。

結構な量買い込んで重い。

大雨だったが店にビニール袋がなく、紙袋が雨で破れないように腕に抱えてなんとか歩く。

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次の予定は16時半から恵光院で行われる阿字観。

恵光院はまたまたもういっぽうの端、奥の院に近い。そろそろ体力も限界に近かったが、2〜3のお寺に寄りながら歩いていけばちょうどいい時間に着きそうだ。

途中、宿坊協会兼観光案内所に寄り、ビニール袋をいくつか分けていただき、ちょっとホッとして先を急ぐ。


大師教会隣りに朱色が目立つ常喜院さんに寄り、赤いお地蔵様を拝観。

お大師様の十大弟子の一人、実恵が開いたこのお寺の地蔵堂には色々お祀りされていて、しかも音楽が流れていて(!)賑やかだ。赤地蔵として親しまれている「恵宝地蔵尊」、悪いところをさすると良くなるという「さすり地蔵尊」などたくさん。

金剛峯寺の駐車場のすぐ前、道がグッとカーブしている場所で、事故が多かったことからお地蔵さんをお祭りしたところ事故が減ったという。

お参りついでに、ずぶ濡れの荷物を拭いたり、持ち物をまとめたり。

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歩き続けて奥の院近くの成福院さんにも立ち寄る。

外から一見しただけで異国情緒を感じる八角形のお堂、摩尼宝塔。

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入り口にはエキゾチックな獅子?

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前住職がミャンマー(旧ビルマ)へ南方仏教研修のために派遣された際、太平洋戦争の戦線で悲惨な体験をされたことで、その辺りで亡くなった方たちのご供養のたえに建立されたそう。

お顔立ちが日本のとは違ってまたいい。

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天井からつる下がった大きな数珠には一つ一つ大吉とか吉とかおみくじの目が書いてあって、目をつぶって3回引っ張り、握っていた場所が結果という占いができるようになっている。

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法要で使う楽器。

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大きな仏足石。

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なんか、ネオンちかちかしてた仏様たち・・・

南方の仏教の話になると、テレビなんかでよく見るお経本てこんなだよね。

パーリ語で書かれたものとかこんな感じだったな。

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ビルマの楽器たち。

またしてもだぁれもいないお堂の中をぐるりと、様々な展示物を満喫させていただき、十分お参りをしてお寺を後に。

近くの持明院さんの門前も灯篭が素敵。ここは浅井長政とお市の方の肖像画があることで有名(この翌日、霊宝館で鑑賞)。

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そこからすぐの刈萱堂にもお邪魔。

ここも私一人!

歌舞伎にもなった悲話、刈萱道心と石童丸の物語の舞台。

その物語が何枚かの額絵になって、お堂の壁にぐるりと掲げてある。


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さて、やっとのことで恵光院へ着く。
山門の提灯には薩摩藩の紋。

そしてここは明智家の菩提寺でもある。

靴もびちゃびちゃ、靴下は絞れるくらいずぶ濡れで到着したので、入り口に備え付けてある大量のタオルがとてもありがたかった。中を汚してしまっては申し訳ないので念入りに拭く。

案内された待合室はパソコンルームになっていて、ガイドブックや真言宗の本が並んだ本棚や、マッサージチェアなどが所狭しと置いてある。

外国人のお客さんが特に多いのか、各国語のものが揃えてあり、コーヒーメーカーには温かいコーヒーもあり、とても快適そう。

阿字観に集まったのは5人ほど。

阿字観道場ではなく本堂に通される。

薄暗い本堂の中、大きな阿字のお軸の前で、若い修行僧さんがご指導くださる。

あくまでも「体験」なので初心者向け、座り方と呼吸法(数息観)を中心に教わった後「それでは各自、瞑想に入ってください」という感じで修行僧さんは姿を消した。

しばし静寂のなかで座る。20分後くらいに戻って来た修行僧さん「はい、目を開けていいですよ」

あれー、目を瞑るんだったのか・・・?

せっかくのお軸だったが最後まで阿字を見ることはなく、声を出すこともなかったけど、いつもは臨済宗の座禅会でやってる数息観をここでやるとは思ってなかったから面白かった。


全ての体力を使い果たし、再びグショグショのスニーカーに素足でズブズブ言わせながら20分ほどテクテク歩いて帰宿。

お風呂に直行したかったがまずは夕食の時間。

温かいご飯とお味噌汁に一息。

紅葉の葉が乗った天ぷら盛り合わせ、高野豆腐の酢の物、くるみやゴボウの突き出し、かぶらなどの餡掛けの煮物、揚げ出し豆腐、菊の花びらの添えられた胡麻ペーストのかかった野菜、お出汁味の白菜や人参、キノコ、油揚げのアツアツお鍋。

デザートは梨でした。

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前日とは違う温泉(福智院には複数の温泉あり)「炭酸泉」に行って見る。

露天風呂のある広めの温泉は熱めだったせいか、なかなか寝つかれなかったが、この日の温泉は38度とぬるめ、しかも一人っきりで貸切状態!

ゆったりと浸かって、そのままお布団へきゅーばたん。

熟睡でした・・・・

翌朝もまた4時半起床ですからね、さて、明日の朝勤行はどこへ???


2日目、17024歩。


(3日目へつづく)






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by saskia1217 | 2018-10-18 01:05 | 感じろ、考えろ、思え! | Comments(0)

薪能

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「みどりの風 練馬薪能」を観に、石神井公園の松の風文化公園へ。
この練馬区主催の薪能は今年で3回目、能楽堂での公園より若干入場料が安く、狂言方は人気の野村万作(練馬区名誉区民)、萬斎父子のご出演とあってチケットはなかなかの争奪戦だ。

雨も上がり開演の17時にはすっかり晴れて、夕方の薄明かりに虫の音、ちょうどマグリットのような美しい三日月が顔を出し、雰囲気は満点!
演目解説のあと、まずは本日の笛方 一噌幸弘さんの笛で、区長や区議会議員さんによる火入れ式。
ちなみに一噌さんも練馬区民。本日の演者30人のうち7人が区民、1人が出身。
ようやく練馬区も文化に力を入れてきたんだなぁ…

番組は、狂言「蝸牛」と能「土蜘蛛」そして間狂言に「ささ蟹」
万作、萬斎父子による蝸牛は楽しくてシンプルで、可愛らしい。
何度観ても素直におもしろい作品。
一番可笑しいのは、最後に「面白そうじゃないか」と言って「でんでんむしむし」に参加しちゃう主人!

20分休憩のあとに能「土蜘蛛」
お調べが響き渡るあの瞬間の空気が好きだ。
本日は前シテ 梅若万三郎、後シテ 梅若万佐晴。
話自体はそう精神的な突き詰めがあるというものでもないけれど。
何せ初心者に嬉しい蜘蛛の糸シーン、歌舞伎のような派手さはないけれど、わたしはこっちがすきだな。
アイ狂言の蟹さんたちのチョキが人差し指と中指でなく人差し指と親指で作るのがなんかちょっと西洋チックで面白かった。
蜘蛛の精が投げた「蜘蛛の糸」が燃え盛る松明に降りかかったり、退場する演者さんたちの摺り足にもつれかかったりで、なかなか目が離せない演目。
先頭を切って蜘蛛退治する一番強いはずの一の武士が一番小柄でお歳を召した方で、見た目的に少し心許無くハラハラしちゃったり。

お能はやっぱりいい。
野外もいい。
(昨年は雨で、ホールだったそう)
囃子方、一噌さんのほかに、小鼓 住駒匡彦さん、大鼓 柿原光博さんが素晴らしかった。
楽器の音は野外でも通る通る!

