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楽しみにしてた「快慶・定慶のみほとけ」展、やっと行けた!
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こないだ見た「醍醐寺」展もだけど、なんかもう西からザクザク貴重な仏様たちがやって来る東京…
国宝なのに。
重文なのに。
秘仏!なのに。
恐縮しつつ、ありがたいありがたい。

大報恩寺も凄いんだなー
慶派の仏様たちがたくさんいるらしい
行ってみたいなー
(とか言っても、高野山もそうだったけど、現地に行っても秘仏だったり非公開で現物を見られないことが多いんだよね…
かえって東京にいる方が博物館・美術館に来てくれるという。
ただねー、仏像はやっぱりお堂の中で見たい)

東博の平成館、いつも両側使ってる会場の片っぽだけ(あと半分はデュシャン)なので数は多くない分、全てがメイン!な見応え!

秘仏のご本尊、行快作のお釈迦様はさすがの貫禄。
快慶門下の特徴である吊り目は、本来見るべき下の位置から見るとちっとも吊り目じゃなくなる。
(お軸や仏像はいつもなるべくしゃがんで見るようにしてる)
そのお釈迦様の周りを点々と取り囲んで、十大弟子が勢揃い。
今はお堂と霊宝館に別れ別れになっちゃってる彼らもここで久しぶりにお釈迦様の周りにいることができて、嬉しいんじゃないかな
十大弟子たちは小ぶりながらそれぞれの表情や姿勢がとても個性豊かで楽しい。
運慶系統の助っ人仏師特有のゴツい頭頂部や、衣の短さなど、快慶側との違いも面白い!
特に好きだったのは、盲目だけど全てを見通す力を持つ「天眼」阿那律さん!
穏やかななかに一筋通った何かが見えた気がする。
執着を取り払う「解空」須菩提さんには特に一生懸命手を合わせてきました…笑

十大弟子も素晴らしかったけど、もっと心に残ったのは肥後定慶作の六観音菩薩像。
比較的大きいサイズの観音様がずらっと横に1列に並ぶ姿は美しすぎた…
会期後半に入って、それぞれの美しい透し彫の後背が取り外されて別々に展示されているので、仏像の背中までぐるりと見られるのが貴重。

最も惹きつけられたのは如意輪観音様。
こないだ見た醍醐寺の如意輪観音様も小さくて素敵だったけど、こちらはもうちょっと素朴な空気、木のぬくもりが印象的。
定慶が得意とした髪や衣の柔らかさが、触らなくても伝わる。(触ったら硬いはずだけど)
何と言っても眼が!
どの観音様にも玉眼が入っているのだけど、如意輪観音様だけがもう眼がキラキラ、というよりウルウル。
横顔からもウルウルが見える。
照明の角度のせいなのか、ほかの仏様とは比べ物にならない。
いや〜ノックアウト!
ずーっと一日中、前にいたい仏様!

後背にはどれも仏様の頭の後ろの部分が蓮の花の雌しべ部分になっていて、馬頭観音様のには三鈷杵彫ってあったり少しずつ違う。
しかしまぁ、台座に至る細部までよく作ってあるこよく作ってあること。

唯一撮影可能だった聖観音様。
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あと、アートスコープは馬頭観音や十一面観音を見るのにすごーーく役立つことがわかった(笑)
頭の上に乗ったたくさんの小さい仏様の顔がよーく見えます!

仏様だけ見て帰るつもりが、ちょうど本館で「潜伏キリシタン遺物」展をやってたので、そちらも。
大浦天主堂の資料館や天草でも見たけれど、傷んだマリア観音やおメダイ、ロザリオの一部などはどれも、確かに人の手の中にあった実感があって生々しい。
多くが長崎奉行所から出てきたものだから、おそらく没収品なのだろう・・・
このひとつひとつ、どれも持ち主がいたはずで、彼らは一体どんな思いでこれを手にしていたのだろうか。
展示室には日本人よりも外国からの観光客の方が多く、英語、フランス語、ドイツ語・・・皆口々に感想を話しながら見ていた。
今日けして宗教が日常にあるとも限らない「キリスト教国」の彼らに、この時代の日本人はどのように映るのだろうか。

二つの展覧会を堪能して外に出たら、まだ明るい。
いつもは塀の外からしか見ていなかった庭園へ。
寛永寺の敷地だったトーハク、庭も立派で、いい感じの池とか、小堀遠州の茶室とかどこかの旧家とか、移築されたものも幾つか。
ポツンと止まったキッチンカーでホットドッグとコーヒーを買い、池を見ながらひと息、今見てきたものを反芻。
紅葉はまだだったけど、空気が澄んで素敵だった。
桜の季節はもっと人が多いのかな。
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図らずもトーハクを満喫した午後。
ありがたい時間!

酔芙蓉が綺麗でした!
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by saskia1217 | 2018-11-13 19:26 | 感じろ、考えろ、思え! | Comments(0)

仏教フェス!

FBで知ってずっと完成を楽しみにしていた、全国曹洞宗青年会制作の映画「典座」の試写会目当てに総持寺へ。
昨夜の本番でちょいグロッキーだったけど遊びに行くモチベーションは何にも勝つ!😆
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実は總持寺では昨日今日と、曹洞宗青年会関係の世界会議とか全国大会とか禅文化学林とか・・・よくわからないけどお坊さんたちの色んな行事と、それに重なって今日は彼らによる一般ピープル向けのイベント「お寺で遊ぼう食べよう」「仏教音楽祭」などが同時に開かれていたから大賑わいなのである。素晴らしいお天気だったし!
このイベントのことは知っていたけど、女子限定ヨガとか女子向け「プチ修行」本の展示とか😅天邪鬼の私にはあまり足が向かないイメージで元々行く予定はなかった・・・のが、映画見られるなら!と。
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久しぶりの總持寺、やっぱりいいなあ。
道場のある大きなお寺って、たくさんのお坊さんの姿があるのがいい。
入ると自然に叉手左側通行、お坊さんとすれ違う時は合掌、お手洗いの烏枢沙摩明王様にも合掌・・・になる、それだけでもう何か背筋が伸びて呼吸も心も整う感じがする。
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人数多くて観られなかったら嫌だなあと30分以上前に到着したら試写会会場はまだ開いてなかった笑
大々的に宣伝してはいなかったのか、イベントの中では地味なのか、10時の回だったからか、観客は2〜30人くらい?でちょっと寂しいくらい、関係者のお知り合いっぽい年配の方が多かった。

「典座」というタイトルから私が想像していたのは、道元禅師の典座教訓や赴粥飯法をベースに、道場や寺院での「食」のあり方についてのドキュメンタリーのようなもの。
でも違った。(監督が上演前に「ちょっとびっくりすると思います」と仰ってた)
実在のお坊さん3人のそれぞれのお立場でのリアルな悩みや立ち向かい方を、半分ドラマ、半分(インタビューのような)ドキュメンタリーで描いていた。
(今日はそのうちお二人がご挨拶に立たれていた。実際のお坊さんが演技されているのでそこはそこそこぎこちなさはあるけど、それがまたリアルで良かったりする)
ごく普通の家族間の日常の中で息子の食物アレルギーをきっかけにかつて修行時代から取り組んできた食についての考えを再び呼び起こされ新しい意識を持ち始めた僧侶、東日本大震災で自分のお寺を無くし復興作業を職業としながら人々と関わりあう僧侶の話、そして曹洞宗が実際に行なっている「いのちの電話」というホットラインの相談役を務めるお坊さんたちの、彼らもまた人間という中での摩滅と苦悩。
タイトル、そして時々示される「六味」のキーワードと、その部分のエピソードがなかなか直結しづらい展開なのが一般向けにはわかりにくいかなと思ったのと、企画制作側は「一般の人向け」に、でも監督も含めて実際は「これからを担う若い僧侶へのエール」として「もっと一人一人が本物として動いてゆこう(まさに副題『不他是吾』)」という意図もあったようなので、その両方を満たすというのは映画という時間制約の中ではなかなか難しい気もした。
でも、観た人がそれぞれの立場で、「食」の向こうに透けた「命」について考えさせられるきっかけになる作品だったと思う。
一番心に残ったのは、尊敬する青山俊童師のインタビューで、お寺に生まれたお坊さんの宿命、悩みに答えて「選んで選んでたどり着いた先が仏道なら、いくらその前に迷っても反発しても良い」つまり「選択した結果見つかったもの」の決定的な強さ。
今の私には大変身に沁みた。
自然の美しい映像、そして道元禅師が行かれた中国・天童寺の景色も印象的。
今後劇場公開も展開する方針だそうなので、その時には大きな画面でまた観てみたいと思う。きっとまた違う印象を受けそうだ。

疲れていたので映画だけ観てサクッと帰るつもりが、イベントってやっぱり・・・楽しくて結局色々満喫😉
パンフ見てたら、普段は未公開で入れない仏殿(お泊まりの坐禅会でも入れなかった)の内部拝観ができる!
運よくちょうど公開時間に間に合い、中に入れて嬉しかった。
そう、与謝野晶子が嘆願しまくって入れてもらったらそのあまりの床の冷たい鏡のような美しさに慄いてしまったと詠んだ、あの仏殿ですよ。
靴下を通してもひんやりする床を楽しみながら、初めて近くで拝見できたお釈迦様。遠く高いところで凛としていらっしゃいました。
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仏殿前では太鼓の演奏、太鼓に合わせて般若心経も唱えられていたので、最近うろ覚え程度に暗記したのを一緒に口ずさみながら歩く。
お坊さんたちが写メ撮ったり動画撮ったりして盛り上がってるのもいい😌
しかも今日は曹洞宗だけでなく各宗派のお坊さんが入り乱れてて素晴らしい風景。木蘭色の曹洞宗の方々に混じって、紫の紋白をつけた真言宗の方々、また金峯山寺の山伏姿の方々、有髪の真宗の方々・・・
各宗派のブースが隣り合わせに並んで、それぞれ若いお坊さんたちが頑張っていらっしゃいました。
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昼食はお目当ての精進ピザ。
大人気+焼けるのにちょい時間がかかる、で注文から受け取りまで15〜20分ほど待ったが、キッチンカーの中にあるピザ窯!で焼きたてで美味しかった!
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主な具はレンコンなのだけど、煮たもの焼いたものなど取り混ぜて生地の上に乗っていて、トッピングには素揚げのもの、そして菊の花びら。塩味もちょうどよく、青海苔の香りもいい。
チーズのようなものは、あれはきっと豆乳由来だろうな。
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それからFBで見ていてちょっと気になっていた「ほとけさまのやさしい精進カレー」
試食してみたらとても美味しかったのでお土産に購入。
想像よりずっとコクがあってスパイスも香って満足感あり。
最近精進カレー色々あって、こないだ高野山でも2種類買ってなかなかよかったのだけど、あちらはもっとサラサラ系だったかな。
そのカレー売り場でせっせと試食品の盛り付けをされていたお坊さん、あ!っと思ったら以前、精進料理教室で教えていただいた箱根のお寺のシェフ兼お坊さんの(最近テレビでも紹介された)折橋さん!
意外と世界が狭い😁
キビキビと働かれていました。一般に向けての食についてのお働き、素晴らしいなと思います。

せっかく總持寺に来たんだから、ちょっとでも坐禅できないかしらん、と思ったら、なんと無料体験、ちゃんとありました!
ピザ待ち時間に受付を済ませ、ピザぱくぱくの後、坐禅へ。
参加者は男性3人、女性2人の5人。
地味〜(イベントでも私が行きたいところはほぼマイナーだということがわかった)
「体験」なのに、ちゃんと坐禅堂(衆寮)で坐らせていただけてよかった。
雑巾掛けさせていただいた懐かしい長廊下を通って、准胝観音様にも再会!
短めの20〜30分だったけど、やはり家で坐るのとは違う。最近なかなか座禅会に行けてなかったから、あの場所で良き時を持てて本当にありがたかった。

お寺フェス満喫。
たまには行こう、道場!
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by saskia1217 | 2018-11-10 20:25 | 感じろ、考えろ、思え! | Comments(0)
高野山紀行、ついに最終日に到達。

4時30分起床。
最終日の朝勤行は、事前に電話で問い合わせて参加可能だとお聞きしていた、やはり近所の一乗院さんに伺うことにしていたのだが、前日宿に帰る途中通りがかりに念のため中へ入ってお尋ねしたら、やはり宿泊客と檀信徒の方が優先というニュアンスだったので、さてどうしようか、とちょっと困っていた。
向かいの無量光院さんに立ち寄ってお訊きすると、朝お世話になった尼僧さんがちょうどいらして「どうぞどうぞ、ぜひおいでください」とのこと。
特に滞在最後の日は28日でお不動様の日だったから護摩供養があるところがよかった。前日の朝勤行があまりにも素晴らしく心に響いたものだったので、やはり無量光院さんへ。

本堂への道順もスムーズに奥へ進んでゆくと、本堂入り口には外国人のお坊さんが塗香を持って迎えてくださった。
朝のご挨拶をすると「今日はね、ガヤガヤしています(笑)インドからのたくさんのお客様です」と(笑)。
なるほど、前日と打って変わってこの日は50人くらいの人が集まっていた。
多くはインドとブラジルからのお客さんたち、それからドイツ、スペインからの方が数人。
日本人2人だけ。

この日の導師様は先ほど迎えてくださった外国人のお坊さん。あとで伺ったらスイスの方だという。
前日と変わらぬテンポと空気で淡々と勤行が始まる。
参列者が多かったのでお焼香にそこそこ時間がかかったが(この日は中央の阿弥陀様へのお焼香と、お大師様への献茶のみ)、参列者の多くは途中で退場されていき、回向が終わった頃には10人ほどが残るのみ。この日は80分ほどだったかな。
賑やかといっても祈りの静寂が損なわれることなく、荘厳さと敬虔な空気が保たれて本当に心に残るお勤めだった。
2回も経験させていただき、帰りに一言お坊さんに御礼を申し上げて宿へ戻る。
本当になんて気持ちがいいんだろう!

