慣れない9時就寝からウトウトしている間、どうやら同宿のみんなもザワザワとした気配。暑くも寒くもなかったが、緊張のせいか頭痛が治らず、そのまま眠ったのか眠らなかったのかという意識のままけたたましい鐘の音が響く。
午前3時、振鈴だ。

修行僧・雲水さんたちがいる僧堂あたりでは「永平寺といえば」という最もベタな映像、手に鐘を持ってあの長い階段廊下を走り抜ける、あのシーン。
あれだ、あれとおんなじ音。
私たちが過ごした吉祥閣は研修施設なので、参禅のほかにも参籠の方、法要のために来ている個人の方、各地のお寺からのお客様の僧侶・・・いろんな方が泊まっている。
おそらく起床時間は微妙に違うのだろう、違う階では5〜10分ほどズレて鐘が聞こえて来たりしていた。

鐘の音とともに全員がガバッと起きる。誰かが電気をつけてくれる。
すごい、自衛隊みたいだ(行ったことないけどイメージ)。
「おはよう」どころか、隣りに寝ていた人と顔を合わせる余裕もなく、皆黙々と布団をたたみだす。
シーツと枕カバーをきちんと折って自分で保管。
間髪入れず着物と袴に着替えて洗面道具を持って洗面所へ。
時間はないが、慌てていると作法を忘れたりして色々うまくいかない。
洗面所に入るまえに烏芻沙摩明王にご挨拶。東司に入るときに袴を脱ぎ、バーにキチンと結び、その下に脱いだスリッパを壁に直角に置く・・・
初めての朝は各所まごまごしながら、なんとか3時40分からの「暁天坐禅」へすべり込む。
そうそう、ここを横切るときは軽く頭をさげる、禅堂へは左足から、あそことあそこで低頭・・・
中央の文殊菩薩さまに雲水さんがお線香をあげる「行香」のあと、止静三声(鐘が3つ鳴ると「坐禅開始」)。

禅寺では全ての行動の合図は鳴りものになっていて、山内では色々な楽器が活躍する。
起床の「振鈴」は手にもって振る小さい鐘。
禅堂には外の廊下に大きな大きな太鼓、そして禅堂入り口内部につり下げられた鐘。
暁天坐禅では止静三声のあと更点で(堂外、廊下の大太鼓と鐘で)ほぼ毎回アッチェレランドのパターンを何度かくりかえす。
ほーあの太鼓はこれに使うんだったのか・・・
それに食前のお唱えには柝(たく=戒尺)という拍子木みたいなものを堂行の雲水さんかシラブルごとに打ち鳴らしたり。あれ、いい音だったなぁ。
太鼓に代表されるように、緊張を高めていくときはやっぱりaccelなんだな。納得。
叩く人によって若干差は出るけれど、大太鼓はものすごい大音量、大迫力。
坐り始めて3分、いや坐ったその時からすでに足首が痛い私も、さすがにその大音量には腹の底からブルッと震えがくるような、「ようしこれから一日が始まる、まずは坐禅!」っていう空気が湧いて来る。そう、みんなからも。
少しするとそれに答えるようにして、外(庭)の鐘楼堂から「ゴ〜〜〜〜ン・・・」と太くて低くて落ち着いた鐘楼の音。あの「除夜の鐘」で有名な、あの鐘。真っ暗な中、「足もつかなあ」という不安のなかで外から聞こえて来る鐘楼の音はまた格別。一日が始まる、って清々しい気持ち。

暁天坐禅はたいてい30分ほど。
警策(きょうさく)を持って、堂行(どうあん)の雲水さんが背後をゆっくりと行き来する。警策は自分からお願いする場合と、あちらから(姿勢が悪いとか、寝ているとか)打ってくださる場合があるのだけど、今回の参禅中後者は無かったように思う。(姿勢が悪かったときは、そっと警策を背筋に縦に当て、身体の向きや首の方向を直してくださった。自分でまっすぐのつもりでも、人間必ずどちらかに曲がっているものなんだなあ・・・)
警策は皆自分から希望して打たれていた。特に女性陣は多かったなあ、警策(笑)。この日の朝、眠くはなかったものの頭痛で集中できにくかったので、私も希望して打っていただいた。
法界定印をほどいて合掌して待っていると、後ろでピタリと足音が止まり、低頭して合掌したまま頭を左に避けていると右肩を打ってくださる。(左は本来袈裟があるかららしい)ちゃんと避けていない人は雲水さんが頭をぐ〜っと抑えてきちんと避けさせてから打ってたみたい。万が一頭や首を打つと危険なのでね。
じつは今回の参禅期間中、坐禅中に眠気におそわれることは一度もなかったのだけど、頭痛や足の痛みをはねのけるために何度か希望した。一日1回くらいだったかな。あまり頻繁に希望するのも他人の集中を欠くのでほどほどに、ということもあるみたい。

この禅堂は窓に面したところが障子になっていて、外の光は入って来るが、景色は見えないので天気もわからない。
ましてや3時はまだ真っ暗。
禅堂内の灯りも最小限なので、ぼんやりと明るい。
女性男性と分かれた単の列、あいうえお順に席が決まっていた。
私は窓側でなく部屋の真ん中の列だったので、完全に木の壁に向かって坐ることになる。
同じ禅宗でも対人を重んじる臨済宗では通路側を向く対面形式だが、曹洞宗では逆の壁に向かうスタイル。暗い時間はその木目すら見えないけれど、お経などを置くためにちょうど胸の前あたりに付いている小さな棚が、こちらに向かってL字形ではなく向こう側にくぼんで見えて来たり、いろんな錯覚が起こってくる。
そう、目は開いたまま首はまっすぐ立ててアゴを引き、目線だけ斜め45度下を見る。
なのでちょうどその「窪み」のあたりに視線が行く。
その切れ目が向こう側にいったりこっち側にきたり・・を繰り返しながら、息を調整してみたり、頭を吊るされたように姿勢を正してみたり。
とにかく何が、って足が痛い。
私の場合「痺れ」は殆ど無く、ヨガのおかげで多少股関節は柔軟になっているので膝や腰は全く痛くならない。
ただ、足首が硬いせいか腿が太いせいか、もう足首が半端無く痛い。結跏趺坐はおそらく10分くらいしかもたないので(途中であまり組み替えるわけにもいかないので)最初から半跏趺坐でやっていたけど、右腿の上に乗せた左足首のくるぶしあたりが、開始5分くらいでもう激痛。
この2日目朝の30分は、この時はまだまだかなりキツかった。

坐禅中は禅堂の扉は開けてはならず、引き戸を閉めたあとでそこに御簾が下げられる(らしかった。音でしかわからないけど)。つまり坐禅の終わり(放禅)には、その御簾を巻き上げることになる。
警策をコトリと置いてから御簾をあげるかすかな音が聞こえてくる。その後に鐘を打つ槌をそっと外す音。それから放禅鐘(坐禅終わり)が鳴らされる。
御簾が上がるのは本当に小さな小さな音。だけど、それでつい「救われる!」と思ってしまう(煩悩!!)。→これみんなが思うらしく(苦笑)後日雲水さんのミニ法話でズバリ図星・・・

めでたく放禅鐘が鳴っても、あまりの痛さに左右揺振もできやしない。
息も出来ないくらい痛いので(本当はいけないのだけど)両手で左足を持ってそ〜っと外さないと足がほどけない。
が、ここで自分だけ時間をとってると、左右の同じ列の人たちと一緒に隣位問訊が出来ないので、待たせてはいけないとつい急ぐ。急ぐと履物を揃える前に飛び降りてしまったり、坐蒲を整えて白い札を手前にするのを忘れたり・・粗相が増えてしまう。
床に降りてもまともに立てないので、フラフラと隣位問訊、対座問訊。
情けない。

4時10分、休む間もなくそれから白い足袋を履き、前夜ポストイットをいっぱい貼った経本2冊を袱紗に入れたのを懐に、整列して法堂へ。
スケジュールは一度に全てが発表されるのではなく、いくつかずつ(例えば起床から小食くらいまで、とか)集合した時点でホワイトボードに書かれ、集合時にいちいち指示が出る。
後で思ったのだが、他とリンクしている法要などはその時間に合わせなくてはならないけれど、私達の坐禅の様子や食作法の習得度、体調はどんな感じか、などによってかなり流動的に決めてくださっていたのではないか、と。
すべての移動は常に男性、女性の2列で整列して歩行。先頭に2人、最後尾にも雲水さんが付き、真ん中あたりにも1人付いてくれる。

鉄筋コンクリートの吉祥閣を出て、いよいよ「七堂伽藍」へと足を踏み入れる。
永平寺の建て方は道元が学んだ中国の天竜山を模していて、一番てっぺんの法堂(はっとう)をお釈迦様の頭として、仏堂が心臓、両手に僧堂と大庫院、両足が東司と浴司となぞらえてある。そして山の斜面に建てられたその7つの主な建物は長い廊下と階段ですべて繋がっている。
「ザ・永平寺」のイメージ「雲水さんたちがものすごいスピードで雑巾がけをするあの階段」もそのひとつ。
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毎朝、朝課のために法堂へ向かうときには、自分たちの小食(朝ご飯)の粥(しゅく)、香菜、ごま塩を受け取る桶を持って大庫院へ寄って行くのだが、この2日目はたまたま私が香菜の桶を持つ係になった。(毎日違う人が当たる)
尊い食べ物を入れる器である。絶対に目下にならないよう自分の頭くらいの高さに持たなくてはならない。しかも器を持つ指、持ち方も決まっている。袴にスリッパ、たくさんの階段。緊張の行進だ。

やっと外が見える渡り廊下に差し掛かる。前日昼にここへきてから一度も外を見ていない。まだ薄暗くて天気も、庭の緑も見えないけれど、夜明け前の透明な空気がすうっと近づいて来る。
階段や廊下は窓で仕切られているけれど、途中あの山門や中庭に抜けている大庫院前の廊下なども通るので、廊下を歩きながら外を味わうことも出来る。
真っ暗な中、観光客も居ない、すれ違うのは各々の持ち場に向かうお坊さんたちだけ、今この永平寺のピカピカに磨き上げられた山門を香菜桶を捧げ持って歩いている自分・・・実感を味わう。たぶん一生忘れられない空気と風景。
中庭には防火用ともいわれる大きな水桶が二つ、左右対称(これも中国の様式)に置かれていて、その水音がなんとも心地よいこと。毎朝そこを通るのが本当に楽しみだった。
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大庫院(山内の食事を全て用意する台所)につくと桶を持った人だけ中に入り、外間口のところに桶を置いてくる。もちろんほんの入り口だけだけど、大庫院に入れるだけで嬉しい。
そこには曹洞宗のいろんなお寺でも見慣れた大きな木の魚(魚鼓=ほう)が天井から下がっている。僧堂では食事の前にこれを鳴らすんだよね。庫院ではお食事を出すときに鳴らすのかなあ・・・いや庫院の前の廊下には青銅の「雲版」が吊るされていて、それを鳴らしてたなあ(観光客がいる昼間や、私達が通る早朝など、その係のお坊さんは鳴らす前に必ず「これから大きな音がいたします」と静かな声で注意喚起してくれるのがちょっと面白かった)。
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器を置いてさらに階段をのぼって行くと法堂に着く。
もうすでに朝課が始まっていて、大勢のお坊さんの声が浪々と響いている。
階段で履物を脱ぎ、綺麗に壁につけて並べ、私達が入っていくべきタイミングになるまで法堂前の廊下で待つ。
廊下などで待つときは必ず「面壁」(壁に向かってくっつくようにして立つ)、もちろん叉手でね。
冷たい空気、山の下からの朝のそよ風、鳥の声、水の音。
個人で法要に見えてるご家族や、参籠の方などと入れ違ったり、一緒に入ったり。
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法堂の中央に祀られているのは聖観世音菩薩。階段の左右には白い阿吽の獅子。法要中、この段の上には係のお坊さんがいて、観音様前の御簾を上げたり閉めたりしていた。「あれ?」と思うともう隠されていたり(笑)。きっといろいろ決まっているんだろうなあ。
・・・なんてこと、この日はまだ見る余裕はなく。
この日はたまたま隣りが雲水さんで、全ての行動に細かく指示を出して下さるので(絶妙なタイミング!)すばやく真似して礼拝できたけど、合掌したり低頭したり、進行役の偉いお坊さんが入堂されて目の前を通られる時は叉手低頭したり、お鈴に合わせて三拝したり、お経本を畳の縁の内側に置いたり、お経本を正しい指で持ったりめくったり、正しく読んだり(笑)ものすごく忙しい。
そう、今度はずっと正座。
でも・・正座、なんて楽なんだろう・・・って思ってた(苦笑)。実際痺れなかったし。
この日はなんと観音様のすぐ下、正面奥まで歩み寄ってお焼香をさせていただけたので大感激。
まあ、お葬式でもそうだけど大勢でのお焼香ってものすごく時間かかっちゃうから、ここでは係のお坊さんたちがそれはそれは速やかに交通整理。ということで、あんまり仏像のお姿とかよく見られなかった・・
だけど永平寺で使ってるお線香ってなんであんなにいい香りなんだろう!
(実家の母に頼まれていたのでお土産に買って帰ったが)
前のほうに大勢並んでいるお坊さんたちの、並ぶ順とか、おそらく位によって違う衣や袈裟の色とか、足の運び方とか、何かを手に持って移動する係のお坊さんのものすごく面白い跪き方(片方の足をジリジリと後ろに伸ばしながら上体をまっすぐにしたままで低くなっていく)とか・・・
テレビで観た総持寺の法要のときのダンスのような所作を思い出しながら、ああ、これも左右対称なんだな〜って興味深く見ていた。
私達は正面に向かって右側の下座のほうに恭しく列になって座っていたが、ちょうどその視線の先、右側の上のスペースに朱色の立派なお座布団が置いてあったのが入堂したときから気になっていたのだけど、果たしてそこにお出ましになったのは現禅師さま。そのとき全てのお坊さんたちが一斉に斜め右を向いて低頭していたので気づいた。思いがけずお姿が拝見できてよかった。
そして、お坊さんたち、三拝した後や腕を上げた後など、もう本当にしょっちゅう衣をキチンと直している。その動きさえも美しいのだけど、あれもきっと道元が仰ってることなんだろうなあ。身だしなみはキチンと!(「正法眼蔵」まだ読んでなーい!)