唯一、生中継していたJ-COMのカメラマンさんのインカムの指示がラジオみたいに丸聞こえだったのが残念。
興が削がれまくる。
あれは今後なんとかして欲しい!(怒)

秋は薪能の季節。
今まで、飛鳥山、根津神社、称名寺なんかで観たけど、鳩森八幡さまとか、他の場所でも観てみたいなぁ。
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by saskia1217 | 2018-10-15 08:26 | 感じろ、考えろ、思え! | Comments(0)
高野山紀行、つづきます。

旅の2日目。
前日の旅立ちに続き、またもや朝5時起床。
6時からの朝勤行に参加するため、シャキッと起きて身支度。
10分前に本堂に行くと一番乗りだった・・・
塗香をいただき進む。
ロウソクの灯だけなので薄暗い本堂、どうぞお好きな場所にと案内されて入るも、しばらくはご本尊の位置さえわからない。
目が慣れてくると須弥壇の前に2〜3人のお坊さんたちが静かにご準備をされてるのが見えた。
ちょっと離れたところに正座していると、お坊さんのお一人が「どうぞ、遠慮なさらずに前へ」と言ってくださったので、正面中央最前列に座り直す。
福智院のご本尊は愛染明王様。ただでさえ薄暗い中、一番遠く奥にいらっしゃるご本尊はほとんど見えない。赤い体をしていらっしゃるはずだが。
時間になると、団体の宿泊客たち、おじさんおばさんたちが賑やかにやっていらして座る。そして時間ギリギリに外国人のお客さんたちがゾロゾロと。
高野山で初めて聞くお経、嬉しい。
冒頭は聞き覚えのある声明!いつも松島さんのお寺で聞いていたのと同じだったような。
そのあとのお経はもう全部聞き慣れないものばっかり。
読経が始まると順番にお焼香。
体の大きな外国の方たちは、正座やあぐらで座っているのも大変そうなのに、日本人にならってにじったり、中腰で前に出たりするのが一苦労。体を小さくして手を合わせる。そうでなくても立つと天井に頭が付きそうで大変。
僧侶は全部で3〜4人だったろうか、中央で読経されていたお坊さんだけが途中少し高い声でオブリガートのように別の節を唱えていて、その重なり具合が面白かった。あれは曹洞宗では聞かないね。
ベースがB-Dur(笑)で貫かれていて、瞬間的にものすごく西洋的な響がすることもあった。
50分ほどの勤行の最後にお歳を召したおそらくご住職だろうか、短いご挨拶をされた。日本語に続いて、きっと毎日毎日話されているのだろうなあという英語のフレーズで外国からのお客様を歓迎されていた。
「昨夜皆さんがされた写経をこちらのお大師様に奉納させていただきました。願い事を拝見していると日本の方は皆さん『家内安全』が多いですが、外国の方は圧倒的に『世界平和』が多いですね。視野を広く持って世界のことを考えられるようになりたいものです」と仰ったのが印象的だった。写経を納めた空海像の前でお焼香。
本堂の扉が全て開けられて堂内に光が入り、ご本尊や仏像が少し見えてくる。孔雀明王も!
お坊さんのご案内で、須弥壇の後方にぐるりと安置されたたくさんのご位牌を列になって見せていただく。
全国からのお位牌、特にこのお寺と所縁のある井伊家代々のお位牌も。多宗派のお位牌もあるし、喉仏、髪の毛などもご供養されている。
そして著名な造園家で高野山にもたくさんの作品がある重森三玲の晩年作「愛染庭」のご披露。
本堂から見られるのはこの勤行の時のみということで、皆夢中でシャッターをきる。
冷たい朝の空気から見る庭は、愛染明王のお身体の赤い色を表した赤い土と白い砂のコントラストもくっきりと素晴らしい。
モダンな感じだけど、こういうのもいいかも。
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庭を拝見してからもう一度本堂をぐるり。
須弥壇横の曼荼羅をじっと見ていたら、お坊さんのお一人が、それがあの「血曼荼羅」のコピーであることを教えてくださった。霊宝館にある本物は、とても黒ずんでいてあまりはっきりは見えないとか。最近同スケールのコピーが作成され、これはその縮小版ですと。
曼荼羅って近くで見られることがほとんど無いので、つい見入っちゃうね。

気がつくと本堂には私一人になっていた。
部屋へ戻りがてら、館内やお庭をパチリ。
鎧兜とか古そうな美術品たち。
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廊下から見た愛染庭。
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井伊家の「井」発見!
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休憩スペースと、そこから見えるお庭。
緑が綺麗。
奥には何やらお社が。
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高野山名物「宝来」
むかし稲が採れなかった高野山でしめ縄の代わりに作られたのが由来という。
「寿」などの文字や干支などいろいろな柄が。
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お部屋に戻って朝食を待つ。
ちなみに、この向こう側の出っ張った小さな一角が私のお部屋!
居心地がいい。
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朝ごはんが来た!
お鍋は、温かい豆乳に浮かんだお豆腐。
がんもどきの煮物、とろろ、梅干しに昆布、海苔、おからなど。
お味噌汁に白いほかほかご飯(たっぷり2杯)。
朝はお茶が緑茶。目が覚めるね!
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朝食を終えて8時、宿坊を出る。
この日のテーマは「奥の院」
ある宿坊の阿字観に参加する夕刻までをたっぷり使って、奥の院だけを味わい尽くそうと考えていた。
メインストリートをただただ奥の院に向かって歩く。
辻々にあるお地蔵さんやお社に一つ一つ目が行くが、多すぎてキリがなくなる(いつかの出雲と同じ状況・・・苦笑)
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福智院を出てすぐ、金剛峯寺へ曲がる角にあるお地蔵さんが可愛い。
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高野山には高野七弁天のように、水を得るためにお大師様が招いた神様たちもたくさんいらっしゃる。
ほんとは全部回りたかったのだけど、雨もひどいし、まずは奥の院からととま口だけでご挨拶。
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これは千手院橋からすぐの水路。
ブラタモリでタモリさんがのぞいていた、あの暗渠になってる川が表に出て来た場所だ。
小降りだった雨がドンドン強くなってパーカのフードだけでは凌げなくなり、寒さもつのってきて、途中地蔵院あたりの軒先を借りてウインドブレーカーを重ね着したり傘をさしたり。
さっきまで光さえ差していたのに、あたりはもう霧がもやって、本当に山の天気なんだなあ。
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西室院あたりにある、奥の院へ向かう町石。
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緩やかな坂を降りてゆくあたりにある清浄心院。
道路からも見えるお庭が美しい。
文字通り心が洗われるようだ。
その向かい、一橋口のバス停付近で二股に分かれた道の間にある宝善院さんの門も清々しい。
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すでに全身濡れながら一目散に歩き、気づくともう一の橋。
もっと遠いかと思ったら意外とすぐだった。
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思えば、私が高野山に来たかった一番の根っこは、この奥の院。
この両側の杉木立ちと何万基という墓と供養塔の中を歩いたら。
そしてついに御廟まで行ったら。
どんなところなのか、どんな空気なのか。
そこに何があるのか。
私にもそれが感じられるのか。
合掌一礼して足を踏み入れる。
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少し雨が弱くなり、傘をたたむ。
朝8時過ぎ、あたりはもちろんすでに明るいが、ここは人っ子一人歩いていない。
そしていきなり鬱蒼とした巨大な杉と視界じゅうを占める五輪塔と暮石の大群。
10メートル、20メートル・・・一の橋から遠くなるに連れて、だんだん不安になってくる。
何度も後ろを振り返りながら、引き返そうかと3回くらい思った。
こういう場所を怖いとはちっとも思わないのだけれど、何故か、このまま進んでいって大丈夫なのかという心細さに襲われていた。
以前やはり雨の中、伏見稲荷をお参りして霧にまみれて山頂の一宮まで一人で登ったときも、あの何とも言えない霊気にやられて相当怖かったけど、ちょっとそれを思い出した。
少し歩くと奥から歩いてくる人とチラホラすれ違うようになった。
すでにお参りを済ませた人、御用や作業を終えたような地元の方達。
早朝から出かけて戻ってきたのだろうか、外国人カップルの姿。
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五輪塔や墓石以外にも、実に様々な形の「ご供養」が。
大木の根っこの間や道の脇に置かれた(この石畳の道を直すときにも土の中からたくさん出てくるらしい)小さな仏様や長方形の石に線を引いた庶民の「五輪塔」も。
五輪塔の形さえしていない長方形の石も、よく見ると線が引かれて5つに分かれている。字はそこに彫るのではなく、墨で書いていたらしい(ブラタモリ情報)。
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1200年もの庶民の思いが重なる。
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この景色、この道。
テレビで、雑誌で、何度見たことだろうか。
そこに立っていることがとにかく有り難かった。
奥の院の御供所に10時半までに着けばよかったので、パンフレットを見ながら一つ一つの墓所に足を止めて見ていく。
大きさも形も立派な大名たちの墓所や供養塔は有名。