最終日は快晴。
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感謝しながらいただく宿坊での最後の食事。
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ワカメと三つ葉入りの温かい湯豆腐、細かくした野菜がたっぷり入った巾着の煮物、切り干し大根の「酢の物」!、菜っ葉の佃煮、海苔、梅干し、お味噌汁にホカホカご飯!
今回もお櫃を空に!
(結局4日間、毎食お櫃を空けてしまった・・・)

荷造りし、早めに8時頃チェックアウトしてしまい、荷物だけ預かっていただいて、急いで金剛峰寺へ!
そう、金剛峰寺での阿字観に絶対に参加したかったのだ。
根本大塔の立体曼荼羅、奥の院の生身供と共に今回の高野山での大きな目的の一つ。
初日にお参りした時に伺ったら、金剛峰寺の阿字観は先着順(20名まで)なので、もし団体さんなどが来てしまうと申し込めなくなることがあるという。
朝9時から1日4回(午前2回、午後2回)で、帰る時間は決めていなかったものの、あまり遅くまではいられないのでできれば9時の回に参加したかった。
果たして無事に8時20分に受付に到着、まだ開いてません(笑)
この日は正面ではなく、近かった横入り口から入ってみた。
ここの坂も美しい。
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数分して入り口が開き、今度は拝観料を別にお納めして、阿字観受付の売店があく8時45分を待つ。
初日は曇っていて建物の内部も暗かったから、快晴のこの日はまた一味違った美しい光景が復習できて嬉しかった。
今回一番感動した景色はこの庭。快晴、静寂の蟠龍庭を早朝独り占め。
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堪能しているうちに売店が開いたので阿字観申し込み。1番(笑)。
開始までまだ時間があったので、ぶらぶらと接待所へ行くと、同様に阿字観待ちの方がちらほら。
温かいお茶をいただいていると、若いお坊さんが出てきてくださる。
あ、おととい雨の奥の院で法話をされていた方!・・・
「あの時いらしたんですかー!(笑)雨がひどくて人が少なかったんですよね〜」
ここでは本来、人が集まるとミニ法話なのだけど、全員阿字観待ちということで、時間までお坊さんと数人で楽しくお喋り。
北海道からいらしたという女性2人組は京都から回っていらしたそうだ。
「真言宗の修行の中で、私が一番苦手なのが阿字観なんです・・・・これからの課題は阿字観の勉強なんです」と、その若いお坊さんは言ってらした。やっぱり得意不得意ってあるんですね。
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さて、いよいよ阿字観。
時間になると、ご指導くださるお坊さんが阿字観道場へご案内くださる。
金剛峰寺の阿字観道場はこの時間に申し込まないと入ることができないので、それも楽しみだった。
この奥の部分が道場。
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この日の参加者は6人(男性2人、女性4人)。少なくてラッキーだった。
塗香をいただき中に入る。
中はそんなに広くなく、横長の畳の部屋。中央に正方形!の「阿」のお軸。
座布をいただき2列にすわる。
最初の15分ほどは阿字観についての解説。
月輪、ハスの花(と高野山の形)、人は何も考えないと「あ〜」と発声する・・等々)、坐り方(半跏趺坐)、呼吸法・・・
そして皆で声を出してみるのだが、それは「あ」ではなく「とりあえず何も考えないで声を出す、その自然な音で良い」ということで、「あ」でもなく「う」でもなく「ゆ」でもないような混ざった音で各自(笑)。
これはちょっと斬新だった。
そして表に面した障子が閉められて少し薄暗くなったところで、約15分ほどの瞑想。
終わりに「はい、目を開けてください」と言われたので「え、目あけてるのでは・・・?」とちょっとびっくりしたが、他の方達はみなさん目をつぶってらしたのかもね。
坐禅でも阿字観でも半眼と教わってきたので・・
それと「阿字」のお軸を見ることに関しては何にもご指導がなかったので、私はたまたま中央に座っていたこともあり、目の前の大きく美しく立派な「阿」を見ながら座っていた。
だって、なんかせっかくあるのに勿体なくて(苦笑)
この日ご指導くださったお坊さんは特に健康・スポーツのご専門だそうで、ハツラツとして、見るからに筋肉をお持ちのような「ザ・スポーツマン」のような方だったのだが、瞑想終了後に15分ほど時間があったので、ご自身の編み出した「リラックス体操」をご指導くださった。
肩を落として腕をブラブラさせて脱力したり。
とても面白かったのだけど、正直あまり「阿字観」をやった気にはならなくて、ちょっと物足りなかったかなあ。
まあ「ちょっと一息・阿字観体験」という、初めてやる人向けの導入だったので、こんな感じなんだね。
恵光院での印象もそうだったけど、おそらく他の宿坊での阿字観もあくまでも「体験」なのだろうな。
いつも東京でやっている阿字観と、高野山に行ったら何かちょっと違う何かがあるのかと期待して行ったので、ちょっと残念だった。
金剛峰寺では経験者のための阿字観「実修会」というのがあるのだけど、年3回しかないので参加はなかなか難しい。
東京でもどこかで、数回以上やったことのある人程度の、そこそこ踏み込んだ場があるといいなと思う。
でももちろん非常にスッキリした心身で、初日と打って変わって嘘のような青空の下の金剛峰寺を今一度目に焼き付ける。
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屋根の上の有名な天水桶もくっきり見える。
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そして、少し急ぎ足ですぐ先の大し教会へ。
最後の目的は「授戒」、これで共通内拝券は全て使い切る。
大師教会は大正時代に建てられた堂々とした大講堂と、昭和に建てられた教化道場から成っている。
なんか入り口から立派な感じ。
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正面に大講堂。
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講堂に向かって左側にある鉄筋コンクリートの現代的な建物の中に受付があるので、そこで授戒の申し込み。
朝9時から夕方4時まで、一時間ごとに行われるので、比較的誰でも体験できるものだ。
開始まで後10分という感じだったが、受付に並ぶ人もいなくて静か。
待合場所の大型テレビでは、旅の前にも何度も見直してきた「ブラタモリ高野山」が流れていて(笑)、お手洗いを済ませたり、そこでお水を飲んだりして待つ。
お手洗いには道元禅師を思い起こすあのお言葉が!
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その日の11時からの授戒希望者は、関西からいらしたご夫婦と私の3人!
時間になると案内のお坊さんに連れられて、講堂の外廊下を通り、その後ろ側にある授戒堂へ。
入り口で塗香を受け、中に入ると、そこは今入ってきた扉からの光でなんとか中が見えるくらいの真っ暗なお堂。
正面に壇があり中央に階段がかけられて少し高くなっている。一番奥にはお大師様の肖像(奥の院の地下にあるものと同じかな)、手前にはロウソクの灯りがいくつか。あとはよく見えない。
なんかすでに色々ありがたい空気で、椅子も用意されているのだが、お大師様の肖像がよく見えるよう下に正座をして待つ。
案内してくださったお坊さんから、途中退席できません等々、諸注意があった後、後ろの扉が閉められて本当に真っ暗に。
向かって左奥から阿闍梨様が鈴音と共にご入場。
真っ暗なのでお顔はもちろん、お姿もボウッとしか見えませんが、とてもいいお声で訥々とお話しされるので、それだけで心が落ち着く。
授けていただく戒律「菩薩十善戒」を、阿闍梨様の後について復唱。
菩薩十善戒についてはボンヤリと知ってはいたけど、全てをちゃんと覚えているわけではなかったので、時々噛みながら(苦笑)声に出す。
3人だけなのでなんとも心許ないが、できるだけはっきりと大きな声で。

不殺生(生きるものを殺さない)、不偸盗(盗まない)、不邪婬(不倫な関係を持たない)、不妄語(嘘をつかない)、不綺語(お世辞など無駄なことを言わない)、不悪口(悪罵しない)、不両舌(二枚舌を使わない)、不慳貪(貪らない)、不瞋恚(怒らない)、不邪見(間違ったものの見方をしない)

だけど、もっと難しくて長い言葉を復唱した気がする。
南無大師遍照金剛も何度も何度もお唱え。
そして一人一人名前を呼ばれて、中央の階段を上がって壇上へ。
暗すぎて足元がふらふら、とにかく階段から落ちないようにゆっくりと登り、阿闍梨様の正面に座って、授戒したしるしであるお札を恭しく授かる。
あとで伺った話では、団体さんなどが来て多いときでは100人以上の参加者がある時もあり、その場合、進み出て受け取ることができるのが代表者だけになってしまうとか。
やはり、自分の名前を呼ばれて直接阿闍梨さまから手渡されるという実感は、とてもありがたかった。
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この誓約の後で短い法話。
東日本大震災で母親を亡くした15歳の女の子の、生きるか死ぬかという切羽詰まった瞬間のエピソードと、彼女がその後どう生きていったか、生きるとは、命とはどういうものか・・・というお話。
30分ほどで儀式は終了、阿闍梨様のご退場を合掌してお見送りした後、再び明るい外へ。
まだ見ていなかった広い広い講堂の中をお参り。お大師様を中央に脇侍は愛染明王と不動明王、そして見上げると天井近くにぐるりと、お大師様の生涯を描いた26枚の絵。これ、よく本に引用されてて見たことがあったなあ。ここにあったのか。
ゆっくり拝見してから、外へ。
大師教会のお庭には弁天様のいらっしゃる睡蓮の池。
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さて。
これで、予定していたことは全て終わり。
しかしいいお天気すぎる。
11時半、お昼は高野山で食べてから帰ろう・・・
もっと歩きたいな、とブラブラ。
そうだ、壇上伽藍で唯一「智泉廟」にまだ行っていなかったのが気になっていた。
蛇腹道の入り口、初日とは全く違う紅葉に差し掛かった美しい景色が見えてくる。
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ここの道に入らずにそのまま車道を歩いて行くと、左側の茂みの中に小さな廟がある。
お大師様がとても愛された、先に逝ってしまった甥でありお弟子さんの智泉。
非常に悲しまれたお大師様が、供養のために造られたというお堂。
そこに立ったとき、響いてきたお大師様の言葉。

哀哉哀哉復哀哉
悲哉悲哉重悲哉
(哀しいことだ、哀しいことだ、言っても言っても哀しいことだ
悲しいよ、悲しいよ、何度言っても悲しいよ)

「為亡弟子智泉達嚫文」

空海さんと真言宗について学んでいるときに教えていただいたこの哀悼の文、あんなスーパースター、あんなに悟った方も一人の人間であって、悲しみや苦しみも私たちと同じように背負っておられたことを、今更ながら見に沁みて思ったのだった。
いや、キリストもそうだけれど、だからこそ「どうしたら人々の苦しみを取り除けるのか」について、その生涯身を以て尽くされたのだね。
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しばし智泉に想いを馳せ、再び車道に出て、壇上伽藍を左に見てまっすぐ歩いてゆく。
まだ歩いていなかったこの界隈はとりわけ静かな一角。
右側にはいくつかの宿坊寺院が並ぶ。
総持院さん。
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西禅院さん。
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正智院さん。
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そして、高野山高校の手前、一番どん詰まりの小高いところにあるのが、専修学院(宝寿院)。
いつもお世話になっている功徳院の松島ご住職もここで修行されたお話を伺っていたこともあり、中には入れないまでも景色だけは拝見したくて門前へ。
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この手桶、気になって後から調べたら、高野山では法会がある時、その寺院の前に手水鉢、手水桶を祀る習わしがあるそう。

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眺めていると、門から若い修行僧さんたちが数人出てきて、元気に連れ立って何処かに出かけて行く姿。
なんだか清々しくて本当に和む。
回れ右してもと来た道を戻り、右側に壇上伽藍が見えてくる頃。
ああ、そういえば初日に曇り空と霧の中でしか写真撮ってないなあ〜と思いながら、気づくとちょっと聞き覚えのある鈴の音と微かに香ばしいかおり・・・
気になって壇上伽藍、愛染堂と大会堂の間を上がる階段をのぼると、なんと愛染堂で今まさにお護摩法要の真っ最中!
どおりで匂うと思った!(笑)
3日前に来た時は固く閉ざされていた扉が広く開けられ、中で木蘭色の衣のお坊さんがせっせと火を炊きながらお唱えされているのを目の前に、ずっと立ち尽くしていた。
行が終わって「ありがとうございました」とお坊さん。
いや〜、図らずも出会えた法要。
最後に思いがけず愛染明王とのご縁があってとても嬉しかった。
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青空に根本大塔は、迷いの無い意思があるようで本当に力強い。
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流石に好天とあって観光客の出足もいいようだ。
それにしても圧倒的に外国人の姿の方が多い。
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紅葉はもう少しで最高潮になるだろう。
そのころはもっともっと人出があるんだろうな。
お天気の高野山もいいけど、雨や霧の高野山も素敵だ。
この4日間で、霧、曇り、小雨、豪雨、快晴・・・様々な高野山が見られたことも幸いだったのかもしれない。
無量光院のお坊さんが仰ったように「雨もまた有り難く」
雪の高野山も、只中に居てみたいな・・・(永平寺も、今度は凍てつく冬、雪の時に参禅に行きたいと思っているのだけど)