約1時間、無事朝課を終えるころ、やっとあたりが白み始める。5時半〜6時頃。
帰り道はまた列になって、大庫院に預けた器を受け取って、お粥、漬物、ごま塩を持ってもと来た道を戻る。ようやく緑が見えて来る。
戻ると禅堂に集合して「朝参」(朝のご挨拶)。
お鈴の音と共に三拝。向かいの列の方と頭ごっつんこしたりしてあたふた。

そして、禅堂にて小食。
初めての朝ご飯、さあ、お作法はどうだろう・・・
応量器と食作法の紙を持って面壁して待つ。もう足が痛い。お腹すいてるけど足ばっかり気になる。
粥(おかゆ)は匙でいただくのだが、お箸と同じで必ず先は自分の方を向けて使う。
これかー、これなのか、テレビでいつも見てた「縦にスプーン使ってる!」の像は!
誓いのお唱えどおり、まずお粥を三口。
この日は玄米粥。ものすごく美味しい!
それから正しい作法に従って、ごま塩(この日は黒ごま)をすべてお粥の中に入れる。ごま塩も美味しかったなあ。ちゃあんとお塩も煎ってから、擦った胡麻と合わせるんだって。
沢庵と梅干しはもちろん器を持ち直していただく。お粥の中に入れちゃったり出来ません。
朝ご飯は器の数が少ないから、間違いも少なくて済む気がした。
あー美味しかったけど、足が痛い。

と、そんなこと言ってる間もなく今度は作務の時間。
ここまでが一連の朝のおつとめ。
3グループに分かれて、自分たちが使う東司、控え室、禅堂を6人ずつで掃除。
掃いて、拭いて、雑巾がけして、雑巾濯ぐ。
この日私は東司の担当。作務はジャージ姿に着替えるのだが、もちろんトイレ掃除も素足。でもね、もともとどこもかしこも綺麗だし、作務だと思うと多少汚れたところにいっても全く気にならない。
さすがにトイレ掃除にはひとつだけ化学的な洗剤を使いました。
トイレの中も外もピカピカにして、雑巾も全部洗って干して、気持ちいい!

ここで小休止。
通常この参禅では2日目というのがやはり一番身体にこたえるらしく、皆ちょっとの休み時間には控え室に入ってマグロみたいに畳にゴロン。
マッサージする人、ストレッチする人、湿布貼る人(わたし)、寝る人・・・
まだまだあまり会話が無い。さすがに控え室では「禁止」とは言われなかったけど、全体的に「私語厳禁」の雰囲気なのと、周りが静かなのでやはりあまり話す気にならないのだ。
話すときも自然とひそひそ声になる。
おしゃべりの権化のような私が、4日間三黙道場でどうなるかってのも自分で楽しみだったのだけど、まあテレビもスマホもないところでは自分も静かなのが自然。

そしてまた坐禅のあと、この日の午後は講話。広間に集合して、布教部部長の渡邊宣昭師による「食作法について」のお話を伺う。
正座、のつもりがこの頃はもう段々足が崩れ・・・苦笑。
「参禅」は布教部のなかでも一番大切にしている大きなお仕事のひとつだそうで、渡邊部長は毎年こうやって自らいろいろなお役目をされているとか。でも今年で終わりなんだそう。とても陽気な楽しい方だった。
「全員の顔と名前を一致させなきゃ」と張り切っておっしゃっておられた。
道元禅師のご生涯、中国留学での典座との出会い、大事な著書である(料理法についての)「典座教訓」と(いただく作法に関する)「赴粥飯法」について。特に私達が今回実践している応量器での作法と、数々のお唱えについての解説。特に「施食の偈」「五観の偈」について。
正直をいえば、じつはここで初めて(たぶんここで初めて普通の坐り方をしたせい)ものすごい睡魔に襲われてしまった。興味深いお話なので、がんばって聴いていましたが。
3時起きって・・ほぼ「寝る」時間だもんなあ、私(苦笑)。

お作法の話を聴いてすぐにいよいよ「中食」、一番正式なお食事の時間。
お唱えも多い、やることも多い。
でもねえ、お腹はすくんだよね、何やってても。美味しいものがいただけるのわかってるから頑張るのだけど、雲水さんたちが半年くらい経ってやっと慣れるというお作法だもの、4日で果たしてどのくらいまで出来るのか。
参禅係は毎食にかかった時間をちゃんと記録していて、この日の中食は前日の薬石より10分くらい短くなっていたらしい。
中食は別菜皿のおかずが一品。おかずは浄人が両手にかかえる大きな木製のハコの、自分側の角に片手を添えて支え、もう片方の手の三本指(親指、人差し指、中指)で器を持って取る。
おかずが何だったか、まだこの日はそんな余裕はなかったので覚えてない。
けど、4日間通しての食事の記憶で、印象的だったことは・・・

頭鉢でいただくのはご飯のみ。
お釈迦様の頭蓋骨だからゼッタイに口を付けることは無い。落すなんてもってのほか。落して下山になった雲水さんもいるとか。
朝は粥(しゅく)だけど、お餅入りだったり玄米だったり白米だったり。昼と夜は基本、麦ご飯。一度だけ炊き込み御飯が出たけど、美味しかったなあ・・・

香汁(きょうじゅ)と呼ぶ味噌汁も毎回違って工夫してある。
具もだけれど、お味噌もふつうの合わせ味噌?だったり、時々赤だしも!!

おかず「野菜の煮物」 これがもう、殆ど毎回メイン。蒟蒻、厚揚げ、油揚げも。茄子の揚げ煮はちょっと鷹の爪でピリッと。ジャガイモを薄く切って揚げたもの(これもちょっとだけ鷹の爪?)。
あと吃驚したのは沢庵の煮物!!(北陸では食べるの?甘辛くて柔らかく美味しかったけど)
あとはキンピラ風なもの。
「和えもの」もやしと小松菜、ブナシメジなどのキノコ。シメジ率高し!
すごく美味しくて一番印象的だったのは「厚揚げ、じゃがいも、シメジと法蓮草のクリーム和え」ホワイトシチューみたいな味付けだったのだけど、豆乳と小麦粉で作ったのかなあ・・・
帰ってきて真似してみた、けど大庫院には敵わない!!(笑)
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「酢の物」梅酢につけたゴボウ、もやしと胡瓜?だったかな
あと「シメジと小松菜(法蓮草?)のパスタ」パスタが若い雲水さんたちに人気という話はきいていたけど、やっぱり出たー!お箸で音を出さずに食べやすいよう、4センチくらいの長さに切りそろえてあった。オリーブオイルの香りでとっても美味しい。

相変わらず拷問みたいな中食が終わると、ちょっと休憩挟んで今度は「坐禅について」の講話。同じ渡邊部長さん。
この時は全員ジャージに着替えて、まずストレッチをいろいろ紹介していただき、みんなでやったり。
それからひとりひとり、坐蒲を使って坐禅の仕方をアドバイスいただいた。
18人分ひとりひとり。
私は姿勢はほぼ今のままでいいみたいだったけれど、禅堂でも雲水さんに直されたのは首がどうやらちょっと右を向いているらしい。それから法界定印をいつも綺麗に作っていること。これもなかなか難しい。意識がいってないとね。
もちろん道元の「普勧坐禅儀」のプリントも学ぶ。
部長さんのお話は脱線する部分がまた面白くて、女優の久我美子さんの「久我」は「こが」と読んでもともと道元の直系だとか(お兄様が現37代目当主)、今普段私達が使っている漢字の音読みは殆ど「漢」の時代の読み方だけど、仏教とくに永平寺で使う読み方は「呉」の時代の読み方が多いとか。
あと、朝課で読む「五十七仏」でも出て来るのだけど、なんと仏教開祖であるお釈迦様は、「初代仏陀」ではなくて「7代目」だってこととか(「過去七仏」6人が釈迦より先にいて、釈迦は昔からあったものを悟っただけ、とされている)。

たくさんお勉強したあとは再び坐って食べる時間、薬石。
別菜皿のおかず二品は両手で一度にとり、両足の付け根あたりの腿の上に置いて低頭。お作法にもすこーし慣れて来たかな。
でも一番最後、全ての食器を袱紗に包むときの最後の結び目がまだどうしてもうまく出来ない・・・(開くときに片手で一発でほどけるよう、小さなキッカケ出っ張りを作りながら結ばねばならない)
はたして期間中に出来るようになるんだろうか・・・

やっと入浴。
短時間での要領が少しわかってきた。足をあっためてメンテナンスしながら歯磨きしながら髪洗う・・みたいな(笑)
夜坐は経行をはさんで2セット。このときはたしか、一炷(40分)坐ったはず。
すでに30分くらいがちょうどいい、という感覚になってきたころ。
その残りの10分がどうしてあんなにシンドイんだろうか・・・
どこかがカユかったりしても、ピリッとでも動くと足の痛みを意識しちゃうので、もうとにかく一切動かず。
組み替えもせず、手も動かさず。
隣りで誰かが身動きしたり、咳の音が聞こえたり、それだけで足がズキッて痛く感じてしまう。
あと少し、あと少し、もう本当にダメってなったら手を挙げてギブアップしよう・・そう思っているうちになんとか放禅鐘にこぎ着ける。
控え室のゴミ箱の中が、だんだん痛々しくなってくる(湿布のセロファンと鎮痛剤のカラでいっぱい)。
そんな2日目が終わる。
明日はどんなプログラムなんだろう・・・
今夜こそよく眠れそうだ。

10月2 日(日)
3時10分 振鈴
3時40分 暁天坐禅
     行香後止静
     大開静
5時頃   朝課(法堂)焼香 
6時30分頃 小食
     作務
9時前頃? 坐禅
10時頃   講話(食作法について)
12時前頃  中食
14時前〜 坐禅(たしか、やった記憶)
14時30分頃? 講話(坐禅について)
17時頃    薬石
     入浴
     坐禅(30分?→経行→40分)
21時  開枕

(つづく)









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# by saskia1217 | 2016-10-10 03:42 | 感じろ、考えろ、思え! | Comments(2)