薩摩島津家。
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有馬家。
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八代将軍吉宗公。
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そして、この古くからの通りには珍しい、現代人の墓所。
江崎グリコの江崎家。
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もう明るくなっているけれど、灯りが残る灯籠。
向かって左側の灯篭の見える面には月が(欠け方もまちまち、時々丸いのは満月!)、右側には太陽がかたどられている。
それぞれの灯篭には手前に月、向こう側に太陽となっているので、帰り道も同様に左側の灯篭に月が見える。
お坊さんのお話では、これはお大師様が仰った「人の心は月のように変わりやすい」こと、そしていつも変わらぬ丸い太陽は大日如来様を表しているそうだ。

紀州初代藩主・徳川頼宣。
扉がハート模様みたい。
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ありとあらゆる五輪塔。
小さなものでも並ぶと圧巻、しかも苔むし方が時を感じさせる。
さあ、奥の院でも有名な武田家墓所。
左が信玄、右が勝頼。
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そして道を挟んでちょっと小高いところにある、上杉謙信の霊屋。
川中島!!
社の木材に微かに彩色の跡も見て取れた。
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これは「授籌(数取り=かずとり)地蔵」
ここを通ってお参りに行った人を全員、誰が何回通ったかを数えていらして、地獄に落ちたときにそれを閻魔様に報告してくださるのだとか。
回数が多い方が助かるのだろうなあ・・・む〜。

姫路の酒井家。
どこも入り口の鳥居が印象的ですね。
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弘法大師腰掛け石。
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相変わらず周りに誰もいないので座ってみようと思ったが、石の柵で囲われているのでうまく座れない(笑)
せめてもと手でさわってみました。
そういえば根津神社には漱石や鴎外が腰掛けたという「文豪の石」があったなあ・・・
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五輪塔もこれだけ大量に見ていると感覚が麻痺してきて、スゴイとも思わなくなってくる・・・
けど美しいね。
が、大きくて立派なのはやっぱりエライ人のものなんだろうな。
石が木や苔と共生し一体化しているのが不思議。年月を経てきた石、何百年もの樹齢の杉の木、それよりはずっと若いであろう苔や低いところにいる樹木。
時の長さ、何かと何かが時と場所を同じくして出会うことの尊さ。

伊達政宗墓所。

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今回、ここに来る直前の台風21号の被害が高野山でも酷く、南海電鉄など交通機関の他にも、境内での多くの倒木や墓石の倒壊、奥の院でも一切経堂の屋根が一部損壊したりした。
倒れた巨大な木々を姿は痛々しいけれど、それでもその幹や根っこの存在感は倒れてもなおスゴイものがある。
観音様に打ち当たらなくてよかった・・・
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ここにも島津家。
墓石がひどいことに・・・
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石田三成。
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そして、その一つ挟んで隣に明智光秀。
光秀の墓所にある五輪塔の下から2番目「水輪」には何故か必ずひび割れが出来てしまい、建て替えても建て替えても繰り返しひび割れてしまうという話がある。なんでも信長の呪いとか。
確かにひび割れてた・・・
(わざと直さない、って説もある・・・お坊さん談)
ちなみに「墓所」はお骨があるところでいわゆる墓石の形をしているものが多いが、「供養塔」は五輪塔などが多くお骨は入ってない(地元に墓所があったりするもんね)と区別はあるみたいだけど、五輪塔でもお骨が入ってるものは「墓所」と表記してあるそうだ(お坊さん談)。
ちょうど今「軍師官兵衛」の再放送を観ているものだから、なんとなく小朝さんの顔が浮かんじゃったりする。ドラマ、恐るべし。
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久留米の有馬家。
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ちょっと小高いところに本多忠勝。
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そして、南海電鉄創業者の墓所。
立派です。
この方がおられなかったら、ここへは来られなかったのだなあ・・としみじみ。
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とにかく倒木がすごい。
悲しい気持ちになるけど、台風の後しばらくは奥の院参拝も出来なかったから、精一杯作業してくださった方達に感謝。
まだあちこちで作業員の方の姿を見かけました。
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初代市川團十郎の墓所は中の橋のすぐ手前にある。
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そしてやっと中の橋。
距離的には一の橋からそんなに遠くないのだけど、のんびり1時間くらいかけて歩いてきた。
この辺りはちょっと空間が開けて、川のせせらぎの音がとても心落ち着く。
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雨が止んできて傘をたたむ。
そしてお決まりの名所がここにも。
汗かき地蔵。
湿気?のせいで汗をかいて見えることがあるお地蔵様。
私たち参拝者の苦しみを負ってくださっているとも。
宝来の掛かったお堂の前でゆっくりとお参り。
本当に誰もいなくて、どこもゆっくり観られるのが嬉しかった。
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そしていよいよ・・・
姿見の井戸。
きゃー!
覗き込んで自分の姿が映らなかったら3年以内にあの世へ・・・という井戸。
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メガネを落とさないように外してから、恐る恐る覗き込む。
お天気悪いから映らないかなあ・・見えなかったらどうしよう、とかちょっとビクビク。
ちゃんと顔が映りました〜
流石にホッとして、小さなお地蔵様に思わず手を合わせてお礼(笑)

