今日もまた日が昇る・・出かけてゆこう!

by saskia1217

風邪の功名・・・

先週はなんだかバタバタしていて、おまけに滅多にひかない風邪をひいてしまった。
週末には日本音楽学会の全国大会があり、まぁ発表することもなくただ聞くだけの私は何も大変なことはないのだが、痛い喉をかかえたまま朝から晩まで難しい話を聞いていたせいか(?)、今週になってもなかなか良くならないでいた。

何故だかわからないが、市販の風邪薬が全く効かないことがある。ゆっくり休まないのがいけないのか、以前の回復力がもはやないのか(悲)、よくわからないが、あまりにも効果がないので、これもまず滅多にいかない医者に行くことにした。

ここに引っ越して以来、いわゆる近所の病院を開拓したことがまったくなかった。本当はホームドクターといえる内科系の医者を決めておくと、何かのときに心配ないし、大きな病院にもすぐ紹介してもらえる。ところが元来病気をしないことと、風邪くらいで医者にいったことがなかったせいか、そんな医者を捜すこともしていなかった。

昨冬、不本意にも急にインフルエンザに見舞われひどい目にあったのだが、その時は週末だったこともあって、近くの都立病院の救急へかけこんだ。そこには以前も整形外科の救急でお世話になったことがあったのだが(リサイタル4日前に、過労で首と肩が動かなくなった)、最近ではこういう大きな病院は本来すべて紹介制である。そういうところはたとえ診察券があっても、なかなかすぐ行ってすぐ診てくれるというふうにはいかない。

で、うちから徒歩1分という内科を訪ねた。清潔で明るい待合室には、鳥の声のCDが流れていてとても快適である。予防接種のポスターやカレンダーに混じって、壁には大きいなステージ写真が飾られているのが目に入った。文化会館大ホール、オケと大合唱団が映っている。そしてその横には「当院長は○月○日、××合唱団の演奏会に出演いたします。チケット承ります。」とある。なるほど、ここにも音楽(合唱)マニアのお医者さんが・・・・何故だか、それだけでちょっと親近感を持ってしまった(笑)。

喉にルゴールを塗ってもらって、無事薬も出していただいて帰宅。さすがにお医者さんでもらった薬はすぐ効くようで、ずいぶん楽になった。

手軽に訪ねられるお医者さんが見つかった以外に、風邪をひいてよかったことがもうひとつ。
それは「風邪用の入浴剤」が使えること!(・・・喜ぶヤツがあるか!)
入浴剤は大好きで、普段からいろいろ使っている。最近は日本でも欧米からの輸入品や、国内の温泉成分が入ったものなど種類もいろいろあって、ほんとに楽しい。
中でも、ドイツの「クナイプ」というメーカーは日本でも有名だが、この本社及び工場は、私が7年間暮らしたヴュルツブルクという町にある。べつにそれでひいきしているわけでもないのだが、このメーカーの入浴剤は私の一押しである。

ヨーロッパの他の国のことはよくわからないが、ドイツでは「風邪をひいたときはお風呂に入る」のである。日本ではそんなこと言語道断なのが昔からの常識だろう。それは伝統的にみて浴室という場所が、すきま風も入りやすく寒いという日本特有の家屋の特徴からきているのかもしれない。今でこそ浴室暖房やあったかい脱衣室が珍しくなくなったけれど。
ところが普段あまり湯船に浸からないドイツでは、風邪をひいたときこそ薬草成分いっぱいの入浴剤をいれたお風呂で暖まって(大抵は35~38度で20分ほど)、蒸気で乾燥をふせぎ、呼吸などの循環を良くし、喉や鼻をすっきりさせて寝る、という発想なのだ。
北海道などと同じで、ドイツでは屋外は極寒でも家の中は普通はどこでも暖かい。だから、湯冷めすることもないし、そのまま寝てしまえば大丈夫なのである。

お気に入りの入浴剤のいろいろ。
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そんなわけで、そう頻繁に渡欧することもないのだが、行ったときは必ずこういう入浴剤を買ってくることにしている。
写真は左から、クナイプのBadesalz(メリッサの香り)、これは日本でも買える塩状のもので、お湯に溶かして使う。このフレーバーは心を安らげリラックスさせる効果もある。
真ん中が同じクナイプの「風邪用バスオイル」、ユーカリを中心にした成分で、ミントの香り。一番右は、クナイプと双璧をなすメーカー「テテセプト」の「リラックス入浴剤」。これももちろんすべて自然の薬効満載。
右2つはBadeoelというタイプでいわゆるオイルで少しぬるぬる感があるため、もしかしたら浴槽にはそんなに良くないのかもしれない。でも香りはオイルタイプのほうが断然いいし、肌への効果もいい気がするが、残念ながら同じクナイプでも日本でオイルタイプを見つけるのは結構難しい。そしてこの「風邪用」は今まで、日本で売られているのを見たことがない。
浴室がいくら暖かくなっても、「風邪ひいたらお風呂」という考えは、さすがにここ日本では浸透しないのかもしれない・・・

