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春のひまわり、初夏のいちご。
白や黒、緑・・・さいたまで、コンドルズはいろんな色を演じてきた。
そして、黄色から赤へ。
さいたま芸術劇場って、理由は無いのだけど、なんだかモノトーン、無色のようなイメージがある。
劇場という空っぽさ、色の無さ。
そこに、コンドルズはいっつも、強烈な色をぶち込んできた感じがする。

さいたま公演はこれで9回目だそう。
2006年、その1回目の「勝利への脱出/SHUFFLE」を観た頃、私はちょうどコンドルズに取り憑かれまくっていて(笑)、もう何が何だかわからない感じだったことが懐かしい。

今日の千穐楽。
いつものような開演前SEが無い。
幕があがる少し前からやっと音が聴こえてくる。
ふーん、なんかいつもと違うんだ、と思ってたら、幕があいて、ものすっっっごくとお〜〜くのほう(さい芸のあの「ステージ後ろ半分」)の、しかもかなりの暗闇の中から、靴のすべる音がする。
誰かが踊ってる・・・けど、誰なのか、薄明かりになってもよくわからない。
天には星。アフリカ公演で彼らが体験した、満点の星のオマージュ?
そのうち、さらにもっと奥に、机に向かって座り、雑音をたてる人。
鉛筆削り?
いや、あれはジューサーだ。
ずいぶん長い時間をかけて「その人」は観客のすぐ近くに姿を現し、ピンクの学ランを着てジュース(イチゴだったのか?)を飲み干す。
そこから、奈落からせり上がってくるのはメンバーたち・・・と思わせて、それは学ランを着た案山子たち。
幾重にも続く、フレッシュな場面。
何回かのビックリの後で、ようやく、コミカルで明るく軽快な曲と群舞ダンスにすべり込んで行く。
そこからはもう、いつものコンドルズのご馳走たちがクルクルと進んでゆく。

ひとりのアーティスト、1つの団体が、長い間パフォーマンスしていくなかで、「変わる」ってことは自然でもあり、意図的でもあり、求められるものでもあり、しかもそれに流されないチカラも同時に求められる。
ときにそれはすごく難しいことだと思うけど、コンドルズは何度かそんな天晴れをやってのけてきた。
でも、そのなかでも今日観たこの新作は、本当に本当に、すばらしく宙返りしていた。
もっとスゴイと思ったのは、オープニングのそのビックリの正反対ともいえるような、それこそ数年前には見慣れていた「これぞコンドルズ」という、ガンガンロックの激しくて男性的な全員群舞が、今年ついに完全復活したようにいくつか混ざっていたこと。
これも、ああ16人いる、という感無量。

懐かしさ。
私は映像でしか知らない作品だけれど、勝山さんの学ランにコート姿。
帰国された石渕さんの、ほぼ2年ぶりに見る、ほんの一瞬だけ他の人と違うタイミングで踊るダンス。
オクダさん制作の、とてもうつくしくて色も文字もステキなメンバー紹介の映像、ロシア語や原色を使った、絵本みたいなのも。
もっと小さな、微かな一瞬にも、何かしら懐かしいもの、よくわからないけど多分良く知ってたこと、のようなものが散りばめられていて。
砂糖も、炭酸も、ミルクも、なんにも入れない、いちごのジュース。
青臭い香り、果肉のつぶつぶ、でもちっとも酸っぱくない。
そんな懐かしさ。

どこかしら「ひまわり」の続編のようなコントは、作者の小林さん不在でもいつも通りの空気感とスパイス。
今日の公演で何が一番印象的だったかって、それはたぶん、ぎたろーさんのブタ。
立ち上がってしゃべってるところよりも、四つん這いで這いつくばって、たつろうさんにすり寄るところ。
すごい。
それだけでもう、胸が痛い。
ブタのギタは、きっと、いちごを食べて育ったんだろうと思った。