ホッとするのも束の間、引き続きまだまだ「高野七不思議」が控えてます。
覚鑁坂。
ここで転ぶと3年以内に・・・。
きゃーーーー!
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この微妙〜な段差のゆるさがまた危ない。
一段ずつ両足を揃えて(笑)
途中、うっすらと仏像が彫られた「庶民の石」を拝みながら。
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中の橋を渡ってすぐ右、覚鑁坂の途中にあるのは禅尼上智供養塔。
一番古い(石に永和元年とある。1375年)女性の墓所だとか。
女人禁制だった高野山にあるところをみると、さぞ徳の高い方だったんだろうな。
「墓石に耳を当てると善人には極楽浄土の音、悪人には地獄の釜の音が聞こえる」というので、石のところまで登って耳を当ててみた(本当に誰もいないのでやりたい放題)。
何も聞こえず。
ということは善人でも悪人でもないということか、それともどっちも、ってことか・・・む〜。
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坂の途中にダイナミックな倒木。
人間なんてちっぽけ。
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さて、キョロキョロしているとつまづくよ。
覚鑁坂はまだまだ終わってない!
右手、パナソニック、松下さんの墓所は倒木がひどくて立ち入り禁止。
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お向かいはクボタ。
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そのお向かいさん、松下さんのお隣には密厳堂。
平安時代の高僧で真言宗の中興、この坂に名を残した覚鑁上人をお祀りしている。
係の方が台風で乱れた敷地内を片付けていらっしゃる最中だった。
お声をかけてからお参りさせていただく。
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身代わり地蔵。
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お地蔵さんの前に立ち尽くしていると「ハロー!」と声が。
あれ〜、昨日のあのオーストリアからのカップル!
また会った!!
すごいな〜、3回目。
「まだ高野山に居るの?」「いや、これからもう帰るんだ」「そうなんだー、引き続き良い旅をね!会えてよかった!」
もう知り合いみたいな感じで話す。
声かけてくれてありがとう!

エライ方々の墓所が続く。
浅野家。
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長州毛利家。
突き当たりはネパールの供養塔。
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毛利家も大変なことに・・・
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やっと人の姿が増えてくる。
相変わらず延々と続く杉木立。
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そして、左手に少し山へ入った小高いところにある、ここにある石碑群で最も大きい「一番石塔」、崇源夫人の五輪塔。
お江の方である。
6.6メートルは近寄って見るとかなりの威圧感。
女人禁制だったのに、一番大きい石塔が女性のお墓ってところがすごい。
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可愛いお地蔵さんシリーズ。
化粧地蔵。
「自分の化粧道具でお化粧すると美人になる」というので、私もリップペンシルで・・・あはは。
誰もいないっていいなあ。
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その近くに芭蕉の句碑。
ここには他に与謝野晶子や山口誓子の句碑もある。
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高野山の凄いところ。
真言宗の考え方そのもの、どの宗教や宗派も区別しない、大事にするということ。
もちろん空海さんの著書には「その完成形?最終地点に真言宗がある」という考え方も記されてるけれど、全てを包括してしまうという懐の大きさが、この山全体からも感じられる。
ここには親鸞聖人の供養塔、法然上人の供養塔、牧師の墓まである。
みんな弥勒菩薩に会いたいのね・・・
こちら法然上人。
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安芸の浅野家。
こちらも倒木。
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そろそろ最後の橋、御廟橋に近くなってくる。
その辺りに松平家。秀康とその母君霊屋。
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そして、御廟に限りなく近いところに満を持して・・・
豊臣家。
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そしてその並び、秀吉よりさらにちょっとだけ御廟に近いポジションに織田家。
さすがというかなんというか。
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さあ、10時過ぎにやっと御廟橋のたもとにたどり着く。
ああ、ここだ。
ここに来たかったんだ。
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ここには護摩堂、御供所などがあり、お守りやお札、御朱印などがいただける。
10時半にここから出発する生身供(御廟にいらっしゃるお大師様へ毎日届けられるお食事)の様子を見たい。
これは今回の高野山行きの、奥の院の、そのまた一番自分の目で見たかったもの。
このために高野山に来たと言ってもいいくらい。
まだ時間の余裕があったので、トイレを済ませてから休憩所でまずはちょっと一息。
雨の中傘をさし、ガイドブックを手にシャッターを切りながら、結構歩いて来てそれなりにちょっと疲れていた。
休憩所では団体客を前に一人の若いお坊さんが法話中。
静かに入って、奥の台所でフツフツと湧いていた熱いお茶を柄杓でいただく。
冷たい雨にさらされていたからとてもありがたい。
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護摩堂へお参りし、窓口の方に生身供のことをちょっと伺う。
時間ピッタリにしか出発しないので3分前に来れば見られますよ、と。
橋を渡る前までは写真を撮ってもいいし、なんなら後からついて灯篭堂まで歩いていってもいいんですよ、と。
わ〜い!そりゃあいいや!
時間までに、ずらっと並んだ水向地蔵さんへ、ご先祖と数年前に亡くなった実家の犬の供養札を2枚作っていただいてお参り。どのお地蔵さんにお願いしてもいい、というので、迷った挙げ句、一番お優しそうなお顔の観音様のところにした。
お札を置いて、仏様の足元に静かにお水をかける。
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この向こう側に流れているのは玉川。
よくテレビや写真で、ここで修行僧さんたちが水行をしているのを見ることがあった。
肩まで浸かって般若心経をお唱えしていたなあ。
ここなのか。
冷たそうだ。
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護摩堂。
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(続く)












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by saskia1217 | 2018-10-14 02:59 | 感じろ、考えろ、思え! | Comments(0)
チリー・ゴンザレスのドキュメンタリー映画「黙ってピアノを弾いてくれ」(Shut up and play the piano)やっと観に行けた。
(長いし、ネタバレしてますのでそのつもりで!)

やっぱり観に行ってよかった!
映画冒頭から、昨年の「とさか計画」で弾き&聴き慣れたゴンザレスのナンバーが流れて無性に懐かしい気持ちになり、おこがましくも他人事じゃない感覚になる😅
「ブロードウェイに連れてって」私が指の関節打撲&流血した😱あのカッコいい曲ですよ‼️
いやー他にもたくさん、愛と共に半年間格闘したあの曲たちが!

映画は、ドキュメンタリーとはいえ途中何度も挟まる芝居がかった映像「作品」におそらく現実とフェイク(作品)の区別がつかない人もいたんじゃないかなぁ・・・
過去の実写も「作られた」映像も、そして音楽、言葉、演技、インタビューで見せる素?の言葉・・・全てが彼の「作品」そして彼「そのもの」なんだな、と。

多く出てくる「狂気」と表現されがちな彼のパフォーマンスを見ていて、私はエレカシの宮本さんとどこか共通するものを感じていたのだけど、でも掘り下げ方(落ちていき方)がちょっと違うというか、情緒や儚さや世捨て感?の有る無しみたいな違いを感じて、そこはやっぱり日本と西洋の分かれ目なのかなあと思ったり。

何度も繰り返し凡庸な同じ質問を繰り返すメディアにゴンザレスが言った
「僕の曲を聞いてくれれば全部わかることなのに」という一言。
みんなそうなんだよね。
日本だけじゃないんだなあ。
見れば見るほどメディアや世間がバカっぽく映ってくる。
最後まで観て、近藤良平さんの「情熱大陸」を観たときのような「あ〜そうだよ、そうだろうなあ、ウンウン!」という(苦笑)生意気にも持ってしまう妙な共感と世間に対するガッカリ感。
私になんてわかりっこないかもしれないのに。
でも、近藤さんがなぜあんなに彼の音楽に惹かれるのかも、ちょっとわかったような気もした。

ゴンザレスについて私は殆ど何も知らなかったが、名実ともに有力者の父を持ち、兄は「アナと雪の女王」などでも有名な売れっ子映画音楽作曲家であることなど、驚くことも多かった。
とさか計画でこの私に超絶技巧ゴンザレスを「弾かせた(笑)」近藤さんから「ラップとかもやる人なんだよ」と聞いてはいたが、彼の元々のルーツがラップ、しかもかなり長い間、その強烈な世界に深く存在したことも興味深かった。
私はまだラップの良さには全く理解ができていないが、映画に出てきた多くのラップはものすごくよく出来ていてちょっと感激したな。
中でも「BEANS(豆)」が好きでした。

