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物言う仏像

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運慶展。
確認されている31体のうち22体が一度に見られる・・それは混んで当たり前。
まあ少しでも人が少ない時間を狙って、と午後から出陣。
午前中の待ち時間は40分だったが、13時半で10分くらい。展示品の前の人の厚みは3層くらい、かな。

すごく楽しみにして、前売り券も随分前に購入していた。
久々に入場するのにドキドキする展覧会。
暗い会場に足を踏み入れると同時に、暗がりの中から褐色と金色の混じった像がいきなり目に飛び込んで来る。
大日如来。
瞬間的にぼわ〜っと涙が。
なんだなんだ、どうしたんだ!?
ぼろぼろ泣きながら近寄る。
20代の運慶が、父に来た注文を請け負って作ったデビュー作。1176年。国宝。
張り切って作った自負(当時の仏師としては異例、底に自らの銘を入れるなど)や若さ故の自己顕示も感じると言われるけど、そんなことよりもただただ「大日如来」そのものしか見えてこない。
「端正で美しい」「いい顔をしている」なんてことさえ言えないくらい、けして大きいわけでもないこのひとつのカタチが「大日如来」として「生き」「語って」いるそのパワーに一瞬で射抜かれた。

今日みた多くの仏像のうち、運慶作の殆どにみられる彼の特徴である「玉眼」
それはただの「迫力ある木の仏像」に、たちまちのうちに命や息やあるいは「まるで人間のような」生々しさを持たせてしまう。
六波羅蜜寺からきていた地蔵菩薩のようにほそ〜〜〜くて奥なんかわからないくらいの目にも、(彼の流れを汲む作品では)餓鬼や犬や鹿の目にさえもちゃあんと玉眼が入っている。
父・康慶の作品も今回ほんとうに素晴らしいものがたくさんあったのだ。
「法相六祖坐像」なんて、羅漢さんによくあるような、その表情も造形も表現力が豊かで、まるでそのお坊さんの声色や性格まで伝わるような迫力があった。
けれど、目を合わせたときの生々しさは、どうしても木で出来た目から出る力の強さが物足りなくうつってしまう。

今日は全ての仏像、特に玉眼の仏様には必ず「目が合う」ところを捜して、その地点でまず立ってみた。
玉眼は木だけの目よりも言うまでもなく「グッとくる」それは当然なのだけど、玉眼の目にはむこうからグッと掴まれて離してくれない感がある。
そしてその目が合った瞬間、その仏像が何かを言ってくる!おどろいたなー!
仏像が「その仏様」になる。
お不動様ならお不動様の、毘沙門天なら毘沙門天、大日如来なら大日如来のお役目、コトバ、ご意志。
2体の両脇侍立像に挟まれた大きな大きな阿弥陀様には、お不動様のような厳しさが微塵も感じられないのは当然。
最近は大日如来について聞いたり考える機会が多かったので、この入り口のデビュー作をはじめ、いくつかの大日如来様の前ではずいぶん長いこと立ち尽くしていた。

この像と共に心に残ったのは、有名な無著と世親兄弟の菩薩像のうち、世親。
最近よく話題になる「唯識」を学ぶときには必ず出て来る学僧なので、お顔を見ながら彼らがどうやってあの複雑で壮大な体系を作り出したんだろう・・・なんて意識が遠のきそうになった。
有名なこの像、2mほどあって想像より大きい。背中から見ると、二人とも様子は違えど少し猫背ぎみな肩の丸みが、何かを語っているようだ。
テレビや本で見ていたときは無著のほうが憂いをたたえ彼方を見ている印象で心惹かれていたのだが、実物を見たら世親のほうから、より強い何か感情のようなものを受けた。
玉眼の大きさと形、角度でかなり潤んでみえる目のマジックのせいかもしれない。
「四天王像が北円堂安置とみる仮設」と題されていた配置、遠くに立ってだんだん近寄って行く途中で、無著と世親の二人共と目が合う一点があった。
二人と自分が正三角形に限りなく近いくらいの二等辺三角形を描くあるポイント。
そこから本尊(展覧会では写真)を見るとなんだかとても、全てに吸い込まれるような気持ちになった。
運慶はもちろん配置まで細かく計算していたのだろうなあ。

「これは限りなく運慶作ではないのか」というものがいくつかあったけど、鎌倉時代に由来する、東福寺の多聞天立像は素人のワタシでも「これはもう、ぜったいそうでしょ!」という運慶らしさがあった。
焼き討ちにあった東大寺の復興に尽力した「重源上人坐像」も。