福井って遠いんだな・・・
仙台や大阪感覚で新幹線に乗っていた私は、米原で特急に乗り換えた時点でそんなふうに思った。
参禅が始まったら携帯やカメラは没収なので、出て来たときに写真が撮れるようバッテリー節電のためにもう行きは携帯の電源を切っていた。ということで、左側に見えた大きな水面が琵琶湖かどうかも確認できない(笑)。
福井に10時に着き、ベンチの端に恐竜オブジェが座ってたりする構内を眺めつつ、永平寺行きのバスまで50分を身支度や休憩に当てようと思いながらバス案内所まで行くと、土曜日なのでそれより早い臨時便が出るという。
早めに行ってあっちでゆっくりするか。
乗客が6人くらいしか居ないバスは、お蕎麦の白い花が散らばる田園風景の中を走り、川を渡り、途中遺跡のようなところの停留所に止まる。
おお、これがあの一乗谷朝倉氏遺跡か!!
「あ〜遺跡〜!!見たい、見たいよ〜(涙)」と思いながら窓からアレコレ凝視。
お客さんは殆どそこで降りてしまい、私とあと1人を乗せたバスはもと来た道へ引き返し、どんどん山の中へ入ってゆく。登る登る。坂がきつくなってくる。
駅から40分くらい走って、緑深い景色の中に突然町並みが現われる。
永平寺町、門前町だ。
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降り立って、ちょっと感慨に耽りながらまわりの山をキョロキョロ、しばしボーッと。
向かいのお土産物やさんの人が割引券を手にしながら「お寺はあっちですよ!」と笑顔。
言われて我に帰り、まっすぐに昇っていく坂道を上目指して歩き出す。
左右にはお土産物、旅館、食堂などが並ぶ。売っているもの、食べられるものはどの店もほぼ同じ。
蕎麦、胡麻豆腐、そして民芸品や「禅」の文字のTシャツ・・・
ソフトクリームやコーヒーを売る店は一軒ずつだったかな。

集合時間13時までほぼ2時間、さてどうしよう。
永平寺にとってとても重要だという地元の白山神社(白山権現はもと合祀、だから今でも雲水さんたちは白山登山をする)に行きたかったけど、道をきいたら少し戻らねばならない。それよりゆっくり肉でも食べておいて(笑)、最終日お天気悪いと嫌だからお寺の中を先にゆっくり見ておこう、ととにかくお寺へ。
門前すぐのお店でソースカツ丼。丼、にしてはかなり上品な盛り(笑)。
お蕎麦のセットは多いかな〜と、なんだかちょっと控えめな気分になり。
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さあ!
来た!
ほんとに来てしまったよ!

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そう、ここは「道場」なのだ。
ここに立ったときは、なにか本当に
「たのもうーーーっ!」
って気持ちだった。
中で何をするのかも、まったくわからないまま。
とにかく前へ、中へ!

ゴロゴロを引きずりつつ門を入ると、左右の緑に息を呑む。
土曜午前中で観光客もソコソコいたけど、何も気にならないくらい壮大な緑。
自然と呼吸したくなる。
緑、水。
のまれる。
すごい。
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右手に流れる川の向こうには、いくつかのお社。
天照大神宮、本山鎮守白山権現の鎮守堂、そして金比羅様。
お寺には必ず神社、神社には必ずお寺・・・その密接な関係が、日本ならではの心が、まだ伝わる。
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おお!
テレビや雑誌でしか見たこと無いこの「ザ・永平寺」な唐門。
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そして、菩薩様が静かに座る美しい池。
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さあ、そうこうするうちに集合時間まであと30分。
ちょっとでも遅刻は許されないと言われているのでまだまだ緊張して、いざ通用門から入場。
トランクを持ってえっちらおっちら。
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3日後ここを出て来るとき、いったいどうなっているんだろ、とちょっと思いながら。
大きな荷物を持ってひとりでやって来る人におそらく声をかけて下さっているんだろう、こちらが何も言わないうちに「参禅ですか?」と受付の前に立っていた年配の女性の声が。
案内されるまま、参拝客とは違う入り口から下駄箱に靴を預けて名前のチェック。
よく磨かれた床をゴロゴロひきずるのは憚られ、手に持ったままそのまままっすぐ総受処へ。
たくさんのお坊さんたちが整然と事務作業をしている大きな総合受付。
「参禅受付」と大きく書かれた受付で名前の確認、参加料の支払い。
私は、両親から預かってきた瓦志納があったので、そのまま専用受付へ。
若いお坊さんが10分ごとくらいに、よく通る声で呼びかけも。
永平寺は雪深いので毎年多くの瓦を取り替えなければならず、そのために随時瓦のための寄付を受け付けている。
ちなみに、一口千円以上を納めると記念品(永平寺の文字入り数珠、経本、冊子)を頂け、さらに毎朝のお勤めで先祖代々の供養をしていただける。

これからどれだけ体力を使うのかわからないので(笑)集合場所で静かに待とうと、指定場所のソファで備え付けの雑誌や写真集などを見ながら待つ。道元のことや、坐禅の作法など、この間にプチ勉強ができた。
荷物を持った参禅参加者たちが集まって来る。皆緊張しているのか、お互いに声をかけることもせず、ただ淡々と待っている。こんなときいつもなら隣りの人に話しかけるタイプの私も、さすがにそういう気持ちにはなれなかった。13時、参禅係の修行僧さんたちが迎えにやってくる。
許可証の提示と名前の照合、そして男女別に整列してその同じ建物(受付や売店、そしてすべての研修施設のある吉祥閣という鉄筋コンクリート4階建ての大きな建物)の4階まで昇る。
ちなみに研修中、私たちはエレベーターは禁止、すべて階段。
これから4日間寝る控え室(男女別、何畳くらいかな、9人分の布団しいて一杯くらい)にまず荷物を置き、用意された着物&袴にすぐ着替える。素足。振鈴(起床)から開枕(消灯)まではいつもこの服装でいなければならない。
10分後に隣りの広間(集合して説明や研修の時はここ)に集合。
まず財布など貴重品、腕時計(必要ないので)、化粧品(メイク禁止)、携帯電話、カメラを袋に入れて預ける。
用紙に動機などを書き、スリッパに付ける名札を書く(つまり・・・ヒドイ脱ぎ方したり、他の場所に行ったりしたらすぐ誰だかわかるのだ)。

今回は男性9名、女性9名の計18名。だいたいいつも20人までくらいらしい。
中にはキャンセル待ちで前日に参加決定した方も。
さて、そこから夕方いっぱい、今度はまず山内のお作法をミッチリ教えていただく。

参禅係というのは永平寺内にある何十という部署のひとつで、我々のような一般人の参禅者の受付から面倒から指導までを一手に受け持ってくださる係、当然ながら修行僧さんたちがその仕事にあたる。今回私たちを指導してくださったのは6人の修行僧の方たち。
詳細はわからないけど、たぶん会社のように各部署の一番上には経験を積んだ先輩の(おそらく位もちょっと上の)お坊さんが束ねたりしているのだろうな。
「日本曹洞宗第一道場」である永平寺といえば有名なのが修行僧さんたちの存在だけど、昨今の大学と同じで近年は数も少し減ったそう。ちょっと前は200人くらいで今は150人ほど。全国の曹洞宗のお寺の跡継ぎがやはり多いらしいけど、そうでない方もいる。20歳前半(大学でてすぐ、など)で上山する場合など、圧倒的に若い方が多いけど、かつて60歳過ぎていらした方もいたときいた。
修行期間は最低で約2年、修行の区切り、いつ下山(あさん)するかは本人に任せられているらしい。地元に帰って実家のお寺を継ぐ方、ひきつづき他のお寺で修行を続ける方、または10年20年と永平寺に残りそこでだんだん上の位にのぼっていく方。

そう、山内でのお作法。
三進退=基本の作法(手の位置は必ずこのどれか、ということになる)
叉手→左手を親指を中にして握り、右手を中指の第二関節が合わさるようにしてかぶせ、みぞおちのあたりにつける。歩く時、立っている時、とにかく手をブラブラさせていることはあり得ない=怒られる
合掌→指をきちんと付け肘は直角に近く張り、合掌した指先が鼻の高さ、顔との距離は拳一個分。高さが変だと注意される
法界定印→座っているときの作法。左手が上、右手が下で、手のひらを上にして重ね、両親指を付かず離れずくらいに触れさせる。綺麗な栗や桃みたいな感じに形づくり、汚い形に崩してはいけない。坐禅中もこれ。足に気を取られて形が崩れると直される
※「合掌低頭(ていず)」「叉手低頭」もよく使う(90度頭を下げる)
三拝(五体投地)→合掌してすぐにひざまずいてから上体を前に倒し、頭を地につけて両手の平を上にして耳の高さまで平行に挙げる。よく「ゆく年くる年」の除夜の鐘で、ひとつ打ったらやってる、アレ。お鈴が鳴ったらすぐ行い3回続けてやるのでかなり敏捷にやらないと遅れる。衣や袴の裾が長いと立つ時にコケるので注意。毎朝の朝課(法要)や、朝礼(朝の挨拶)で行う。
山内は左側通行、歩く音は静かに(袴にスリッパは慣れるまでなかなか難しい)。
私語厳禁(特に三黙道場と言われる「禅堂」「浴司(浴室)」「東司(トイレ)」はゼッタイ)
スリッパを脱いだらいつもキチンと壁側に先がつくよう揃える、他人の分も揃える
部屋(東司、浴司、洗面所などすべて)を出るときは電気は必ず消す
使ったものはすぐ元へ戻す
集合時間は厳守(部屋に大きな時計はある)
東司&洗面所前に祀られている「烏枢沙摩明王(うすさまみょうおう)」には、入る時と出る時必ず合掌低頭
浴司に祀られている「跋陀姿羅菩薩(ばっだばらぼさつ)」にも、入る時と出る時必ず合掌低頭
山内の各箇所を横切るときの合掌低頭(山門で、上の仏堂中央にいらっしゃるお釈迦様に向かって。階段途中で反対側に当たる承陽殿の道元禅師の御真廟に向かって。大庫院前の韋駄天に向かって・・・)
お経本(研修中に2種のお経が貸し出される)は必ず押し頂いてから両手で扱い、袱紗は左右の順に閉じ開けるときは反対。部屋では必ず棚の一番上に置き、運ぶときは必ず袱紗のまま懐に入れる。

・・・キリがありません

そして、今度は坐禅のやり方や禅堂内での作法を教わる。
禅堂には左足から入り、真ん中にいらっしゃる文殊菩薩様に合掌低頭。
自分の単(畳半畳の自分の坐禅スペース。高さは結講ある。入堂した際にはすでに単の上に各自の名札(単票)がかかっていて「ああ、今日から本当に自分はここで座るんだな」という実感が湧く。ちなみに「単位」の「単」はここからきている。修行僧は「座って半畳寝て一畳」という個人スペースで修行生活を送る。布団を敷て寝るのも同じ場所。彼らは布団のしき方のお作法もスゴイんだろうなあ・・・)の列に入るまえに低頭、自分の単の前で隣位問訊を横の人と合わせて。
右から180度回って通路向こうの人と対座問訊。
また180度右へ回って壁に向かったら、自分の坐蒲の形を整え白い札を向こう側にしたら、牀縁(じょうえん=単の縁にある木の部分。食事のときはここをテーブル代わりにして応量器を置く。)にお尻を付かないように後ろ向きに坐蒲に飛び乗る(これが難しい)。
足を牀縁に付けないよう半跏趺坐を組み、左手を床に伸ばして履物を揃え、石段の縁に綺麗に立てかけ、180度坐蒲ごと回って壁に向かう。
足の組み方を整え法界定印、「欠気一息」(大きく吐いてから大きく吸う)から、両手のひらを上に向けて左右の膝に乗せ「左右揺振」(身体を左右に大きく揺らして段々小さくしながらちょうどいいところを捜す)。
座り方は道元の「普勧坐禅儀」とおり、結跏趺坐または半跏趺坐。
座っている時間が比較的長い曹洞宗では(基本の単位はお線香1本が燃え尽きる時間・一炷=40分)半跏趺坐のほうがいいとなっているともきいた。
ここで初めて「面壁(めんぺき)」という「準備できました」状態、つまりまだ坐禅は始まってない(苦笑)。
例えば「3時30分面壁」という指示であれば、25分には禅堂に入って以上の作業を全て終えてなくてはならないが、かといってあんまり早く入ってしまうとそれだけ足を組んでる時間が長くなる、ってこと。
(←これは非常に良くない考え。煩悩まみれ!だけど事実でもある・・)
堂頭(どうちょう=坐禅の監督係のお坊さん)が来て検単(全員がちゃんと座れているか)後、「止静(しじょう)」で釣り鐘が3回鳴らされて坐禅開始。
「警策(きょうさく)」は自分から受けても、堂頭から受ける場合も。ただし今回はあまり向こうから、は無かった気がする。咎めや罰ということではなく、励ましの意味。自分で自分を励ます、または励ましてもらう。
坐禅の終わりは「放禅鐘(ほうぜんしょう)」終わりの時間が近づくと、堂頭の修行僧さんが歩くのを止め警策を置きに行く音がし、御簾が上げられ、鐘を打つ槌を手にとる音がかすかに聞こえて来る(笑)。これが毎回、どんなに待ち遠しかったことか(←ちなみにこれもものすごい煩悩・・・だそうです)
続けて何回も座るときは、その合間に「経行(きんひん)」という「歩く坐禅」の時間があり、単から降りて皆で長方形になって同方向に半歩ずつゆっくりゆっくり歩く。
「抽解(ちゅうかい)」は禅堂から出て東司(トイレ)に行ったりしてもいい休憩。
例えば、40分座る→経行→また40分座る→抽解→さらに40分座る、みたいな感じ。