たかが「入浴剤」と思うかもしれないが、これらは本当に薬と同じくらいのきちんとした成分が含まれるようで(もちろん自然のものですが)、用途を間違えるとてきめんに逆効果になってしまって危険なので、使われる方は気をつけた方がいい。
「気分を高め、元気をつける」入浴剤を、疲れて仕事から帰った時に使ったりすると、ドキドキして寝られなくなったり、のぼせて倒れたりするから、笑えない(実体験)。

だからせっかく買ってきても、風邪をひかなければ使えない、それが「風邪用入浴剤」。
このいい香りの入浴剤は使いたいけど、それでも風邪をひくのは嫌だな〜、やっぱり。
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# by saskia1217 | 2005-10-27 15:45 | 感じろ、考えろ、思え! | Comments(4)

気晴らし

・・・の方法は私にもいろいろあるし、人によっても様々だ。
いわゆる「楽天的」というのだろうか、もともとそんなに、気持ちが詰まってきたり、ストレスに押しつぶされたりしない性分らしい。
(まあもっとも、「ストレス」になるほど働いてない、勉強してない、という説も・・・)
それでもたまに、煩わしい雑音が全くない、空気のいい緑の中へ、無性に行きたくなる。

6日ぶりに秋晴れになった今日、埼玉・滑川町にある森林公園に行ってきた。
ここに来るのはひさしぶり。子供の頃は、殆ど季節ごとに来ていたと思う。
ここは広いので、かなりの入場者があってもあまり混んでいる感じがしないが、今日は平日で余計ガラガラだ。

睡蓮やコウホネが咲く池には、半分オタマジャクシの半人前カエルがぴょんぴょん飛んでいる。ここかしこに、季節ごとに違った花が咲く。舗装された主要な道から少しはずれて、森の中の道を入って行くと、人間の出すざわめきが、みる間に後ろに遠ざかって行く。それが私にとってはたまらない幸せだ。たしかに自分も「雑音を出す人間」のひとりではあるのだが・・・

季節の花が交代で咲くお花畑は、かわいそうに連日の雨に打たれて傷つき、茎が曲がってしまったコスモスで一杯だった。それでも、ピンク、黄色などの花が美しかった。
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それから大好きなランタナの花も・・・
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秋の野草、フジバカマは満開。いろんな種類の蝶、そして数えきれないほどたくさん飛んでいた赤とんぼに大人気。
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そして、うちのわんこ「まろ」も大満足♡
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帰り際、私の大好きな木「メタセコイア」の大木のある、小さな広場に出た。
長い枝を下にむかって広げ、ドームを作っている。中に入ってみると、折からの陽射しが透けて夢のようだった。深呼吸も、ひとつひとつが濃いような気がしてくる。
さあ、明日からまた都会でがんばろう!
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# by saskia1217 | 2005-10-20 19:02 | 感じろ、考えろ、思え! | Comments(2)

後ろ姿のせつない季節

今日17日・・・いやもう「昨日」か・・・は、思えばショパンの誕生日だった。
天秤座、午年である。たしかにそんな顔だ(どんな根拠だ?)。
血液型はわからない。

西洋人に干支もなにもあったもんじゃないが、中学生の頃、毎年毎年くりかえす年賀状のデザインに困って、あるとき中くらいの事典に載っている作曲家の干支を全て計算しつくしたことがある。年賀状には、その年の干支の作曲家の名前を、カラーペンでデザインするだけでOK。なかなか喜ばれるので、我ながらいいアイデアだったと思った。
調べたノートを無くしてしまったので、今はもうやっていないが。
だいたい年賀状という習慣を、だんだんやめる方向にいっているし。あれはもともと年賀のご挨拶に行くべき人に、行けないかわりに書くものであって、年賀のご挨拶に行くべき人なんてそんなに多くないのに加えて、友人なんかは年明けにすぐ会うことが多い。どうしても元日に何か言いたい、という時は、カラフルな動画のメイルにしている。これも結構喜んでもらえる。
結論・・・相手が喜んでくれるのが、一番いい。

なに季節外れの話をしているんだ?
とはいえ、郵便局ではもうすでに、年賀ハガキの受付の宣伝をしている。
もう秋、もうアドヴェント、もうクリスマス、もう年末、である。
はぁ〜〜〜〜〜〜〜〜。