息子や一門の作もとても興味深く観た。
四天王に踏みつけられた餓鬼たちや、可愛い犬や鹿たちの目は、その時代ではもう全て玉眼となっている。

観に行く前にテレビの特集番組をいくつか見て、いろんな専門家のお話が少し頭に残っていたのだけど、国宝の毘沙門天は解説通りにその身体のS字ラインが美しく、美しいだけじゃなくて力強く、そして殆どどの仏像も典型的日本人体系のドッシリ型で親近感(笑)
三体並んだセットの仏像は、正面からもいいけど、両サイドから見ると3人の横顔が同時に見られて素敵。正面は激混みでもサイドや背面はガラガラ、ってことも多いからオススメ。

お不動様が手に持つ縄が空調の微風にかすかに揺れていたり、入り口のあの大日如来様の右ひざにかろうじて残されている金属の殆ど1センチ以下の装飾(イヤリングみたいにぶるさがっているもの)を見つけたりすると、たちまちそれが作られた当時にタイムスリップできるようだった。
何よりもほとんどの仏像がガラス張りではなく、同じ空気の、手の届く(届けないけど)目の前にいらっしゃることが素晴らしかった。

各パートにテーマみたいなものが掲げられていてとても面白い展示方法だったのだが、今回の大きな注目点のひとつだった「仏像内臓品」もとても興味深かった。
テレビ番組で検証していたのを見た印象よりも、それらの仏像がずっとずっと小さいことに驚く。
こんな中にあんなに色々なものが精巧に納められているなんて。
多くの仏像の白毫が、埋め込まれていなくて額にでっぱってくっ付いていたのもちょっと意外だったし。

高野山からやってきていた、話題の「八大童子立像」は楽しかった。
「こんな人いるよなー」
実際「矜羯羅童子」なんて、激似の友人がいるし(笑)

頼朝の三回忌に作らせたという(頭部に頼朝の歯と髪が納められている)美しい聖観音像は、江戸時代に彩色しなおされた極彩色。肌の白さが際だつ。
美しいけれど、個人的にはセピア色になった仏像のほうが(とはいってももとは金ぴかだったけど)好きかな。

大日如来を始めとして真言宗風に右足が上になる結跏趺坐の、完璧な美しさとしなやかさ。
あんなふうに綺麗な結跏趺坐が出来るようになりたい、もっと修行しよう!ってめちゃくちゃ思った(笑)
足の裏は全て扁平足だった従来の仏像と大きく違って上になった土踏まずが人間らしいから、余計そんなことを思っちゃう。
しかし、うねりのある、迫力と動の仏像たちのなかで、大日如来様だけは本当に完璧にまっすぐで、ど真中で、揺るぎない安定として作られていることが印象的。
やはり全ての原点、全てに化身しているという包容力と絶対的な大きさの故だろう。
すごいなあ、というありきたりの感想と、やっぱりホンモノじゃないと何にもわからない、伝わらないってことと。

混雑なんかにめげないて行ってよかった。
最初は人混みのなか覗き込んだり、遠目にみたり、もぐりこんだり、横滑りしたり・・・と細かい動きでなんとか一通り最後まで見て、惹かれたもののところにまた戻り、閉館時間の1時間前くらいから、後からゆっくりと逆流していく。
と、入場してくるお客さんがどんどん減っていくので、入り口に戻ったころにはほぼ誰もいない状態!
心ゆくまで思う存分、大日如来と見つめ合い、ぐるぐるてくてく周りをまわり、そして最後に手を合わせて入り口から博物館をあとにした。
オススメのテクニック(笑)

11/26まで東京国立博物館、たしかあと1回展示替えがあるはず。
是非!
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by saskia1217 | 2017-10-25 20:38 | 感じろ、考えろ、思え! | Comments(0)

ヴァイオリン

「若松夏美バッハを弾く」を聴きにハクジュホール。
夏美さんがバッハの無伴奏を弾かれるという、それだけで即効行くことに決めた。

ハクジュホール、じつは初めて。
やっぱり響いていいなぁ!
夏美さんのソロもじつは初めて拝聴したかも。
初めてお会いしたのはBCJの第1回イスラエル公演でご一緒したとき。
以来オケ中やコンチェルトなどは聴かせていただいたり、大学で同僚として学生たちの試験の採点や講評を通して、夏美さんのあの自然体で曇りのない、ブレない音楽観とお人柄を感じていたので。
なので、その「夏美さんぽいバッハ」はきっと好きに違いない!
それを聴きたくて行った。