そして坐禅に加えて、もっともっとタイヘンだったのが食事!
「食作法(じきさほう)」の指導に移る。
普段の立ち居振る舞いよりも、食事作法のほうがたぶん10倍覚えることがあるなあ。
教えてくださったのは6人の修行僧さんたちの中の、いつも主に号令をかけて下さるメインの方でない、別のお坊さん。(・・・ていうくらい、これに特化する必要があるくらいタイヘンだということがこの後だんだんわかってくる・・・)
すべては道元が記した「赴粥飯法」に定められてることなんだけど、これはもう到底文章で正確に表せないくらい細かいので(苦笑)どっかで読んでください
仏教ではもともと昼食だけの一日一食(お寺でよく言う「お歳(とき)」)だったから、今でもお昼(中食=ちゅうじき)が一番正式な作法でいただくことになる。
めいめいに与えられた食器セット(応量器)は、マトリョーシカ式にすべてがひとつに重ねられる4つの器(大・中・小・極小)と、布製の箸袋に入った箸、匙、刷(せつ)、膝掛け、白いふきん、そしてそれらすべてを包む大きめの袱紗で1セット。
(ググると写真などが見られるので、その方が一目瞭然かも)
この日の説明は畳の部屋に足をたたんだテーブルが並べられ、その上に応量器を置いて習ったのだけど・・・
何がタイヘンかって言えば。

まず何よりも
毎食、禅堂で坐禅を組んだ状態のまま頂くということ。
普通に坐禅するときの作法のとおり禅堂に入り、自分の単で面壁して待つところから始まり、食事のときは対面になるので外(通路側)に座ったままぐるりと回転して向き直り、食事開始。
浄人(じょうにん=給仕してくれる僧)が入って来て牀縁を拭くところから、すべての挨拶のタイミング、所作などが細かく決まっている。
さて、その食器セットを広げる(展鉢=てんばつ)のが一苦労。
まず応量器そのものを擎鉢(けいはつ=応量器を目線より高いところで捧げ持つ)するところから始まり、袱紗の結び目をほどくところから、どの部分をどっちの手のどの指で押さえ、何をどの指で持ち、広げたものをどの指で伸ばし・・・などすべてが決まっている。
器は両手親指で内側から持って広げてゆく。あ〜、これだこれだったか、テレビでいつも見ていたのは!
音はゼッタイにさせてはならない。
こぼしてもいけないけど、こぼれたものはちゃんと拾いに来てくれる係があとでやってくる(けして無駄にせず、かつ清潔に保つ)

ちなみに器のなかで一番左に置くご飯やおかゆをいただく最大のものを「頭鉢(ずはつ)」と言ってお釈迦様の頭の骨を模したものだそうなのだけど、毎食必ずこれを擎鉢してから食べ始める。
で、これを万が一床に落したりしたものなら、一昔前なら(今も?)即刻強制下山(破門)ものだったらしい。まあド素人の参禅者がもしやらかしたら、我々がどうというよりも、指導の参禅係の方たちが大目玉になるそうで・・・そんな緊張満載の食事なわけ。

給仕の受け方(二人一組で給仕されるので、左の人と右の人はタイミングや作法が少し違う)も細かく決まっている。
合掌低頭から始まり、香飯(きょうはん=ごはん)、粥(しゅく=おかゆ)、香菜(きょうさい=つけもの)、香汁(きょうじゅ=みそ汁)、別菜皿(昼や夜に付く別盛りのおかず)の受け方、置き方。
特筆すべきなのは、それぞれの量はすべて自分でコントロールすること。よそってくれるのを見ながら「もうその量で十分です」のサインを、浄人にはっきり見える場所で右手の手のひら(主に人差し指と中指)を上にし、上方へ挙げて知らせる。
食事はその場にいる皆(またはその場の一番上の位の僧、例えば私たちの目安は男性女性それぞれの場所に1人ずつ座ってくださってた参禅係)と、同じ早さで終えなくてはならず、しかも残すことは許されないので、自分の空腹加減だけでなく、食べるスピードなども計算しながら量を決めることになる。
ホンモノの修行僧さんたちにはお替わり(再進=さいしん)制度もあるらしいが、その作法もまた加わるとかなり複雑になるし(食べるスピードもだけど、坐禅組んでる時間がもっと長くなるわけなので・・)で、今回はナシ。
全員無事に食べ終わったら、今度はお茶やお湯を頂いて食器を洗うお作法が待っている。
ここで登場するのが、シャバではまず見かけないあの「刷(せつ)」という道具。
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箸、匙、刷だけ記念に下さったので持ち帰り!
一番上が「刷」。
へらのようなものにガーゼみたいな布が付いていて、これでいろんなものを刮げとるわけ。
映像で見ていたけど、結講便利もの。
まずこの刷で食器に付いてるご飯つぶやみそ汁の残り、漬物のカスなどを食べる。
それからご飯のあとにはお茶を入れ、よーく回して綺麗にし、全て飲み干す。
(山内での飲み物は全てほうじ茶で、参禅中の飲み物も同じく。いつでも24時間廊下の「茶処」にはポットに入ったものが置いてある。普段お水とお茶しか飲まない私には特に不自由はなかった。茶話会や最終日に参籠参加者と一緒に摂った略飯台での薬石でも、全てがほうじ茶。カフェインないからかな)
そういえば、亡くなった祖母や実家の母も未だに食べ終わったお茶碗にお茶いれて飲むよなあ。理に適ってるっちゃあそうだ。

ここで「折水の偈」というお唱えをし、その後お湯を貰って刷で内側を綺麗に洗い、隣りの「中」の汁碗にお湯を移して「大」を横に入れて左手で回しながら側面を洗う。という具合に全ての器の中と外を洗い、最後に一口だけのお湯を残し(浄人の持つ手桶に、右手3本指で汁碗を持ち、左手で中身を隠しながら、桶の縁に椀を付け水音をさせないように。全ての水音はNG)捨て、最後の一口は飲み干す。
食べ物の残りカス、水、すべてを無駄にしない、ということ。
梅干しのタネも回収されて使われるわけ。
ちなみにお箸や匙も左手で隠しながら舐め、それから椀の中のお湯で刷で洗い、決まった指で持って箸袋へ。
まあもっともっと書ききれないくらいお作法やらお唱えがあるのだけど、特に興味深かったのは、お昼だけにやる「生飯偈(さばげ)」=出生(すいさん)の偈
これは浄縁の先3センチほど出して置いた刷の先を、香汁(みそ汁)の中に指を少しいれて濡らしたので湿らせ、手でごはんつぶを7つぶほど取ってそこにくっつける。
「全部自分で食べるのではなく、他の生き物(餓鬼)に施す」という意味。
自分が食べ始める前にやるってのが肝心なのですね。
あと「三口食(さんくじき)の偈」これは「一口為断一切悪、二口為修一切善、三口為度諸衆生、皆共成仏道」というもので、一口目は「悪いことはいたしません」二口目は「少しでも善いことをします」三口目は「他のもののために」「全て仏道の成るために」と唱えるのだけど、これを言ったあとではご飯をまず三口食べて、それから自由に食べ始めるのだ。
これはとっても面白かった。

小食(しょうじき=朝食)、中食、薬石(やくせき=夕食、昔1食だった頃、空腹のあまり夕方は熱した石を懐に抱いて飢えを凌いだところから命名)、それぞれ使う食器やお作法、そして食前食後、展鉢前後、などそれぞれのシーンでの読経や偈文(げもん=短いお唱えごと)が違うこともタイヘンなことのひとつ。
食前のお唱えで一番有名なのが「五観の偈(ごかんのげ)」だろう。

「一つには功の多少を計り、彼の来処を量る」
(この料理が今自分の前に来るまでにいかに多くの人の手数と苦労が費やされているかに思いを留め、すべてに感謝していただきます)
「二つには己が徳行の全欠を忖って供に応ず」
(私はこの食事、命をいただくだけのことを全うしたか、欠けたことはなかったか。欠けた部分を補うためにもいただきます)
に始まり、三毒(貪り、怒り、妬み)を抑える誓い、空腹を満たすだけでなく良薬としていただく誓い、そして全ては成道(じょうどう=仏道を全うする)のために頂く誓い、をする五項目。
これはね、今回のEテレの番組で知って、やっぱりちょっと心にきたものだった。
子供のころ実家では食事中にはテレビは必ず消すことになっていたし、会話や談笑はあっても、途中でトイレに中座したり、モノをこぼしたりしたらとても怒られたけど、今は平気でテレビつけながら料理に目を落すことなく食べてしまうことも多々ある。
食材やそれに関わった人たちのこと、そう昔なら料理してくれた祖母や母や・・・に思いを留めることの、なんと大事なことだろうか。

なぜこんなに食作法が細かいのか、それは言わずと知れた道元の最も大事な理念「異議即仏法」「行住坐臥」から来ているわけで。
「形から入る」っていうと悪いイメージだけど、これはそういうことじゃない。
どちらかというと「形から入る」タイプの私は、すべてを最初からウキウキとやってみていたけれど、さすがに
つまり・・・
そんな拷問のような食事シーンを計8回、やってみてだんだん感じられたのは、すべての動作が本当に理に適っていて、きちんとできると無駄な動きがひとつもなく、美しく、1本の線となって流れること。
そしてそれはただ美しい、というだけでなく、清らかであること。
清潔であることも道元の教えのひとつ。