年末はやっぱり第九じゃなくて、クリスマス・オラトリオで過ごしたいものだ・・・
そんなことを考えながら、PCに入っている写真の整頓をしていたら、こんなのが見つかった。
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ふふふ、いったい誰?
2年前にライプツィヒで撮った、ご存知有名人の銅像。背中にしょってる垣根みたいのは、オルガンのパイプでございますよ。
立体は、必ず360度から見ないと気が済まない私。美術館で警報鳴ったこと、何回かありました。
でも、この背中がなんかかわいい、丑年生まれ、おひつじ座のセバスティアンです♡
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# by saskia1217 | 2005-10-18 03:23 | 感じろ、考えろ、思え! | Comments(5)

うつくしいもの

今日は日曜日。
非常な睡魔と戦いながら起床、教会へでかける。

新宿で乗り換えようと、ぼ〜っとホームで電車をまつ。そこに入ってきた黄色い電車。「あ〜これ中野止まりじゃん、次のに乗ろうっと」と、なぜか確信し、開いたドアに皆が吸い込まれていくのを見ていた。あれ?なんでみんなが乗っちゃうの?みんな中野より先に行かない人ばっかりなの?そんなわけないよな〜・・・それは立派な「三鷹行き」だったのでした。ぼやぼやするにもほどがあります(凹・・・)。
自分が奏楽当番でない日は、どうしてもちょっと気がゆるむんですね。通い始めた頃は、遅刻しそうになると駅から走って行ったのになあ・・・人間、ほっとくと全てがゆるむんです、はい。

帰りに、最近ハマっている「無○良品」へまたまた寄ってしまう。おととい買い物したばかりなのに!秋、冬物の薄手のお洋服が綺麗にディスプレーされている。大好きなダーク系の、いかにもこの季節に着たくなるような色ばかりが並ぶ。こげ茶、ボルドー、チャコールグレー・・
流行は追わないとはいっても、やはり7〜8年着ているものなんかは、形がかなり「なんか違う」って感覚になってくる。もう十分だいじに着たから、いいかな〜、許してもらえるかな〜(誰に??)と、かなりの罪悪感を背中に感じながら、今日もボルドー色の透かし網模様のついたニットなど数点を購入。まあ、先週ももうひとつの定番「ユ○クロ」でボトムをすっかり買い替えたから、これでこの冬は安心かも。

美しい形、美しい色、美しい組み合わせ、そして美しいたたずまい・・・洋服屋さんや小物屋さん、鞄やさん、アクセサリーやさんなどを見ていると、その信じられないほど膨大な映像、情報のなかから、向こうのほうからこちらの目に一直線に入ってくる対象って時々あるものだ。そういうものに魅せられてしまうと、そこを通り過ぎても、家に帰っても、翌日になっても、気になって仕方がないことがある。必ずしも「欲しい」わけではない場合でも、そのものを心の中でリピートするだけでちょっと幸せになってしまう、そんな感じ。

日曜の夜の好きな番組、「情熱大陸」そして「世界遺産」。
今日は前者が、銀座「L'osier」の前シェフを取り上げていた。いわずとしれた、銀座・並木通りの高級フレンチレストラン、何度もあのお店の前は通ったが、残念ながらお食事をしたことはない。今度後任にポストを譲るにあたっての、彼の今までの仕事ぶりやお料理の数々が紹介されていた。できあがったお皿はもちろん、料理する動作や調理器具のあれこれまで、どれをとってもほんとに美しく、あれをナイフとフォークで崩して口にいれたら、その「美」がそこで完成されるんだろうな〜、とため息が出てしまった。
素敵なお洋服を着て、楽しく豊かなおしゃべりができる友人たちとテーブルを囲み、背筋をピンと伸ばして、こんなお料理とワインをいただきたいものだ。たまにはね。

「世界遺産」は、インドのタージマハール。
写真やテレビでいつも目にするが、「世界遺産」のアングルで撮られると、あの吐き気がするほどのシンメトリーや、細部にわたるアラベスクには、本当に圧倒される。人間がこんなものを造れるなんて、まったく信じがたい。人間の技には「完璧」ということはないはずなのだが、でもちっぽけな私にとっては、これはすでに「完璧」以外の何ものでもない。
この建造物のすぐ目の前にたって、これを眺めてみたい!
・・・・あ〜〜、インドかぁ。