そして一番鮮烈だったのは、オープニングで学ランを着ていた案山子たちが、後半それをはぎ取られて出現したときに「十字架」と化していた、あの一瞬。
十字架が並んでるって、墓場。
その、オブジェとしてのチカラって、もう強烈。
ラスト近く、近藤さんのソロもその中で踊られるのだけど、いつものように完全に無音なのではなく、途中からかすかに音がしてくる。
銃声・・・戦場の音、みたいに、私には聴こえた。
だから、ものすごく痛かった。
ソロが終わるころ、その十字架たちはひとつひとつ光ったまま、天高くつり上げられ・・・
星になるんだな、と思った瞬間、ステージ後方の「本当の夜空」にオープニングと同じ満点の星。

わたしはコンドルズの公演を、何回観たのだろうか・・
どんなに怒ってても、捻くれてても、ささくれてても、哀しくても、この世のどこにも自分の味方なんていやしないんだと思っても、もう誰にも笑いかけたりなんてするもんか、と思ったって。
コンドルズの舞台を、作品を観ると、引き戻されちゃうんだ。
ああ、ちゃんとまっすぐやっていこう。
くだらないこと考えてないで、この人たちなら信じられるじゃん、信じられる人はいっぱいいるじゃん、いい人もいっぱいいるじゃん・・・て思えてくる。

昔、初めてコンドルズを見たころ、勝山さんが当時おっしゃってたように「もう明日会社辞めてもいいや、って思わせるような舞台にしたい」、たしかにそんなエネルギーをもらっていた。
でも、今は違う。
違うって、今日思った。
慰めてもらってる。
コンドルズは、やさしい、やさしいんだよ。

それはきっと、作っている人、それをカタチにして見せてくれている人のなかに、血が流れてるってことなんだろうな。
いちごみたいな、真っ赤なね。

危険も、血も、赤いってことを、観ながら何度も目にした。
いちごの赤も、やさしいだけじゃない。
でもやっぱり、いちごは甘いんだよ。
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by saskia1217 | 2015-05-31 22:52 | コンドルズ | Comments(0)

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あ!
・・・と思ったときに行ったりやったり見たりしないと。
幸運の女神は前髪しかない、っていうもんね。
逃したものもたくさんあっただろうけど、でもかけがえない大事なものと人にピシャンと会えたのは、すべてタイミングのおかげ。

今年はなぜか(笑)いろんなダンスを観てる気がする。
2月に大駱駝艦を見て、じつは子供の時からずっと気になってた「舞踏」をやっと観ている嬉しさを、やっぱりどうしたって「山海塾」で充実化したかったんだ。

昨年9月に横浜でやった「日中韓芸術祭〜ダンスで交信〜」で、初めて山海塾のステージを観たのだけど、その時はたくさん出演した団体のひとつとしてごく短いヴァージョンの公演で、「おー」「うーん」「すごい」「いいなあ」とか思ってるうちに終わっちゃって、いつかちゃんとした作品を観たいとずっと思っていた。

今年1月の「神楽坂とさか計画」の打ち上げの時、その日挟み込まれていたいろんなダンス公演のチラシを皆で見ておしゃべりしてた時、大駱駝艦の公演を知ってすぐにチケットを買ったんだった。
でも山海塾はHPを見てもなかなか国内公演が無かったからすごく残念で、そのうち諦めちゃってたのだが、最近「今たしか新作やってるよ」と友人に教えられ、即アクセス。
新作のほうは日程が合わなくて観られなかったが、再演の「歴史いぜんの記憶ーうむすな」を観てきた。

世田パブの3階最前列は意外と見やすい。
いつも思うのだけど、照明や、ステージ奥で起こっていることや、立体的なものを観るには、2階、3階席はとてもいい。前や真ん中で観るメリットはもちろんあるけど、値段が高い席が「いい席」とも限らない。

開演前の会場には静かなSEが流れ、廊下やロビーには山海塾の舞台写真などを集めた「写真展」。
なんだかもうすでに、深海魚になった気分・・・。
一度真っ暗になって、作品が始まる。

冒頭は無音だが、ステージ後方中央に、天から落ち続ける砂の線。
その音が3階まで聞える。
上下それぞれに、砂時計を思わせる円形の物体が吊るされている(横浜のステージで見た気が・・)。
隣りの席の人の呼吸まで聞える。
なぜか「山海塾」に初心者がもつ(?)イメージとおりの、ゆっくりした動き。
音楽が流れ出して、動きがすこしずつ音に寄り添って行く。