初日、その気の遠くなるような膨大なお作法をきいたあとですぐ、私たちの最初の食事時間(薬石)がやって来た。
皆不安げに禅堂に集まる。
今習ったばかりでまさか少しは出来るよな〜と思いきや、なにせ足を組んだ状態+手とかコトバとか頭のなかがパニックの食事である。
もちろん、5分前に習ったばかりの超初心者なので、係の修行僧さんたちがひとつひとつ号令をかけ、シーンの名前と意味とやり方を全て口頭で言ってくださったので、その通りにやっていけばよかった。ただ、どうしても全員ぎこちないので、ゆっくりしか出来ない=時間がかかる=足がぁ〜〜っ!
正直この初日の夕食には、どんな料理が出たのか全く覚えていない。
美味しかった、とても美味しかったのだけど、「次はどの手がどこだっけ?」「箸は常に先が自分のほうへ」「ひとつひとつ器を置いてから次のものを食べる」「こぼさないようにしなきゃ」「あ〜、沢庵の音がぁ・・」「あれ、隣りの人もう終わりそうだ、急がなきゃ」・・・
そんなこんなで、足は痛いわ、早食いするわで意識の無いまま食器は空に。
ただひとつ、厚揚げの煮たのがあったのを覚えている。何故覚えていたか。結講大きかったので箸で音のしないように、また粗相しないように切るのに時間がかかり苦労したからだ(笑)。
麦飯(完全精進料理のため、ビタミン補足のためらしい。普段玄米や麦飯ばかり食べている私にはありがたかった)は硬すぎず、やわらかすぎず、美味しいお米だった。
年に一度、大きな樽にいくつも、1万本ずつ典座僧を筆頭に修行僧さんたちが漬けるという沢庵(最近は必要数が減って今年は3千本とか)。足袋と草鞋を履いた足で上から踏んでいる作業の写真を見せていただいた。これだけのために「香菜蔵」という建物があるそう。
「永平寺では沢庵を音をさせて食べると怒られるらしい」という伝説があまりにも有名で、どうやったら音をさせずに食べられるのか、家でずいぶん試してみてたんだけど(笑)、奥歯で噛んでも若干音するし、飲み込むしかないのか〜なんて思っていた・・・ら、まあ修行僧さんたちばかりの場ではなく参禅者ということでそこは全く注意されなかったし、参禅係のお坊さんたちも皆「カリカリ」音をたてていたのでちょっとホッとしたり。
でも、とても薄く、小さめに切ってあるのは、きっと音をたてにくくしてあるんだろうな。
そういえば、香汁(みそ汁)の具の、青菜は1センチ四方くらい、豆腐も小さい立方体に切ってあったし、「お箸で、しかも音をたてずに食べなきゃならない」食べる人のことを考えた手間ひまなんだろう。
何百人も調理する大庫院、たくさんの修行僧さんたちが働いているとはいえ、出汁(基本は昆布と椎茸、そこに使わなかった野菜のヘタや、乾燥した野菜クズ)を取ったり、煮物の灰汁を取ったり、小さく切ったり、朝食のお粥に必ず付くごま塩なんか塩もちゃんと煎ったり、ととても手間のかかることをしているのが、頂いていてよ〜くわかった。
味が美味しいことはもちろん、「人が、食べる人のことを考えながら、その手で作った」実感がものすごくありがたく、すべてが美味しくて涙が出そうだった。
大げさでなく「あんな美味しい食事、いただいたことがない」と思ったくらい。
「六味」の最後「淡味」とおりの上品な味付け、なのに全てがしっかりと味がしている。
素材の味。
しかし・・・・足が、足が痛すぎてもう破壊寸前なので、メニューを確認したり味わったり出来るようになったのは3日目くらいだったかなあ(苦笑)
ただ不思議なことに、細かい作法や食事の美味しさにちょっと気をとられて、足の痛みをちょっぴり忘れられていたということもあったなあ。
食事時間はおそらく正味5分くらい、でお作法含むと初日は1時間半ほどだったらしい。
これがその後どうなっていくか、ということを参禅係はきちんと記録していた。

初日のこの苦行のような薬石(おそらく16時半くらい?)が終わると入浴。
浴室はこの建物の地下1階。
4階から整列して階段を黙々と降りる。
慣れない袴につまづきそうになる人も。
全ての行動は参禅係に引率されて列で移動するのだが、考えてみたら係もタイヘンだ。
浴室前にはなぜか大黒様も居て、もちろん「ばっだばらぼさつ」様にご挨拶してから入浴。
私は出かける前日に「修行に行くんだからなるべく全てを削って簡素に」と気合いいれて髪をバッサリ切っていったので何とかなったけど、女子はドライヤーなんかかけたりしてたら全てを30分で(階段上がって集合するまで)こなすのはかなりギリギリ。
私は半乾きのまま出て、坐禅中に自然乾燥・・・みたいな感じでなんとか凌げたけど。
それでも皆頑張って、お風呂入ったのに汗だくで集合。
浴室で私語厳禁て、必死すぎて私語どころじゃあない(苦笑)。

お風呂のあと、寝る前に夜坐。
この日は初日ということもあったせいか(?)おそらく30分くらいだったかなあ。
文殊菩薩様のお線香の素晴らしくいい香りに包まれ、ちょっと汗だくで坐る。
足・・・痛い。
こんなんであと3日も持つのか、と思いながら、成るか成らないか、というより、もう淡々とこなすという静かな覚悟みたいなものが出来ていた。
だってやめるわけにもいかないし、やめたくないし、始めたらきっと終わるし。
足が壊れるまでは、続けるんだろうなあ、なんて。
大げさだと思われるかもしれないけど、そのくらいすごい危機感と緊張感があった。
いつでもどこでも眠れると普段豪語している私が、朝4時起きの旅路の果てだったのにもかかわらず緊張のためなのかなかなか寝付けない。
小さな煎餅布団とザワザワ音のする蕎麦殻枕の上で21時開枕(消灯)。
翌朝は3時振鈴(起床)。
さあ、憧れの朝のお勤めは?
そ、その前にまず坐禅だ・・・・

10月1日(土)
13時受付集合
部屋にて着物&袴に着替え
大広間に集合、財布携帯カメラ化粧品を預け、記録表記入(名前、動機など)、スリッパに名札入れ
山内作法
禅堂作法(禅堂にて)
食作法(大広間にて)
薬石(1時間30分ほどかかる)
入浴(30分)
夜坐(たぶん普勧坐禅儀を唱えた?)
明朝の朝課での読経箇所準備、経本に印をつける
21時開枕

(つづく)

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# by saskia1217 | 2016-10-08 19:39 | 感じろ、考えろ、思え! | Comments(0)

ちょうど一週間前の土曜日、朝11時。
バスを降りた私はゴロゴロと小さいスーツケースを引きずりながら、山に向かってまっすぐにのびる坂道をその門へとのぼっていた。

日本曹洞宗大本山・吉祥山永平寺。
子供のころNHKの白黒のドキュメンタリーで観た、豪雪のなかの伽藍と修行僧たちの厳しい姿が忘れられず、以後いつもどこか頭の隅っこにこのお寺があった気がする。
実家の菩提寺は曹洞宗なので、歴代の方丈様からはよくここの話をお聞きしていたから何となく親しみも持っていた。

このところ、以前から「行きたい」と強く思って来た場所に突然のキッカケでヒョイと行かれることが、ほぼ年に一度起こっていてちょっと吃驚している。
昨年出雲大社に行けたのも、全く計画していなかったのに1週間くらい前にひょんなことで「そうか、じゃ行っちゃえ!」とポンと決行。
永平寺もまさか行く計画など全く無かった。
今でも何故こういうことになったのかよくわからない(笑)。
ただ「お参り」に行くだけも勿体ない気もしていた。なにかプラスαが欲しかった(というのは本来の参禅目的には相応しくないのだが・・苦笑)
偶然見始めたEテレ「趣味どきっ」の「お寺の知恵拝借」の1回目で総持寺を取り上げていて、久しぶりに雲水さんたちの修行姿や作務の心得などを見た→珍しくテキストも買ってみた→あ〜坐禅ねえ、ヨガのパドマアサナは組めるけど5分しかもたないなあ→でも作務や読経も含めてちょっと厳しいところでバリッと修行してみたい→そういえば永平寺→あれ?体験が出来るってテキストに紹介されてる→ネット見てたら体験した方のブログが!→とりあえず電話しちゃえ!(これが8月末)

・・で、お電話かけた。(ドキドキ)
総受処に電話が繋がり、参籠(1泊2日)と参禅(3泊4日)があると教えてもらった。
体験者談では前者は完全なお客様扱いで比較的緩い感じらしい。なんだ、せっかくお金を納めて遠くまで行くなら、出来るだけ雲水さんたちに近い厳しいほうがいい。
そうしたら参禅は月1回で、9月分はもう定員いっぱい。10月ならば受付はまだだという。
その日程は、まさにそこだけポッカリとスケジュールが空いた4日間だった。これはもう、行け!っていうことだろう。
「まず座れる(坐禅が組める)ことが基本ですが」と概要を教えてくださり、申し込み開始日(参禅の約3週間前)と参禅係の番号を伝えられる。
これでやっと少し様子がわかり、申し込み日を忘れないよう手帳に赤字で書き込み、緊張してその日を待つ。
複数の方のブログ情報に「すごい人気なのでなかなか申し込みの電話は繋がらない」とあるので、指定時間ピッタリにかけるも既にお話中。家電話と携帯の二刀流で40分ほどかけ続け、諦めかけたころ、携帯のほうが繋がった!
もう一杯になっちゃったかと思いつつ、おききするとまだ大丈夫ということで、ホッとして詳細のお話に入る。
その場で電話をしたまま、クッションなどを使って結跏趺坐または半跏趺坐ができるかどうかをチェックされる。
結跏趺坐は長時間は無理という正直な状況を申告し(この場で断られるのはたぶん、本当に全く組めない人だと思う)、往復はがきでの本申し込みの仕方をおききして電話を切る。

健康状態や動機などを含めた項目を書いた往復はがきの返信として「参禅許可証」が送られてくる(結講もう数日前くらい)ので、それを持参して直接向かうことになる。
持ちものはしごく簡単。男性ならたぶんリュックひとつでもいいくらい。
歯ブラシ、タオルなどの洗面用具、シャンプー&リンス(備え付けは石鹸のみ)、下着、寝る時着るもの、常備薬、法要の時に使う白い足袋か靴下、運動靴、作務の時につかうジャージ。
これだけ。
必要ならドライヤーや化粧水くらい大丈夫だけど、メイクや香水は一切不可。

ようし、どんなところなのか、何をどうやるのか、とにかく行ってみよう。
知り合いなど1人もいないところで、身も心もスッピンになれるところで、たぶんすべてがとっても厳しいところで、その時その時を自分がどうこなしていくのだろう・・・
初福井、初永平寺、そして・・・初坐禅(→これ、無鉄砲だよな、やっぱり)。

前の夜は早く寝ようと思いながら、いつでもどこでもよく眠れる私にしては珍しく、ウキウキと不安と緊張が混じってなんとなくウトウト。
旅行じゃなくて修行に行くのだからなるべく要らないものは持たずにシンプルに行こう、と思いながら心配性すぎて増える荷物(苦笑)に右往左往。
果たして、その緊張のおかげで朝4時ピッタリに起床でき、無事6時半の新幹線に乗り込むことが出来た。

(つづく)

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# by saskia1217 | 2016-10-07 22:16 | 感じろ、考えろ、思え! | Comments(0)

心閑則為貴



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やってみたいこと習ってみたいことが年々増えてくる。
もちろん全部なんて叶えられない。
宝くじにでも当たらない限りなぁ〜(買わなきゃ当たらないのよ・・笑)

ヨガや阿字観、書道はなんとかかんとか。
タップダンス、着物の着付け、仕舞、華道・・・
習い事じゃなくても、遺跡の発掘作業とかも強烈にやってみたい

お茶、も。
亡くなった祖母が生前熱心にお稽古していて、母も少しだけ嗜んだ程度だったが、実家には祖母が集めた色んなお道具がまだ残っている。
子どもの頃、祖母の部屋だった和室の前を通りかかるといつも、袱紗のさばき方を何度も練習したり、柄杓を手に姿勢を正しているのが見えた。
その頃は、おやつに和菓子を食べるときなんかに、母がポットからお湯を注いで点ててくれるお抹茶くらいしか興味がなかったけれど。

そんなズブのド素人でも、恥もかかずに怖がらないで参加できるお茶会を、毎年新宿区が開催してくれている。
ご縁があって、今回で3回目の参加。
お茶も和装も不慣れなワタシが、年に1度だけ着物を着ると決めている日。
初めて参加した3年前はものすごい嵐でそれは散々だったけれど(苦笑)、それはそれで楽しめた思い出。

はたしてこの日は雨の晴れ間。
蒸し暑いのは雨よりはいいんだろうか。
着物って暑いのか涼しいのか、よくわからなくなってくる。

高田馬場の茶道会館は、こんなことでもないとなかなか入れない、というか行かない場所。
毎回、その緑の美しさや佇まいの素晴らしさに感動する。
テレビや本でみる京都のお茶室なんかはきっともっともっと本格的に手が入れられていて、きっともっと息を呑むんだろうなあ。
晴れていたのでお稲荷さんもお参りできたし、お庭の散策もできて。