ブラブラと三鈷の松まで来た。
特に急がないし、どうせ見つからないだろうけど、一応ぐるりと一回りしてみようか
・・・と、5分も経たないうちに、なんと!
三叉の葉「三鈷の松葉」を発見!
やっぱりちょっとドキドキしちゃった。
こんなことってあるのね〜。
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そろそろお昼を食べてバスに乗らないと。
あんまり気持ちよくて、ノンビリしてしまった。
考えてみたら東京は結構遠いのだ(笑・・・大阪〜東京はあっという間だが、高野山から大阪に出るまでがかかる)
千手院橋交差点あたりで何か食べよう。

途中、右手に高野山大学。せっかくなので門の前まで行ってみる(笑)
う〜ん、もしもここの学生になっていたら、どんな人生になっていただろうか・・・
そしたら、袈裟を着て、毎朝どこかの塔頭寺院で、足を痺れさせながら覚えられないお経を唱えていたかもしれない・・・
なんて、ちょっと憧れの混じった想像。
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この町では警察官よりもこちらの方が説得力があるらしい!!
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入りたいなと思っていたお店が開いていた。
「西利」というカフェでカレーライスをいただく。美味しい!
ゆっくりと香ばしいコーヒーを飲みながら、朝からの反芻をメモる。
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名残惜しくメインストリートを後に、宿坊へ戻って荷物を受け取る。
庭では顔馴染みになった宿のお坊さんが、木に登ってせっせと枝を整えていらした。
すっかりお世話になったご挨拶をしてバス停へ。
福智院の生け垣も高野槙。
火事の時に延焼を避けるため、各塔頭でもよく植えらえているこの槙、なんだか親しみが湧いて特別な木になったような気がした。
槙にもお別れ。
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昼過ぎの高野山駅へのバスはガランとして、乗客は2人しかいない。
登ってきた時は霧で何も見えなかった山道を、美しい緑を見ながらバスがぐるぐると降りてゆく。
自動アナウンスで「世界遺産・高野山での滞在はいかがでしたでしょうか?思い出はできたでしょうか?この天上の仏教都市できっと素晴らしい経験をされたことと思います・・・またのお出でを心よりお待ちしております」のような、心温まる呼びかけが流れて、なんだかじ〜んとしてしまった。
駅に着くと、点検で出発が少し遅れ、10分ほど待つという。
待っている間、ふと垣間見えた下界に、あらためてここの高さを思い知る。
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電車がやってきた。
なるべく前の方へ乗り込む。
嬉しそうに最前のガラス窓に連なる外国人の観光客たち。
いやいやスイスとかイタリアとか、もっと凄いケーブルカーいっぱいあるけど。
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極楽橋駅まではあっという間。
ここに降り立つと、もう何か違う空気が体に入ってくる気がする。
もう、何かが無くなっているような寂しさ。
南海電車に乗り込み、九度山を過ぎ、橋本を過ぎ。
車内で思わず後ろを振り返ってしまった。
窓から微かに見える山々、高野山はもうあの向こう、遥か遠く後ろになってしまった。
人や、音や、空気が一気に押し寄せてくる。
高野山にも人はたくさんいたのに。
不思議。

東京に着き、家に着いて、またすぐに高野山に戻りたくなった。
けど多分、これがいいのだ。
このためにあの4日間があったのだ。
ありがたかったことを噛み締めよう。

今でも時々思うのだ。
あの朝勤行はちょうど今頃、あの日と変わりなく行われているに違いない。
お寺だけでなく、カフェでも、おみやげ屋さんでも、駅の切符売り場でも「高野山の日常」が、淡々と、粛々と営まれているんだな、と。

今度行く時はどの宿坊に泊まろうか。
どの季節にしようか。
どこを歩こうか。

何度でも行きたい。
ヨーロッパの都市と違ってクルクルと変わる日本の都市の中にあって、高野山は変わらずにある場所。
さよなら高野山、ありがとう高野山。
そして。
待っててね高野山。

(高野山紀行・終わり)



by saskia1217 | 2018-11-03 21:48 | 感じろ、考えろ、思え! | Comments(0)

臨済のこころ

仏教伝道協会主催の「仏教初心者講座・一から学ぶ日本の仏教」月一回7つの宗派をそれぞれの僧侶の方を講師にお迎えして学ぶシリーズ。
昨年は募集と同時に1年分すぐに満席になってしまったので、今年は発表になった3月に間髪いれず申し込んでおいた。おかげで今日の分なんてすっかり忘れそうになっていた…

4月の天台宗、5月の真言宗に続き、今日は3回目の受講で臨済宗。
曹洞宗の坐禅を始めてしばらくして、同じ禅宗である臨済宗の坐禅の様子も知りたくて、東京禅センターや臨済宗のお寺の坐禅会にも時々お邪魔しその違いを味わったりしていた。
その東京禅センターがあるのが世田谷・野沢龍雲寺、その12代目ご住職である細川晋輔師が本日の講師。
NHK「趣味どきっ!〜お寺の知恵拝借」の坐禅の回で初めて拝見し、その後大河ドラマ「直虎」で禅指導されてたりもして。
でも生でお話伺ったのは初めて。
今日は法衣姿で渋谷の会場にいらっしゃる途中、まわりからの視線がある意味ビミョーな感じだったそうです…
(どー拝見してもホンモノなのですが)

臨済宗って世間では開祖は栄西とされてるけど、臨済宗的には実はあんまりそういう認識ではないみたい…
というより、栄西は文献にほぼ全く出てこない感じなのが意外、というよりびっくり!
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90分にビッシリ。
臨済宗の基本的インフォメーション、公案について、達磨さんについて、白隠さんについて…
そして、吉備津神社の神官の息子として生まれた栄西さんについて、その代表的な著書である「興禅護国論」からのいくつかの示唆に富んだ言葉の数々。

坐禅会でもよく唱える四弘誓願文の深い意味を味わう。
衆生無辺誓願度 
煩悩無尽誓願断 
法門無量誓願学
仏道無上誓願成 
人間の持つ弱さに、それでも願う、願っていこうと唱える尊さ。

他に、心に残ったいくつか。

「放手没深泉 十方光皓潔」
しがみついているものから、勇気を出して手を離してみる。もしかしたら水に落ちて溺れるかもしれない。でも、そこからはひょっとしたら月の光が見えるかもしれない。
(以前テレビでも紹介されていた、野沢龍雲蔵の白隠「猿猴図」に書かれた言葉。水に映る月を本物と見誤って、腕を伸ばして取ろうとし、深泉に没して死んでしまう猿の掛図)

「知恩報恩」
亡くなった人はもうどんなに涙を流しても戻ってこない。
では残された私たちは今ここで何を知るべきなのだろうか…

ご住職ご自身の実体験、エピソードに基づく
数々の法話は、力強く強さに満ちていて、とても勇気づけられた、ありがたい時間だった。

by saskia1217 | 2018-11-01 00:53 | 感じろ、考えろ、思え! | Comments(0)
金剛三昧院は町の中央・千手院橋の交差点から少しだけ奥の院寄りに歩いたあたりを右手に登っていった先にある。
メインの通りも可愛いサイズだけど、左右に折れる道はまた一段と小振りで、しかも右側はすぐ山の雰囲気。
52ある宿坊の一つでもあるけれど、ここの多宝塔が国宝であることもあって拝観に訪れる人も多い。
北条政子が夫・頼朝と息子・実朝の菩提を弔うため、あの栄西(臨済宗開祖)を開山第一世として、1211年に建てられたという、まさに「名刹」。

清々しい杉木立ちの間を緩やかに登っていくと、寺の名が記された石のもんち。ここが入り口。
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ほどなく道が開けて右手に立派な山門。
提灯の引両紋はここを菩提寺としている足利家由来。
高野山の宿坊、塔頭は、山門に掲げてある紋の示すお家との関係がいちいち面白い。
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門をくぐると右側に建物、左手後方にはあの多宝塔が目に入る。
ここは拝観料をお渡ししなければならないので、入口の方に歩いて行くと、中から作務衣姿の若いお坊さんが出て来て対応してくださった。
宿泊客でないと内部拝観はできないのが残念だけど、外から見るだけでも十分感動。
拝観順路や歴史が書いてあるパンフレットをいただく。
静か、ここも静か。
通りから入った山の中なので余計。鳥の声くらいしか聞こえない。
一人でゆっくりゆっくりうろつく。

客殿と庫裡、重要文化財。
年月を感じる。
ちょっと田舎の裕福な庄屋さんのお家みたい。
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山門から見て正面奥が本堂。
夾竹桃が有名らしい。
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ご本尊は頼朝を等身大に表したと言われる愛染明王。
その手から金剛線が中から伸びていて、外の正面にある錫杖に繋がれている。
お参りするときにその錫杖を回すと、明王様に直接お願いが伝わるという仕組み。
本堂もかなり古い。
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本堂より小高いところ、ちょっと急な斜面を登ったところに四所明神社というお社がある。
重要文化財。
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この頃にはすっかり晴れていたけれど、数時間前まで降っていた雨で地面は濡れていて、しかも木の根っこがものすごい。
すぐ転んで怪我をする私、高野山縦横無尽行幸の筋肉痛もあって(笑)そろりそろりと気をつけて降りる。
神社より少しだけ低いところに、経蔵。
正倉院と同じ校倉造りで、多宝塔と同じ1223年建立。重要文化財。
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立派な杉の木がいっぱい。
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多宝塔は1223年に建立されてから一度も火災に遭っていない、つまり800年経ってる。
高野山は落雷が多いから火事も多く、多くのお寺では何度も消失しているお堂がたくさんあるのに、ここはすごいな。
なんでも毘張尊師という天狗が舞い降りて火事から守ってくれたという伝説があるらしく、火事や盗難の守り神なんだって。
日本で2番目に古い多宝塔、もちろん高野山に現存する最古の建造物だとか。
ぐるっと回ってみたけど、流石にかなり痛んでる。
中には五智如来の仏像があるけど、秘仏!
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のんびりと拝観させていただき、下り坂をメインストリートまで戻る
・・・途中に、ちょっとお目当てのお店があった。
ごま豆腐の浜田屋さん。
おなじみの門濱さんはお土産でいただいたことがあったり、前日にもランチでいただきお土産も買ったが、2大巨頭の一つである浜田屋さんは今まで食べたことがなかったので、ガイドブックをみて気になっていた。
「生」なので、持ち帰りは保冷バッグが必要だという、とにかく「生」がウリ。
金剛三昧院からはすぐのはずだが少し迷ってウロウロしていると、向こうから坂を上がってくる割烹着姿の女性と目が合う。絶対地元の方だと確信してお声をかけてみた。
「あのぅ〜、胡麻豆腐の・・・」
「浜田屋さんね!!」
間髪入れずに(笑)
「そうだと思ったの!」とすぐ道案内してくださったのは、お豆腐屋さんに登る坂の角の床屋さんのおかみさんだった。
趣のある古い旅館を通り過ぎ(ほ〜宿坊以外にも旅館があるのね)、すぐ見つかったお店。
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ホント、ここも胡麻豆腐、しか売っていません(当たり前だ)。
テーブルはないけれどちょっとした飲食スペースがあって、座ってその場でいただける。
山葵醤油か和三盆糖、選べるが、初心者はやはり前者というオススメで早速!
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とろとろ〜!
ごま豆腐好きの私は普段からいろんなのを食べてみているけれど、やっぱり出来立ては最高。
ここのはクリーミーが特徴ですね。
地方発送もしてくれる(到着日が消費期限!)ので、母に食べてもらいたくて発送。
クール便の送料払ってでも食べたい美味しさだった。