ゴンザレスの辿ってきた旅をともに見る映画。
ラップからバンドへ、そしてクラシックへ。
つい最近になって「楽譜を読む」こと学び始めたゴンザレス。
あんなに自由に鍵盤を操っていた彼が、真剣な目をしてつっかえつっかえ楽譜を読みながら弾く姿。
真逆を歩んできた私にはとても新鮮で、かつちょっと自分のコンプレックスに対して安堵感。

ウィーン響やカイザーカルテットとのステージが、素晴らしくてほんと心に残った。
オケも指揮者もお客さんも「わかったでしょ!?」って感じ。
あ〜、やりたい、ああいうの。
指揮者のコルネリウスが彼の良さを色々言ってて「テクニック的にはね、オーストリアやドイツの音大のピアノ科入試に彼は受からないかもしれないですよね」と例えてたけど、まあ土俵が、いやレベルが、音楽家としての、いやパフォーマーとしての立ってる地点がそこじゃないから。
(仮にも一応)クラシックのコンサートで客席にダイブした人、初めて見たよ!(やってみたい)
ラップで聞かせたプリペイドピアノへのアイロニーも秀逸。

いろんなアーティストとのコラボインプロ観てたら、まためちゃめちゃ即興したくなったな〜!
そしてゴンザレスの曲も弾きたくなったな(笑)・・絶対また指から流血するけど(映画で彼自身流血してて納得。やっぱり彼のように軍手すべきだった!)
これ観てから弾いたら、またちょっと違う感じになる気がする。
でもね、彼の曲はやっぱり彼が弾いたほうがいい。そこが他の「作曲家」「音楽家」と違うとこかも。
彼が弾かないと意味がない感じ。
映画にはたくさんの「身代わり」が出てきたけど、彼の曲は楽譜を辿って後からついてくようなものじゃないんだよ。
今回新しいアルバム「ソロ・ピアノⅢ」が出たのだけど、CDもなんか違う気がしてる。
生が聴きたいなあ!!
また来日しないかな。

映画の柱として流れていたドイツでのインタビュー、「死」についての質問にだけ、彼は答えていなかった。
答えているシーンは流れなかった。
それもきっと「僕の音楽を聴けばそんなこと言う必要ないだろ」って言われそうだ。

スゴイ人には違いない。
真似できないし、したいとも思えない(あのエネルギーは耐えきれないと思うから)。
音楽やる人という生ぬるさよりも、音楽に喰らいつかれた人。
血の匂いがつきまとう。

原題「Shut Up」
「黙って」というより「断ち切れ!」「切り離せ!」「閉ざせ!」が強い気がした。
そんな映画。

近藤さんがとさか計画でゴンザレスをやってくれなかったら、そして無謀にも私がそれを引き受けなかったら、出会えなかったスゴイ人、スゴイ音楽。
ホント近藤さんに感謝😊
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by saskia1217 | 2018-10-10 19:09 | 感じろ、考えろ、思え! | Comments(0)
壇上伽藍からほとんどすぐお隣の金剛峰寺へ。
メインストリートは1本だけだし、全てがコンパクトで移動も簡単。
最初からバスは使わないなと思っていたが、時間の制約があるときや悪天候以外は、高野山はやはり歩きで十分だ。
(バスもそんなに本数は多くないので、待ってる間に歩けてしまう)

小雨は完全には止まず、曇り空の下、高野山真言宗のいわゆる「本山」である金剛峰寺へ。
どこでもそうだが、写真や映像でしか知らなかった場所に実際に立つのは、本当になんとも言えない気持ちになる。
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入り口で靴を脱ぎ下駄箱へ入れ、受付で内拝券を渡して中へ。
15時半くらいだったろうか、ちょうど団体の観光客が皆戻って来て帰る頃で、中はとても静か。
途中見学を終えたイタリア人の団体さんとすれ違ったが、相変わらず全員が賑やかで笑った。
襖絵が見事な大広間や柳の間を通り、渡り廊下を進む。廊下から見えるちょっとしたスペースの枯山水や緑の庭。
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屋根の上に天水桶が見える。
少量でも火災の際は貴重だったのかな。
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この緑はとてもハッとした場所、ヴェローナのジュスティ庭園の、奥へ奥へと向かう緑を見たときのような感覚が蘇った。
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角を曲がって欄干を進むと、突然眼前に白い庭が開けてハッと息を呑む。
思わず先へ行きたくなったが、この辺でちょっと一息、お庭は休憩してからゆっくり見ることにする。
お茶のお接待があると言われて、新別殿という大きな広間に入ると、お茶とお菓子が振舞われる。
団体の方達を前にお坊さんがちょうど法話を終えられるところで、角に座ってお茶とお菓子をいただく。
このふわっふわの微かに甘いおせんべいは金剛峯寺にしか売っていない。
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皆さんが帰られたタイミングで、その部屋にあるものをぐるりと見学。
現代に作られた色々な作品たち。正面の曼荼羅はキルトか?
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空海さん!
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金と青で描かれた大日如来様。
この色合いの曼荼羅、こないだのNHK「マンダラと生きる」でやってたなあ・・・
好きな色合い。
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せっかく高野山に来たので、お坊さんの法話もなるべくたくさん聞きたいと思っていた。
お話が終わっちゃっていたのが残念だったので、お茶碗を返しに行ったついでに台所にいた方に「お話はもうこのあとはないのですか?」と伺ったら、私からは見えなくて気づかなかったのだが、ちょうどそこにはお茶休憩をされていたお坊さんがいらして「あ、だったら今行きますよ!」と席を立ってくださる。
時間が決まっているのではなく人が集まったのを見計らって随時始めるそうで、夕方でもうほとんど見学者もいない中、すぐに大広間に出て来てくださった。
「あ、ご休憩中、すみません!あの、ほかに人もいませんし、どうしてもではないので・・・」と恐縮。
でも「いいんですよ〜」と笑顔のお坊さんと、私はその大広間のど真ん中にサシで向かい合って座り(笑)法話を伺うことに。5分くらいだったか、西行さんにまつわるお話(「人生思い通りにならない」という骨子)だったのだけど、途中数人が部屋に入ってくるも誰も立ち止まらないので、結局最後まで私だけ。
ありがたいことでした。