バッハはもちろんよかったけれど、バッサーノのリチェルカータもよかったなぁ。
選ばれた3曲のバッハはみんな違うスタイルとキャラクターだったけど、どれもが夏美さんだけの色。

ものすごく丁寧に大切に扱ってるのに、空気のようにスルリとしていて。
ラストに弾かれたd-mollのパルティータ、冒頭のアルマンドを始めるとき、そして調弦を挟んで最後のチャッコーナに入るとき、なんの力みも気負いもなく、でもまっすぐに真正面からこれから弾く音楽に向かっていく瞬間が、とても素晴らしかった。
妙な構えのないチャッコーナは、ありがちな不自然なデフォルメや不格好な造形がなく、「20分の大曲」ではけっしてなく、途中ドラマもありつつ終わってみれば静かに流れる大河のような、気がついたら終わっていたような、そんな素晴らしくバランスのとれた温かいアプローチだった。

自分1人と、ヴァイオリン一丁と、バッハ。
チェンバロという楽器はどうしても、単純に視覚的にもステージでの楽器のインパクトが強い。
大きさだけでなく、色や装飾や。
ガタイのある楽器の奏者からすると、その水墨画のようなシンプルさは羨ましいシチュエーション。

ステージングから音楽から、
何もかもがじつにカッコイイ演奏会でした!
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by saskia1217 | 2017-10-13 15:49 | 感じろ、考えろ、思え! | Comments(0)

のりものいろいろ

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いろんな絵とか彫刻で仏様が「乗っているもの」ばっかり集めた展覧会観に根津美術館。
ふだん美術館博物館へ行くのは、混む週末や祝日を出来るだけ避けるのだけど、今日は企画がマニアックなせいか混雑はさほど無くゆっくり見られてラッキー。

蓮華とか動物とか岩とか雲とか餓鬼とか。
珍しい「雲に乗った」お釈迦様(そういえばあんまり見ない!)。
琵琶を持った美しい弁天様は迦葉の上。
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9世紀に円仁が中国から請来したという「金剛界八十一尊曼荼羅」は大きくって見事。
難しい名前がついたたくさんの仏様は、孔雀や迦楼羅(ガルーダ航空ってコレか!)、翼のついた馬やゾウに乗っている。
その中で獅子に乗るのはただ1人、大日如来様のみ。
結跏趺坐、半跏趺坐どちらも右足が上になってる仏様が圧倒的に多い。
密教系だからなのかな。
お不動様や愛染明王様、どれも色彩が美しい。

観音様の「来迎図」ってやっぱりなんだか心に残る。
周りを囲む大勢の仏様が琴や琵琶、太鼓で音楽を奏でているのは、西洋のバロック絵画と同じだよね〜。
音が聞こえてくる絵。
乗っている雲の描かれ方が「平安時代はゆったり、鎌倉時代になるとスピードが速くなる」っていうのが面白かった!
時代が下るとせっかちになるのか(笑)

合わせて青銅器や金銅仏、水瓶、「菊月の茶会」のお道具展示も楽しむ。
なかに、目録に無い特別展示の宜興の可愛い急須を見つける。
ひところ随分見て回った宜興の急須、お手頃値段の普段使いだけど自分でも大事にしているからなんか嬉しかった。

目の覚めるような紅葉が楽しめる庭園は、まだちょっと色づくには早かったけれど、水音、色づき始めた葉を堪能し、石仏たちにも久しぶりで再会。
連休だからなのか散策する外国人のお客様も多く、フランス語、ドイツ語、韓国語・・庭もインターナショナル。

都会の静謐。
やっぱりいい美術館だ。
また訪ねよう。
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by saskia1217 | 2017-10-10 01:54 | 感じろ、考えろ、思え! | Comments(0)

歌舞伎初心者



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歌舞伎座10月昼公演のネタバレをしています

お能狂言は大好きで学生の頃からよく観に行っていたのに、何故か歌舞伎には縁が無く来てしまった。
無い、というより、本当に興味があればとっくに自分でチケット買って行ってたはずなんだけど。
嫌いというわけでもなく、ずっと、それほど興味が無かったのだろうなあ。
西洋で言えばオペラの位置にあるともいえる、いやそれどころか、日本が誇る最高の総合舞台芸術・・・
一度も観たことがないというのは日本人としてどうかと・・・

実は一度だけ友人と幕見で4階てっぺんからチラッと観たことはあったのだけど、その時はただフラッと入ったので演目とか筋書きとか役者さんの名前とか全然わからないまま、舞う場面や音楽を楽しんだ、というだけ。