すっかり晴天になった町をぶらぶら。
ここへ来てからずっとお寺のことで頭がいっぱいで(笑)お店なんて全く見ていなかったので、ここで初めてちょっと「観光」しているような気分になる。
みろく石本舗とか松栄堂とか中本名玉堂とか数珠屋四郎兵衛とか、有名どころを物色しつつお土産もゲット。
帰る日に慌てて買うよりいい。
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右側奥にあるのが中本名玉堂。
ここでお土産や自分用にお線香を色々試す。
高野山のあちこちで香っていてすでに脳裏(鼻?)に刻み込まれていた「奥の院・高野麗香」を見つけ、大好きな香りだったので迷わず購入。白檀、沈香、丁香。
あと、自分のために塗香。これも各お寺で使わせていただいた香りと同じものを。
来る前から、高野槙のブレスレット型数珠いいな〜と思っていたのだが、結局金剛峯寺での献木で頂いたものがバッチリそれだったので購入はせず。
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千手院橋交差点の角にあるのが数珠屋四郎兵衛。
初日のあの靄が嘘のよう、同じ場所とは思えない(笑)
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普段は「ザ・お土産」みたいなお饅頭とか絶対買わない(みんな似通ってるから)のだけど、試食してあんまり美味しかったので今回買ったのが、みろく石本舗かさ國さんの「高野通宝」。
写真だとわかりづらいが、一つが手のひらをすっぽり覆うくらいの大きさ、そしてずっっっっしり重い。
柑橘の餡がしっとりしていて、すっごく美味しかった。
一度に半分で十分かというくらいの大きさ!
(お店HPよりお写真拝借)
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普賢院さんの古い山門と、チラッと見える真っ赤な摩尼殿も気になるが、キリがないので先を急ぐ(笑)
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さて、残すは町の北の方にある、いくつかのスポット。
ちょうど宿を経由するので、買い込んだお土産を部屋に置き、晴れて暑くなったので薄着になって出直す。
宿の庭も晴れているとこんなにくっきり美しい。
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福智院からの並び、歩いて5分ほどのところにある南院へ向かう。
清々しい空気、まっすぐ伸びた道。
テレビで見たことのある高野槙のお店。
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南院に到着。
ここも宿坊だが、大きい不動堂があり、お大師様作と伝わる波切不動尊がご本尊。
唐から帰国の折、嵐に見舞われたお大師さまがこの像に祈ったところ、嵐がやんだという伝説あり。
それは秘仏で年一度しかご開帳にならないのだけど、本堂拝殿の天井に描かれた鳴龍がダイナミック。
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南院のすぐ裏にあるのが徳川家霊台。
ここは共通内拝券に含まれてるスポットだけど、中心から外れてるせいか、あんまり人が来ない感じだったなあ。
でも建築マニアの人にはすごく貴重だと思う。
私は徳川家にそんなに思い入れがないし、建築に興味があっても様式とか細かいことは無案内だし。
ただ「は〜、徳川かあ、家康か〜」「すごい装飾!東照宮と似てる〜」くらいの感想で・・・申し訳ない。
(だって、家康を祀ってあるところっていっぱいあるんだもん)
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左が秀忠公、右が家康公。
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秀忠公、外から。
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中はすごい絢爛豪華らしいが(写真で見た)・・だって中見られないんだもんなあ。
右が家康。
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そこから同じ道をさらに町を背に北へ。
高野山の入り口の一つ、不動口を目指す。
いろんなものがいちいち気になる(笑)
子供が遊ぶ小さな公園にも古い塔があって、もともとお寺の中だったのかなあとか。
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不動坂が始まる辺りにひっそりあったお社。
高野大明神と丹生大明神をお祀りしてあった。
しず〜かな町外れ。
なんかゾクゾクする空気。
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分入ってチラッと見たりしながら。
右手に見えて来たのが蓮華定院さん。六文銭!
真田ファンは迷わずここに泊まるに違いない・・・
(歴史は好きだけど特に贔屓の武将とかいないので、宿坊決めるとき、ある意味迷いまくってしまった)
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ここから一気にかなりの坂を登る。
これが不動坂、波切不動に通じるからかな。
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この辺りには宿坊でない塔頭、見るからにふる〜いお寺などが点々と。
やっと上に着く。高野山の「入り口」の一つ、ホントに「金剛峯寺/高野山」と書いてある。
そしてその脇に女人堂。
各入り口にそれぞれあった、女人禁制時代の名残。ここは唯一残っているもの。
ケーブルカーの駅からバスで町へ入る時はここを通るのだけど、来た日は一面霧で真っ白で入り口もお堂も何も見えなかったんだよね(苦笑)。
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中に入ってお参り。
ここでも一人。
おじいちゃんが一人でお堂守。ラジオの音がしていた。
弁天様に特によ〜くお参りして。
脇にはこんなお話の残る祠。
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高野山の女人禁制が解かれたのは明治だから、ほんの少し前のことだ。
山の周りをぐるっと回ってできた女人道、中の様子を首を長くして覗き込んだ「ろくろ峠」、刈萱堂に残る母と息子の別れの話・・・
女人禁制って、どこでもそれなりの理由があるから、別にひどいとも思わないけれど、悲しい思いや悔しい思い、辛い思いをした人たちはやっぱりたくさんいたことだろう。
今こうしてお参りできること、本当にありがたいことだね。
(だって、沖ノ島だって行きたいもんね、本当は・・・涙)

坂を下り、宿に戻る。
高野山最後の夜にセッティングしていたのは夜7時からの「奥の院ナイトツァー」。
あらかじめネット予約しネット精算も済んでいて(便利〜!)楽しみにしていたが、とにかく変わりやすい山の天気、20分前に開催されるかどうかがHPやメールで知らされる。
前日はどうやら雨で中止になったそうだったが、この日は大丈夫そうだ。
集合は再び、ちょっと遠い恵光院さんなので、発表される時間にはもう宿を出ていなきゃならない。
この日もかなり歩いて身体中痛かったのですぐにでも温泉に入りたかったが、夜出かけるので我慢して、マッサージ機でにわか治療。
だいぶ楽になって、夕食は最早の17時半に!
高野山最後の夕ご飯、だいじにいただきましょ。
いつもなら、熱いもの、温かいものはタイムリーに、デザートは食事を始めてから一番最後に持って来てくださるのだが、この日は時間が気になったのでデザートも一緒に持って来ていただく。
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この日はお鍋ではなくて鉄板焼き、納豆を固めたテンペのようなものをお味噌味で焼いていただく。エリンギやパプリカとともに。
酢の物には刺身蒟蒻。天ぷらは蓮根に何かが挟まったもの(笑。通常ひき肉とかやるけど、多分オカラっぽい何かだったような)、揚げたてで肉厚ですごく美味しかった。
野菜の煮物、湯葉、お餅入りの巾着、お汁は素麺とワカメ。
デザートはキウイ。
とても美味しくいただいた。
この日もまた、お櫃を空に(笑)

夜になるとさすがに体力の限界を感じ、ナイトツアーでは2時間近く歩くことを考えて、宿前のバス停からバスに乗る。
人気のあるこのツアーは旅行会社の企画なんだけど、集合場所は恵光院になっていて、案内してくれるのも恵光院のお坊さんたち。
途中小雨も降ったりしたけど、どうにかお天気は持ちそうで、ツアーは行われることになって一安心。
なにせ最後の夜はこれにしようと楽しみにしてからなあ、その為もあって「昼の奥の院」を前日たっぷり予習しておいたし。
普段ならあんまりこういうのには参加しないのだけど、たまには「人気」の何かにベタに参加するのもいいなあと思って。
奥の院に夜行くツアーは他にも、観光協会が主催している無料の「御逮夜ウォーク」っていうのもあるのだが、それは毎月お大師様の日の前夜20日のみなので、月一回。
こちらは有料だが20日以外の毎日行われていて、帰りは各宿坊の門限時間を考慮して送迎バスも一緒に申し込める。
すぐいっぱいになってしまうツアーということで、1ヶ月前に早々手配しておいた。

境内には結構な人数が集まっている。前日が雨で中止だったのでこの日に変えた人もいたんだろうな。
外国人と日本人の2グループに分かれて行く。外国人の方は英語のできるお坊さんが引率。
外国人の方が圧倒的に多く、その日は40人はいたと思う。日本人は恵光院に宿泊している人が殆どだったが、他の宿坊からの参加者もチラホラ。
あらかじめ予約制なので担当のお坊さんが一生懸命点呼をするのだけど、出発時間になっても外国人の方はなかなか人が揃わない(苦笑)。こういうときはやっぱり几帳面な日本人である。
ここへきていきなり団体行動となった私は、急な賑やかさに当てられながらも、一緒に歩く方達と楽しくおしゃべりしながら列になって奥の院へ。

19時、もう割と真っ暗。
一の橋へ着く。
やっぱり夜は幻想的。
お坊さんが説明を始めるや否や「あ!」っと、懐中電灯を空へ向ける。
のっけからムササビ目撃!
ムササビって「ギャーギャー」鳴くのね!
高〜い杉木立ちの上の方にいました。
昔、武蔵野音大の入間校舎に通っている頃、登校中に山の中で時々見たなあ(笑)

20代後半くらいだろうか、ガイドの資格も持っていらっしゃるそのお坊さんは、結構なスピードで夜道を歩きながらポイントポイントで立ち止まって、みんなにお話をしてくれる。
石畳は雨でちょっと濡れてるし、年配の方も多かったから、みんな黙々と慣れない石道を超速で必死についていく感じもあったかな。普段早足の私でも結構な緊張感。

夜になると、両側にズラ〜っと並ぶ灯篭に灯が点って、やっぱり昼とは全然違う雰囲気。
私たち以外にも意外と人が歩いていて、夜の墓場だからと言ってあまり怖い感じはない。
聞けば、特に外国人の方は「夜の墓地」にあまり恐怖感がないらしく、お散歩気分で写真撮りながら歩く人が多いらしい。
あと、昼はとにかく観光客で賑やかなので、集中して静かにお参りしたいというお坊さんたちは、実は夜くる方が多いんだって。
それからお百度参りの方も・・・
灯篭堂の横にお百度石、あったな。

灯篭のぼんやりした灯のせいか、周り中のお墓さえもなんだかあったかい空気さえ醸し出してる。
これも、何にも分け隔てないスペースに(生きて歩いてる私たちも含めて)実にいろんな人がここに集まっている、という何か宇宙的な包容力みたいな・・・まさに胎蔵界曼荼羅のもつ温かさのような・・・お大師様の功徳なのかなあ、なんて思ったりした。

行きと帰りが「満ち欠ける月」と「太陽」である灯篭に守られながら、あっという間に中の橋へ到着。
こうやってさっさと歩くと、なんだかものすごく近い。
(私はなんだってあんなに時間かかったんだか・・・笑)
姿見の井戸も夜はちょっと怖い。
覚鑁坂も夜はつまづき度が上がりそう。
みろく石や、明智光秀の五輪塔に入るヒビの話とか、ご真言とは何かとか、いろんなお話を聞いた。
「雨の多い高野山のお坊さんたちは、ここに何年も住んでると、その頭で雨が降り出すのを察知できる」という話が一番面白かったかも(笑)

奥の院前の御廟橋に着くと、暗い中、水かけ地蔵様たちにそれぞれおもいおもいに柄杓で水をかける。
私は前日ご供養にきたとき観音様にかけたので、この日は大日如来様に。
全員で脱帽、一礼。
橋を渡って、闇の中、吊るされた全ての灯篭に灯がともされている灯篭堂へのぼる。
前日私が豪雨の中座り込んでぼーっとしていた、灯篭堂奥の御廟の前には、祈る人たちがたくさん。
ロウソクもたくさん付いていて明るい。
そこでお坊さんから般若心経の紙をいただいて、皆で一緒に読経。
とても、とても尊い瞬間。
何かが届いたような、何かと結ばれたような、安心感と幸福感、温かいものに満たされた気がした。

帰りは例によって(笑)新しい道を通り、企業墓の楽しい!解説を聞きながら中の橋のバス停へ。
な〜んだ、路線バスじゃん。
待っててくれたので臨時バス的なものなんだね、きっと。
それぞれの宿坊まで送り届けてくれて、帰宿。
福智院からは他にも4〜5名、団体さんからの参加だったみたい。
門限は21時だけど、ここは他の宿坊と違って夜中も温泉に入れるので、こんな時は本当に嬉しい。
ゆったりと温泉に浸かって奥の院を反芻しながら、またまたお布団にキューバタン。

朝の勤行も明日で最後。
さてさて、どこのお寺に行こうかな。
(つづく)
















by saskia1217 | 2018-10-29 21:01 | 感じろ、考えろ、思え! | Comments(0)

醍醐寺の醍醐味

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「醍醐寺・真言密教の宇宙」観てきた。
入場するといきなり、目玉の如意輪観音坐像。
やっぱり良かったー!
あの小ささと曲線美がいいよねぇ。
それと対照的な見上げる存在感の国宝薬師如来は、階段のある広い吹き抜けにドーーーンと。
どちらも心に残る。

醍醐寺については殆ど何も知らなかったので、開山した理源大師聖宝(空海の直弟子)など、次世代の後継者たちの時代に生まれた諸派について触れられて面白かった。
真言宗、派が多いからねー
醍醐寺ひろ〜い!行ってみたい!

漫画チックにも見えるお軸の中のご本尊、問題ある人物を解雇し新任を据えるリアルな処分状、各仏様を梵字で示した種子曼荼羅、大陸のラマ教由来の九鈷杵(!)、快慶作不動明王、珍しい菩薩の姿をした阿弥陀如来像(!)、んーこの字はどーなの?…とか思っちゃった足利尊氏筆の理趣経。後奈良天皇筆の美しい紺紙金字般若心経…

売店では、空海を描いたコミック「阿吽」や如意輪観音トートバッグに不動明王Tシャツ、カラフルな御朱印帳などに女子が群がってました。
ドラえもんの空海伝記も売ってた!あれは超オススメ!