10時開始15時終了の大寄せのお茶会で、お茶席は6つ。
その中から3席を自由に選んで参加できる。
お抹茶だけでなくお煎茶も入れて、違う流派が一度に楽しめちゃう。
気軽にリーズナブルにお茶が体験できるというので人気のこの催し、どのお席もそこそこ待つので、時間配分にもちょっと気遣う。
いつもは行きたいところにまず朝一に伺ってから、あとをゆっくり回っていたのだけど、今回は最初に気楽なところから立礼のお煎茶席に行ってみた。
以前大きめなお部屋で伺ったことのある同じ先生のお席で、相変わらずお話好きな陽気な解説で楽しめた。
立礼はやはり人気で朝からかなりの列。
お庭の待ち合いは気持ちいいものの、陽射しが暑く蚊も多い(笑)
「お着物だと刺されにくくていいわね」と隣りのワンピース姿のご婦人。
なるほど〜、そういうメリットがあるのか(笑)

エアコンのきいたお部屋に15人ほどぐるりと座って、まずは1煎目。
低めの温度で小さなカワイイお茶碗に供された「甘露」という名の玉露(伊藤久右衛門)はもう甘さしか感じない。
お煎茶では1煎目の後でお菓子をいただき、その後再び2煎目が出てくる。
同じお茶なのに今度は少し苦みを感じる、べつの美味しさ。
お茶の葉の変化と、お菓子の効能。
おもしろいね。
お家元がこの日のために書かれたという色紙「掬水月在手」いいよねぇ〜
お花はワレモコウなど秋の花、お菓子は「ちょっと早いのですが」と山茶花。
そうそう、いつもは10月下旬や11月に開催されていたのに今年は早かったから
こういう季節が微妙な感じの時期、色々な設えはどのようにされるのかな〜って興味深く各お席を回った。

次に表千家で薄茶をいただく。
山茶屋という小さめの茶室はここで一番好きな場所でもあるのだけれど、お天気が良くても庭に面した障子を締めると薄暗くなる光の加減もちょっと気に入っている。
今年はいつにも増してものすごい人出で、畳には二重に、そして椅子席まで加わって大賑わい。
亭主はもの静かに淡々と点てているけれど、お客はそれぞれやりくりしてお菓子をまわしたり、空いたお皿を送ったり。
そういう時、お客のなかの慣れていらっしゃる年配の方が仕切って下さるのも、なんか気持ちよくて感心しちゃう。
正客次客以下、最初の3名が比較的若めの男性の方々。
シャツ姿だったけれど、もう亭主のお道具運び出しの時から慣れた会話がポンポンと聞こえてきて面白かった。
3年前の嵐の日、亭主はこの日と同じだったけどお正客は年配の和服の男性だった。
その時は比較的シーンとして厳格な空気が漂っていて、聞こえるのはその方のゆっくり話される落ち着いた声と外の雨風の音だけだった。
当然のことだけど、お客が変わればそれに対応する亭主の受け方も違ってくるんだね。
逆もあるのだろうけど、たぶんお客の気持ちを汲むという姿勢からいうと、お客次第、ということも多いのかなあ。
亭主、客、そして天気や空気。
そのどれかひとつでも変わると、そこからジワリと何かが溶け出すように他のすべてが共鳴して変わっていく。
そうか、だから一回一回違うのか~、なんてあったりまえのことを思いながら、お点前を拝見していた。
当日朝作っていただくという生菓子がとても美味しくて、やっと回ってきたお茶ももちろん美味しくて、和やかな空気でお席が終わった。
奥に座っていたので見えなかった床の、掛け物とお花、香合を拝見。
見慣れた「日々是好日」も書く手が変わるとまったく違ってみえる。
点前座のお道具も拝見。
大好きな棗が近くで観られて嬉しかった。
そうそう、9月は初めてだったから、今回は風炉!
案内していただいたのが椅子席だったので、がんばって復習したアレコレを使う機会は無かったものの、昨年(表千家)と今年(裏千家)、Eテレの「趣味どき!」を録画したのを繰り返し見たりしたのが意外と頭に残ってて役にたった?(ような気がする)。
気が遠くなるような積み重ねが必要なものを、全くの初心者がとりあえずお茶会にいって一通りの行動ができる!ような講座作りってスゴイよね。
今年の裏千家に限っては、お客だけじゃなく、点てる側の技術まで扱ってたのが斬新で良かった。
炭手前、茶筅を振ることや、名水点、葉蓋まで、面白かったなあ。
袱紗さばきとか、やっぱりやってみたいもんね(笑)

さて、最後のひとつはどこに伺おうか・・・
裏千家のお薄かなあ、なんて思ってたら目の前に「濃茶席」の文字。
しかも大広間で大人数でやってる。
係の方に「お濃い茶は初めてなんですが、大丈夫ですか?」と尋ねると大歓迎だということで安心して(笑)列にならぶ。
お濃い茶・・・今年こそはここで頂けたらなあと思っていた。
じつは今まで飲んだことがなく、一度飲んでみたいとずっと思っていた。
薄茶(もどき)は自分で点てられても、さすがにこれはなかなか、点ててもらう機会もないしね。
大寄席すぎて、待ち合い(お茶室のとなりの広間)ですでにお菓子が出され、全員で移動してからお茶をいただくというシステム。
とはいえ、やはりお濃い茶席、お点前を拝見するときは全員固唾を飲んで見守る。
いい具合に真ん中へんに座れたので、前の方のをゆっくり見てフムフム。
ようし、隣りの方から手渡しで回ってきたぞ〜(女性同士でも手渡しなんだね)!
うわ〜、ねっとりしてて、甘くて美味しいや!
5人で飲むことになっていたので、あとのお二人にどのくらい残すべきなのか、お茶碗が黒くて残りの量が判断しずらかったり(苦笑)
茶巾で飲み口を拭くやり方を、お隣にいらした方に尋ねてちゃんと教えていただいたり。
画面で見ていても、実際やらないとなかなかわからないねえ。
疑問だったことが解けたり、習いに行けない分こういう場で実地でプチレッスンしていただけるのは本当に嬉しい!
お琴の形の香合は萩の蒔絵で、とても可愛かった。
お軸のスッキリと力強い「心閑則為貴」の文字が、この最後のお席で心に刺さる。
いやいや、感動の初お濃い茶。
念願叶ってうれしかった。

ワタシにしてはものすごく早起きしたにもかかわらず、美味しいお菓子とお茶と、緑と人々と空気でお腹いっぱいになっちゃった。
最後にちょっと虚ろになりながら1人静かに点心をいただいてから帰路に。
着物を着ると歩く時もピンとなって気持ちいい。
今年もまた、脱ぐのが勿体なくて仕方がなかった。
来年もまた、来ることができますように。

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# by saskia1217 | 2016-09-27 20:38 | 感じろ、考えろ、思え! | Comments(0)

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3年ぶりに野音。
ファンクラブ会員がどんなに熱望しても手に入らなかった、エレカシの日比谷野音コンサートのチケット。
今年から申し込みが1人1枚のみに制限され、入場時のID確認が厳しくなった。
いいことだ、こうやって多くの人が聴けるようになるなら。
転売屋の撃退もさることながら、だいたいエレカシの野音なんて誰かとつるんでワイワイキャーキャー聴くもんじゃない、それぞれ1人でじっくりしっかりきりっと観て聴くもんだ・・・
ってのは言い過ぎなんだろうが、ほぼ正しいと思うよ(笑)

そのせいではないんだろうが、今日の開演前の客席は今までの野音で経験したことのない不思議な緊張感がみなぎっていた。
SEをバックに、ステージではいつものローディーさんたちが淡々とスタンバイしているのだが、SEが区切れて音が無くなったり、作業が一段落して人影がステージからなくなると、擂り鉢を埋め尽くした客席がシーンとして「今か、今なのか」みたいな緊張感でヒタヒタになる。
事実、定刻わずか数分後にメンバーがステージに姿を現した時も、拍手は起こり全員がはじかれたようにスクッと立ち上がった以外は、殆ど叫び声も怒号も奇声も黄色い声もあがらなかった。
じつは昨日1日目、ここ3年でその意外な楽しさにすっかり慣れた「外聴き」をしたのだが、外からはその緊張感はあまり感じなかったし、ちょいちょいかけ声も聞こえていたのだけど。

昨日聴いたセットリストが本当に素晴らしくて、特に宮本さんがいつも「野音だからやる」という初期の曲を聴けるのが楽しみなのだが、昨日は「おれのともだち」今日は「浮き草」がライブ初聴きだった。

今日も1曲目は「ズレてるほうがいい」
ス〜ッと入って来たメンバーがそのまま静かに定位置につき、「ハイ!」も「コンニチハ!」も「さあ!」もなく、すべるように始まる
お客も息を呑んだままそこに滑りこむ
第一声がちょっと掠れ気味だったので、昨日バリバリに使っちゃったのかな〜なんて思ってたらどんどん調子よくなってきて、最後にはもうツヤッツヤのウルウルのいい声で(笑)
というのも、そういえばいつものことだったっけ・・・と思い出しながら

その後、大好きな「歴史」そして「ゴッドファーザー」と続く
今回のサポートは、いつものヒラマミキオさんMickyのギターと、キーボードは細海魚さん!
魚さんのキーボード、好きなんだよねえ・・・
「ゴッドファーザー」ではあのふわっふわの髪を上下に揺らしながら、小柄で細い身体を飛行するように上下に揺らして弾いてらした
音がね、なんかエレカシのなかに溶け込むんだよね
夢のような音色とか、ちょうどいい広がり感とか、尖りすぎない激しさとか
そのバランスがギリギリなのが不思議なミュージシャン
さすがベテラン、という感じなんだ

ふわふわ、と言えば昨日やってくれた「ふわふわ」は大好きだからすごく嬉しかったのだけど
「道」はあらためて聴くとホントかっこいい
セリフに「メールして〜、コンサート行って〜、帰って〜、寝て〜」とかいっぱいぶち込まれてた(笑)

20代のころ銀座を散歩しながら文豪に憧れて作ったという「サラリサラサラリ」は何年か前にも生で聴いたけど、やっぱり野音で聴きたい曲のひとつ
♪散歩するガードレイル♪という歌詞が好き

安定の最愛曲のひとつ「風に吹かれて」はいつもの青いライトをバックに左右に振られる無数の手が美しい
大好きな「いつものとおり(日曜日)」はベースラインがオリジナルのままで個人的には嬉しかった(苦笑)
蔦谷さんアレンジだと時々違うハーモニーになって、それもいいんだけど、な〜んかシンプルなオリジナルのほうが好きなんだよね

「仲秋の名月・・・一昨日は月出てたんですけどね・・・今日は月は・・・出てないか」と「月の夜」
当時、細海さんと一緒にレコーディングした思い出を話しながら
昨日外から聴いたときも格別に素晴らしかったこの曲、中でちゃんと聴いたら背筋がゾクッとするくらい凄かった
力強い声
魂が込められてひとつひとつズッシリくるコトバ
ギターがかき鳴らすたくさんの和音の色
何百回も聴いた曲なのに、なんでこんなに何度も何度も同じように新鮮に訴えるのだろう

プログラムの中で意外に早く登場した「珍奇男」の賑わいから間髪入れずに突入した
トミのドラムの、今日は心持ち太くて重めのあのリズム
ああ「武蔵野」だ!
これも野音で聴きたい曲
そして壮大な「昔の侍」もこの場所で

ライブで映える曲だと再認識した「Baby自転車」で素直に楽しくなり
「やっぱり若い頃の曲だけど、ずっと大事にしている曲です」と
そう!「悲しみの果て」
つい先日コンドルズの20周年公演で、彼らの原点となったこの曲が響いたことがフラッシュバックし
東日本大震災復興の歌番組で地震速報と被さりながら生放送で歌われたときの宮本さんの表情も蘇り
たくさんの思いが重なる
再び盛り上がる「so many people」で客席が跳ねまくり
「四月の風」で緑色の希望の風が皆の胸に吹いて
「第1部が終了〜!」