音楽。
胡弓やヴァイオリンなどの「録音」も含まれていたのだけど、私の思い違いでなければ、シンセなどの電子音も多く使われていたようで、私にはそれが少し意外というか残念というか、ちょっとした違和感があった。
舞踊手の様子、動き、舞台装置、光・・・そこから私が受けたのはとても生々しいものだったから、そこで鳴っていた音が非常に人工的だったのが、私にはうまく混ざり合わなかった。
演奏を録音したものであっても、音質が非常に美しいので(エコーなども含め)、ほぼ全てが電子音のような「つくりもの」に聞えてしまう。
もしかしたら作り手は、その無機質な部分を敢えて意図してそうしていたのかもしれないけれど。
どうしてもね、美容院でかかってる「ヒーリングミュージック」に聴こえてしまうんだよねえ・・
失礼を顧みず言えば、すごくチープに聴こえるから、同時に行われてる全てもチープに見えてしまう。
ごくごく個人的感想ですが。

「うむすな」
神社検定の勉強で習った(笑)「産土神」のことを思い出してたら、2つめ?のところで照明が赤に変わって少し動きのある、厳しくて「力」を感じる踊りのところで、それがピッタリした。
この日はアフタートークがあって、天児さんが「うむすな」について少し語っておられた。
本当は「うぶすな」と呼ぶのが一般的だけど、敢えて「うむすな」にしたのは「産む(あるいは生む?)」の意味も持たせたかったからだと。
「うぶ」は「初めて、穢れていない」というあの「うぶ」だよね。

私は普段、例えば画家や映画監督が自作について語ったり書いたりしたものを読むのがあまり好きではないのだけど(自分がどちらかというと「説明」を求めたり、自分でしたくなったりする傾向が強いので、敢えて)この日は、初・山海塾ということもあって、踊り手でない天児さんがどんな方なのかを拝見したくて残ってみた。

「うむすな」の「す」は「巣」でもあるそう。
「すな」はもちろん「砂」でもあるだろうなあ。

細い滝のように、作品冒頭から終焉まで止まることなく落ち、流れつづける砂。
それは、その時々の照明、舞踊手のうごきによって、水・血・光・時・・・いろいろなものに変化する。
見えたり隠れたりするのも、そして終盤、ソロの舞踊手と唯一「触れ合う」一瞬で、それらのものと「人」との関わり合いが見えたり。
そういえば、8人の舞踊手は、作品を通して一度も「触れ合う」ことが無かった。
コンタクトのないダンス、かなり久しぶりに観たかもしれない・・(ふだん「コンタクトダンス」を見過ぎなのかもしれない・・・笑)。
砂といえば、床に薄く撒かれた砂も、舞踊手の手にとられた砂も、それぞれその時に「意味」があったようにおもった。

敢えて説明は必要ないにしても、ところどころの仕草、たとえば白塗りした顔においては非常に印象的でいろんなふうに見える「開いた口」。
「ポッ」って音がして、魚みたいだったな。
(天児さんによれば、「口を開く」というのは肛門とひとつになって「開く」「外界と繋がる・・」ということらしい)

無音の場面もいくつかあって、その説得力や、そこから広がるいろんな想像や妄想が、お客さんの集中を誘って、やっぱりいいね。
たとえばもう何度も観ている近藤良平さんの無音のソロは(特にコンドルズの舞台で、群舞のあとの急な転換など)、スピードとキレ、柔軟と優しさ、みたいな対比を孕みながら進んでる感じを受けるのだけど、この日の山海塾で観た無音シーンは、その前後にある音のあるシーンから全く段差なく移行するので、もはや音が鳴っているのか鳴っていないのかがわからなくなるような錯覚に陥る。
つまり、そこで極度の緊張感が突然やってくるのではなくて、呼吸がずうっと続いている、心臓のドキドキじゃなくてお腹の底での緊張感。
だから、作品を時間の移行として捉えたとき、何かが始まって発展・進行して終わりに向かうとか、盛り上がりとか、起承転結とか、そういうことじゃない、終わって時計を見たらなんだかワープしてた!みたいな感じだったな。