お昼食べてないことに気づき、すっかり空腹。
一度食べて見たいと思ってるアメリカンなハンバーガーか、ミッドタウンに来ると時々食べる親子丼か迷って、フラフラと歩くうち自然とカレー屋さん「デリー」へ(笑)
仏像からのカレー…
当然っちゃあ当然か。

お店オススメの15時までのミッドタウンランチ、好きなカレー、一口サイズのタンドリーチキン2個、インド風サラダ2種、ごはんたっぷりで1000円はおトクー!
カレーは辛口なコルマカレーをチョイス。
テーブルに置いてあるキュウリと玉ねぎのアチャールも美味しかったからたくさん食べちゃった!
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by saskia1217 | 2018-10-27 20:59 | 感じろ、考えろ、思え! | Comments(0)
まだまだまだ終わらない、高野山紀行(苦笑)。
しつこく書き留めます。

東京に居ると「よし今日は散歩するぞ」というちょっとした意気込みで歩くわけだが、それでも普通は1万歩ちょっとくらい。
高野山に来てからは、ただその日見たいところを回るだけで一日約1万7千歩くらいになっていた。
お陰で流石に足がパンパンでかなりの筋肉痛、普段なんともない腰までちょっと痛い始末。
お部屋にあったマッサージ機を駆使し、その効果に開眼(笑)。
そしてこの福智院だけの特権!である温泉は、こんな時ほんとにありがたみを感じる。
身体を休めたり、いたわったり、って大事だよなあ。

さて3日目の朝。
せっかく3泊するのだから、朝の勤行は泊まってる宿坊のだけでなく、他のお寺のも参列してみたい!(朝勤行に出ないと拝観できない本堂やご本尊もあるし)と思って、事前に電話で問い合わせてOKをいただいたところをいくつかピックアップしておいた。
宿泊客以外でも参加させてくれて、宿の朝食時間が一番遅くて8時なのでそれまでに帰ってこられる距離のところ、そして朝勤行で毎朝護摩行をしていて公開されているところ(これが意外と少ない)。
朝5時少し前に起床、身支度をしてコッソリと門をでる。
別に悪いことをしている訳ではないが、流石にその時間外へ出かける人はいない。
まだ少し暗く、道を歩く人もいない。
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レトロな警察署の前を通り、角の本覚院さんの美しい山門を見ながら道を渡る。
まだ車も通っていない道路に信号機だけが静かに点灯している。
歩くこと3分で無量光院さんに到着。
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電話で問い合わせたと言っても個人的に申し込んだわけでもないので、実際行ってみないと本当に入れていただけるのかどうかわからなかった。
幸い門は開いていたので中へ入る。玄関で靴を脱いで廊下に上がってみるが、寺務所らしき部屋にも灯はなく、人の姿もない。控えめに声をかけてみるも応答なし。
どうしたものか考えていると、奥に伸びた廊下の先の先にお一人のお歳を召したお坊さんの姿がチラッと見えた。が、お声をかけて届く距離でもなく(朝っぱらから大声も出せないし)走って追いつく距離でもなく、まごまごしているうちにお姿はさらに奥へと消えてしまった。
さて困った、帰るべきか。
・・・と、お坊さんが消えたのと反対側の廊下奥から、かすかに食器がぶつかるような音が聞こえる。音の方向へ行ってみると、ぼうっと灯が。助かった、誰かいらっしゃるようだ。
「すみませ〜ん!おはようございます!」
そこはどうやら庫裏(厨房)らしく、年配の女性が2人、忙しく食事の準備をされている最中だった。
すぐに気づいてくださり、朝勤行に出られること、本堂の場所などをご親切に教えてくださった。
まだ始まるまで少し時間があったので、お礼を申し上げてその辺りで待たせていただこうとしたら、その方がわざわざ「今ちょうどそこに行かれる〇〇さんがいらっしゃるから、一緒に連れて行っていただきましょう!それがいいわ!」とさらに奥に連れて行ってくださった。
そこはお風呂場。脱衣所の戸を開けると、お一人の小柄な尼僧の方が衣の準備をされているところ。
柔らかくお優しそうな中にもキリッとした空気をお持ちの、静かな方でした。
「支度ができたらお声かけますのでそこでお待ちくださいね。一緒に行きましょう」と。
大変恐縮して、しばしそこで待たせていただく。
5分くらいしてお支度を整えられた尼僧さん「お待たせしてすみませんでした」と、先に立って長〜い廊下を歩いて行く。
途中、素晴らしい庭園も見える。
数カ所で立ち止まり合掌低頭されていたので私もご一緒に。おそらく、見えないその先にご本尊や仏様がお祀りされているのでしょうね。
永平寺や總持寺、東京別院などの大きなお寺では普通にしていたお作法を思い出す瞬間だった。

たどり着いた本堂は先ほどお坊さんが姿を消した先、なかは大変モダンな造りの立派な本堂。
ロウソクの光だけで薄暗いが、ボウッとした温かさを感じる。
「どうぞお好きなところにおかけくださいね」と尼僧さんはスッとご自分のお勤めのため内陣に入って行かれた。
スリッパを脱いで中に入ると、暖房が少し効いた絨毯敷きに椅子が50ほど並べてある。外国人の方のためもあるのだろうか。
内陣前方壁際にはたくさんの仏様がお祀りされていて、続々と集まってくる僧侶の方達は左から順におもいおもいに礼拝されている。
静寂。
とにかく素晴らしい静寂。
前日の賑やかな朝勤行と正反対で(それぞれに良いのだけど)私はこういう時間も持ちたかったので、勤行が始まるまでの10分ほど、僧侶の方達の衣摺れの音しか聞こえない空気の中でゆったりと呼吸を堪能していた。

中央はご本尊の阿弥陀如来様。
左、中央、右と仕切られた内陣はそれぞれ、護摩壇、多宝塔のある大壇、護摩壇となっていて、毎朝護摩祈祷をされるというこのお寺ではこの日は向かって右側の護摩壇にすでに担当僧侶の方が準備を始められていた。
その前方にはもちろんお不動様。
お坊さんは全部で9人、うち3人が尼僧さん。
護摩担当の年配の方から、4〜50代くらいの導師様、20代くらいの剃髪していない若い尼僧さん(専修学院の学生さんかしらね)まで。
6時に梵鐘が鳴り、勤行がぼちぼち始まる。
外陣に参列したのは15人ほど、外国人の方が多い。
まず声明が始まる。導師様がリードし、そのほかはTuttiという感じ。聞き覚えのある言葉や節もあって、あ〜真言宗のお寺に来ているなあっていう実感。
後から知ったのだが、この無量光院さんの朝勤行は非常に本格的に行われることで有名らしい。高野山内でもそれぞれのお寺で少しずつ違った特色があるのだけれど、ここは声明の時間も長く、回向も丁寧に時間をとっているので全て終わるまでにはたっぷり90分かかる。
護摩祈祷にも色々なカテゴリー(?方法)があるそうだけど、ここでは「消えそうだな、もう終わるかな〜」と思うとまた燃えたりして、炎が3回くらい上がっていた。
途中、若い尼僧さんがこちらにやってこられて「お焼香のご案内をいたします」と。
外陣にお焼香の台が無かったから無いのかと思っていたら、全員が列になって順番に内陣に入いり、ズラ〜っと並んだ仏様一人一人に礼拝できるのだ。
すごい!贅沢!
中央の阿弥陀如来様の前で一度お焼香、その先護摩壇前のお大師様に一人一人立ち止まって、朝のお茶を献上するのだ。
そこに尼僧さんが立ってらして、一人一人、一杯ずつヤカンからお茶碗に注いで渡してくださるので、まずお焼香してからそれをお捧げする。
燃え盛る護摩壇の横を合掌して通り外陣へ出たところで、もう一人の尼僧さんが、これも一人一人後ろから、錫杖で頭からお尻あたりまで軽く触れ叩きながら祈祷してくださる。
なんだかお大師様に直接していただいてるみたいな感覚なんだよね。

席へ戻った頃に回向が始まった。
祈祷はこのお寺ができた頃(平安時代)からのご縁ある方、家から(浅井家、上杉家なども!)今日回向の申し込みをした参加者のご家族まで、延々と、淡々と読み上げられる。
「〇〇の菩提のために」と落ち着いた声で一つ一つ丁寧に、一つ一つ鐘が鳴らされる。
各時代の天変地異、災害(近々では関東大震災から最近の台風まで)の犠牲者への祈祷、そして日本だけでなくアメリカ、フランスなどのテロ事件、中国やパリの水害、東南アジアの地震や台風の被害者、考えられうるありとあらゆる物故者への回向が読み上げられていたのが、本当に印象的だった。
その間に護摩祈祷が終わり、そのお坊さんは内陣左側の入り口に座られる。

90分の勤行が終わると、中央にいらした導師様がこちらに来てくださりご挨拶。
「日本人の方は?」
私を含め3人だけ、高野山初心は私だけ!
にこやかでとても清々しいそのお坊さんは雑談を交えながら声をかけてくださる。
時間差で、外国人の方向けには英語で話されるお坊さんが同じようにご挨拶されていた。
「さあ、朝食までのお時間、お茶のお接待がございますので、こちらへどうぞどうぞ」とお誘いをいただく。
え〜、そうなの〜!すごい!
自分の宿坊の朝食時間を気にしつつ、せっかくなので言われるままにまた長〜い廊下をついてゆく。
途中、素晴らしく美しい庭園の欄干に出たお坊さん「綺麗ですねえ〜!なんていい空気でしょう!さあ、みなさん!ここで深呼吸をしましょう!」と(笑)。
小雨が降っていたのだけど、お庭も見事、空気も素晴らしい、そしてあの勤行の後の気分・・・最高に素敵な瞬間。
「あ・・・私、無理矢理やらせちゃってます?大丈夫ですか?(笑)」と陽気なお坊さん。
「雨ですけど・・・でも、雨って人間が勝手に嫌なものって思っちゃってるだけですからねえ。雨粒はこうやって降ってきて、色々なところを通って、お役目を果たして、また空に戻って、そしてまたここに降ってくるんです。この一粒一粒をお友達にしてください!そしたら嫌なものがそれだけ減りますからね!」
そうだよなあ〜・・・

そのお庭に面した小さな和室に招かれる。
机の周りにみんなで座る。壁には膨大な外国からの写真やお手紙。今までここに泊まった人たちだろうね。
我々日本人3人(近畿からの30代くらいの男性、島根からの20代くらいの女性)と、後から4人の中国からのお客さん。
そこに先ほどの陽気なお坊さん(本日の導師)と、護摩担当してらした(私が早朝お見かけした)お歳を召したお坊さん、そして後から中国語が堪能なお坊さん。
いや〜長い勤行ですみませんね、とか(笑)どこからきたの?とか世間話をしながら、お茶を挿れてくださる導師様。
素晴らしく美味しい玉露を、小さなお煎茶専用のお道具で。お作法通り、丁寧に二煎めまで挿れてくださって、その味をみんなで感動しながらいただく。
どんどん出されるお茶菓子。
その時初めて会った人たちばかり、膝を突き合わせて一緒にお茶を飲む。
こんなこと、普段できない。
別の宿坊に泊まっていることを話すと少し驚かれた様子だったけど、高野山の感想などお話しして、お坊さんからもいいお話がたくさん聞けて。
朝食の時間がリミットだったので、中座のお詫びをしつつお礼を申し上げて先に失礼しようとタイミングを図っていると、その一番お歳を召したここのご住職がそれを細やかに察知されたらしく、私に「どうぞ、お時間あるのでしたらご遠慮なさらずいらしてくださいね」と!
すごい方だ・・・
かなりのお歳とお見受けしたが、それから非常に凛としたお声でテキパキと「お菓子を半紙に包んで差し上げて」と若いお坊さんに指示、私に「傘はお持ちですか?」とご心配くださり、皆がまだ歓談している最中にも関わらず、わざわざ立って廊下の先まで見送ってくださった。
なんだか、自分が色々と恥ずかしくなるような気持ちだった。
本当に素晴らしいものをたくさんいただいた気分で無量光院を後にし、宿へ戻る。

満ち足りた気持ちで朝食。
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お鍋はお出汁の湯豆腐。
ゴボウや人蔘を細かくして煮たものが詰まった巾着と昆布の煮物。
ゴボウの酢の物。昆布と梅干し。ひじきの煮物。わかめとお麩のお味噌汁。
熱々炊きたてご飯がたっぷり。
目がさめる緑茶。
ありがたくお腹いっぱい頂いて、さて今日の予定に出発!