今日、やっと一演目まるまる、同時にニュー歌舞伎座を満喫してきました。
日時の都合で昼公演しか行けなくて、それがたまたま新作。
初めてちゃんと観るのに新作はどうかなあ・・・とも思ったけど。
「マハーバーラタ戦記」

えーあの大作をどうやって歌舞伎に!
というより「すっごい長い歴史的叙事詩」ということしか知らない。
あ、そうか、でもあの「バガヴァット・ギーター」ならヨガの座学でずうっと読んでたな。
たしかあれ「マハーバーラタ」の一部だったんじゃ?
上村勝彦訳の岩波文庫と、向井田みおさんの訳で、結講じっくり読んだ。
なんてことが、神々の名前をうっすら覚えてたりすることに繋がったけど、果たして予習しなくて大丈夫なのか!

そんな不安から歌舞伎座HPをみたら、今回の脚本はなんと青木豪さん。
いまや演劇界では知らない人がいないくらいご活躍だけれど、むか〜し学生時代に青木さんとは何回かミュージカルの舞台でご一緒したことがある(笑)。
当時私は芸大生で、青木くんは明大の演劇科の学生だったはず。
同じ明大演劇科の高岸さん(現在芸大でも教鞭をとる俳優座の演出家)が企画していたご縁で「メリー・ウィドウ」とかやったんだった。
歌舞伎の脚本なんてスゴイなあ、青木くんビッグになったんだなあ・・なんて思いつつ、人物相関図を眺めたくらいで(しかも複雑だから見てもピンとこない)結局のところさして予習せずに出かけることに。

改装後初めて足を踏み入れた歌舞伎座。
まずは今日の演目にちなんだ限定のお弁当をゲット!(これ大事)
本日の主役「尾上菊之助さん好み」というタイトルの、インド料理と日本料理のコラボメニュー。
タンドリーチキンやドライカレー、和食も入って楽しい。
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お席の幅や前との距離、通路の幅なんかが以前より広くなってる、というのを実感。
今日もだいぶ目にしたけれど、とにかく外国のお客様が多いからね。
日本人にとってもゆったり座れるのは嬉しい、なんたって歌舞伎はお席にいる時間が長いから。

初心者の私には、慣れた方にはなんてことない諸々が面白く、気が弛む暇がなかった(笑)。
今日はかなり前のほう、しかも花道のすぐ脇でステージにも近かったので、色々なものが見えたり聞こえたり。
開演前にアナウンス付きで披露される何種類もの緞帳、開演時に幕の中からひとつめ、ふたつめ、とだんだん速くなって聞こえて来る柝、幕を引く係の人の足音や幕の持ち方・・

インドの話を歌舞伎に、しかも日印友好交流記念ということで、主役を務められた菊之助さんは実際にインドにも行かれ、あのハリドワールでガンジス川の沐浴や祈りの儀式をご覧になったり、色々体験されたとか。
あくまでも「歌舞伎」だから、動きとか音楽とか衣装とかどうなんだろう?
それが楽しみだった。
舞台美術ではインドを思わせる絵を描いた大きな屛風を幕ごとに変えて使ったり。

衣装もとても工夫されたらしく、和を基調に、着物の柄に梵字が入ってたり、インド風の生地だったり。
なかでも幕開けのインパクトが凄かった!
幕があくと板付きで梵天や帝釈天、シヴァ神など7人の神々が、全身まっ金金ピッカピカで、後光を背負って段にズラ〜ッとならんでこちらを見下ろしてる。
見た目全員、全身金なので、最初はどれが誰だかわからない。
持ち物で「あ〜大黒天」ってわかったり(笑)

音楽、セリフ、踊り、衣装・・・
すべてが場面場面で「歌舞伎」「現代劇」「インド風」と切り替わったり、ときどきそれが混じったものだったり。
ある場面(あまり本筋に関係が深くないところ)では完全に伝統的な音楽の形態と、伝統的な衣装と踊りがきっちりと。ステージ上に義太夫や清元がひな壇で並ぶ「出囃子」「出語り」状態、美しい女形と麗しいイケメンが踊る。
他の場面では、今ふつうにテレビの時代劇くらいの感じの「演劇」(いまはもう昔みたいな口調じゃなくなったよね)になり、また衣装はインド風でも所作やセリフは完全に伝統的なシーン(口上とかそうだったかな)があったり。
そして、時々フッと織り交ぜられるコミカル要素(双子の王子がザ・たっちのギャグ言ったり・・笑)。
それが、頻繁に使われた回り舞台や、花道の活用も相まって、緊張感と笑いのいいチェンジになっていて、長時間の舞台を飽きさせなかった。
脚本・・すごいよなあ。

