A線上のアリア☆チェンバロ奏者 廣澤麻美 公式ブログ  Asami Hirosawas Blog


今日もまた日が昇る・・出かけてゆこう!
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お菓子の日

私が大学に出講する水曜日は、ほんとに雨が多い。
気のせいではないと思う。
この7年間ずっとそう感じてきたし、研究室の助手さんたちも皆同意見だ。

今日は素晴らしいお天気、寒いというほどでもなくて陽射しが暖かく、空気そのものは少し冷たくてカラッとしている。
先週の今日、ひどい風邪を押して一日授業をしたあの水曜日は、空もどんよりして、それだけで風邪が悪化しそうな惨めな寒さだった。
天気↔気分↔体調↔仕事の内容↔人とのコミニュケーション・・・というふうに全部がリンクしているのだが、今日は特に

・・・↔お菓子

研究室にはセルフのお茶コーナーがあって、いつも熱〜く湧いているポットのお湯で日本茶や紅茶もいれられるし、コーヒーも出来ている。毎日、助手さんが準備して下さっているのだが、そこには「お菓子のかご」もあって、いつもいろんな種類のお菓子が山盛りになっている♡

大した授業もしていないのに、朝9時から始めて、午後の2コマを終えた夕方4時ころ、さすがにちょっとフニャ〜っとなってくる。どうしてもここらであったかいお茶と、ちょっとした甘いものが欲しくなる。でないと、5時からもう1コマあるレッスンに向かう元気が出ない。

今日授業を終えて戻ると、ちょうど助手さんの一人が、そのお菓子の買い出しのための「注文」を取っていて、皆はお菓子談義で盛り上がっていた。上野という土地柄、アメ横の王者「○木の菓子」などへの買い出しが多いらしい。つまり、つんとすましたお菓子ではなく、子供の頃によく見たような、どこか懐かしいお菓子が勢揃いする。ミニのおまんじゅう、チョコがかかった棒状ビスケット、ピーナッツチョコ、シンプルなおせんべい、など。
(そういえば小さい頃、デパートには巨大な円形の「回るお菓子売り場」ってありましたよねえ??あれって最近見ないけど、どうしたんだろう。あれの前に立ってると目が回って酔っちゃったものです)
すっかり嬉しくなった私は、今日のかごの中から遠慮なく何種類も試食し、「ん〜、チョコビス系は絶対お願いしますね〜」などと、いろいろ注文してしまいました・・・

お菓子コーナーには時々、民族音楽系の先生の中国からのお菓子とか、助手さんのフランス土産のおしゃれなクッキーなども並ぶ。今日は美しく色づいた柿が、いくつも山盛りになっていてびっくり。ある先生のお宅のお庭で実ったものだという。それで遠慮なく2つほど頂戴してきて、夕食のデザートにいただいたら、ほんとに素朴で美味しかった。
いい!実にいい!!うちの学校のこういうところが実に好きだ(そ、そこかぁ・・・?)。

いつもよりちょっと多めにお菓子を食べた今日、実はもうひとつ「甘い」サプライズが!
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ベルギーに旅行した方から頂いた、ベルギーのトリュフですっっ!
チョコレートには目がない私、やっぱりどうしてもチョコはヨーロッパのものが好き、特にベルギーのは最高です。日本で市販されているチョコは、カカオの含有量が大幅に少ないので、どうしてもあんまり好きになれません。

風邪もだいぶ良くなり、お天気もよくって、授業も楽しく出来たし、学生さんたちと楽しい音楽も聴けたし、いろんな人とおしゃべりできたし、ようやくマイナスモードから脱してきたらしい。
それというのも、今日いちにちの「お菓子たち」の活躍のお陰かも!

・・・・・やっぱり「食べ物」ってことね、結局・・・・・
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# by saskia1217 | 2005-11-03 00:40 | 感じろ、考えろ、思え! | Comments(0)

秋に美味しいもの

・・・・はいろいろありますが、急に空気がひんやりしてくると、特にお夕飯にはあったかいものが食べたくなります。
それから、秋の食材。かぼちゃ、栗、さんま、それにキノコ・・・・
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最近は市販のシチュールーも、ただ「白いシチュー」だけとっても、「野菜シチュー」とか「クラムチャウダー」とか、なんだかいやにプロっぽく細分化していて、びっくりだ。
音楽家も、バッハの頃は皆プロは「マルチ」であって、つまり作曲家・指揮者・鍵盤奏者・管弦楽器奏者・教育者・公務員・・・を一人が担っているのが当たり前だったのが、今ではみなそれぞれ細分化されてしまっているのに似ている。
(・・・・似てるか?)