世界中には、世界遺産だけでも十分たくさんありすぎるし、それ以外にも見るべきものは星の数ほどある。美味しいものも、町並みも、自然も、芸術作品も、それから芸術家のみならず何より素敵な人間も、世界の果てまで散在している。
それらを捜すのにたとえ一生をかけても、出会える数には限りがある。遠く異国に行けたときはもちろん、東京の雑踏でも、自分の部屋にいても、いつもいつもアンテナをたてて、どんな小さなものも見過ごさないようにしたい、と思う。
もったいない、もんね・・・せっかく生きてるのに!
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# by saskia1217 | 2005-10-17 01:27 | 感じろ、考えろ、思え! | Comments(0)

よみがえり

・・・といっても、映画の話ではなく、私が今日見てきた楽器のお話。

世の中の人たちが、まず「楽器」というものをイメージした時、おそらく最初か2番目くらいに思い浮かべるであろう楽器。それは、ピアノ、だろう。
「ピアノ」のご先祖は、私がいつも弾いている「チェンバロ」なのだが、実際はチェンバロ→ピアノ、というふうに突然なにもかもが変わったわけではない。最初にピアノを造ったのは、イタリアのクリストフォリという人だといわれていて、それはだいたい1700年くらいのことだった。彼はそれまであったチェンバロをピアノを「造り変えた」のだが、現在彼が造ったオリジナルのピアノは、世界に3台残っていることが知られている。ローマ、ニューヨーク、そしてライプツィヒ。このうちライプツィヒの楽器は、留学した翌年の92年にそこの楽器博物館で見せてもらったことがある。残念ながら音は出ない状態だったが、すっかりくすんだ飴色になった姿をみて、まあよくも300年も残ってきたなあ、と本当にしみじみ思ったものだ。

今日会ってきた楽器は、久保田チェンバロ工房の久保田彰氏が、この夏完成された、このクリストフォリのピアノのレプリカ。オリジナルでは4オクターブだった音域を5オクターブに広げ、アクションも大変工夫されて、軽く弾きやすいものにされたそうだ。
こんな姿をしています。
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事前にお聞きしていたいろいろなお話から、ピアノ、そして今や普通にコンサートでも聴けるようになったモーツァルト時代の「フォルテピアノ」よりも、もっとチェンバロに近い楽器、近い音だと想像していた。ただ、やはりなかなか具体的な感じは予想できなかった。で、かなりドキドキしながら工房にお邪魔した。どんな時代の、どんな作曲家の、どんな曲がマッチするのだろうか?想定できうるあらゆるタイプの楽譜を、10冊ほどリュックに詰めて背負っていった(泣)・・・午前中に大学に用があったので、それを背負って一端上野まで行き、それから久保田工房のある新座までいった。音楽家はとにかく体力、脚力、腕力、気力(?)なのである。

木の香が心地よい工房に入ると、白木といった感じのクリストフォリピアノがいきなり目に入った。見た感じはいかにも「イタリアン・チェンバロ」そのままだ。イタリアン、って何だか美味しそうな響きだが、チェンバロにはいろんなタイプがあって、都合上国別に呼んでいるのである。
楽器の前に座って、弾いてみた。
「いや〜〜〜〜〜っっっ!!ピアノだ〜、これ」
(一同、笑)
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それは「ピアノ」だった、完全に。
もちろんチェンバロの命である「弦をはじく」機能がもはやないわけなので(ピアノは「弦をたたく」)当たり前なのだが、楽器の外観と、出てきた音の間に、最初はかなりのギャップがあった。が、この楽器が初めて造られてから、次のタイプのピアノが活躍し始める頃までの約60年間に作曲された、いろんな曲を弾いてみるうちに、なかなか気持ちよく弾けるようになってきた。

「音の出し方」が決定的に違うチェンバロとピアノ、でもそのどちらにも効果的な曲もあれば、明らかにそのどっちかでないとダメ、という曲もある。モーツァルト時代のフォルテピアノ(ワルターとかシュタインなど)でももちろんいいんだけど、ん〜、でもなんかそういう感じでもないんだなあ、という「微調整」に、このクリストフォリはぴったり収まる感じがした。
弾くのにちょっとコツはいるようだが、練習すればなんとかなるかもしれない。
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というわけで、おもしろがって弾きまくって、目がかすんできたので、ふと時計を見ると、すでに4時間半経ってしまっていた・・・。
久保田さんの工房は、窓から畑が見える、実にすか〜っとする光景の中にあって、かなりお気に入りである(・・・勝手に・・・)。薄く影ってきた夕暮れのなか、再びリュックをしょって、畑の中の道を下って工房を後にした。目の前に広がった空にはお月様、道の脇にはコスモスや菊の花、ひやっとする秋の空気、そして思わず足を止めて聞き入ってしまった美しい虫の声・・・
幸せな気分で、駅に向かうバスに乗り込んだ。