戦闘シーンの馬や、お姫様が乗って登場する大きなゾウなど、動物もとってもよく出来ていて、しかも動きがすごいリアル。
距離が近かったので中に入っている人の手足がちょっと見えたりしたのだけど「どんな体勢!?」と思うくらいすごい組み方してたり、クビの動きが細かくてすごいなあと感心したり。
どんな役でもその役に徹して務めるって、すごいな。

音楽がね、また面白かった。
インドを思わせる民族楽器を黒子の恰好をした奏者さんたちが上手に陣取って演奏し、2階式になってるその上段には義太夫さんたち。
下手の黒御簾には太鼓や鼓などのお囃子(このすぐ前の席だったから、すごい迫力で素晴らしかった!)
ツケの使い方やダイナミックレンジの幅にも感動。
当たり前なのだろうけど、すべての演奏が、セリフのあるところでは弱くなって声が聞こえやすくなるのも面白かった。
ガムランのような旋律線やハーモニー、モダンなポップスか歌謡曲みたいなメロディーの曲、現代風な歌詞やリズムを義太夫が演奏したり。
作曲担当されたのは、特に音楽を専門に勉強されたのではないという主にパーカッションを操る音楽家の方だというけれど、さすが打楽器の扱いが素敵でした。
主人公の夢枕やお告げなどに、私の目の前の花道からよく神々が下から出現していたのだけど(笑)その時鳴らされる音楽には必ず「どろどろ」っていうのかな、あの幽霊が出て来るときの音、が使われていたのも面白かった。
笙も入ってましたね。
やっぱり「霊」的なものを表していたのかな。

さすが歌舞伎、大勢の配役、役者さんがたくさん出てきて、一人芝居の場面から花道まで使って全員で賑やかになる場面まで、豪華で楽しい舞台。
なかでも印象に残ったのは、まず、主人公「迦楼奈(かるな)」を演じられた菊之助さん。
オープニングではシヴァ神を演じられたのだけど、その声の通りっぷりとセリフの聴き取りやすさ、説得力はダントツだったので、その時点から「おお」って思ってました。
年齢や役の性格にもよるのと、自分の席の場所にもよるのだと思うけれど、やはり後を向いている時、反対側の花道にいる時でも、その声がはっきり聴き取れる役者さんてやっぱりすごいなあと思うのです。
あと、圧巻だったのは中村七之助さん。
主人公の敵でありながらどこか心が通じ合っている「悪役」鶴妖朶姫(づるようだひめ)を演じされたのだけど、声そのものも素晴らしいし、細かい表情やセリフの語尾の消え方などまで、その「悪役」の心理まで醸し出していたのが見事だった。
ラスト近くで尾上松也さん演じる阿龍樹雷王子(あるじゅらおうじ→バガヴァット・ギーターの主役!)と交える激しい一騎打ちでの立ち回りが凄くて、最期をとげる場面での悲劇性があまりに迫真で胸を打ちました。
そうそう、松也さんもとても重要な役で、清々しくまっすぐな青年戦士らしくて素晴らしかったです。
歌舞伎役者さんをあまり存じ上げないので、ふだんテレビのドラマやバラエティーなんかでしかお顔を拝見しない役者さんの「本業」がちゃんと観られたのも、本当に良かった。

全体的には、インドも日本も、そして現代と伝統も、それぞれを別々にするところと融合させているところが、すべて通して観たときにほぼ同じバランスで作られていたなあ、という印象。
この長い叙事詩から、作者がこの作品の中心として置いた(のではないか?)ことが、ラスト近くでちゃんとまとまって考えさせられるように出来ていた気がする。
「力と知恵、どちらが平和をもたらすか」
「ダルマを貫くということ」

みていてなんだかちょっと、ここ数日の日本の政治家を思い出したり(苦笑)
初めての歌舞伎、ものすごく楽しかったです。
私にはもしかしたら「純・伝統的演目」よりも良かったのかもしれないな。
けれど、また遠からぬうちに、今度は「純」なものを観に行きたいと思う。

観賞後、せっかくなので見学した「歌舞伎座ギャラリー」では、道具の馬やカゴに乗ったり、鳴りものを叩き放題やらせていただいたり(どろどろ、やってみた・・・笑)、幕間のお弁当や人形焼きのおやつも楽しかったし、お土産に「限定」商品を買っちゃったり、屋上庭園もぶらぶらできたり。
歌舞伎座まるまる堪能できた、最高の「夏休み最終日」になりました。
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by saskia1217 | 2017-10-04 20:37 | 感じろ、考えろ、思え! | Comments(0)