山海塾の他の作品を全く知らないので、そのへんを無責任に言うとしたら、(たしか横浜で観たのはかなり激しい踊りもあったように記憶している)、ものすごくアグレッシブなシーンも見たいし、一番気になった音楽の面では、生演奏で踊ったらどうなるかな、ということを強く思った。
生に生で、生々し過ぎるかもしれない?
でもそれがどう生々しいか、観てみたい。
その「作用」があるのかないのか、も。
ま、またチャンスが来ることを願って。

アフタートークはそれなりに面白く、
「舞台は虚構の世界だから、現実に引き戻されるような音はたてない(身体が倒れる音とか)」というお話も印象的。
んー、でも一番は
「山海塾の白塗りの粉は、すべて資生堂が提供している」
というお話だったかな(笑)。
微かに甘い、いい匂いがするそうです。

身体の動きを見ていると
身体を動かしてみたくなる。
身体を見て見たくなる。
お風呂に浸かりながら、ちょこっと天に向かって腕をねじってみた。
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by saskia1217 | 2015-05-30 19:34 | 感じろ、考えろ、思え! | Comments(0)

薫風

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なんだかもう、すっかり夏だね。
初夏。
すべての花も夏に向かってる。

薫風自南来

って、いい言葉だなぁ( ´ ▽ ` )
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by saskia1217 | 2015-05-25 11:37 | 感じろ、考えろ、思え! | Comments(0)

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オペラを観たのはホントに久しぶりだったなー。
昨日は新国の中劇場で、二期会のオペラ「ジューリオ・チェーザレ」の初日を観た。

17時開演、2回の休憩を挟んで21時少し前に終演。
昨日と今日の2回の公演ともソールドアウトとか。
中劇場ではお芝居しか観たことなかったけど、「音楽ホール」ではないながら言葉がちゃんと聞えるようには出来ているので、オペラも無理ではないかなという感想。

楽しかったですねー。
ニューウェーブと銘打っているだけあって、数年前に二期会がモンテヴェルディなどのバロックオペラを演り出した頃に比べて、いろんなことが良く、またやり易くなっているんじゃないかしらん。

オケは、特に弦の桐朋と藝大の古楽の学生さんたちを中心に、管楽器や通奏低音の中堅・ベテラン?を交えた、生き生きと元気でフレッシュで、かつ繊細な演奏。
指揮の鈴木秀美さんの流れとキレのある音楽は、やはり秀美さんがチェロを弾いているような音楽の動かし方で(当たり前なんだけど)、それが特に弦パートが非常に自由にのびのびと、弾き易そうに演奏していたのが印象的。
いつも大学の授業で接している学生さんたちもチラホラいたりして、その名演にホレボレしてちょっと嬉しかったですね。

今回は、一昨年、昨年と近藤良平さんの「神楽坂とさか計画・ブルグミュラー25」で共演したダンサー、中村蓉さんが振付ということも、私には非常に興味深く。
蓉さん以外にも、おなじブルグミュラーでご一緒した中村理さんがダンサーとして参加されてたのも嬉しくて。
私にとっては直接結びつくことはあまりなかった、普段の仕事場「古楽」の方たちと、ダンスを巡る知り合いとが同じ舞台を作る、という、無関係の立場ながら、一人でホクホクと感無量だったのでした。

いやー、やっぱり若い人の演出はいいですね。
若いせいばかりではないでしょうけど、その柔軟さが。
一言でいえば、音楽、演出、振付、照明、衣装・・・すべての作り手が、同じコンセプトをきちんと共有できてたという感想。
ときに、その微妙な食い違いや未消化が、作品に出てしまうことも少なくないけど、これはその違和感が全く無かったから、聴衆の個人的好き嫌いはあるにしても、彼らがどこを目指して何をしたかったのか、がちゃんと伝わったと思う。

いやー、それにしても蓉さん、よくまあ、細かく付けましたねえ(笑)。
登場人物の衣装は(耳をはじめ)どこかアニメを彷彿とさせるキャラ感、それにマッチする昭和歌謡曲アイドルみたいな動き(やっぱりわかるよー、笑)。
特に、クレオパトラの「あたしのこと見て見てー」の自己顕示欲の塊アイドル色は、まさに演出家が描きたかった面なんだろうなあ。
それにしてもまるで蓉さんが中に入ってるんじゃないかってくらい投影されてて笑ってしまった。
クレオパトラは歌も演技も安定していて、軽薄キャラとシリアスキャラの演じ分け(空気の作り方)も素晴らしかったし、他にもトローメオの濃いキャラとやり切る力がとても印象的。
チェーザレやトローメオを女性が演じるので、ちょっと見「宝塚」みたいにもなるんだけれど、チェーザレのそのちょっと「かっこいいオレ様」的なとこも面白かったな。