たゆまぬ研究をもとに多くの技術改良を重ねられ、素敵な楽器を造られた久保田さんに、感謝の一言。近いうち、コンサートで皆さんにもお聴きいただけることになりそうだ。予告はブログでもしますので、お楽しみに!!
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(なお、この楽器のことは、私がよくお邪魔している「某閑人」さんのブログ(http://kcia.moe-nifty.com/moxam/)の9月11日の欄にも、製作者の久保田さんと共に紹介されているので、ぜひぜひそちらもご覧下さい。
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# by saskia1217 | 2005-10-14 00:47 | 感じろ、考えろ、思え! | Comments(8)

鮮やかな思い出

どうやらそこは、九州の、古い歴史のあるカトリックの修道院らしかった。
村といってもいいくらいの小さな街の入り口はまるで門のようになっていて、そこをくぐって、白っぽく乾いた道を歩いてゆくとすぐ左側に、その修道院はあった。最初はそれが教会やら修道院やらだとは気づかず、右手に見える山々と、その下で流れているらしい川の音を聞きながら、のんびり歩いていた。

すると子供たちが歌う聖歌が聴こえてきた。グレゴリオ聖歌でもなく、もちろんいわゆる賛美歌でもなく、私が聞いたことのないカトリックの子供用の聖歌らしい。それがあまりにもいい曲だったので、歌声のするほうへ歩いていってみた。
教会は大部分が木造の古いもので、土丸出しの土間になった、農家の戸間口のような入り口は、木造のアーチ状の天井に覆われている。リュックを背負ったまま入って行くと、その先は聖堂になっていて、ロウソクの光だけで薄暗いが、花が飾られた祭壇や木造のイエス像が見える。子供たちはその中で、数列になって歌っていた。廊下で繋がっている隣りの建物は、やはり幼稚園らしい。
しばらく聞いているうちに子供たちは解散となり、女の先生が声をかけてくれた。

「あまりいい曲だったので、聴かせていただこうと思ってお邪魔しました。」
曲名を知りたい旨伝えると、それはやはり最近できたカトリックの子供用聖歌だった。私はぜひ楽譜が欲しいとお願いしてみた。それに、ガイドブックにも出ている歴史あるこの教会のことも、もっと知りたかったし、他の建物も見てみたい。すると先生は、ちょうど修道士の一人が上の階の書斎にいるはずだから、そこへいっていろいろ話を聞くといいですよ、と教えてくれた。

彼女に案内されて、少しミシミシいう木の階段を後をついて昇っていくと、図書室や応接室と並んで、ひとつの小さな部屋があった。部屋に入ると、そこには30代半ばくらいだろうか、黒い修道服のブラザーが机に向かって何か書いていた。幼稚園の先生は聖歌の楽譜の話をして取り次いでくれた。

2階のその部屋は、道路に向かった壁面に比較的大きな窓がついていて、曇ってはいるが白く明るい空がよく見え、道と川を隔てた山々を見渡すことができた。その修道士は、今はそんなに忙しい時間ではないからといって、聖歌の楽譜だけでなく、私の質問に答えて、この修道院の歴史や、この地方とキリスト教との関わりなどを静かな声でいろいろと話してくれた。それ以外の音は何一つ聞こえてこない、実に静謐な時間が流れていった。椅子から立って、ガラス窓ごしに見える山を眺めると、緑の斜面には既にいくつか黄色や紅に色づいた木が混じっていて、とても綺麗だった。
「やはり広葉樹があると綺麗だし、なぜだかホッとしますね」
「このへんは珍しく針葉樹でなくて広葉樹が多いんですよ」と彼は言った。
「なんだかヨーロッパみたいですね。山の形は丸いけれど」と、私は笑った。

飴色をした壁の掛け時計が、午後2時を打った。
「ミサが始まりますので、下に降りていきましょう」
そういわれて、もと来た階段とは違う、もっと奥の階段を降りた。再び薄暗く、ひやっとした空気になった。きっと近所の人たちなんだろう、普段着の、40人くらいの人が集まってきていた。やっぱりこの辺の人たちは昔から代々カトリックなのね、と思いつつ、その日常性にたまらなくホッとさせられた。

ミサが始まった。
始まってしばらくして、さっきの部屋に聖歌の楽譜を忘れてきたことに気がつき、最後列にいたことをいいことにそっとその場を抜け出し、再び階段をさがした。
ところがこの修道院、とてつもなく広く、そしてどこもかしこも薄暗い。木造だがところどころ石の柱で支えられているその様相は、どこかヨーロッパの修道院を思わせた。大きな聖堂以外にもこのフロアには、壁を隔てず、あるいは大きな柱だけに区切られて、あちらこちらに小さな聖堂や小さなマリア像などがあり、それぞれにロウソクが灯っていて、そこにも時々数人の修道士が黙って頭を垂れ祈りを捧げていた。そしてその入り口には、多分今の時間だけなのだろう、ロープがゆるやかに張られ、「2時からミサの時間、静粛に」と書いてあった。