スーパーで、きのこ山盛り大バーゲンと、「きのこシチュー」とかいたルーの箱を数分差で目にすると、メーカーやスーパー小売店のターゲットとする典型的お客のような私は、「そうだ、きのこシチューにしよう!」という思考回路に、まんまとハマるのだ。(レジ前にある大福とか、目の高さの棚に置いてある特売品に、何の疑いもなく手をのばすタイプである。なんだかくやしいけど・・・)

しめじ、舞茸、しいたけ、えのき、エリンギ、全部買い込んで、ついでに鶏肉や玉葱、人参、ブロッコリーもいれて、こんなシチューをつくってみた。もう一品は、各色パプリカ、スナップエンドウ、トマトのバルサミコサラダ。それにトースト。(勢いあまってシチューの盛りつけが醜くなってしまいました、ごめんなさい)
こんなご飯が食べられるのも、これから寒くなる秋冬の大きな楽しみのひとつである。
あったまって、さあ明日もがんばろう!
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# by saskia1217 | 2005-11-01 00:43 | くいしんぼうメニュー | Comments(5)

気のもちよう

いくら思うままを書いているとはいっても、前回のブログはさすがにちょっと暗すぎた(笑)。
でもここ1〜2週間、どうも鬱々した気分から抜けきれないのは確かで、そういうときは無理に抜け出そうと思っても絶対にうまくいかない。どちらかというと、次から次へと脈絡もなく湧いてくる嫌な気分やペシミスティックな思いを、行き着くところまで思いっきり進展させる。で、

うわぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっっっ
(進化しないこのパターン・・・)

っていうところまで、一度壊してしまうと、結構そこでリセットできたりする。

少し気分が治ってくると、ちょっとその原因の一部がわかってきたりする。
今回は、風邪をひいたことが原因のひとつであることは確かだ。
人間ちょっとでも病気になると、そりゃもう人が変わったように弱ってしまう。(私はそうらしい)
普段は結構何にでも立ち向かえるタイプだが、あまり病気をしないせいもあって、風邪なんかひくと、いきなりいろんなことが不安になる。
人間、例えば足の小指の先をちょっとぶつけてひどく痛むような時、たかが足の小指だけの問題なのに、それだけが原因でその日1日中仕事がうまくいかなかったりするものだ。
「病も気から」だけれど、「気は病(健康)から」とも言えるんだな、これが。

今流行っている風邪は、やはりかなり治りが遅いらしい。かなり元気になったのに、まだ何となく調子が戻らない。そんなわけで今朝も起きられず、礼拝に今までにないほど思いっきり遅刻した(具体的にいうと、すでに説教の途中だった・・・ごめんなさい)。
でも午後から礼拝堂で、武久源造さんのオルガンの演奏会があったので、やっぱり出かけようとちょっと無理して支度をし家を出た。

じつは体調の悪い時に長時間オルガンを聴くのは、なかなか辛いものがある。名演奏なのに、身体が生理的に音を受け付けないのだ。だから今日もあんまり自信がなかった。武久さんはいつも、とても意欲的なプログラムをエネルギッシュに演奏される方だ。せっかくなら、それだけのものを全部受け取れるだけの状況で臨みたいし、それが演奏家に対しての礼儀でもあるだろう。

いつも自分が弾いているオルガンを、1階席で聴くのはやはり新鮮だった。ブクステフーデ、バッハから、メンデルスゾーン、ブラームスまで色合い豊かなプロを、武久さんはバルコニー席の暑さと戦いながら最後まで実に誠実に弾き切られた。
最近はなかなか、友人のものでさえ、音楽会に出かけることが少なくなった。同業者の演奏会を聴きにいくことは皆無に近い。

でもやっぱり音楽会っていいものだ。どんな状態で行ったとしても、きっと何かいいことがある。
鬱々状態を、もはや自分の力ではどうしようもないとほっておく時、それを元の状態に戻してくれる外界からの力として、音楽はやっぱり数少ない友達の一人なのかもしれない。
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# by saskia1217 | 2005-10-31 00:22 | 感じろ、考えろ、思え! | Comments(0)

逃避

転地療養、というほどでもないが、ずっと東京から出ないでいると、ほとほと「遠くへいきたく」なる。もしかしたら本当に「療養」しに行った方がいいのではないかと、自分で思うことも最近は多い。

「あ"〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっっっっっっっ!!!!」

って感じである。
(わかってもらえるかなぁ)