見始めて暫く、なにかを思い出させるなーとずっと考えていて。
そうそう「テルマエ・ロマエ」、あの時々マンガチックになる、ある程度シリアスな漫画の感じ。

今回、「踊る」のみならず、それ以外にも(そっちのほうが多い!)大道具黒子的役割から開演前幕間のパントマイムまで、本当に大活躍だった6人のダンサーさんたちには、ホントに天晴れ!
細部まで作り込まれた、きっちり踊るシーンも完璧にこなしながら。
いやいや、よく6人で全て回したなあ。
ワニのかぶり物、暑くて大変だったんじゃない?(笑)。でもあのエジプトの遺跡のワニ人間のイメージが、時には不気味に、時にはユーモラスに見えるという性格をよく表してた。

彼らが操っていたデッサン人形みたいな「ひとがた」が、「その他大勢」や(合唱を舞台上には登場させず裏から聴かせるのみ)「キャストの身代わりや象徴」になったりして、冒頭とラストでキャストそのものも「人形化」されるという「ツクリモノ」感が、「お芝居、虚構、マボロシ」みたいな効果として長い作品をキュッとまとめていたのは面白かった。
最初と最後の使い方という意味では、くす玉から落ちてくるモノが、最初→生首、最後→赤ちゃん、という「死→生」の対比にもなってた気がした。

回転舞台をめちゃくちゃ使いまくって(笑)、それがまたうまーく利用してて。
戦場へ向かうシーンなどの切迫感。
登場人物の心のスピード。
そして何より、場面転換が速く出来るから、ダ・カーポアリアの中間部で音楽通りに一瞬でガラッと変えることが出来る。しかもその中間部が「現実なのか虚構なのか」も謎のままにしておくことが出来る。
逆に「ダ・カーポアリアだからこそ」思いつくことの出来る演出なのか?
歌だけ、しかも誰かのアリアだけポッと演奏することが多いヘンデルのオペラ。
ダ・カーポアリアの意味と本当の姿は、やっぱりああやって観て聴いて歌わないと感じにくいかもしれない。

最初の幕の(お芝居の)テンポ感が、幕が進むにつれてちょっとずつ速くなっていた気がしたのも、もしかしたら意図的だったのかな。
今回の印象として「ストーリそのものを楽しんだり理解したりする」のではなく、その場その場の効果、瞬発的なエンターテインメント性を重視していたように思えたんだけれど、それってひょっとしたらバロックのオペラの正しい(本来の?)あり方なのかもね。
「演出がいろいろ細かすぎてストーリーが見えない」って感じ方も、もしかしてあったかもしれないけど、それで、それがいいんじゃないかなって。

ヘンデルが、当時なぜあんなに売れっ子で人気者だったか、あんなにたくさんオペラを書いたのか、この公演を観れば一目瞭然だったなと思う。
(そして一方、バッハが如何に、当時の一般的な音楽家としては変わり者、つまり世間的には『普通』じゃなかったか、全く別の役割を持った人だったのか、もわかる)

「ヘンデルなんてさー、何聴いても同じじゃん」とか、言ってるとバチあたるよ(笑)!
これからもっともっと日本で、二期会だけじゃなく他でも、バロックのオペラがいろんな演出家と演奏者によってたくさん上演されることを願いつつ。

皆さん、お疲れさまでした!