少し大きな廊下に出ると、その先に大勢の人が集まっているのが見えたが、そこはいささかざわざわしていた。何かと思ったら、観光客用の通路だ。つまり彼らは、ミサの時間中はそこから中には来られないらしい。振り返ると、今来た元の角にも同じようなロープに札が掛っている。
聖堂にはもう戻れない。仕方ない。外に出るしかないようだ。

さっきと違うアーチをくぐって外に出ると、白い埃の道に出た。視界は明るくなったが、何かを置き忘れてきたような、欲しかった気持ちのよいものが急に手のひらからこぼれてしまったような、とても残念な気分になった。

・・・・・・・・・・・・と、今朝目が覚めて思ったのだった。
目が覚めた時に、訳もわからずに何だか気分がいい時がある。ルンルンに嬉しい時がある。とても静かな気持ちのいいときがある。それは絶対、何か「いい」夢を見たときなのだが、ずっとそれを覚えている時もあれば、その瞬間に見事に解体してしまうときもある。また、しばらく覚えていたのにお昼頃になってすっかり忘れてしまうときもある。それに、その理由が思い当たるのもけっこう可笑しい。
そんなわけで昨夜の夢は、実に美しく、癒されもし、且つ思慮をも問われるような、そう多くない「素敵な夢」のひとつだったな〜。今まで生きてきて、覚えている限りではこれが4つめ。あとの3つも素晴らしかったが、それはまた、いつかお話しましょ。
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# by saskia1217 | 2005-10-11 23:40 | 感じろ、考えろ、思え! | Comments(1)

昼と夜

同じ街が、時間によって全くその様子を変える、それはまあ、考えてみれば当たり前のことである。

7年間、ずっと毎週土曜日の午前中に通っていた語学学校の時間を、この10月から平日の夜に変えてみた。「つるべ落とし」の秋の夕暮れも手伝って、家を一歩でたときから、もう既に薄暗い。土曜の朝、小脇に新聞、耳の後ろに赤ペンという出立ちで競輪場に急ぐおじさんたちで超満員だった地下鉄は、副都心方面と反対へと行く方向のせいか、ガラガラで座れてしまう。目的の駅で降りると、にぎやかな学生の街は、授業が終わって一斉に校舎から出てきた大学生たち、予備校へ向かう若者たち、塾のおそろいのリュックを背負って教室へ急ぐ小学生たち、仕事を終えて居酒屋へと急ぐサラリーマンやOLでごった返し、スクランブル交差点を渡るのも一苦労だ。伏し目がちに黙々と授業へ向かう予備校生一色だった、土曜の朝とはまったく違う街のようだ。

学校の中の様子も一変している。平日夜のクラスはあまり多くないせいか、廊下を歩くと、灯りを消してがらんとしている教室がいくつもある。土曜の昼は席を取るのも難しいカフェテラスも、会社帰りにクラスに来ている人たちが授業の前にゆっくりとコーヒーを飲む姿がある。なんとなく、これからクラスに出るこちらの気持ちまでゆったりとしてきて、早くきて辞書でもひこうかな、という気分にもなるから不思議だ。

一日の時間帯によって、人間の精神状態や気分がいろいろ変わるというのは、専門家でなくてもよく知られていることである。音楽家は何故か夜型が多いと言われるが、私は典型的な夜型で、夕方になるとがぜんやる気がでてくるから、まったく困り者だ。勉強や書き物は絶対に夜のほうがはかどるし、いいアイデアも浮かぶ。かといって、昔の様に徹夜で書き物を仕上げるなんていうことはもう不可能だが、調子にのって作業を続けているとすぐ3時くらいになっている。さすがに3時就寝となると、翌朝9時に起きるのもちょっと辛い。

「夜書いた文章は、必ず朝見直したほうがいい」とよく言われるのは、夜はテンションがあがっていて調子がいいかわりに、それが行き過ぎて過激なことを書いたり、赤裸裸になりすぎたり(笑)、熱しすぎていたり、ということが起こるからである。洋の東西を問わず、昔の人はそれをお月様や狼男のせいにしてきたが、たしかに「夜」にはなにか不思議な力があることは否めない。このブログもたいていは夜遅く書くことが多いが、殆ど推敲や手直ししたりせずにアップしてしまうし、おまけに自分の書いた部分を翌朝読み返したりしないから、もしかしたら、かなりトンデモナイことを書いている可能性がある・・・・まあ、そのへんはお月様と狼男に免じて許していただくことにしよう。