日々、大した事件は起こらなくても、大人として自立して毎日を生活してゆくって、実はほんとに大変なことだとつくづく思う。それなりに仕事をして、食事をして、人と会って、テレビを見て、寝て・・・の中のここかしこにも、もちろん幸せはあるけれど。
子供のころは、誰かがきっと助けてくれたし、慰めてもくれたし、知恵も貸してくれた。というよりも、もっと甘いことに、嫌なことや大変なことは代わりにやってもらえたりした。
要するに完全に守られていたんだなあ、なんて、この歳になってつくづく思う。そのかわりに手にいれた「自由」と天秤にかけることは無理としても、この「安心感」が時々とても懐かしくなる。

そんな感じでどよ〜んとしていたら、さっき「報道ステーション」で、美しく紅葉した知床を、モーター付きのグライダーで撮影するすごいカメラマンの撮った映像を偶然見た。
あまりにも、あ、ま、り、に、も、美しくて、涙が出た。
こういう映像にはひじょ〜に弱い。

行って見たいところはたくさんある。世界中で、となると中東から南の島まで、結構な数になるだろう。そのお話はまた今度するとして、国内ならこの「知床」は行きたい場所トップスリーに入る。
他には、山口県「秋芳洞」。ここは小学生の頃からいってみたいと思っているのに、じつはまだ行っていない。たしか本かテレビで見たのだろう、えらく感激したことを覚えている。「鍾乳洞フェチ」の私にはたまらない地形だ
ほんとに自分の足であそこを歩いてみたい。地上の「秋吉台」の草原も歩きたいな〜。
(ちなみに私はほんと〜に洞窟が大好きで、富士山の氷穴とか風穴とかもお気に入りである。ついでに、世界遺産「シュコツィアン洞窟群」は夢の夢である。)
国内でもうひとつ上げるなら、阿蘇もいってみたい。これも映像でしか見たことがない。

海外に較べればずっと簡単に、ちょっと思い立ったらすぐ行けそうなのに、行けないものだなあ。近いうちに、このどこかには本当に出かけようかと思う。
知床はきっとまだ人が一杯だろうな、もうちょっと「世界遺産」ブームが去ってからのほうがいいかもしれない。
・・・なんて言ってると、また行きそびれるような・・・・
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# by saskia1217 | 2005-10-28 23:33 | 感じろ、考えろ、思え! | Comments(3)

風邪の功名・・・

先週はなんだかバタバタしていて、おまけに滅多にひかない風邪をひいてしまった。
週末には日本音楽学会の全国大会があり、まぁ発表することもなくただ聞くだけの私は何も大変なことはないのだが、痛い喉をかかえたまま朝から晩まで難しい話を聞いていたせいか(?)、今週になってもなかなか良くならないでいた。

何故だかわからないが、市販の風邪薬が全く効かないことがある。ゆっくり休まないのがいけないのか、以前の回復力がもはやないのか(悲)、よくわからないが、あまりにも効果がないので、これもまず滅多にいかない医者に行くことにした。

ここに引っ越して以来、いわゆる近所の病院を開拓したことがまったくなかった。本当はホームドクターといえる内科系の医者を決めておくと、何かのときに心配ないし、大きな病院にもすぐ紹介してもらえる。ところが元来病気をしないことと、風邪くらいで医者にいったことがなかったせいか、そんな医者を捜すこともしていなかった。

昨冬、不本意にも急にインフルエンザに見舞われひどい目にあったのだが、その時は週末だったこともあって、近くの都立病院の救急へかけこんだ。そこには以前も整形外科の救急でお世話になったことがあったのだが(リサイタル4日前に、過労で首と肩が動かなくなった)、最近ではこういう大きな病院は本来すべて紹介制である。そういうところはたとえ診察券があっても、なかなかすぐ行ってすぐ診てくれるというふうにはいかない。

で、うちから徒歩1分という内科を訪ねた。清潔で明るい待合室には、鳥の声のCDが流れていてとても快適である。予防接種のポスターやカレンダーに混じって、壁には大きいなステージ写真が飾られているのが目に入った。文化会館大ホール、オケと大合唱団が映っている。そしてその横には「当院長は○月○日、××合唱団の演奏会に出演いたします。チケット承ります。」とある。なるほど、ここにも音楽(合唱)マニアのお医者さんが・・・・何故だか、それだけでちょっと親近感を持ってしまった(笑)。