そしてゆっくりとお庭が開けた欄干へ戻る。
ここがあの「蟠龍亭」だ。
それほどピンポイントで注目していたわけではなかったので、その素晴らしさは強烈だった。
高野山に来てよかった、とここで初めて思った。
薄曇りで光も少なかったが、紅葉も綺麗、建物も、お大師様の故郷香川から運んだという石も、砂も素晴らしかった。
何かしらの強いメッセージというよりも、夕方の光の中で、全てを包んでしまうような、柔らかい空気。
屏風絵と同じで座って見たほうがいいかなと、誰もいないのをいいことに、欄干の廊下へ座って眺める。息も整う。ずっとずっと座っていられる、ずっと居たいと思えた。
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この奥の建物が金剛峯寺の阿字観道場。
最終日に再訪。
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隣の売店に寄り道。
本のラックに、日頃お世話になっている(この旅の前にも多くをご教授いただいた)松島龍戒さんの本があったので、許可をいただいてパチリ。
売店の店員さん「あ〜!テレビに出ている方ですよね〜!大好きなんですー、なのに時々ご出演を見逃しちゃって!」と興奮気味に話しておられました。
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随分長い時間、蟠龍庭を満喫し、順路を帰途へ。
来るとき感激した緑は「四季の中庭」の端っこだったわけか。
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真然廟。
高野山の基礎を築いた真然大徳の廟所を遥拝。
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順路通りに出口に戻りながら、台所を通過。
今でも使われている水場、御釜。
天井高くに作られた空気抜きや、2000人分のご飯が炊ける御釜、面白い。
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煙抜きの穴!
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正面の門、真ん中はもともと皇族などしか通れず、僧侶は脇にある小さな入り口から出入りしたそうで、今でもその名残でお坊さんたちはこの小さな戸口を利用されるそうです。
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寺務所で献木(高野山へ木を寄付。2000円。)し、最終日に予定していた阿字観の申し込み方法を訊いたりして金剛峯寺を後にし、すぐ裏のお宿・福智院へ17時頃戻る。
この頃は雨は上がり、交差点も宿のお庭も少し見えて来た。
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この宿に一つしかない、こじんまりした「お一人様用」の四畳半(専用の洗面所・温水洗浄付トイレあり)のお部屋は落ち着いて素敵。お庭の鯉が見えます。
テレビもあるけど、ほとんど見なかったな。
お食事は全て部屋食。お布団も敷いてくれる。
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すぐに夕食。17時半!なんて健康的な食事時間!(笑)
精進料理とはいえ、三の膳まである豪華さ。
よく見るとやはり手が込んでいる。
お鍋が必ずついて、朝は湯豆腐や豆乳豆腐、夜は豆乳鍋や野菜や厚揚げのお鍋、味噌味だったり、醤油味だったり。
ご飯はお櫃にたっぷり2杯分(結局4日間朝夕とも、おかずはもとより、ご飯2杯ずつ、一粒も残さず頂いてしまった)
最初に先付けや酢の物など冷たいものとお鍋が運ばれて、お鍋に火がつけられる。
待っているうちに煮物や温かいお豆腐料理が登場、最後に汁物、天ぷら、ご飯など熱いものが運ばれる。
温かいものが出来立てでいただけるのは素晴らしい。
大きな宿坊なのでたくさんの方が働いているが、数種類の希望時間に合わせて全てのお客さんに食事を出すだけでも大変なことだね。
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食後少し休み、20時から写経に参加。
朝4時半に起きて移動して歩き回ってかなり疲れていたけど、どこかの夜に一度は写経したかったので。
チェックインした時にお部屋にご挨拶に来てくださった若いお坊さんがご指導くださった。
写経専用のお部屋は小机がたくさん並び、正面に仏様(文殊菩薩だったか?)と灯明。
塗香してお部屋に入り、簡単な説明を受けてから開始。
10人くらいだったかな、外国人の方も数人。
いつも東京では家でもお寺でも書楽家時間でも筆で書いているのだけど、ここは筆ペン。
やっぱり慣れないので書きにくい・・筆ペンてすぐ乾かないからそれもちょっと面倒。
1時間ちょっとで書き上げて退場。書いたのは翌朝の勤行で納めていただける。
いつもやっている写経も、場所や空気が変わると気持ちもちょっと変わる。
特に仏様を目の前にすると、やっぱりいいね。
心安らかにゆっくり温泉に入って(福智院は高野山の中で唯一温泉のある宿坊。普通宿坊ではあまり遅い時間だと入浴できないが、ここの内風呂は一晩中入ることができるのがとてもありがたい)10時頃お布団へ。
流石に疲れた。
慣れない畳の上のお布団で、ちょっと腰が痛いけど、なんとか就寝。
静か。
庭の鯉が跳ねる音が時々聞こえる・・・

左は金剛峯寺の献木で頂ける腕輪念珠。
高野槙で出来ていて、間の5色の色玉は五智如来を表している。
右のは福智院で写経に参加すると頂けるお念珠。高野山で名物のまだら模様の石は「星」を表しているそうだ。
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1日目、10219歩。

(2日目に続く)





















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by saskia1217 | 2018-10-08 11:27 | 感じろ、考えろ、思え! | Comments(0)
天上の仏教都市。
空海テーマパーク。
スカイツリーより高い。
住民3000人のうち1000人がお坊さん。
117のお寺、52の宿坊。
奥の奥にはお大師様がまだ生きて我々のために祈ってらっしゃる・・・

一昨年、曹洞宗大本山の永平寺で4日間の坐禅修行を経験したあと、その強烈な印象から東京でも坐禅を続けてきた。
そうこうしているうちに、ひょんなことから、今度は高野山真言宗のお坊様である松島龍戒さんとお知り合いになり、声明コンサートや阿字観、写経、護摩法要などに伺うようになり、ご一緒にコンサートもしたり、随分とお世話になっている。
そんな中で折々で耳にする弘法大師、空海さんのことが、私は随分と気になっていた。
あらゆる分野での天才、日本のレオナルド・ダ・ヴィンチ・・・
空海さんがどういう生涯を送られたのか、何をされてきたのか、そして真言宗とはどんな教えなのだろう?
そんな内容のテレビ番組や本だけでは飽き足らず、空海さんについて、真言宗について、ほぼ1年弱の間松島さんには随分と多くのことをご教授いただいた。

そうだ、高野山に行こう。

やっぱりあそこに行かなきゃならない。
1200年の間ずっと空海さんがいらっしゃるという「その場所」に。
行ったら、実際に足を踏み入れたら、一体どんな気持ちになるのだろう、どんなことが感じられるのだろう・・
そう思うだけでゾクゾクした。
半年くらいタイミングを計っていたが、夏の終わりにふと「大学の授業が始まると平日数日間は空けられなくなるから10月になる前に行こう」と、急に調べ始めて、すぐに宿坊を予約した。
行く前にこの本もあの本も読んでおこう、あのことも調べておこう、いろんな仏様のご真言もメモしておかなきゃ、あと般若心経くらい覚えてから行こう・・・
色々欲張ったものの、まあまあ自分が納得する範囲の心の準備はして(行く前に疲れてどうする・・笑)9月終わりの連休明け、皆が仕事に戻る日、火曜の早朝の新幹線に乗り込んだ。

紀伊半島は9月初めの台風21号の影響がひどく、高野山も多くの倒木や停電の被害に遭った。
いくつかの歴史的建造物も傷を受けたりしたが、何より大阪から高野山方面に向かう南海電鉄の、一番高野山に近い路線と、最後に山へ登るケーブルカーが長いこと運休していた。
途中駅から山上へ振り替えのバスが出たけど、あのヘアピンカーブを2時間半揺られる山道で、いくら酔い止め飲んでも大丈夫だろうかとずっと不安だったが、幸いにも出発日の3日前に電車もケーブルカーも復旧。
酷い倒木の写真を見ていたので無理だろうと思っていただけに、続く悪天候の中、急ピッチで作業にあたられた現場の方々の努力には本当に感謝あるのみ。