オマケ
終演後の、個人的にとても「レア」なショットを。
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by saskia1217 | 2015-05-24 21:24 | 感じろ、考えろ、思え! | Comments(0)

好きな画家

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金曜の国立新美術館。
連休終わって空いたときいても、やっぱりスゴイ人出。
特にルーヴル美術館展。
ルーヴルっていうだけで人が押し寄せるのはいつものことだけど。
時代や地域ではなくテーマ別の展示だったので、ティツィアーノとコローが隣にあったりして新鮮。
引き返してもいちど観たい絵はあまり多くはなかったけど…
ブリル「鹿狩り」
ブルーマールト「冬の寓意」
が印象に残る。

2階ではだいすきなマグリット展。
作品数がけっこうある。

ナマのマグリットをたくさん観ても、ホンモノを観ているという実感が湧かない。
なかなか、その質感?マテリアル?が寄せてこない。
なぜかなぁ。
私のセンサーが鈍感なのか。
それとも、マグリットの作品が「記号」だからなのか?

「絵画には感情はなく、それは見る者の中に存在する。」
絵の横のキャプションにはマグリットのたくさんのコトバ。
最近は軽い気持ちとテンポで展覧会を観る方法を覚えたので(笑)、今日も正直読むのがいささか面倒臭く、読んでもンーみたいだったり。
なかで最もふーんと思ったのがこれだった。

マグリットを「好き」だと30年以上思ってきたが、ここへきて「一周して、好きかもしれない」と思った。

「マグリット好き!」というと、とかく素人くさいらしい。
少なくとも美術の専門家にとっては。
たしかに「マグリット好き」って言うのはちょっと恥ずかしい、ってのは確かだ。
その理由をわかったような気がしていたが、彼らだってそんなにカッコつけなければいいのに、と思う。
カッコつけてるのはマグリットだけで充分。
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by saskia1217 | 2015-05-15 18:35 | 感じろ、考えろ、思え! | Comments(1)

八雲たなびく〜最終回〜

出雲大社前から空港行きのバスに乗る予定だったが、ちょっと訪ねたいところがいくつかあって、手前の稲佐の浜で降りる。
休日なのに弁天岩のまわりにも、砂浜にも、ほとんど人がいない。
どういうこと?

砂浜に打ち上げられた太いロープの渦の上に腰掛けて、しばし海をぼーっと。
スマホでこれから行きたい場所の確認。
用意してきた地図と合わせて・・・しかしGPSって便利。
浜に面した民家の細い道へ入ってみる。
予期せず「屏風岩」に行き当たる。
これは「国譲り」のとき、高天原から使わされた武甕槌神がこの岩を背にして大国主命と話し合ったと言われるところ。
こうやって、ひとつひとつの場所やモノに謂れが残っているのって、ほんとにおもしろい。
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歩いていると、「因浜神社」の立て札。
行ってみよう!
山のほうに坂を登って行くと・・・
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あった!
でも、改修中で武甕槌神は「上の宮」にお引っ越し中。
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なーんだ。
でも今からそこを訪ねるとこだったんだ、ちょうどいい。

出雲大社の摂末社は、境内内・外にいくつもあるけれど、そのうち結講重要な「上の宮」「下の宮」の小さなお社を見ておきたかった。
再び民家の間を縫って歩く。
このへんの筈なんだけど・・・小さすぎてわからないのかなぁ?
ちょっとぐるぐるして、庭先で洗濯物を干していたご婦人に声をかけてみた。
はたして2つのお社はすぐそこだった。
そして「あ、でも『上の宮』は今はだあれも神様いませんよ」とニッコリ。
そう、「上の宮」は神在月に全国から集まった神様たちが「縁結び」(人間の全ての縁)の相談をする場所。
「はい(笑)、場所だけ伺ってきます!」と、御礼を言って歩き出す。
なにこのリアル「ぶらり途中下車の旅」は(笑)。

突然見つかった「下の宮」、天照大神をお祀り。
この路地、視線の先に稲佐の浜がちらっと見える。ごくごく普通の、人々が暮らしているただなかに、当たり前のように鎮まっている。
ここに生まれ暮らす人にとっては、空気のように。
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そこからものの1分も歩かないところに「上の宮」。
素戔嗚尊をお祀り、そして目下さっきの「因佐神社」の神様の仮住まい。
ただいま改修中、たくさんの大工さんが一生懸命作業をする音。
全国から神様たちをお迎えする神在月までに、きっと新しく綺麗なお社になるんだろうな。
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そしてそこから、大社に向かう車道に出る角に「大歳社」。
大歳神は素戔嗚尊の御子神で、田畑の守護神。穀物を守ってくれるらしい。
遠くに弁天岩をのぞむ。
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さて、そろそろ行かなくちゃ・・・
と、歩き出すも、大社への道の両側にはもう、神社やら記念碑やらお墓やら、ひとつひとつ見ていたら永遠に着けないという具合。
途中、出雲阿国にまつわるところだけ数カ所、猛スピードで見学。
汗だく(笑)。