まあ日記だったら「この人、変じゃないの」で終わるから、そんなに害はないが、それが目上の方に宛てた手紙や、しかるべきところに提出する論文だったりすると、やはり朝か昼、日の出ている時間に見直すのが賢明なのかもしれない。
あ、それからもちろん、ラブレターもね(笑)。
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# by saskia1217 | 2005-10-10 23:57 | 感じろ、考えろ、思え! | Comments(4)
またか〜、と思わないでご覧ください(笑)。
昨日のお夕食。
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先日、札幌出身のお友達から「実家から送ってきたの」ということで、じゃがいもを頂いた。名前を忘れてしまったのですが、ほくほくタイプではなくて、粘り気のあるタイプらしい。
見た目はちょっと「きたあかり」に似ています。
で、つくったのがこれ。

ちなみにドイツでは、じゃがいもにはやはり上記のふたつのタイプがあり(ほくほく=Mehlig、ねっとりタイプ=festkochend)、買う時は料理によって選び分けるんですね。後者は煮崩れしないので、シチューとかスープなどに適してる。スーパーの量り売り(深いケースにゴロゴロと入っていて自分で選ぶ)も、袋入り(数キロ入りのいろんな大きさあり)も、それから市場のおばさんから買うときも、必ず「どっちか」を選ぶわけ。

で、このメニューはドイツ料理かというと、あんまりそういうわけでもなくて(笑)、どっちかというと「オランダ料理」ですかね??
(ソーセージは純日本風。でもミュンヘンの「甘い芥子」をつけていただきました)

オランダは大好きな国のひとつ。
私が留学した90年代初めは、古楽をやる人たちの90%くらいがオランダまたはベルギーで勉強したという背景もあって、私はいろんな人にオランダ行きを勧められ(つまりドイツ行きを反対され)、それでもそれを押し切ってドイツにいってしまったのだが、その反動で最初はなんとなく、オランダにマイナスイメージを持ってしまっていた。
だが、ドイツでの私の師匠がオランダ国籍オランダ在住(でもアメリカ人)だったこと、また多くの友人がアムステルダムやデンハーグに留学中だったこともあって、オランダには少なくても月1回、多いときは3回くらい行っていた。アムスは大都会なのにそうだだっ広くないところが、勝手がよくて素敵。文化も詰まってるし刺激的だ。昔からの港町のせいか、外国人に対するアレルギーがなく、外国人にとっては精神的にかなり楽な街だと感じて、それを満喫していた(ま、これは、道行く「外国人」がジ〜〜ッと観察される南ドイツから行ったせいもあるな〜・・・苦笑)。

ヴュルツブルクからアムステルダムまでは電車でだいたい7時間。ケルンで一度乗り換える。(その間にホームでKoelschというケルン名物のかる〜いビールをコクコク飲む・・・あのさっぱりした感じは昼のむのにぴったり♡)
ケルンに着く手前は、途中ヨーロッパの鉄道の中で1、2を争うという絶景ルート、ライン側沿いを延々と下流に向かって列車が走って行く。「ローレライ」の岩が見える、あの夢のように美しい景色を車窓から数時間楽しめるのだ。だから座席予約は必ず「行きが右側、帰りが左側」と決めていたし(線路は川の両側にあるのだが、工事中でない限り、西側の線路が旅客用、東側が貨物用だった)、ウォークマンにはそれに見合った音楽を用意していったもんだ(シューマン「ライン」とかね〜〜、あたしってどこまでもミーハー)。
残念ながらこのルート、数年前に「時間短縮」のために多くのトンネルが完成し、ライン川に忠実にうねうねと沿って行く走り方はしなくなってしまった。確かに時間は短くなったけど、なんだかなあ・・・・

で、お芋の話だった・・・
じゃがいも、というと日本ではどうしても「ドイツ」というイメージがあるが、オランダやベルギーでもものすごくたくさんじゃがいもを消費している。
写真の右側の付け合わせ兼主食のような、こんもりしたもの、これは私がオランダでよく目撃した、そして食べたもの。名前は知らない(笑)。それもどちらかというと、レストランではなく普通の家庭で食べられている状態。まあ、「料理」と言えるのかどうかは疑問だが、これはじゃがいも、にんじん、ブロッコリーを若干柔らかめに茹でて、一緒につぶしたものだ。暖かいうちにつぶして塩、胡椒をする。お好みでビネガーやマヨネーズ、マスタードなどを混ぜても美味しい。色も結構きれいだし。
なんとも質素といえば質素な料理だが、なんだかこれが時々とっても懐かしくなって、急に作ってみたりする。