「さあ、さあ、さあ、さあ・・・さあ♪東京じゅうの電気を消して♪」
「友達がいるのさ」で次のセクションが始まる
幸せでいっぱいな客席に、歌い終わった宮本さん「みんなこの曲ホントに好きだよな」
そのひとことに皆がもっともっとハッピーになる
この頃ちょうど雨が強くなり、皆がカッパを着だす
もうね、ずぶ濡れになったって全然構わないんだけど!
「みんな、雨大丈夫?」と気遣うロックスター

そして夏フェスに一切行かなかったワタシは新曲の初聴き
「i am hungry」
アップテンポに終始ぴょんぴょん跳ねながら、ものすごいたくさんの歌詞を歌いこなしてゆく
「野音のみんなにはもう・・・」と言いながら「今宵の月のように」
宮本さんはこの曲を、一体何百回歌ってきたんだろう
わたしは何百回聴いてきたんだろうか
丁寧に丁寧に歌われるこの曲を、今日は涙じわりで聴いた
2番の「いつもの電車に乗って いつもの町まで」が好き
だいじな思い出を両手で包み込む瞬間

その♪いつの日か輝くだろう 溢れる熱い涙♪
からの
「涙」
今回はギター弾き語りのバラードなどが少なかった気がする、貴重な1曲
いい!すごくよかった!
そして終わるや否や、静から動へ
♪生命そう スペーシアス 涙ながれても♪
の「コールアンドレスポンス」
う〜ん、うまく出来てるなあ

ハンドマイク手に上下、奥キワ、縦横無尽に走り抜けて歌う「RAINBOW」の中間部
曲が出来て最後に付け加えたという
♪ありがとう 幸せだったよ もう朝日が♪
に幻想的にかかったエコーがなんともいえず色っぽい

最後のセクションでは
新曲の親分「夢を追う旅人」
いいね、生で聴いても

アンコール、昨日は「この世は最高」から「夢のちまた」で締めるという渋さで
しかも最後の曲は涙で歌えてなかったというロックスターの心の震えにもらい泣き
今日は?
そう!お約束の「待つ男」
やはり野音に富士は欠かせないか!
なんとその曲間にメンバー紹介をこなし(!)迫力たっぷりにステージを締めた

赤い髪をふたつお下げにして帽子に隠していた、短パンビーサンの石くんと
すっかり短髪になり余計若返った、相変わらず細い宮本さんが
動じず弾き続ける成ちゃんと、柔軟で温かくて力強いトミに見守られながら
肩を抱き合っている姿を
今年もまた観られてよかったな
そこに平和と感謝を感じてしまう

「やりたい曲をいっぱい用意して・・・で随分削ぎ落として・・・全部やってると40曲ぐらいになっちゃうんだよ(笑・・観客拍手)・・いやいや、今日はそんなにやんないよ!(苦笑)」
「いくらエレファントカシマシのファンだからって、さすがにそれじゃ集中力が切れるでしょ」
「おっとと、おっとと、おっとと、おっとと・・・・」(珍奇男)
「みんないい顔してるぜ〜!もともとの顔には責任持てないが(観客笑)・・・いや、みんないい顔、表情してるぜー!」
「(超高速で)日比谷野音日比谷野音日比谷野音日比谷野音・・・・」(ガストロンジャーだったか?)

「30年、俺たちの、いや俺個人の努力のおかげでここまできました。
みんなありがとう!
これからもついて来させてやるぜ!」(17日ラスト)
「ひとえに俺の努力のみでここまでやってこれました。これからもみんなに喜ばれる俺になりたいと思います。」(18日ラスト)
ギターがしがしかき鳴らしながら
♪9月〜18日〜、日比谷野音〜♪て歌ってくれた即興もよかったな

17日 全32曲
18日 全34曲
約3時間のステージ

元気でエレカシを聴きにこられて
エレカシも元気で
ものすごくいい音楽してくれて
そこには友達がいて
素晴らしかったことを語り合えて
ついでに美味しいものもある
これ以上幸せなことはないな

昨日は厚い雲の狭間におぼろな月を見上げながら
今日は汗と雨と涙で全身ぐしょ濡れになりながら
放心状態で雨合羽をリュックにしまいながら
たぶん、たくさんの人が同じことを思っているんじゃないかなと

ワーワーキャアキャア言わず熱く強く拳を挙げるお客さんと
スッとやって来て最高温度まで燃えてジワッと姿を消してゆくロックスター
大人の野音
そんなカッコ良さを噛み締めた夜だった
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# by saskia1217 | 2016-09-19 06:34 | エレファントカシマシ | Comments(2)

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公演内容がネタバレしています


痛み、悲しみ、寂しさ、悔しさ、裏切り、意地悪…
そんなものにはわりと強い(と思っている)
たいていはなんとか我慢できる
やっつけられる

厄介なのは
好き


好きは我慢ができない
好きは止められない
好きには勝てない
好きには全てを容易く手離してしまう

好きは私の手や意識を離れ
制御出来なくなった宇宙船のように
高い高いところでずうっと浮かび続ける
厄介だ
そして愛おしい

コンドルズというダンスカンパニーの
20周年記念公演「20th Century Boy」の1日目、2日目を
NHKホールで観た
ここにお客として正面玄関から入ったのは20年ぶりくらいかもしれない
ちょっとノスタルジーを感じながら、初日金曜夜、ホールのロビーに足を踏み入れた
あちこちから送られたたくさんの花、過去20年間の公演ポスターや写真が飾られた壁、物販の列
それらにカメラを向ける全国から集まったお客さんたち・・・
華やかなお祭り気分はすでに出来上がっていた

暗いホールに入るや否やステージと3階席に渡されたキラキラのリボンたち
「ああ、これだ!『20th Centry Boy』のOPはやっぱりこれでなくっちゃ!」
急にワクワクが盛り上がってくる
もともと観る予定のなかった1日目は、珍しく1階下手前方
ギリギリ、ステージを見上げないで済むくらい、つまりギリギリこっぱずかしくないくらいの近さ
「本公演は0歳児より入場可です。お子さんが声を出したり泣いたりしてもどうかムッとしたり(!)しないでくださいね!(←この「ね」がポイント笑)…中略…将来の日本の舞台作品を支える人間を作るためにご理解ご協力を」
という開演前アナウンスに大きな拍手が起こる

20分押しで爆音が鳴る
左スピーカー前のわたしの足の裏には
そのギターの音と
暗いステージの下で、奥で、照明室で、PAブースで
これから飛び出して来るコンドルズの18人と、これから戦闘シーンに入るスタッフさんたちの
そのカラダに満タンになってしまっている熱や、息を呑む空気や、高揚感もが
ぜんぶ一緒になって伝わってくる

近藤ボスが奈落から、あの学帽の下に不敵な笑みを浮かべてあがってくる
ああ、これがあの時の、あの「Jupiter」のオープニングだ
VHSテープがすり切れてしまった、あの作品
わたしが初めて観たコンドルズ

今回の記念作品は、過去20年間の演目からのシーンで出来ていた
懐かしく、大好きで忘れられない、またはあ〜そうかこんなこともあったっけ、という走馬灯のような
コンドルズの十八番である「脈絡のない短いシーンを次々繋げる」コーナーを観ていて
その順番までも脳裏に焼き付いていたことに気づいて何だか可笑しかった
次に来る音楽、セリフ、動き、配役・・が元の作品と変わっている箇所で感じる違和感と期待感

2005年にその存在を知り、2006年に初めて生で観たわたしは
彼らの20年間のうちちょうど半分を、一緒に歩かせてもらったことになる
それ以前の作品は、ずっとあとになってから映像で観たりしただけだし、知らない作品もたくさんある
メンバーの人数も変化してきたから、今日あのホールに18人(メンバー17人+ゲスト長塚圭史さん)が所狭しと暴れ
カーテンコールでズラッと並んだ光景はちょっと感無量ともいえた

その17人を一人一人思い浮かべるとき
「○○さんといえばコレ」と浮かんでくるシーン、役どころがそれぞれにいくつかずつあるのだけど
今回プログラミングされたシーンのかなりのものがそれと一致していたのが
なんだかちょっと嬉しかった
つまりそれって、ご本人たちがコレと思うもの、お客さんが持った印象が同じってこと
それもスゴイな
そしてわたしも結講多数派なんだということ(笑)

人形劇「柏田」で涙が出るほど笑い
人間ボウリングで先頭の勝山さんのおののく表情が当時と全くおんなじだったり
光二郎さんのアメリカンジョークに付き合わされる長塚さんが微笑ましかったり
リノリウム床だけで完璧にエーカパーダシルシアサナをやっちゃう青田さん
今日だけはお目出度い紅白の「天国への階段」でいつもの狂気で踊り切る古賀さん
鎌倉さんと石渕さんのセクシーダンス
ペットボトルまわしや真田十勇士やトイレットペーパー縄跳びで(稽古場か!笑)、そしてコントで大活躍の若手メンバー
オクダさんのメンバー紹介映像で「あーこのヒトだったの」と初めてわかる(笑)チラシ掲載の似顔絵と
鮮明な赤で書かれた有吾さんの筆文字横文字のメンバー名
「継続は力」と(有吾さんじゃない筆で!ココ大事)書かれた垂れ幕を、ボス近藤と勝山Pが開くという光景
OPダンス、ラスト大団円・・・「最近は年齢のこともあるのであんまりキツくないのを作ってるんです」ではない
29歳から52歳の全員がフルで、全開で、手足が宙を切る音が聞こえてくるくらい
そのくらいの熱量と迫力、そしてその源にある思い
伝わる伝わる

ラスト手前の映像で
「Time is on my side」で使われてたデジタル表示で、この20年間のカウントアップが表示され
そこにその間のすべてのフライヤーが重なってゆく
ここでみんなは涙する
「わたしはこの時どこにいたっけ?なにをしていたっけ?」
「ああこの年、わたしはこの人たちの存在を知った」
「そうそうこの公演、ここから観たんだ、わたし」
一番最後に、今日の日付で画面が止まる

2日目楽日は、ステージ床に当たる綿密に計算された美しい照明がバッチリ見える2階ライト席で
群舞全体の迫力や、後列の人たちの飛び具合や(笑)
オクダさんが夜なべ(だったのか?)して作った1日目とは違う映像や
何よりもホール満杯のお客さんたちの反応や、ステージとのコールアンドレスポンスを楽しめた

そして今日の近藤さんソロの時
あの静寂のなかに何人ものお子さんの泣き声やお喋りがかなり響き渡っていたのだが
不思議なことに、時間がたつにつれてそれがだんだん雑音に聞こえなくなり、あたかもそのダンスを助ける音、効果のように溶け入っていったのが不思議だった
舞台上で起こっていることやパフォーマンス自体に力がありさえすれば
不可能なことなど何もないのかもしれない
大きなマントでその場の全てを包み込んでしまうような近藤さんが
やはり怖いくらい素晴らしかった

昨日と今日の
自分とそしてお客さんを見ながらおもった

好きってすごい
好きにさせるってすごい
好きで居続けるってすごい
好きにならせてけっして離さないってひどい
そしてすごくてすばらしい

このブログにある「コンドルズ」のカテゴリーには今
49の記事が残っている
奇しくもこれが50本目
久しぶりに昔書いたことを読み直していて見つけたものを2つだけ
今このときに引用しておきたい

「終演後に初めてリーフレットを買って読んだら、10年やってきたことについて良平さんが
『そして僕たちは何処かへ行くのではなく、このままここにいるのです』
って書いてらして、その思いに一層確信を持った。
10年、20年創り続け、送り続けるのはホントにスゴイ。
そして、受け取る側がずっとそれを受け取り続けるってのも、凄く素敵でかっこいい。」
(2010年9月18日「スカイ・ウィズ・ダイヤモンド」鑑賞)

「黄金に包まれたカーテンコール、一杯のお客さんの中に埋もれながら、やっぱりコンドルズはいいな〜、と、
ただそれだけを思った。
そして、20周年、30周年を、もしコンドルズが迎えられたなら、その時もやっぱりこんな嬉しい気持ちで、彼らの舞台を観に行きたいと思った。
その時はきっと、ステージ上の彼らも私も、おんなじように歳を重ねているだろうな・・・
と、そんなことを想像するのさえ、今はこのうえなく楽しい。」
(2006年8月31日「エルドラド」@シアターアプル)

ああ2005年のあの日に
疲れきって仕事から帰宅したわたしが
つけたテレビで放映中だったのが
TBS「情熱大陸」でなかったとしたら…

…の続きは
たぶん過去のブログの何処かの記事につながるんだな、またこれが(笑)
ループは永遠に

暗い画面のなか漆黒の学ランで踊る近藤さんのソロに重なるポールの歌
Blackbird fly・・・

ありがとう
そして
これからもよろしく

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# by saskia1217 | 2016-09-11 02:45 | コンドルズ | Comments(2)

聖なる呼吸、神の息

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ほのかにネタバレ
映画「聖なる呼吸」をこれから観よう、という方はご注意!