喉にルゴールを塗ってもらって、無事薬も出していただいて帰宅。さすがにお医者さんでもらった薬はすぐ効くようで、ずいぶん楽になった。

手軽に訪ねられるお医者さんが見つかった以外に、風邪をひいてよかったことがもうひとつ。
それは「風邪用の入浴剤」が使えること!(・・・喜ぶヤツがあるか!)
入浴剤は大好きで、普段からいろいろ使っている。最近は日本でも欧米からの輸入品や、国内の温泉成分が入ったものなど種類もいろいろあって、ほんとに楽しい。
中でも、ドイツの「クナイプ」というメーカーは日本でも有名だが、この本社及び工場は、私が7年間暮らしたヴュルツブルクという町にある。べつにそれでひいきしているわけでもないのだが、このメーカーの入浴剤は私の一押しである。

ヨーロッパの他の国のことはよくわからないが、ドイツでは「風邪をひいたときはお風呂に入る」のである。日本ではそんなこと言語道断なのが昔からの常識だろう。それは伝統的にみて浴室という場所が、すきま風も入りやすく寒いという日本特有の家屋の特徴からきているのかもしれない。今でこそ浴室暖房やあったかい脱衣室が珍しくなくなったけれど。
ところが普段あまり湯船に浸からないドイツでは、風邪をひいたときこそ薬草成分いっぱいの入浴剤をいれたお風呂で暖まって(大抵は35~38度で20分ほど)、蒸気で乾燥をふせぎ、呼吸などの循環を良くし、喉や鼻をすっきりさせて寝る、という発想なのだ。
北海道などと同じで、ドイツでは屋外は極寒でも家の中は普通はどこでも暖かい。だから、湯冷めすることもないし、そのまま寝てしまえば大丈夫なのである。

お気に入りの入浴剤のいろいろ。
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そんなわけで、そう頻繁に渡欧することもないのだが、行ったときは必ずこういう入浴剤を買ってくることにしている。
写真は左から、クナイプのBadesalz(メリッサの香り)、これは日本でも買える塩状のもので、お湯に溶かして使う。このフレーバーは心を安らげリラックスさせる効果もある。
真ん中が同じクナイプの「風邪用バスオイル」、ユーカリを中心にした成分で、ミントの香り。一番右は、クナイプと双璧をなすメーカー「テテセプト」の「リラックス入浴剤」。これももちろんすべて自然の薬効満載。
右2つはBadeoelというタイプでいわゆるオイルで少しぬるぬる感があるため、もしかしたら浴槽にはそんなに良くないのかもしれない。でも香りはオイルタイプのほうが断然いいし、肌への効果もいい気がするが、残念ながら同じクナイプでも日本でオイルタイプを見つけるのは結構難しい。そしてこの「風邪用」は今まで、日本で売られているのを見たことがない。
浴室がいくら暖かくなっても、「風邪ひいたらお風呂」という考えは、さすがにここ日本では浸透しないのかもしれない・・・

たかが「入浴剤」と思うかもしれないが、これらは本当に薬と同じくらいのきちんとした成分が含まれるようで(もちろん自然のものですが)、用途を間違えるとてきめんに逆効果になってしまって危険なので、使われる方は気をつけた方がいい。
「気分を高め、元気をつける」入浴剤を、疲れて仕事から帰った時に使ったりすると、ドキドキして寝られなくなったり、のぼせて倒れたりするから、笑えない(実体験)。

だからせっかく買ってきても、風邪をひかなければ使えない、それが「風邪用入浴剤」。
このいい香りの入浴剤は使いたいけど、それでも風邪をひくのは嫌だな〜、やっぱり。
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# by saskia1217 | 2005-10-27 15:45 | 感じろ、考えろ、思え! | Comments(4)

気晴らし

・・・の方法は私にもいろいろあるし、人によっても様々だ。
いわゆる「楽天的」というのだろうか、もともとそんなに、気持ちが詰まってきたり、ストレスに押しつぶされたりしない性分らしい。
(まあもっとも、「ストレス」になるほど働いてない、勉強してない、という説も・・・)
それでもたまに、煩わしい雑音が全くない、空気のいい緑の中へ、無性に行きたくなる。

6日ぶりに秋晴れになった今日、埼玉・滑川町にある森林公園に行ってきた。
ここに来るのはひさしぶり。子供の頃は、殆ど季節ごとに来ていたと思う。
ここは広いので、かなりの入場者があってもあまり混んでいる感じがしないが、今日は平日で余計ガラガラだ。

睡蓮やコウホネが咲く池には、半分オタマジャクシの半人前カエルがぴょんぴょん飛んでいる。ここかしこに、季節ごとに違った花が咲く。舗装された主要な道から少しはずれて、森の中の道を入って行くと、人間の出すざわめきが、みる間に後ろに遠ざかって行く。それが私にとってはたまらない幸せだ。たしかに自分も「雑音を出す人間」のひとりではあるのだが・・・