かくして無事に、寝坊もせず7時の新幹線に乗った私は、新大阪から首尾よく地下鉄、南海と乗り換えた。
南海に乗り込んだら事故で列車が遅れていて高野山下までの直通がなく、橋本で乗り換えなければならないらしい。
特急でなく普通の急行に乗ったが、そこには地元の方達よりも、大きなバックパックを背負った外国人の姿の方が目立った。
隣に座っていた若いカップルが、車内の路線図を見上げてしきりにあれこれ相談している。ドイツ語だったので、彼らが乗り換えに自信がないことがわかった。
しばらく黙っていたのだけど、超不安そうだったので声をかけてみたら、彼らはオーストリアからの旅行者。
「私も高野山初めて」と言って笑いあい、彼らはやっとホッとした様子。
南海電車は橋本を過ぎるとどんどん山を登り始め、遅延もあって速度もゆっくりになり、単線区間に入ると途中駅で上り列車と待ち合わせ(いや!あの噂に聞いてた「『行き違い』をします!」って初めて聞いた〜〜〜〜!)で随分長い間停車したり。待ってる間、開け放たれたドアからは、鳥の声と、「ゴ〜ン」と何処からかお寺の鐘が聞こえてきて何とものんびり。
オーストリア人カップルとは、極楽橋からのケーブルカー、その先のバスまで、ポイントポイントで軽く声をかけ、一緒に無事到着。
最後は「良い旅行を!」と別れる。

車体リニューアルのため、この11月からまた運休になってしまう高野山ケーブルカー。赤と白の愛らしいその車体を名残惜しそうにカメラにおさめる鉄ちゃんたちも。
車体も大きくバリアフリーなスイス製の最新型車両への変更、オリンピック前に便利にしたいのだろうけど、路面電車と同じく、全国どこの路線もおんなじ感じになっちゃうのもちょっと寂しいね。
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すでに極楽橋駅は霧の中。
寒い。
重い荷物でこのホームの階段を登るのはやっぱり不便かもね。
年配者が多いのも危ないし。
久しぶりの登山電車!
ケーブルカーとかロープウェイってなんでこんなにワクワクするんだろう!
にわか鉄ちゃんになって写真や動画を撮りまくる(笑)
霧が晴れないので下界もあまり見えないが、途中車窓から「ここがスカイツリー」という看板が見えて笑う。
なるほど、634メートルより上なわけね、高野山は!(約800メートル)
途中耳がちょっとキーンとする。

5分ほどの斜めの旅、高野山駅到着。
霧と寒さと湿り気。
すぐバスに乗り込む。お客さんはほぼ外国人ばかり!
英語、中国語、韓国語、フランス語などで簡単に高野山のウエルカム解説が流れる中、急カーブをウネウネ上り続けたバスは、女人堂まで来たところで「高野山」という門の中へ入ってゆく。
いよいよここから高野山だ、という実感もあまりの霧でよくわからず、気づくと宿近くのバス停。
大きな荷物をみんなにぶつけながら、満員の通路をかき分けて私一人が下車(前から降りるということを忘れていました、ゴメンナサイ)
降りると右も左も何も見えない、霧の中。
方向だけはわかっていたので、キャリーバッグをコロコロしながら宿へ。

今回お世話にになったのは福智院さん。
52もあると初心者は何処にしていいか全くわからない宿坊。
今回は割と急に決めたのと、連泊だったので、空いている宿が少なく、とにかく確保した感じ。
ここは唯一、温泉がある宿坊。高野山の中では最も大きい宿の一つで、団体客や外国からのお客さんも多い。
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山門も、中のお庭や建物も古くていいねえ。
チェックイン時間より前だったので、とりあえず荷物だけ置かせていただき、町に出る。
東京を出て約6時間。
やっぱり近くはない・・・

歩き出すと流石にお寺ばっかりだ!(当たり前)
でもちょっと感激、ようやく高野山に来た実感が出てくる。
それぞれの山門もいろいろで楽しい。いちいち見てしまう。
近所の一乗院さん。
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宿の並びにある高野山警察署。
この建物、現役!
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町の「中心」千手院橋の交差点。ここは日本一高いところにあるスクランブル交差点!
霧で町の様子が全然わからな〜い!
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まず角の宿坊協会で「諸堂共通内拝券」を購入(1500円で金剛峯寺、根本大塔、金堂、霊宝館、徳川家霊台、大師協会での受戒が全て含まれる。期限無しだからお得!)、地図もいただく。
すっかりお腹が減っていたので、観光前にお昼ご飯を探す。
ガイドブックで気になっていた巨大オムライスが名物の食堂は暖簾が出ていず、諦めてメインストリートに戻り、唯一開いていた食堂にとりあえず飛び込む。霧が凄すぎて通り沿いで何処が開いてるのかもわからなかった(笑)
無難な親子丼を食べて、まず1日目はメインの2箇所!

壇上伽藍を目指す。
平日のせいか、食堂も、この唯一のメインストリートも思っていたよりずっとずっと人が少ない。
そして、全てがこじんまりと小さい。道沿いのお店もお寺も全て、高い建物がないからだろう。
道なりに行くと、正面ではなく蛇腹道から入る壇上伽藍。
すでに紅葉が始まっている、冷たい空気の中を入る。
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最初に見えてくるのは東塔。
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三昧堂。
そして向かって左が西行桜。
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大会堂。
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不動堂。国宝。
本尊・不動明王の脇侍である運慶作の八大童子は、こないだ「運慶展」ではるばる東京にいらしたときにお会いしている。
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愛染堂。
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愛染堂の前にある町石は「一」は、九度山の慈尊院から町石道としてあるものとは別で、「ここから奥の院へさらに向かう町石」。
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壇上伽藍に並ぶお堂は最初から全てがここにあったわけではなく、後から加えられたり、何処からか移築されたものが多い。
それに落雷による火事で殆どが数度焼けているから、多くは様々な時代の再建。
それでも古の香りがするお堂の数々は、その前に立つだけで落ち着く。
それぞれの建物は中には入れないが、正面の小さい窓から中が見えたりする。
覗き込んで、うまくいけばご本尊も見える。
お天気が悪くて暗かったのだけど、光り輝くお像が見えるとすごく嬉しい。

どんどん歩いていくと、曇り空の中にも鮮やかな丹が目に飛び込んでくる。
高野山に来た!っていう「根本大塔」!
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おっきい!
天保14年の大火で焼失してから100年、ここには何も無かったのが、昭和12年になって再建。
今回の旅で一番見たかったのが、ここの立体曼荼羅。
ドキドキして足を踏み入れる。メインの場所なのに人が誰もいない!
お天気のせいで中はかなり暗く、写真で鮮やかに見えていた如来や菩薩たちは、わずかなライトアップでようやく見える感じだった。
正面から中央の胎蔵界大日如来様をお参り。
圧巻!
大きい、だけじゃなくて、あの安定感。体勢そのものが一番安定しているのが大日如来の特徴だけど、やっぱり写真じゃわからないドッシリ感。
10分くらい正面を堪能した後、時計回りに歩いてみる。
立体曼荼羅の凄いところは、斜めから見た時の仏様たちの「重なり」。
斜め45度とか、本当にすごすぎる。
金剛憧と金剛笑の間から、宝生如来、金剛宝、大日如来が重なって見え、視界にはかすかに無量寿如来や金剛法もかすって入る。
一番好きだったのは真横からのアングル。
大日如来の真横って、好きなんだよねえ・・・背中のまっすぐさと、腕の流れ方、そして横顔、顎あたりに漂う、お優しさの中の厳しさが。
大日如来様の真後ろには金剛界曼荼羅があった。
建物の内壁高くにはたくさんのお坊さんたちの肖像画。あれはお大師様と10人のお弟子さんたちかなあ。
ちょうどぐるっと一周して来たところで、お遍路さんの方達10人くらいが入ってこられて、正面で読経を始められたので、再び正面から大日如来様にじっと見入る。
我に返ってお堂を出たところで、内拝券を入れる箱にさっき間違って「金剛峯寺」のをちぎって入れちゃったことに気づく(寝不足と暗いのと興奮と・・・苦笑)。
急いで御供所へ行き事情を話すと「すぐ行って箱から出してあげて」と言われた若いお坊さんが、お忙しいのにわざわざお堂まで一緒に行ってくれ、箱の鍵を開けて、たくさんの半券の中からたった1つを探して手渡してくださった。
ホントにすみませんでした・・・
「どちらからいらしたんですか?」「東京です、さっき着いたばかりで」「どのくらいおられるんですか?」「4日間です」「え!4日もですか⁈凄い!」笑
「ずっと来たかったので、せっかくならゆっくり見たかったんです」「4日あれば、全てご覧になれますね〜、どうぞ良い時間を!」
んー、みんなそんなにすぐ帰っちゃうの?