歩いて5分の霊宝館へ。
小雨に濡れた緑は本当に綺麗。雨の恩恵。
平等院鳳凰堂に倣って大正12年に建てられたという本館は文化財でもあるんだって。
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訪れた時はちょうど「もののふと高野山」というテーマの展示がされていて、秀吉をはじめ、高野山と関係の深い武士達にまつわる所縁の品がたくさん。
常設展示の熊谷寺の阿弥陀如来坐像、青厳寺本尊だった愛染明王坐像(江戸時代)、如意輪寺の如意輪観音坐像(如意宝珠がピカピカ!)などが印象に残った。
もちろん、快慶の執金剛神・深沙大将立像も堪能。
(あれってこないだ東京であった運慶展に来てなかったっけ・・・?う〜ん)
武士関係では、信長や秀吉の自筆書状や、数年前に話題だった真田家ゆかりの蓮華定院からの武器、そして甲斐武田家や浅井家と所縁の深かった持明院からは、信玄や信虎、勝頼夫婦の肖像画や、長政とお市の方の肖像画などが出品されていた。
いくつかの部屋に色々な展示があって、見応えがあり、3時間くらいかけてゆっくり見られたけど、広い部屋にほぼ私一人で貸切状態!至福!
室町時代から始まったという「十三仏」(初七日とか百か日〜33回忌までを13の仏様が割り振る。3回忌まで、行き先が決まらないと次でまた裁かれるシステム。ちなみに閻魔大王は五十七日の担当)の絵も面白かった。
それから、高野山では平安末期から阿弥陀信仰がお大師様信仰にプラスされてたこととか、家康が薬師如来の化身として描かれていたりとか、お地蔵さんて子供の守り仏というだけじゃなくて弥勒菩薩が来るまでの間衆生を助けてくださるのだとか、「両頭愛染」という愛染明王とお不動様の合体があったりとか、中世においては文書は受取人じゃなく受益者が保有するものだったとか、色々面白い発見があった。
各武将の書状は東京の書道博物館とかいろんな展覧会とかでも時々見る機会があるけど、いまの感覚、私の感覚でみると「う〜ん、どうなのこの字・・・」なんて思っちゃってちょっとクスクス笑っちゃったり。

すごかったのは、文禄3年に書かれた連歌の懐紙。
秀吉→木食→聖護院→道澄→菊亭晴季→織田信雄→里村紹巴→家康→細川幽斉→前田利家
なんなの、このメンツ!
秀吉の母の三回忌法要で青厳寺に集まった面々が詠んだものだそうだ。

高野山の地下遺跡からの出土品というのも面白かったな〜
経石、地鎮具、鎮壇具、中国からの陶器・・・
あんな場所、さぞいろんなものが出るんだろうなあ。
17世紀前半の「ドイツ製徳利」というのがあって、ライン川沿いのFrechenという町で焼かれたものだが、アムステルダム市の紋章が入っているのでおそらくオランダへの輸出品だったらしい。
灯篭堂から発掘された金銅製の納骨器も形がロウソクみたいで興味深かった。

本館(放光閣)にあった平安時代の大日如来像が圧巻で、絨毯敷でスリッパだし、だあれもいないし、で、いつものように仏像を正座した位置から見上げてみた。
そしたら惹きつけられちゃって、そのままずうっと床に座り込んでいました・・・
まあ、いいお顔でしたねえ。
このお部屋にあった仏様達は、みんなとても素敵だった。

さて、もうお昼。
またお腹空いてるのを忘れていた。
何かお店が開いてるだろうと思い、歩いて千手院橋のあたりまで戻る。
お天気は回復して来て、六時の鐘も綺麗に見える。
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町のあちこちにこんなお店が。
高野槙。
テレビで見て、なんか憧れていた。
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昨日は閉まっていた交差点角の南海食堂が開いている。
あったかいのが食べたくて、天ぷら蕎麦。
お汁が・・・・薄い(笑)
お汁じゃなくて、出汁じゃないですか!(当然)
美味しい!!
天ぷらも揚げたて。
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エネルギーチャージして、さて金剛三昧院を見に行こう!!
(つづく)










by saskia1217 | 2018-10-27 20:30 | 感じろ、考えろ、思え! | Comments(0)

10時25分くらいに御供所の前に行くと、数人がその時を見ようと待っていた。

時々薄く戸が開いて、中からお坊さんたちが外の様子を伺ったりしている。

雨がまた強くなって来た。

時間ピッタリに戸が開き、中でお食事を入れて担ぐ箱にビニールの掛物をしているのが見える(雨なので)。

維那と呼ばれる非常に名誉あるお仕事を担うお坊さんが先導され、後から2人の若いお坊さんが箱を担ぎ、履物を履き、傘を指して出てこられる。

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すぐ傍にある嘗試(あじみ=味見)地蔵を拝んで毒味をしていただいてから、3人は御廟橋に向かって歩き出す。

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全てがスムーズにあっという間に行われる。

何度も何度もテレビで見て来た光景、目の前でそれが行われているのが夢のようだった。

橋へ向かう箱の後を、流石にすこ~しだけ下がった位置で、そのままついて行った。

お坊さんたちと一緒に頭を下げる。

何だかちょっと畏れ多いのと、ただありがたいのとで、あっという間に灯篭堂へ着いてしまった。

御膳はそのまま中へ入っていった。

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ちょっと我に返って、灯篭堂の中へ。

御廟橋から中は撮影禁止。

灯篭堂からはお線香のいい香りと読経の声。

傘をたたんで入り、まずはご供養の申し込み。これも今回の高野山詣での目的の一つ。

昨年亡くなった父の戒名や色々を書いたものをお坊さんにお渡しし、読み方などの確認。

灯篭堂での法要は約1時間おき、10時20分からの回はすでに始まっていて今から途中参加できますよ、と言われたが、せっかくなのでゆったりご供養したく、11時30分まで拝観しながら待つことにした。


灯篭堂の中は薄暗いが、天井いっぱいに下がった灯篭や、たくさんの灯明の灯りでちょうどいい暗さ。

人も少なかったし、さすがにここは静かな空間。

厳粛というよりも温かい静けさ。

ちょうど雨が強くなって来て、まるで豪雨のような音になってきたが、ここにいると不思議と守られているような包まれているような安心感があった。

お守りはここで購めるつもりだったので、ゆっくりと見て回る。

「共生」という、御廟の檜皮葺を葺き替えた際に出た木の皮をお守りにしたものを、家族や友人のために。

読経をしばらく聞いてから、外へ回って裏側の御廟へ。

外側にもたくさんの灯篭。そしてたくさんの花、ろうそく、お線香。

手を合わせる人たち。読経する人たち。

冷たい雨に囲まれて、ちらっと見える御廟の屋根をいつまでも見つめる。

そうか、ここにいらっしゃるのか。

こちらに向かって座っていらっしゃるのか。

雨だからお出かけせずにここにいてくださっているのかな・・・


腰掛けてそんな光景をぼーっと眺めていたら、ある方からメールが入る。

旅行に出発する前ちょっとしたトラブルで心にずっと重く引っかかっていた件で、思いがけずポジティフな解決の知らせ。

驚いた!

よりによってこのタイミングで。

やっぱり何かの力を感じちゃうのだ。

ああ、ありがたい!とお大師さまにお礼をいう。


ぐるっとお堂の外側を周り、地下に降りてゆく階段を下へ下へ。

地下にはたくさんの御遺骨、その中央にお大師様の肖像と祭壇。

大きな大きな数珠と三鈷杵。

ここはちょうど、入定された場所だという。

ここまで来て、まさに、そこにいらっしゃる実感があった。

相対している感覚。

見てくださっている感覚。


一人、般若心経を静かに唱える女性。

その後ろに、しばらくの間立ち尽くしていた。


お堂の中に戻り、法要に参加。

1時間ほどの法要、とてもいい声のお坊さん。

一緒に参列したのは4組ほど。

それぞれ読み上げてくださる時に前へ進みでてお焼香。

ふと、父も確かにここに居るような感じがした。

般若心経と「南無大師金剛遍照」を共に唱和する。

ただただありがたく、父のことも、ご先祖さまのことも、家族のことも友人のことも、一つ一つに思いを馳せる。


法要が終わって、内壁に掲げてある僧侶の肖像についてお坊さんにお尋ねして教えていただいたり、しばし名残惜しく灯篭堂を後に。

土砂降りは続いていた。

まだ見ていなかった「弥勒石」のところへ。

小さなお堂の中に結構な大きさの石がおいてあり、格子の間から手を入れて、それを上の段まで持ち上げる。簡単に持ち上がるのは罪の軽い人、重い者は持ち上がらない

・・・のだが、石は片手では到底持ち上がらないくらいの重さで、狭い格子の間からなんとか両手を入れて持つことは出来ても、とてもとても持ち上がるものではなかった。

雨に濡れながら数分格闘したが潔く断念。

罪が軽いとは思ってないので、納得(苦笑)

まあ、石に触っただけで弥勒菩薩様のご利益があるというので、それでもう十分である。


帰り道は、もと来た道ではなく新しく出来た広い道の方を選ぶ。

企業の墓所を見たかったからだ。


護摩堂の近くにあった浅野内匠頭の墓所。

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回れ右をして川沿いの新しい砂利道を歩く。

すでに13時頃ですっかり空腹だったけど、てくてく歩く。

しらばく行くと、左手、開けた場所に英霊殿が見えてくる。

川を渡ってお参りする。

雨は緑をより美しくしてくれるのでありがたいね。

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その近くにある落(楽!)書き塚。

ここは吉本興業の芸人さんだった花菱アチャコさんの墓所。

らくがきは人を楽しくする、っていうことらしいね。

らくがきできるお墓なんて、他にないんじゃないかなあ。

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ここからずらっと企業墓所、慰霊塔が並ぶ。

コーヒーカップのucc、上島珈琲。

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労働者の姿が印象的な日産自動車。

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シャープはスピーカーの形なのかな?

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こちらはヤクルト。御影石?の色がまさにヤクルト色で一眼でわかる。

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そんな左側の変わった形の慰霊塔に見入っていたら、ふと右側の茂みの中に「親鸞聖人御墓所」の文字が・・

見ると少し上の方まで続く階段の山道が見えたので、雨と折れて散らばった枝々で滑らないよう恐る恐る登ってみたが、小さいお社が。

親鸞さんのお像も。

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宿坊にもなっている西禅院は親鸞が修行したお寺だし、ここを管理しているのはやはり所縁のあった奥の院近くの熊谷寺。

法然さんも親鸞さんも、なんかみんなここにいらっしゃるっていいなあ。

階段を下って元の広い道に降りる。


アデランス!(住人の1/3がお坊さん・・・の高野山にある、って思ったらなんとなく笑ってしまった私は不謹慎です)

お隣は福助。

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そして墓所が終わろうとするあたり、右手にあの有名な「しろあり供養塔」

やすらかに、って。

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向かいにはこちらも有名なロケット型の慰霊碑、新明和工業。

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これらは奥の院ではすでに「名所」のようになっているけれど、企業がまた新しいものを建てようとしたらまずは土地を入手しなければならず、すでに分譲で埋まっている奥の院では結構難しいと聞いた。

しかも最近ではあまり奇抜なデザインのものは減る(企業側も高野山側も)傾向にあるとか。


灯篭の行列に見送られて、さて、やっと門が見えてきた。

ここは朝足を踏み入れた一の橋ではなく、バス停や駐車場、食堂などがある中の橋。

なるほど、だからバスで着く団体さんは途中から入るから灯篭堂にすぐ着くわけですね。

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雨がまた強くなってきた。

朝からかなり歩いた。

13時半、もういい加減にお昼ごはんを食べないと午後の予定がこなせない!

で、ちょうど停まっていた高野山駅行きのバスに乗り込み、座席に座ってホッと。

街中のどこかでお昼を食べ、できれば大門あたりを見に行きたかったので、とりあえず千手院橋まで乗ることにする。

バスを降りるとすでに土砂降り。

滞在中に一度は食べに行こうと思っていた角濱ごまとうふの大門店まで歩く。

ずぶ濡れで入店、あたたかい店内、席についてやっと人間に戻れた気がした(苦笑)。

全てがお豆腐で出来ている美しい御膳、曼荼羅を模した「胎蔵界セット」を。

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(ちなみに「金剛界セット」はサイの目に区切ってあるデザイン!)

同じお豆腐をこれだけの種類の味で変化を持たせるのはすごいよね。

何よりも見た目が綺麗だし。

炊き込みご飯とお味噌汁も嬉しい。

美味しいコーヒーも味わって生き返った気分。

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今見てきたことなどをメモに書いたり、地図を見たりして過ごしていたが、土砂降りが一向に弱まらない。

スマホで雨雲レーダーを見ると、それどころがこれから酷くなっていくらしい。

仕方ない。

このまま何も見ないで午後を過ごすのも勿体ない。

お会計を済ませながら「止まないですねえ」「仕方ないので出かけてみます」「うちはずっと居ていただいて大丈夫なんですよ」と。

お店のお姉さんのちょっと困った笑顔に見送られて、土砂降りのなか店を出る。

目指していた大門はそこから数分。

本当は、高野山はここから入りたかったのだ。だって、ここが入り口でしょ?

そういえばお世話になってる松島龍戒ご住職も仰ってたな「テレビのロケなんかだと、いつもどうするか迷うんです。大門から始めるか、バスでみんなが着く千手院橋あたりから始めるか」

もっと言うなら本当は、麓の九度山から続く一番正式な参拝ルート、空海さんが辿ったとされる町石道を6時間かけて登り、この大門前に出るのが夢だったのだが。

一人で山道、時間的余裕を考えて今回は諦めたのだったが、どっちにしろ台風の影響でこの道は通行止になったままだった。

大雨の大門へ着くと、その大きな大きな門の下で雨宿りをしている外国人観光客が。


こんな天気でここまで歩いてくるなんてバカか、と半笑いで自分に問いつつ、大門を写真に収める。

昔の人は、どんな思いでこの門の前に立ったのだろうか、ワクワクして中へ歩み行ったのだろうか、ここに一歩入ったところまでしか来られなかった女性たちは、ここから外回りの女人道を目指す前にどんな思いだったのだろうか・・・

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大門のすぐ脇にも、お社に通じる道が。

ここも台風被害のため立ち入り禁止。

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しばし思いを馳せながら、町方面に引き返し、角濱ごまとうふ本舗の今度は本店に立ち寄る。

お土産は最終日の帰る直前に買う予定にしていたが、考えてみたら駅までのバスに乗るのはもっと宿近くの中心部、ちょっとしたはずれのここまでくるのは面倒だと、せっかく近くまで来たのでお豆腐だけは買ってしまうことにした。

結構な量買い込んで重い。

大雨だったが店にビニール袋がなく、紙袋が雨で破れないように腕に抱えてなんとか歩く。

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次の予定は16時半から恵光院で行われる阿字観。

恵光院はまたまたもういっぽうの端、奥の院に近い。そろそろ体力も限界に近かったが、2〜3のお寺に寄りながら歩いていけばちょうどいい時間に着きそうだ。

途中、宿坊協会兼観光案内所に寄り、ビニール袋をいくつか分けていただき、ちょっとホッとして先を急ぐ。


大師教会隣りに朱色が目立つ常喜院さんに寄り、赤いお地蔵様を拝観。

お大師様の十大弟子の一人、実恵が開いたこのお寺の地蔵堂には色々お祀りされていて、しかも音楽が流れていて(!)賑やかだ。赤地蔵として親しまれている「恵宝地蔵尊」、悪いところをさすると良くなるという「さすり地蔵尊」などたくさん。

金剛峯寺の駐車場のすぐ前、道がグッとカーブしている場所で、事故が多かったことからお地蔵さんをお祭りしたところ事故が減ったという。

お参りついでに、ずぶ濡れの荷物を拭いたり、持ち物をまとめたり。

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歩き続けて奥の院近くの成福院さんにも立ち寄る。

外から一見しただけで異国情緒を感じる八角形のお堂、摩尼宝塔。

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入り口にはエキゾチックな獅子?