季節の花が交代で咲くお花畑は、かわいそうに連日の雨に打たれて傷つき、茎が曲がってしまったコスモスで一杯だった。それでも、ピンク、黄色などの花が美しかった。
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それから大好きなランタナの花も・・・
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秋の野草、フジバカマは満開。いろんな種類の蝶、そして数えきれないほどたくさん飛んでいた赤とんぼに大人気。
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そして、うちのわんこ「まろ」も大満足♡
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帰り際、私の大好きな木「メタセコイア」の大木のある、小さな広場に出た。
長い枝を下にむかって広げ、ドームを作っている。中に入ってみると、折からの陽射しが透けて夢のようだった。深呼吸も、ひとつひとつが濃いような気がしてくる。
さあ、明日からまた都会でがんばろう!
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# by saskia1217 | 2005-10-20 19:02 | 感じろ、考えろ、思え! | Comments(2)

後ろ姿のせつない季節

今日17日・・・いやもう「昨日」か・・・は、思えばショパンの誕生日だった。
天秤座、午年である。たしかにそんな顔だ(どんな根拠だ?)。
血液型はわからない。

西洋人に干支もなにもあったもんじゃないが、中学生の頃、毎年毎年くりかえす年賀状のデザインに困って、あるとき中くらいの事典に載っている作曲家の干支を全て計算しつくしたことがある。年賀状には、その年の干支の作曲家の名前を、カラーペンでデザインするだけでOK。なかなか喜ばれるので、我ながらいいアイデアだったと思った。
調べたノートを無くしてしまったので、今はもうやっていないが。
だいたい年賀状という習慣を、だんだんやめる方向にいっているし。あれはもともと年賀のご挨拶に行くべき人に、行けないかわりに書くものであって、年賀のご挨拶に行くべき人なんてそんなに多くないのに加えて、友人なんかは年明けにすぐ会うことが多い。どうしても元日に何か言いたい、という時は、カラフルな動画のメイルにしている。これも結構喜んでもらえる。
結論・・・相手が喜んでくれるのが、一番いい。

なに季節外れの話をしているんだ?
とはいえ、郵便局ではもうすでに、年賀ハガキの受付の宣伝をしている。
もう秋、もうアドヴェント、もうクリスマス、もう年末、である。
はぁ〜〜〜〜〜〜〜〜。

年末はやっぱり第九じゃなくて、クリスマス・オラトリオで過ごしたいものだ・・・
そんなことを考えながら、PCに入っている写真の整頓をしていたら、こんなのが見つかった。
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ふふふ、いったい誰?
2年前にライプツィヒで撮った、ご存知有名人の銅像。背中にしょってる垣根みたいのは、オルガンのパイプでございますよ。
立体は、必ず360度から見ないと気が済まない私。美術館で警報鳴ったこと、何回かありました。
でも、この背中がなんかかわいい、丑年生まれ、おひつじ座のセバスティアンです♡
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# by saskia1217 | 2005-10-18 03:23 | 感じろ、考えろ、思え! | Comments(5)

うつくしいもの

今日は日曜日。
非常な睡魔と戦いながら起床、教会へでかける。

新宿で乗り換えようと、ぼ〜っとホームで電車をまつ。そこに入ってきた黄色い電車。「あ〜これ中野止まりじゃん、次のに乗ろうっと」と、なぜか確信し、開いたドアに皆が吸い込まれていくのを見ていた。あれ?なんでみんなが乗っちゃうの?みんな中野より先に行かない人ばっかりなの?そんなわけないよな〜・・・それは立派な「三鷹行き」だったのでした。ぼやぼやするにもほどがあります(凹・・・)。
自分が奏楽当番でない日は、どうしてもちょっと気がゆるむんですね。通い始めた頃は、遅刻しそうになると駅から走って行ったのになあ・・・人間、ほっとくと全てがゆるむんです、はい。

帰りに、最近ハマっている「無○良品」へまたまた寄ってしまう。おととい買い物したばかりなのに!秋、冬物の薄手のお洋服が綺麗にディスプレーされている。大好きなダーク系の、いかにもこの季節に着たくなるような色ばかりが並ぶ。こげ茶、ボルドー、チャコールグレー・・
流行は追わないとはいっても、やはり7〜8年着ているものなんかは、形がかなり「なんか違う」って感覚になってくる。もう十分だいじに着たから、いいかな〜、許してもらえるかな〜(誰に??)と、かなりの罪悪感を背中に感じながら、今日もボルドー色の透かし網模様のついたニットなど数点を購入。まあ、先週ももうひとつの定番「ユ○クロ」でボトムをすっかり買い替えたから、これでこの冬は安心かも。