出雲阿国の記念塔には、名だたる歌舞伎役者さんたちのお名前が刻まれた石。
芸の上達を願ってご供養・ご寄付されたというわけ。
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見晴らしのいい展望台にもなってる。
町も山も浜も綺麗。
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次にひっかかったのは(笑)阿国のお墓。
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地元の方が普通にお墓参りをしているそばに。
しずーかに手を合わせてみる。
そういえばこの地の墓地、墓石のてっぺんが山型になった神道のものを、ふつうより多く見かけた気がした。やはり土地柄なのだろうか?
大社にほど近い道脇には、所縁の「連歌庵」も。
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2日目も、歩いた歩いたー!
行きたい場所の数からいったら、たぶん1/10くらいだったけど、それでもじゅうぶん気持ちが満ちた2日間。
ほんとは1ヶ月くらい居て、今回「忘れてきた」モノ・・・日御碕神社のお砂(もとめるのをすっかり忘れちゃった!)、大社の摂末社で見ていないところ、大社奥の一角に残る古い街並・・・そんなものをまた、訪ねたい。
何かを残しておくほうが、きっとまた再び訪ねることが出来る、っていうもの。
ああ、ホントは神在月に行ってみたいなあ。
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大社という、あれだけの何か大きな存在と、その周りでずっと暮らす人たち。
海、山からの恵み、神話・・・それがすべて溶け込む日常。
ほんの2日でも、そのニオイくらいは感じた気がする。
最後に(これは忘れなかった)「出雲ぜんざい」を食べて、空港行きのバスに乗る。
空港のラウンジで「あ〜つかれた〜」と椅子の背にもたれたら、天井の「八雲」が目に入った。
そんなところまで・・・すべてが「出雲」。
すべてが「ご縁」。
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すべてはそこから始まり、繋がって、絡み合って、きっとまたそこに戻ってくるんだろうな。
この旅の、たくさんのご縁に感謝。
そして大社さんで想いを馳せた、今までの、今の、そしてこれからの、すべてのご縁に感謝を。
憧れの場所に、どうかまた来ることが出来ますように。
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by saskia1217 | 2015-05-07 22:23 | 感じろ、考えろ、思え! | Comments(0)

旅先だと苦もなく早起き。
出雲2日目。
行きたいところがありすぎ。
数々の候補から泣く泣くひとつだけ決めたのは、御崎の神社。
日御碕神社。

出雲市駅前から朝8時半のバスに乗って終点まで、約45分の旅。
出雲大社を経由して、後半はずっと海岸線に沿ってドライブラインをひたすら走る。
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♪みっさっき〜、めーぐりの〜、バッスは〜、はーしる〜♪
という、懐メロ(!)が嫌でも頭に鳴り渡る。
信じられないくらいの見事な晴天。
左右をパッチンって持って上へ引き上げる、相変わらず硬くてやりにくくて、懐かしい窓。
大社を過ぎたらもう、お客さんは、私の他には初老の男性が2人だけ。