不思議なことに、ドイツでは、こういうふうに他の野菜と混ぜたものを見たことがない。なんといっても、皮ごとまるまるを、大きな鍋でごろごろ茹でて熱いうちに皮をむき、それを深い大きなお皿に山盛りにして、湯気のたったのが食卓にのっている、という鮮烈な光景、これがポピュラーだろう。
ちなみにベルギーでは、有名な「フリット」つまりフライドポテトがポピュラーかつ美味しい。あれはドイツでは絶対ケチャップだけど、ベルギーじゃ「絶対マヨネーズ」!!!(だってケチャップおいてないんだもんね。選択の余地なく、マヨネーズ。マヨがあるか、なしか、くらい)
広場の屋台とかで売ってるのが、これまた美味しいんだな〜。あ〜〜〜〜!!

今夜はじゃがいもの夢を見そうです・・・・・
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# by saskia1217 | 2005-10-06 01:09 | くいしんぼうメニュー | Comments(4)
日本基督教団 阿佐ヶ谷教会 チャーチコンサート
「武久源造 オルガン演奏会」

10月30日(日) 午後2時開演(1時30分開場)
阿佐ヶ谷教会礼拝堂
入場無料(自由献金)

曲目
ブクステフーデ  「テ・デウム」
J. S. バッハ  「オルガン小曲集」より
メンデルスゾーン 「オルガンソナタ第6番」
ほか

主催: 日本基督教団 阿佐ヶ谷教会
杉並区阿佐谷北5-18-10
電話 03-3337-5879

詳細はこちら
http://www5.ocn.ne.jp/~asgych/con05.htm

阿佐ヶ谷教会HP
 http://www5.ocn.ne.jp/~asgych/

このオルガンについて
http://www5b.biglobe.ne.jp/~organ-ex/tokyo/asagaya.htm
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# by saskia1217 | 2005-10-02 18:50 | コンサート・スケジュール | Comments(0)

オルガン

よく晴れた、気持ちのよい日曜日。
今日は礼拝のオルガン奏楽担当だった。

私がオルガニストをしている日本基督教団阿佐ヶ谷教会は、東京・杉並区、JR阿佐ヶ谷駅から歩いて7分くらい、静かな住宅地の真ん中にある。
教会に籍を置いている人の数はざっと500人くらいだが、毎週日曜の礼拝に出席する人の数は、毎回だいたい250人ほど。そんなわけで、その入れ物である教会堂も比較的大きめで、天井も高く、外観からはなかなかイメージできないような、広々した感じを受ける。私がいつも弾いているオルガンは、礼拝堂を入って後方の2階に設置されている。だから礼拝中に後ろを振り向かないかぎり、お帰りの際まで、オルガンを目にすることは普通はないのである(笑)。
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手鍵盤と譜面台はこんな感じ。
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椅子に座って、手鍵盤と足鍵盤を見ると・・・
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私がこのオルガンを弾くようになってからほぼ5年。学生時代に副科で勉強して以来、それほど熱心に足鍵盤を弾くような機会もなかったので、足がすっかり鈍っていて最初は少し手こずった。それから一昨年ドイツにオルガンの勉強に行くようになる頃まで、そして、以前よりは少しはオルガンという楽器に身体が慣れてきた今でも、いつもいつもこのオルガンで練習してきた。礼拝奏楽のための練習はもちろん、実際の演奏会場にあるオルガンでのリハーサルまでの練習にも、そして単に自分をもっともっとオルガンに近づけるための日常の練習にも・・・

ドイツでの3ヶ月の研修を終えて戻った時は、あまりの残響のなさに心臓も止まるほどビックリしたけれど(十分予想していたのに、オルガンの場合のそのギャップは予想をはるかに超えていた)、それでも、この場所にあるその意味と使命を十分に受け止めているこの楽器を最大限に生かしたいな、とも思う。逆に演奏する側に襟を正させるような、そんな「凛」としたものも、このオルガンはもっているような気がする。
いつも下手な練習につきあってくれているオルガンさん、ありがとう!

(旧ブログのほうでもお知らせ済みですが、10月30日(日)には毎年行っている「チャーチコンサート」があります。詳細は「コンサート情報」の欄をご覧下さい。武久源造氏がこのオルガンを駆使する楽しいひとときが予定されていますので、お時間、ご興味のある方はぜひ、日曜の午後阿佐ヶ谷に出かけてみませんか!入場無料(自由献金)ですので、どなたもお気軽にお越し下さい!)
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# by saskia1217 | 2005-10-02 18:34 | 感じろ、考えろ、思え! | Comments(0)