美しい形、美しい色、美しい組み合わせ、そして美しいたたずまい・・・洋服屋さんや小物屋さん、鞄やさん、アクセサリーやさんなどを見ていると、その信じられないほど膨大な映像、情報のなかから、向こうのほうからこちらの目に一直線に入ってくる対象って時々あるものだ。そういうものに魅せられてしまうと、そこを通り過ぎても、家に帰っても、翌日になっても、気になって仕方がないことがある。必ずしも「欲しい」わけではない場合でも、そのものを心の中でリピートするだけでちょっと幸せになってしまう、そんな感じ。

日曜の夜の好きな番組、「情熱大陸」そして「世界遺産」。
今日は前者が、銀座「L'osier」の前シェフを取り上げていた。いわずとしれた、銀座・並木通りの高級フレンチレストラン、何度もあのお店の前は通ったが、残念ながらお食事をしたことはない。今度後任にポストを譲るにあたっての、彼の今までの仕事ぶりやお料理の数々が紹介されていた。できあがったお皿はもちろん、料理する動作や調理器具のあれこれまで、どれをとってもほんとに美しく、あれをナイフとフォークで崩して口にいれたら、その「美」がそこで完成されるんだろうな〜、とため息が出てしまった。
素敵なお洋服を着て、楽しく豊かなおしゃべりができる友人たちとテーブルを囲み、背筋をピンと伸ばして、こんなお料理とワインをいただきたいものだ。たまにはね。

「世界遺産」は、インドのタージマハール。
写真やテレビでいつも目にするが、「世界遺産」のアングルで撮られると、あの吐き気がするほどのシンメトリーや、細部にわたるアラベスクには、本当に圧倒される。人間がこんなものを造れるなんて、まったく信じがたい。人間の技には「完璧」ということはないはずなのだが、でもちっぽけな私にとっては、これはすでに「完璧」以外の何ものでもない。
この建造物のすぐ目の前にたって、これを眺めてみたい!
・・・・あ〜〜、インドかぁ。

世界中には、世界遺産だけでも十分たくさんありすぎるし、それ以外にも見るべきものは星の数ほどある。美味しいものも、町並みも、自然も、芸術作品も、それから芸術家のみならず何より素敵な人間も、世界の果てまで散在している。
それらを捜すのにたとえ一生をかけても、出会える数には限りがある。遠く異国に行けたときはもちろん、東京の雑踏でも、自分の部屋にいても、いつもいつもアンテナをたてて、どんな小さなものも見過ごさないようにしたい、と思う。
もったいない、もんね・・・せっかく生きてるのに!
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# by saskia1217 | 2005-10-17 01:27 | 感じろ、考えろ、思え! | Comments(0)

よみがえり

・・・といっても、映画の話ではなく、私が今日見てきた楽器のお話。

世の中の人たちが、まず「楽器」というものをイメージした時、おそらく最初か2番目くらいに思い浮かべるであろう楽器。それは、ピアノ、だろう。
「ピアノ」のご先祖は、私がいつも弾いている「チェンバロ」なのだが、実際はチェンバロ→ピアノ、というふうに突然なにもかもが変わったわけではない。最初にピアノを造ったのは、イタリアのクリストフォリという人だといわれていて、それはだいたい1700年くらいのことだった。彼はそれまであったチェンバロをピアノを「造り変えた」のだが、現在彼が造ったオリジナルのピアノは、世界に3台残っていることが知られている。ローマ、ニューヨーク、そしてライプツィヒ。このうちライプツィヒの楽器は、留学した翌年の92年にそこの楽器博物館で見せてもらったことがある。残念ながら音は出ない状態だったが、すっかりくすんだ飴色になった姿をみて、まあよくも300年も残ってきたなあ、と本当にしみじみ思ったものだ。

今日会ってきた楽器は、久保田チェンバロ工房の久保田彰氏が、この夏完成された、このクリストフォリのピアノのレプリカ。オリジナルでは4オクターブだった音域を5オクターブに広げ、アクションも大変工夫されて、軽く弾きやすいものにされたそうだ。
こんな姿をしています。
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事前にお聞きしていたいろいろなお話から、ピアノ、そして今や普通にコンサートでも聴けるようになったモーツァルト時代の「フォルテピアノ」よりも、もっとチェンバロに近い楽器、近い音だと想像していた。ただ、やはりなかなか具体的な感じは予想できなかった。で、かなりドキドキしながら工房にお邪魔した。どんな時代の、どんな作曲家の、どんな曲がマッチするのだろうか?想定できうるあらゆるタイプの楽譜を、10冊ほどリュックに詰めて背負っていった(泣)・・・午前中に大学に用があったので、それを背負って一端上野まで行き、それから久保田工房のある新座までいった。音楽家はとにかく体力、脚力、腕力、気力(?)なのである。