大塔の鐘。白い色が綺麗。
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金堂。
開創当時にお大師様によって創建され、この高野山の総本堂として大事な行事のほぼ全てが行われるところ。
拝観できるが、高村光雲作の御本尊(おそらく薬師如来)は秘仏なので見られません。
(御前立ちも無かったなあ)
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金堂の横を通って、御影堂へ向かう。
忙しそうなお坊さんたち。
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ブラタモリで地面から吹き出す防火スプリンクラーでもお馴染み(笑)御影堂。
軒下に下がった灯籠が美しい。
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御影堂の前にあるのが有名な三鈷の松。
お大師様が「日本の何処に寺を開けばいいか」と中国から投げた三鈷杵がこの枝に引っかかっていたという。
通常松の葉は二又だけど、なぜかこの松には三又の葉があるということで、見つけたら幸運らしく、みんなここにくると探す。
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私が行った時はあまり人もいなくて、2〜3人がウロウロ。
お約束通り下を向いてゆっくりと一周。
無い・・・無いです!(笑)
そう簡単に・・と思っていたら、隣に居た年配の女性「あ!」
まさにその時ハラリと落ちて来たのが3枚葉だったそうで!
「すごーい!おめでとうございます!心がけですかねえ、やっぱり」
そんなこともあるんだねえ。
いやいや、欲なんか出すとロクなことは無い。
これ探しに来たわけじゃあ無いしな〜、とのんびり3周くらいしてから諦めて次へ。
段々、霧も晴れてきて、傘なしで歩けるくらいに。

准胝堂と孔雀堂。
准胝観音様は總持寺で参禅する時に坐らせていただく禅堂にいらっしゃる観音様で初めて知った。
孔雀観音様はお知り合いのお墓まいりに門前仲町の閻魔堂に行ったとき、お堂にいらしたのを初めて見てちょっとビックリしたなあ。
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昔の鐘楼。
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そして、お大師様がここを建てられた時からこの場所にあった西塔。
5回焼失しているが今のは天保5年のもの。
大塔には胎蔵界大日如来様と金剛界四仏がいらっしゃる(大日如来は霊宝館に)が、ここには逆に金剛界大日如来様と胎蔵界四仏が組み合わされている。
金剛界と胎蔵界という2種の曼荼羅を、二つで一つとして考えるのは日本だけだという。
曼荼羅を中国から持ち帰り、そのような意味を与えたのはお大師様、空海だと言われている。
この互い違いの組み合わせも、二つは別々のものではなく、どちらもが同等であり融合であるという意味なのかもしれない。
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壇上伽藍を取り囲む林は台風の影響でたくさんの倒木があったと見え、その傷跡が多く残っていた。
この次の日に訪ねた奥の院も同様だが、1200年の間、一体何回の台風、落雷、火災、豪雨、地震・・にこの聖地もみまわれたのだろうか。
その度に何度も何度も建て替え、建て替え、受け継がれてきたもの。
その度にお大師様に見守られてきた町と人、そして全国からここを訪ねる人たち。

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この切り株は、昨年開創1200年記念として中門が建てられた時に建材となった樹。
西塔の裏にあります。
この中門再建の物語についてはテレビで何度も見て、担当された宮大工さんたちの素晴らしさが忘れられなかったので、切り株もじ〜んとしながら見ました。
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そしてこの高野山の根源とも言えるこのお社もずっと訪ねたかった。
お大師様が一番最初に、この地の守り神であった丹生明神と高野明神を勧請してお祀りした山王院本殿。
今でもお坊さんたちがこのお社の前で読経する、って想像しただけでもホロリとする。
私もここでは二礼二拍手一礼。
神々の化身としてお大師様を導いた白い犬と黒い犬に想いを馳せて。

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この神社前で突然「Hallo!」という声が!
南海電車で一緒だったオーストリア人カップル!
彼女の方が私に近づいて来て「ね、一つ訊いていい?」
「なあに?」「あそこの小さい建物、ハンドルが付いているんだけど、あれは何?何か意味があるのかしら?」
「ああ、あの中には1000冊くらいのお経があって、あのハンドルで一周回すとそれを全部読んだことになるのよ」
「へえええ!!そうなの!ありがとう!」
お役に立ってよかったです(笑)
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山王院。
勉学に関係ある行事がここで行われる。

ぐるっと巡ってその六角経堂まで来た。
ブラタモリでは女性アナウンサーが一人では回せなかったので、ちょうどそこにいらした年配のご夫婦のご主人様の方が今まさに回そうとしていらしたので、ご一緒させていただいた。
「右回りで行きますよ〜」ぐるっと一周。
案外軽い。
後から見てたら女性一人でも回してる人いたなあ(笑)
アナウンサーはか弱かったのか・・・
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さて、やっと正面に来た。
ここから入るべきだったのだろうが、まあいいだろう。
この平成の大事業、中門のその柱を見たかったのだ。
テレビで見たその驚くべき工法と技術。
昔ながらの道具を作るところから始まり、何と言ってもあの柱が石の凹凸に寸分違わず削られて、釘一本も使わず一滴の接着剤も使わず、ただ石の上に立っているだけで支えているというすごさ。
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そして山門に4人揃っているのが珍しいという四天王。
裏から表から、じっくり鑑賞。

増長天。
松本明慶さんですよ!
胸のトンボは「前にしか飛ばない」ことで武士の鎧印などにも好まれたもの。強い意志を示す。
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広目天も松本大仏師作。
セミは広く鳴き声が聞こえることから、広い視野で世の中を見渡す広目天の役目を表しているんですね。
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多聞天は宝塔を持っています。
目がピカピカしてる。
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持国天。
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美術館や博物館でみる仏様たちも貴重でありがたいし、運慶快慶とか古くて貴重なものはなかなか実物が見られないのも仕方がないけど、でもやっぱり仏像ってお寺の本堂や山門にいて欲しい。
美しく照明が当たってるのも素敵だけど、暗いお堂の中でよく見えないけど奥の奥にいらっしゃる様子とか、目に見えるものだけでなく、そこから放たれる空気みたいなものもあるんだなと、お天気の悪い暗い高野山の1日目で思ったのでした。
2日目からもっと多くのお寺での朝の勤行やお参りでも感じたのだけど、ご本尊様なんてそもそもそんなに近づいて細部まで見られるものじゃあない。
なんだか奥の奥で輪郭もよく見えないけど、でもその存在感。
もしかしたら、それでいいのかもしれない、と。

さて。
雨あがりの美しい弁天様の池を渡って、紅葉始まってる勧学院を左に見ながら、もう一つの超有名スポット金剛峰寺を目指します。
今日はここまで。
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by saskia1217 | 2018-10-08 05:47 | 感じろ、考えろ、思え! | Comments(0)

今日もまた日が昇る・・出かけてゆこう!


by saskia1217