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前住職がミャンマー(旧ビルマ)へ南方仏教研修のために派遣された際、太平洋戦争の戦線で悲惨な体験をされたことで、その辺りで亡くなった方たちのご供養のたえに建立されたそう。

お顔立ちが日本のとは違ってまたいい。

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天井からつる下がった大きな数珠には一つ一つ大吉とか吉とかおみくじの目が書いてあって、目をつぶって3回引っ張り、握っていた場所が結果という占いができるようになっている。

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法要で使う楽器。

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大きな仏足石。

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なんか、ネオンちかちかしてた仏様たち・・・

南方の仏教の話になると、テレビなんかでよく見るお経本てこんなだよね。

パーリ語で書かれたものとかこんな感じだったな。

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ビルマの楽器たち。

またしてもだぁれもいないお堂の中をぐるりと、様々な展示物を満喫させていただき、十分お参りをしてお寺を後に。

近くの持明院さんの門前も灯篭が素敵。ここは浅井長政とお市の方の肖像画があることで有名(この翌日、霊宝館で鑑賞)。

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そこからすぐの刈萱堂にもお邪魔。

ここも私一人!

歌舞伎にもなった悲話、刈萱道心と石童丸の物語の舞台。

その物語が何枚かの額絵になって、お堂の壁にぐるりと掲げてある。


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さて、やっとのことで恵光院へ着く。
山門の提灯には薩摩藩の紋。

そしてここは明智家の菩提寺でもある。

靴もびちゃびちゃ、靴下は絞れるくらいずぶ濡れで到着したので、入り口に備え付けてある大量のタオルがとてもありがたかった。中を汚してしまっては申し訳ないので念入りに拭く。

案内された待合室はパソコンルームになっていて、ガイドブックや真言宗の本が並んだ本棚や、マッサージチェアなどが所狭しと置いてある。

外国人のお客さんが特に多いのか、各国語のものが揃えてあり、コーヒーメーカーには温かいコーヒーもあり、とても快適そう。

阿字観に集まったのは5人ほど。

阿字観道場ではなく本堂に通される。

薄暗い本堂の中、大きな阿字のお軸の前で、若い修行僧さんがご指導くださる。

あくまでも「体験」なので初心者向け、座り方と呼吸法(数息観)を中心に教わった後「それでは各自、瞑想に入ってください」という感じで修行僧さんは姿を消した。

しばし静寂のなかで座る。20分後くらいに戻って来た修行僧さん「はい、目を開けていいですよ」

あれー、目を瞑るんだったのか・・・?

せっかくのお軸だったが最後まで阿字を見ることはなく、声を出すこともなかったけど、いつもは臨済宗の座禅会でやってる数息観をここでやるとは思ってなかったから面白かった。


全ての体力を使い果たし、再びグショグショのスニーカーに素足でズブズブ言わせながら20分ほどテクテク歩いて帰宿。

お風呂に直行したかったがまずは夕食の時間。

温かいご飯とお味噌汁に一息。

紅葉の葉が乗った天ぷら盛り合わせ、高野豆腐の酢の物、くるみやゴボウの突き出し、かぶらなどの餡掛けの煮物、揚げ出し豆腐、菊の花びらの添えられた胡麻ペーストのかかった野菜、お出汁味の白菜や人参、キノコ、油揚げのアツアツお鍋。

デザートは梨でした。

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前日とは違う温泉(福智院には複数の温泉あり)「炭酸泉」に行って見る。

露天風呂のある広めの温泉は熱めだったせいか、なかなか寝つかれなかったが、この日の温泉は38度とぬるめ、しかも一人っきりで貸切状態!

ゆったりと浸かって、そのままお布団へきゅーばたん。

熟睡でした・・・・

翌朝もまた4時半起床ですからね、さて、明日の朝勤行はどこへ???


2日目、17024歩。


(3日目へつづく)






by saskia1217 | 2018-10-18 01:05 | 感じろ、考えろ、思え! | Comments(0)

薪能

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「みどりの風 練馬薪能」を観に、石神井公園の松の風文化公園へ。
この練馬区主催の薪能は今年で3回目、能楽堂での公園より若干入場料が安く、狂言方は人気の野村万作(練馬区名誉区民)、萬斎父子のご出演とあってチケットはなかなかの争奪戦だ。

雨も上がり開演の17時にはすっかり晴れて、夕方の薄明かりに虫の音、ちょうどマグリットのような美しい三日月が顔を出し、雰囲気は満点!
演目解説のあと、まずは本日の笛方 一噌幸弘さんの笛で、区長や区議会議員さんによる火入れ式。
ちなみに一噌さんも練馬区民。本日の演者30人のうち7人が区民、1人が出身。
ようやく練馬区も文化に力を入れてきたんだなぁ…

番組は、狂言「蝸牛」と能「土蜘蛛」そして間狂言に「ささ蟹」
万作、萬斎父子による蝸牛は楽しくてシンプルで、可愛らしい。
何度観ても素直におもしろい作品。
一番可笑しいのは、最後に「面白そうじゃないか」と言って「でんでんむしむし」に参加しちゃう主人!

20分休憩のあとに能「土蜘蛛」
お調べが響き渡るあの瞬間の空気が好きだ。
本日は前シテ 梅若万三郎、後シテ 梅若万佐晴。
話自体はそう精神的な突き詰めがあるというものでもないけれど。
何せ初心者に嬉しい蜘蛛の糸シーン、歌舞伎のような派手さはないけれど、わたしはこっちがすきだな。
アイ狂言の蟹さんたちのチョキが人差し指と中指でなく人差し指と親指で作るのがなんかちょっと西洋チックで面白かった。
蜘蛛の精が投げた「蜘蛛の糸」が燃え盛る松明に降りかかったり、退場する演者さんたちの摺り足にもつれかかったりで、なかなか目が離せない演目。
先頭を切って蜘蛛退治する一番強いはずの一の武士が一番小柄でお歳を召した方で、見た目的に少し心許無くハラハラしちゃったり。

お能はやっぱりいい。
野外もいい。
(昨年は雨で、ホールだったそう)
囃子方、一噌さんのほかに、小鼓 住駒匡彦さん、大鼓 柿原光博さんが素晴らしかった。
楽器の音は野外でも通る通る!

唯一、生中継していたJ-COMのカメラマンさんのインカムの指示がラジオみたいに丸聞こえだったのが残念。
興が削がれまくる。
あれは今後なんとかして欲しい!(怒)

秋は薪能の季節。
今まで、飛鳥山、根津神社、称名寺なんかで観たけど、鳩森八幡さまとか、他の場所でも観てみたいなぁ。
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by saskia1217 | 2018-10-15 08:26 | 感じろ、考えろ、思え! | Comments(0)
高野山紀行、つづきます。

旅の2日目。
前日の旅立ちに続き、またもや朝5時起床。
6時からの朝勤行に参加するため、シャキッと起きて身支度。
10分前に本堂に行くと一番乗りだった・・・
塗香をいただき進む。
ロウソクの灯だけなので薄暗い本堂、どうぞお好きな場所にと案内されて入るも、しばらくはご本尊の位置さえわからない。
目が慣れてくると須弥壇の前に2〜3人のお坊さんたちが静かにご準備をされてるのが見えた。
ちょっと離れたところに正座していると、お坊さんのお一人が「どうぞ、遠慮なさらずに前へ」と言ってくださったので、正面中央最前列に座り直す。
福智院のご本尊は愛染明王様。ただでさえ薄暗い中、一番遠く奥にいらっしゃるご本尊はほとんど見えない。赤い体をしていらっしゃるはずだが。
時間になると、団体の宿泊客たち、おじさんおばさんたちが賑やかにやっていらして座る。そして時間ギリギリに外国人のお客さんたちがゾロゾロと。
高野山で初めて聞くお経、嬉しい。
冒頭は聞き覚えのある声明!いつも松島さんのお寺で聞いていたのと同じだったような。
そのあとのお経はもう全部聞き慣れないものばっかり。
読経が始まると順番にお焼香。
体の大きな外国の方たちは、正座やあぐらで座っているのも大変そうなのに、日本人にならってにじったり、中腰で前に出たりするのが一苦労。体を小さくして手を合わせる。そうでなくても立つと天井に頭が付きそうで大変。
僧侶は全部で3〜4人だったろうか、中央で読経されていたお坊さんだけが途中少し高い声でオブリガートのように別の節を唱えていて、その重なり具合が面白かった。あれは曹洞宗では聞かないね。
ベースがB-Dur(笑)で貫かれていて、瞬間的にものすごく西洋的な響がすることもあった。
50分ほどの勤行の最後にお歳を召したおそらくご住職だろうか、短いご挨拶をされた。日本語に続いて、きっと毎日毎日話されているのだろうなあという英語のフレーズで外国からのお客様を歓迎されていた。
「昨夜皆さんがされた写経をこちらのお大師様に奉納させていただきました。願い事を拝見していると日本の方は皆さん『家内安全』が多いですが、外国の方は圧倒的に『世界平和』が多いですね。視野を広く持って世界のことを考えられるようになりたいものです」と仰ったのが印象的だった。写経を納めた空海像の前でお焼香。
本堂の扉が全て開けられて堂内に光が入り、ご本尊や仏像が少し見えてくる。孔雀明王も!
お坊さんのご案内で、須弥壇の後方にぐるりと安置されたたくさんのご位牌を列になって見せていただく。
全国からのお位牌、特にこのお寺と所縁のある井伊家代々のお位牌も。多宗派のお位牌もあるし、喉仏、髪の毛などもご供養されている。
そして著名な造園家で高野山にもたくさんの作品がある重森三玲の晩年作「愛染庭」のご披露。
本堂から見られるのはこの勤行の時のみということで、皆夢中でシャッターをきる。
冷たい朝の空気から見る庭は、愛染明王のお身体の赤い色を表した赤い土と白い砂のコントラストもくっきりと素晴らしい。
モダンな感じだけど、こういうのもいいかも。
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庭を拝見してからもう一度本堂をぐるり。
須弥壇横の曼荼羅をじっと見ていたら、お坊さんのお一人が、それがあの「血曼荼羅」のコピーであることを教えてくださった。霊宝館にある本物は、とても黒ずんでいてあまりはっきりは見えないとか。最近同スケールのコピーが作成され、これはその縮小版ですと。
曼荼羅って近くで見られることがほとんど無いので、つい見入っちゃうね。