木の香が心地よい工房に入ると、白木といった感じのクリストフォリピアノがいきなり目に入った。見た感じはいかにも「イタリアン・チェンバロ」そのままだ。イタリアン、って何だか美味しそうな響きだが、チェンバロにはいろんなタイプがあって、都合上国別に呼んでいるのである。
楽器の前に座って、弾いてみた。
「いや〜〜〜〜〜っっっ!!ピアノだ〜、これ」
(一同、笑)
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それは「ピアノ」だった、完全に。
もちろんチェンバロの命である「弦をはじく」機能がもはやないわけなので(ピアノは「弦をたたく」)当たり前なのだが、楽器の外観と、出てきた音の間に、最初はかなりのギャップがあった。が、この楽器が初めて造られてから、次のタイプのピアノが活躍し始める頃までの約60年間に作曲された、いろんな曲を弾いてみるうちに、なかなか気持ちよく弾けるようになってきた。

「音の出し方」が決定的に違うチェンバロとピアノ、でもそのどちらにも効果的な曲もあれば、明らかにそのどっちかでないとダメ、という曲もある。モーツァルト時代のフォルテピアノ(ワルターとかシュタインなど)でももちろんいいんだけど、ん〜、でもなんかそういう感じでもないんだなあ、という「微調整」に、このクリストフォリはぴったり収まる感じがした。
弾くのにちょっとコツはいるようだが、練習すればなんとかなるかもしれない。
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というわけで、おもしろがって弾きまくって、目がかすんできたので、ふと時計を見ると、すでに4時間半経ってしまっていた・・・。
久保田さんの工房は、窓から畑が見える、実にすか〜っとする光景の中にあって、かなりお気に入りである(・・・勝手に・・・)。薄く影ってきた夕暮れのなか、再びリュックをしょって、畑の中の道を下って工房を後にした。目の前に広がった空にはお月様、道の脇にはコスモスや菊の花、ひやっとする秋の空気、そして思わず足を止めて聞き入ってしまった美しい虫の声・・・
幸せな気分で、駅に向かうバスに乗り込んだ。

たゆまぬ研究をもとに多くの技術改良を重ねられ、素敵な楽器を造られた久保田さんに、感謝の一言。近いうち、コンサートで皆さんにもお聴きいただけることになりそうだ。予告はブログでもしますので、お楽しみに!!
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(なお、この楽器のことは、私がよくお邪魔している「某閑人」さんのブログ(http://kcia.moe-nifty.com/moxam/)の9月11日の欄にも、製作者の久保田さんと共に紹介されているので、ぜひぜひそちらもご覧下さい。
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# by saskia1217 | 2005-10-14 00:47 | 感じろ、考えろ、思え! | Comments(8)

鮮やかな思い出

どうやらそこは、九州の、古い歴史のあるカトリックの修道院らしかった。
村といってもいいくらいの小さな街の入り口はまるで門のようになっていて、そこをくぐって、白っぽく乾いた道を歩いてゆくとすぐ左側に、その修道院はあった。最初はそれが教会やら修道院やらだとは気づかず、右手に見える山々と、その下で流れているらしい川の音を聞きながら、のんびり歩いていた。

すると子供たちが歌う聖歌が聴こえてきた。グレゴリオ聖歌でもなく、もちろんいわゆる賛美歌でもなく、私が聞いたことのないカトリックの子供用の聖歌らしい。それがあまりにもいい曲だったので、歌声のするほうへ歩いていってみた。
教会は大部分が木造の古いもので、土丸出しの土間になった、農家の戸間口のような入り口は、木造のアーチ状の天井に覆われている。リュックを背負ったまま入って行くと、その先は聖堂になっていて、ロウソクの光だけで薄暗いが、花が飾られた祭壇や木造のイエス像が見える。子供たちはその中で、数列になって歌っていた。廊下で繋がっている隣りの建物は、やはり幼稚園らしい。
しばらく聞いているうちに子供たちは解散となり、女の先生が声をかけてくれた。