「聖なる呼吸」観てきた!
普段滅多に行かない恵比寿、久々に降りたらやっぱり
オシャレな街にオシャレな人々や犬(笑)
どちらかといえばせっかく降りたんだからビール記念館のほうにフラフラ行ってしまいたく・・・

朝っぱらから映画館に着くと
そこは早起きのヨギー、ヨギーニたち(笑)
やっぱり「わたしヨガやってます」にゼッタイに見える方達が大勢
ま、こんな時間なので中年以降の女性が9割

開演前のCM上映中、隣席の女性2人連れの会話が大声だったので自然に耳に・・
「ね、あなたいつも、チャクラ閉じてる?」
なんかね・・・ヨガの話題じゃないタイミングみたいだったから吃驚(苦笑)
電車の中で聞こえたら思わず二度見しちゃうよ

映画は、インドのとある荒野の風の音から始まる
そう、完全なドキュメンタリーだ
ヨガ、特にアシュタンガやアイアンガー、ハタヨガなんかをちょっとでもかじった人なら
名前をきいただけで「おお!」ってなる
ヨガのグルジたちの実際の映像やインタビュー、親族や弟子たちの証言、現地を回る旅から
その歴史が生き生きと伝わってくる

パタビジョイスやアイアンガーがヨガについて語り、アサナをとる映像が見られるだけで
いや、なにより動くクリシュナマチャリアの映像が見られるだけでなんかもう…
すごすぎる!
チラシには「うっとり」「エレガント」「息を呑む映像」といううたい文句が書かれてたけど、ちょっと違う印象
清貧で、誠実で、力強くて、人間臭くて、未来への希望に満ちた「人間の生命がどう受け継がれてゆくか」という物語

ヨガにハマった妻を通して「そのルーツはどこにあるのか」という疑問を持ったドイツ人の監督
パドマアサナも組めない彼が
パタビジョイスに太陽礼拝を習い、アイアンガーからシルシアサナ(頭立ち)を習う
なんて贅沢!(笑)

そう、パタビジョイスはこの映画の撮影中に亡くなったのだ・・・
そうだ、そのニュースを私は当時、ヨガの稽古場で師匠と語り合った記憶がある
初めて稽古に行った日にシルシアサナをやらされて大パニックになったのもいい思い出だが(笑)
時々、んーあれは何て言うのかな「真珠貝のポーズ」に似てるやつで
長座から両足の足の裏を合わせて両膝の外側を床につけ(るように努力し)、つけた足先を両手で持って前屈する
それやってる私の両膝の上に、師匠が上から両足で乗るんですよ・・・膝を完全に床につけるために
ギャーって声出ちゃうんだけど「声出さないっ!騒がないっ!」って怒られる
なんて練習方法だ!ってその時は思ったけど
それに似たことをクリシュナマチャリアとかアイアンガーもやってる・・・
う〜ん、あれは正しかったのね(笑)

途中で亡くなったパタビジョイスに較べて、アイアンガーが語る場面がたくさんある
感情を込めて情熱的に、時にダジャレも飛び出しながら滔々と語る彼と
どちらかというと穏やかに見える表情と声で、淡々と言い含めるように語るパタビジョイス
(どこかで知ってる感じ・・・と思ったら、私が尊敬する牧師先生と風貌も語り口もそっくりだった!)
どちらも中に強く燃えるものを感じさせつつも、そのどこか対照的な感じが印象的
同じクリシュナマチャリアの弟子でありながら
娘婿という親族の立場だったアイアンガーが「そのために自分は特に厳しくされ、反抗心もあった。同じミスをしても兄弟子パタビジョイスは怒られなかったのに自分はひどく怒られた。
その後、自分は自分の道を見いだすことになった」と語っていたのも少し驚いた

ヨガといえば、インドで昔からずっと何百年も綿々と続けられてきたものなのかと思われがちで、私も以前はずっとそう思っていた
もともと限られた人たちの修行だったヨガが、インドでも一般の人のものになったのはつい最近だという事実は意外だよね
「なんだか得体のしれない、怪しいもの」または「曲芸やサーカスのようなもの」という認識を変えるキッカケとなったクリシュナマチャリア、その三男が語る一家の歴史は特に興味深かった
最初は王族に仕え彼らの健康のために宮廷内で教えていたヨガが、インド独立後に経済的基盤を失い、道場も家も貧窮に襲われた時代から、面識も無かったある一般人からの健康相談をきっかけに段々とヨガが知られてゆく経緯は感動もの。

今や「ヨガ」って言って通じないことはまず無い世の中
でも一言で「ヨガ」っていうけど
そこにはこんな歴史と、人々と、ヨガそのものが持つ力と、
そして何よりも、その時代時代においてその時に生きる人々にとっての必要なものをちゃんと提供できるということがヨガのスゴイところ、ということがわかったこと

いろんな聖典やヨガについての学問書とか哲学とか精神とか
深いところに宿っているものを感じたり、理解しよう努力するのはゼッタイ必要なんだと思う
実際に身体を使う面(アサナ)と心のバランスは永久に追求していかなければならないことなのだろうけど
やればわかる、やれば感じてくる、ってこともあるのじゃないか、って思える
(ちょっと乱暴な言い方だけど)
習い始めた頃からずっと、聞いたり読んだりしてきた「とにかくプラクティス」(パタビジョイス)っていうのはそういうことなんだな

映画のなかでグルジたちはいいことをたくさん話していて
何回も何回もぶんぶんうなづいていたのに
その大事な言葉をなにひとつ覚えていない??
けど、ラスト近くでクリシュナマチャリアの三男が語った言葉
「父は『信仰』と『ヨガ』を強く結びつけて人に強いることの無いよう努力していた」は
最近見聞きした「臨床宗教師」の話と重なったし
「私たちはいつも神を感じることができるけれど、欧米などではそれは難しいことなのかもしれない」という言葉は一番心に残った

この映画のタイトルは「聖なる呼吸」というステキな邦訳をされているけれど
映画を観ていて
これはやっぱり原題(Breath of the Gods)の直訳「神の息」と聞いたほうが
この作品が言いたかった真意に近いような気がした

帰って早速マットにのったけど
頭のなかに余計なものが膨らみすぎたのか
身体がまだまだ重たかった
何かが全然足りないんだな
もっともっとシンプルに
まっさらに
そして、継続は力なり

PS
使われてた音楽が
最初はヨガに合わないようなイメージだったのに
観すすめるうちに不思議とマッチしてきたのが魔法みたい
R.コルサコフ、ドビュッシー、ラフマニノフ、ゴドフスキー、などが概ね古い録音のもので使われてた
vn曲はメニューヒンかと思いきや(!)ハイフェッツのもので(笑)
一番面白かったのは、唯一ナレーションで言及されていたソラブジの曲
いずれも、うだるような、湿気を感じるような、倦怠感のあるような、ノスタルジックな、そして繊細なものばかりだったのが、監督のもつイメージを語っているようだった
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# by saskia1217 | 2016-09-08 19:41 | 感じろ、考えろ、思え! | Comments(0)

役割り

SNSの宣伝で見かけて、へ〜って心に引っかかり
ちょっと見に行ってみた
「千家十職の軌跡展」@日本橋三越
利休の時代から三千家の好みのお道具を作り続けてきた十の職家
大正時代からの付き合いがある三越の命名らしい
今回は250点も出るということでなかなかの盛況ぶり

キャプションを音読しながら賑やかに品評しあうご婦人たち
ルーペをガラスに当てて「ほーこれはスゴイ」とため息をつく老紳士😳
お茶道具は近距離からじっくり細部まで観るものなのだろうから仕方がないけど
そんな具合で皆陳列ケースに張り付いたままなので😅ちょっぴり苦労して覗きこむ

わたしはお茶を習ったことがないので、むずかしいことは何もわからないし
十職はおろか三千家の歴史もよく知らない
お茶碗の楽家、くらいしか聞いたことない…
年表や解説の助けを借りても、もー複雑すぎてなかなか頭に入ってこない😵
でも、そのモノを観るだけで
好き!スゴイ!綺麗だなー!
っていうのが必ずあるんだなぁ

何故かわからないけど
わたしは棗を見るのが好きで
それも、模様や色の無い漆黒のつるんとしたものがなんだか好きで
今日もそんなものが幾つかあって嬉しかった
中村家初代宗哲作の黒棗
ずーっと見ていられるくらい美しかった

表具師奥村家によって美しい軸になった
初期の頃の家元から職家への書簡や書は
わたしにも読める字がいっぱいで
いろんな筆遣いを楽しめた

ほかに
「武蔵野香合」という素敵な名前のついた
三日月の形をした、黒地に金色のススキが描かれたものが印象的
飛来家十代一閑作
愛らしく凛としていて掌に乗せてみたいくらい
どんな感じの重さなんだろうな

ピクニックセットみたいな「茶箪笥」「茶箱」
小さな携帯用茶筅や、抹茶煎茶両方の道具が詰まっててすごい

徳川家のお殿様用に作られたお茶碗は朱や金でピカピカだったけど
そして時代を経るに従って色味や材質が増えてくるけれど
いいなぁって思えたのはやはり黒い手捻りの力強いもの
利休が愛した黒楽茶碗

たぶんわたしの見方はかなり
ザックリ
だったのだろうけど😅
色々なカタチや色が見られて
十分楽しかったな

でもね
きっとやっぱり今日観たすべてのお道具は
お茶室のなかでそれぞれが居るべきトコロにちゃあんと居て
それぞれの役目も果たしながら
その間に通う何かもあって
それがたぶん一番美しくて気持ちのいい景色なんだろうな

9/12まで開催
HPをDLしてゆくと割引あり!
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# by saskia1217 | 2016-09-06 20:08 | 感じろ、考えろ、思え! | Comments(0)

くだもの

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桃、なかでもスモモみたいな小さいのが好き。
皮ごとすぐに食べられるし!
なかなか好きになれない夏の、数少ない楽しみ。
ネクタリン、プラム、プルーン、ソルダム、巴旦杏、杏…
ちゃんと赤くなった大石プラムとか、美味しい😊

昨日、いつものスーパーで大々的にPR売出しされてた、知らない名前のスモモ。
ケルシー
っていうんだって。
山梨からきた。
いつものプラムやイチジク買おうとしたけど、珍しいモノにはどーしても抗えず、お試し!

緑色のおしりみたい😁
熟してもあまり黄色くならないから食べどきを見極めるのが難しいんだって。
でも触ってみると柔らかさでなんとなくわかる。
とにかく甘みが魅力らしい。
中身は黄色くジューシー、種の周りは空洞。
ホントに甘かった!
皮も厚くなくそのまま食べられるし。
割と大きめなので朝ごはんに満足感!

ケルシー…
なんでそんな名前なんだろ(笑)
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# by saskia1217 | 2016-09-03 18:22 | くいしんぼうメニュー | Comments(0)

だます

わたしが「ドッキリ番組」を一切見られないのはコレだったのかー
「怒り新党」でやってた「共感性羞恥」
人が騙されてるとこって絶対見ていられないんだよねー😥
なんか、肩甲骨あたりが痛〜くなる感じ・・・
ものすごく辛くて不快💀

でもそういう人って10%しかいないらしいから
ああいう番組いまだにいっぱいあるんだろうなぁ・・
ダマす方、ダマされる方、作る人、観る人・・
楽しめる人がいるからいいんだけどね😑
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# by saskia1217 | 2016-08-28 02:25 | 感じろ、考えろ、思え! | Comments(0)

今日もまた日が昇る・・出かけてゆこう!
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