気がつくと本堂には私一人になっていた。
部屋へ戻りがてら、館内やお庭をパチリ。
鎧兜とか古そうな美術品たち。
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廊下から見た愛染庭。
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井伊家の「井」発見!
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休憩スペースと、そこから見えるお庭。
緑が綺麗。
奥には何やらお社が。
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高野山名物「宝来」
むかし稲が採れなかった高野山でしめ縄の代わりに作られたのが由来という。
「寿」などの文字や干支などいろいろな柄が。
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お部屋に戻って朝食を待つ。
ちなみに、この向こう側の出っ張った小さな一角が私のお部屋!
居心地がいい。
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朝ごはんが来た!
お鍋は、温かい豆乳に浮かんだお豆腐。
がんもどきの煮物、とろろ、梅干しに昆布、海苔、おからなど。
お味噌汁に白いほかほかご飯(たっぷり2杯)。
朝はお茶が緑茶。目が覚めるね!
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朝食を終えて8時、宿坊を出る。
この日のテーマは「奥の院」
ある宿坊の阿字観に参加する夕刻までをたっぷり使って、奥の院だけを味わい尽くそうと考えていた。
メインストリートをただただ奥の院に向かって歩く。
辻々にあるお地蔵さんやお社に一つ一つ目が行くが、多すぎてキリがなくなる(いつかの出雲と同じ状況・・・苦笑)
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福智院を出てすぐ、金剛峯寺へ曲がる角にあるお地蔵さんが可愛い。
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高野山には高野七弁天のように、水を得るためにお大師様が招いた神様たちもたくさんいらっしゃる。
ほんとは全部回りたかったのだけど、雨もひどいし、まずは奥の院からととま口だけでご挨拶。
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これは千手院橋からすぐの水路。
ブラタモリでタモリさんがのぞいていた、あの暗渠になってる川が表に出て来た場所だ。
小降りだった雨がドンドン強くなってパーカのフードだけでは凌げなくなり、寒さもつのってきて、途中地蔵院あたりの軒先を借りてウインドブレーカーを重ね着したり傘をさしたり。
さっきまで光さえ差していたのに、あたりはもう霧がもやって、本当に山の天気なんだなあ。
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西室院あたりにある、奥の院へ向かう町石。
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緩やかな坂を降りてゆくあたりにある清浄心院。
道路からも見えるお庭が美しい。
文字通り心が洗われるようだ。
その向かい、一橋口のバス停付近で二股に分かれた道の間にある宝善院さんの門も清々しい。
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すでに全身濡れながら一目散に歩き、気づくともう一の橋。
もっと遠いかと思ったら意外とすぐだった。
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思えば、私が高野山に来たかった一番の根っこは、この奥の院。
この両側の杉木立ちと何万基という墓と供養塔の中を歩いたら。
そしてついに御廟まで行ったら。
どんなところなのか、どんな空気なのか。
そこに何があるのか。
私にもそれが感じられるのか。
合掌一礼して足を踏み入れる。
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少し雨が弱くなり、傘をたたむ。
朝8時過ぎ、あたりはもちろんすでに明るいが、ここは人っ子一人歩いていない。
そしていきなり鬱蒼とした巨大な杉と視界じゅうを占める五輪塔と暮石の大群。
10メートル、20メートル・・・一の橋から遠くなるに連れて、だんだん不安になってくる。
何度も後ろを振り返りながら、引き返そうかと3回くらい思った。
こういう場所を怖いとはちっとも思わないのだけれど、何故か、このまま進んでいって大丈夫なのかという心細さに襲われていた。
以前やはり雨の中、伏見稲荷をお参りして霧にまみれて山頂の一宮まで一人で登ったときも、あの何とも言えない霊気にやられて相当怖かったけど、ちょっとそれを思い出した。
少し歩くと奥から歩いてくる人とチラホラすれ違うようになった。
すでにお参りを済ませた人、御用や作業を終えたような地元の方達。
早朝から出かけて戻ってきたのだろうか、外国人カップルの姿。
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五輪塔や墓石以外にも、実に様々な形の「ご供養」が。
大木の根っこの間や道の脇に置かれた(この石畳の道を直すときにも土の中からたくさん出てくるらしい)小さな仏様や長方形の石に線を引いた庶民の「五輪塔」も。
五輪塔の形さえしていない長方形の石も、よく見ると線が引かれて5つに分かれている。字はそこに彫るのではなく、墨で書いていたらしい(ブラタモリ情報)。
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1200年もの庶民の思いが重なる。
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この景色、この道。
テレビで、雑誌で、何度見たことだろうか。
そこに立っていることがとにかく有り難かった。
奥の院の御供所に10時半までに着けばよかったので、パンフレットを見ながら一つ一つの墓所に足を止めて見ていく。
大きさも形も立派な大名たちの墓所や供養塔は有名。

薩摩島津家。
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有馬家。
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八代将軍吉宗公。
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そして、この古くからの通りには珍しい、現代人の墓所。
江崎グリコの江崎家。
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もう明るくなっているけれど、灯りが残る灯籠。
向かって左側の灯篭の見える面には月が(欠け方もまちまち、時々丸いのは満月!)、右側には太陽がかたどられている。
それぞれの灯篭には手前に月、向こう側に太陽となっているので、帰り道も同様に左側の灯篭に月が見える。
お坊さんのお話では、これはお大師様が仰った「人の心は月のように変わりやすい」こと、そしていつも変わらぬ丸い太陽は大日如来様を表しているそうだ。

紀州初代藩主・徳川頼宣。
扉がハート模様みたい。
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ありとあらゆる五輪塔。
小さなものでも並ぶと圧巻、しかも苔むし方が時を感じさせる。
さあ、奥の院でも有名な武田家墓所。
左が信玄、右が勝頼。
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そして道を挟んでちょっと小高いところにある、上杉謙信の霊屋。
川中島!!
社の木材に微かに彩色の跡も見て取れた。
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これは「授籌(数取り=かずとり)地蔵」
ここを通ってお参りに行った人を全員、誰が何回通ったかを数えていらして、地獄に落ちたときにそれを閻魔様に報告してくださるのだとか。
回数が多い方が助かるのだろうなあ・・・む〜。

姫路の酒井家。
どこも入り口の鳥居が印象的ですね。
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弘法大師腰掛け石。
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相変わらず周りに誰もいないので座ってみようと思ったが、石の柵で囲われているのでうまく座れない(笑)
せめてもと手でさわってみました。
そういえば根津神社には漱石や鴎外が腰掛けたという「文豪の石」があったなあ・・・
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五輪塔もこれだけ大量に見ていると感覚が麻痺してきて、スゴイとも思わなくなってくる・・・
けど美しいね。
が、大きくて立派なのはやっぱりエライ人のものなんだろうな。
石が木や苔と共生し一体化しているのが不思議。年月を経てきた石、何百年もの樹齢の杉の木、それよりはずっと若いであろう苔や低いところにいる樹木。
時の長さ、何かと何かが時と場所を同じくして出会うことの尊さ。

伊達政宗墓所。

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今回、ここに来る直前の台風21号の被害が高野山でも酷く、南海電鉄など交通機関の他にも、境内での多くの倒木や墓石の倒壊、奥の院でも一切経堂の屋根が一部損壊したりした。
倒れた巨大な木々を姿は痛々しいけれど、それでもその幹や根っこの存在感は倒れてもなおスゴイものがある。
観音様に打ち当たらなくてよかった・・・
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ここにも島津家。
墓石がひどいことに・・・
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石田三成。
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そして、その一つ挟んで隣に明智光秀。
光秀の墓所にある五輪塔の下から2番目「水輪」には何故か必ずひび割れが出来てしまい、建て替えても建て替えても繰り返しひび割れてしまうという話がある。なんでも信長の呪いとか。
確かにひび割れてた・・・
(わざと直さない、って説もある・・・お坊さん談)
ちなみに「墓所」はお骨があるところでいわゆる墓石の形をしているものが多いが、「供養塔」は五輪塔などが多くお骨は入ってない(地元に墓所があったりするもんね)と区別はあるみたいだけど、五輪塔でもお骨が入ってるものは「墓所」と表記してあるそうだ(お坊さん談)。
ちょうど今「軍師官兵衛」の再放送を観ているものだから、なんとなく小朝さんの顔が浮かんじゃったりする。ドラマ、恐るべし。
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久留米の有馬家。
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ちょっと小高いところに本多忠勝。
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そして、南海電鉄創業者の墓所。
立派です。
この方がおられなかったら、ここへは来られなかったのだなあ・・としみじみ。
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とにかく倒木がすごい。
悲しい気持ちになるけど、台風の後しばらくは奥の院参拝も出来なかったから、精一杯作業してくださった方達に感謝。
まだあちこちで作業員の方の姿を見かけました。
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初代市川團十郎の墓所は中の橋のすぐ手前にある。
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そしてやっと中の橋。
距離的には一の橋からそんなに遠くないのだけど、のんびり1時間くらいかけて歩いてきた。
この辺りはちょっと空間が開けて、川のせせらぎの音がとても心落ち着く。
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雨が止んできて傘をたたむ。
そしてお決まりの名所がここにも。
汗かき地蔵。
湿気?のせいで汗をかいて見えることがあるお地蔵様。
私たち参拝者の苦しみを負ってくださっているとも。
宝来の掛かったお堂の前でゆっくりとお参り。
本当に誰もいなくて、どこもゆっくり観られるのが嬉しかった。
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そしていよいよ・・・
姿見の井戸。
きゃー!
覗き込んで自分の姿が映らなかったら3年以内にあの世へ・・・という井戸。
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メガネを落とさないように外してから、恐る恐る覗き込む。
お天気悪いから映らないかなあ・・見えなかったらどうしよう、とかちょっとビクビク。
ちゃんと顔が映りました〜
流石にホッとして、小さなお地蔵様に思わず手を合わせてお礼(笑)

ホッとするのも束の間、引き続きまだまだ「高野七不思議」が控えてます。
覚鑁坂。
ここで転ぶと3年以内に・・・。
きゃーーーー!
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この微妙〜な段差のゆるさがまた危ない。
一段ずつ両足を揃えて(笑)
途中、うっすらと仏像が彫られた「庶民の石」を拝みながら。
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中の橋を渡ってすぐ右、覚鑁坂の途中にあるのは禅尼上智供養塔。
一番古い(石に永和元年とある。1375年)女性の墓所だとか。
女人禁制だった高野山にあるところをみると、さぞ徳の高い方だったんだろうな。
「墓石に耳を当てると善人には極楽浄土の音、悪人には地獄の釜の音が聞こえる」というので、石のところまで登って耳を当ててみた(本当に誰もいないのでやりたい放題)。
何も聞こえず。
ということは善人でも悪人でもないということか、それともどっちも、ってことか・・・む〜。
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坂の途中にダイナミックな倒木。
人間なんてちっぽけ。
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さて、キョロキョロしているとつまづくよ。
覚鑁坂はまだまだ終わってない!
右手、パナソニック、松下さんの墓所は倒木がひどくて立ち入り禁止。
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お向かいはクボタ。
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そのお向かいさん、松下さんのお隣には密厳堂。
平安時代の高僧で真言宗の中興、この坂に名を残した覚鑁上人をお祀りしている。
係の方が台風で乱れた敷地内を片付けていらっしゃる最中だった。
お声をかけてからお参りさせていただく。
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身代わり地蔵。
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お地蔵さんの前に立ち尽くしていると「ハロー!」と声が。
あれ〜、昨日のあのオーストリアからのカップル!
また会った!!
すごいな〜、3回目。
「まだ高野山に居るの?」「いや、これからもう帰るんだ」「そうなんだー、引き続き良い旅をね!会えてよかった!」
もう知り合いみたいな感じで話す。
声かけてくれてありがとう!

エライ方々の墓所が続く。
浅野家。
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長州毛利家。
突き当たりはネパールの供養塔。
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毛利家も大変なことに・・・
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やっと人の姿が増えてくる。
相変わらず延々と続く杉木立。
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そして、左手に少し山へ入った小高いところにある、ここにある石碑群で最も大きい「一番石塔」、崇源夫人の五輪塔。
お江の方である。
6.6メートルは近寄って見るとかなりの威圧感。
女人禁制だったのに、一番大きい石塔が女性のお墓ってところがすごい。
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可愛いお地蔵さんシリーズ。
化粧地蔵。
「自分の化粧道具でお化粧すると美人になる」というので、私もリップペンシルで・・・あはは。
誰もいないっていいなあ。
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その近くに芭蕉の句碑。
ここには他に与謝野晶子や山口誓子の句碑もある。
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高野山の凄いところ。
真言宗の考え方そのもの、どの宗教や宗派も区別しない、大事にするということ。
もちろん空海さんの著書には「その完成形?最終地点に真言宗がある」という考え方も記されてるけれど、全てを包括してしまうという懐の大きさが、この山全体からも感じられる。
ここには親鸞聖人の供養塔、法然上人の供養塔、牧師の墓まである。
みんな弥勒菩薩に会いたいのね・・・
こちら法然上人。
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安芸の浅野家。
こちらも倒木。
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そろそろ最後の橋、御廟橋に近くなってくる。
その辺りに松平家。秀康とその母君霊屋。
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そして、御廟に限りなく近いところに満を持して・・・
豊臣家。
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そしてその並び、秀吉よりさらにちょっとだけ御廟に近いポジションに織田家。
さすがというかなんというか。
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さあ、10時過ぎにやっと御廟橋のたもとにたどり着く。
ああ、ここだ。
ここに来たかったんだ。
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ここには護摩堂、御供所などがあり、お守りやお札、御朱印などがいただける。
10時半にここから出発する生身供(御廟にいらっしゃるお大師様へ毎日届けられるお食事)の様子を見たい。
これは今回の高野山行きの、奥の院の、そのまた一番自分の目で見たかったもの。
このために高野山に来たと言ってもいいくらい。
まだ時間の余裕があったので、トイレを済ませてから休憩所でまずはちょっと一息。
雨の中傘をさし、ガイドブックを手にシャッターを切りながら、結構歩いて来てそれなりにちょっと疲れていた。
休憩所では団体客を前に一人の若いお坊さんが法話中。
静かに入って、奥の台所でフツフツと湧いていた熱いお茶を柄杓でいただく。
冷たい雨にさらされていたからとてもありがたい。
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護摩堂へお参りし、窓口の方に生身供のことをちょっと伺う。
時間ピッタリにしか出発しないので3分前に来れば見られますよ、と。
橋を渡る前までは写真を撮ってもいいし、なんなら後からついて灯篭堂まで歩いていってもいいんですよ、と。
わ〜い!そりゃあいいや!
時間までに、ずらっと並んだ水向地蔵さんへ、ご先祖と数年前に亡くなった実家の犬の供養札を2枚作っていただいてお参り。どのお地蔵さんにお願いしてもいい、というので、迷った挙げ句、一番お優しそうなお顔の観音様のところにした。
お札を置いて、仏様の足元に静かにお水をかける。
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この向こう側に流れているのは玉川。
よくテレビや写真で、ここで修行僧さんたちが水行をしているのを見ることがあった。
肩まで浸かって般若心経をお唱えしていたなあ。
ここなのか。
冷たそうだ。
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護摩堂。
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(続く)












by saskia1217 | 2018-10-14 02:59 | 感じろ、考えろ、思え! | Comments(0)

今日もまた日が昇る・・出かけてゆこう!


by saskia1217