「あまりいい曲だったので、聴かせていただこうと思ってお邪魔しました。」
曲名を知りたい旨伝えると、それはやはり最近できたカトリックの子供用聖歌だった。私はぜひ楽譜が欲しいとお願いしてみた。それに、ガイドブックにも出ている歴史あるこの教会のことも、もっと知りたかったし、他の建物も見てみたい。すると先生は、ちょうど修道士の一人が上の階の書斎にいるはずだから、そこへいっていろいろ話を聞くといいですよ、と教えてくれた。

彼女に案内されて、少しミシミシいう木の階段を後をついて昇っていくと、図書室や応接室と並んで、ひとつの小さな部屋があった。部屋に入ると、そこには30代半ばくらいだろうか、黒い修道服のブラザーが机に向かって何か書いていた。幼稚園の先生は聖歌の楽譜の話をして取り次いでくれた。

2階のその部屋は、道路に向かった壁面に比較的大きな窓がついていて、曇ってはいるが白く明るい空がよく見え、道と川を隔てた山々を見渡すことができた。その修道士は、今はそんなに忙しい時間ではないからといって、聖歌の楽譜だけでなく、私の質問に答えて、この修道院の歴史や、この地方とキリスト教との関わりなどを静かな声でいろいろと話してくれた。それ以外の音は何一つ聞こえてこない、実に静謐な時間が流れていった。椅子から立って、ガラス窓ごしに見える山を眺めると、緑の斜面には既にいくつか黄色や紅に色づいた木が混じっていて、とても綺麗だった。
「やはり広葉樹があると綺麗だし、なぜだかホッとしますね」
「このへんは珍しく針葉樹でなくて広葉樹が多いんですよ」と彼は言った。
「なんだかヨーロッパみたいですね。山の形は丸いけれど」と、私は笑った。

飴色をした壁の掛け時計が、午後2時を打った。
「ミサが始まりますので、下に降りていきましょう」
そういわれて、もと来た階段とは違う、もっと奥の階段を降りた。再び薄暗く、ひやっとした空気になった。きっと近所の人たちなんだろう、普段着の、40人くらいの人が集まってきていた。やっぱりこの辺の人たちは昔から代々カトリックなのね、と思いつつ、その日常性にたまらなくホッとさせられた。

ミサが始まった。
始まってしばらくして、さっきの部屋に聖歌の楽譜を忘れてきたことに気がつき、最後列にいたことをいいことにそっとその場を抜け出し、再び階段をさがした。
ところがこの修道院、とてつもなく広く、そしてどこもかしこも薄暗い。木造だがところどころ石の柱で支えられているその様相は、どこかヨーロッパの修道院を思わせた。大きな聖堂以外にもこのフロアには、壁を隔てず、あるいは大きな柱だけに区切られて、あちらこちらに小さな聖堂や小さなマリア像などがあり、それぞれにロウソクが灯っていて、そこにも時々数人の修道士が黙って頭を垂れ祈りを捧げていた。そしてその入り口には、多分今の時間だけなのだろう、ロープがゆるやかに張られ、「2時からミサの時間、静粛に」と書いてあった。

少し大きな廊下に出ると、その先に大勢の人が集まっているのが見えたが、そこはいささかざわざわしていた。何かと思ったら、観光客用の通路だ。つまり彼らは、ミサの時間中はそこから中には来られないらしい。振り返ると、今来た元の角にも同じようなロープに札が掛っている。
聖堂にはもう戻れない。仕方ない。外に出るしかないようだ。

さっきと違うアーチをくぐって外に出ると、白い埃の道に出た。視界は明るくなったが、何かを置き忘れてきたような、欲しかった気持ちのよいものが急に手のひらからこぼれてしまったような、とても残念な気分になった。

・・・・・・・・・・・・と、今朝目が覚めて思ったのだった。
目が覚めた時に、訳もわからずに何だか気分がいい時がある。ルンルンに嬉しい時がある。とても静かな気持ちのいいときがある。それは絶対、何か「いい」夢を見たときなのだが、ずっとそれを覚えている時もあれば、その瞬間に見事に解体してしまうときもある。また、しばらく覚えていたのにお昼頃になってすっかり忘れてしまうときもある。それに、その理由が思い当たるのもけっこう可笑しい。
そんなわけで昨夜の夢は、実に美しく、癒されもし、且つ思慮をも問われるような、そう多くない「素敵な夢」のひとつだったな〜。今まで生きてきて、覚えている限りではこれが4つめ。あとの3つも素晴らしかったが、それはまた、いつかお話しましょ。
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# by saskia1217 | 2005-10-11 23:40 | 感じろ、考えろ、思え! | Comments(1)
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