知らない土地は距離感がわからないから、帰り道は稲佐の浜まで歩いてこようか、なんて思ってたのが、いくら散歩大臣だからといってちょいと遠いのと、歩道の無い絶壁の車道や、トンネルが意外に多いことがわかり、やはりバスで戻ろうと決める。
左側に陣取った私は、もう海ばかり見ていた。
赤潮がひどく打ち寄せているゴツゴツの海岸には、きっと日の出の頃からいるのだろう、釣り人が大勢。
やがてバスは急に下り坂をくねくねと辿り始め、目線の下、こんもりした緑のなかに、目の覚めるような朱色の社殿群がいきなり目に飛び込んで来る。
あれだ!
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すり鉢の底みたいな終点に着いたバスはのんびりと停車。
降りたところにまず、一軒の土産物屋兼食堂。
そして鳥居。
ウグイスの声しかしない。
店先で焼かれているイカのいい香りをかぎながら、鳥居をくぐる。
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入ってすぐ右手には、この神社の神事のひとつ「和布刈神事」のレリーフ。
ここから少し北東にいった権現島で行われるもので、このあたりではそれが終わってからワカメ漁を始めるとか。
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正面に、この素朴な緑の山と青い海にそぐわないような、いやそのコントラストこそ目が覚めるような美しさがあるのか、朱色に輝く楼門がそびえる。
この神社もあちこち修復中で、おそらくこの門は修復が終わったばかりで余計ピカピカな感じ。
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そのまま正面には下の宮「日沈宮」が堂々と構える。この神社の現在の建物は、家光公の命により松江藩主が着手したもの。
御祭神は天照大神。
「伊勢神宮は日の本(日本)の昼の守り、出雲の日御碕清江の浜に日沈宮を建て日の本の夜を守らん」という神勅によるものだとか・・・で、天照なんだけど日沈宮。
立派〜!
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海風が開け放された拝殿をダイナミックに通り過ぎる気持ちよさ。
とにかく、朝早いせいか、社務所に控える巫女さんと、境内を黙々と掃き清める年配の男性の姿以外、だあれもいない。
そして、ウグイスの声しかしない。
周り三方を山に囲まれ擂り鉢状になっているせいか、そのウグイスの声がひと際よく響きわたっている。自分の足音さえうるさいほどだ。

右手の小高いところにはもう1つのお宮、上の宮「神の宮」。
こちらの御祭神は弟の素戔嗚尊。
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小高いところから海の方向に境内を見下ろす。
日沈宮の千木は垂直なんだね。天照でもこんなことはあるよね。
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あまりに静謐で、あまりに心地よくて、ずうっとここに居たい、って気持ち。
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上の宮の脇に小さな祠、そしてこの赤い鳥居はきっと・・・
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どんどん山のほうへ登ってみる。
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なんだかどうしても行かなきゃならない空気というか、吸い寄せられるようでちょっとコワイ。
伏見のお山で感じたような。

お。
やっぱりお稲荷さん!
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わお、神様がいっぱい(笑)!
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ひとつひとつお名前が書いてあったのだけど、聞き慣れないものもたくさんあって、たぶん地元由来の神様(または別名)なのかもしれないなあ。
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いろんな摂末社。
こちらは「綿津見大神」と書いてあった記憶が。
さすが海辺の神社だなあーとしみじみ。
東京じゃあんまり見たことないもの。
社務所の近くには舞楽殿。
入り口にちょこんと、浅沓が!
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かなりのんびり過ごし、再び楼門をくぐって外へ。
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境内の外にもいろんな摂末社があるのねー。
祖霊社。
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これは出雲教の建物。日御碕神社とおなじ神紋が。
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さてー、帰りのバスの時間まで中途半端に30分強ある。
バスの本数が少ないので、逃すわけにもいかない。
時間があったら灯台まで行ってみたいと思っていたけど、どうしたものか。
そういえば、車窓からみただけで、海を見てないな。
海のほうに行ってみよう!

神社の周りには小さな集落。
海に向かって路地に入ってみると、年配の女性が大きな樽で海藻を洗う作業をしていた。
なんだこの、「世界ふれあい街歩き」みたいのは(笑)。
「おはようございます!」と声をかけあい、いくつか角を曲がると、急に海へ出た。
海に向かって建つ鳥居は、神様が海からやって来て去る、という実感がある。
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わー、なんだこれは!
港のすぐ先に島。
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そして無数の鳥、ものすごい鳴いてる(笑)。
そうかー、これが、野生のウミネコで有名な、経島(ふみしま)。
広々とひらけた海岸に一人ぽつんと立って、島の頂上に建つ鳥居を眺めていると、ウミネコが目の前の空をかすめて縦横無尽に飛び交う。
島にはビッッッシリ、ウミネコ。
数が数だけに、声もすごい。
音を残したくてムービーなんか撮っちゃったりして(笑)。
細い道が高い崖沿いに昇っている。たぶん、灯台に行く道だな。
灯台まで徒歩15分くらいときいた。
ま、時間が危なくなったら引き返してくればいいや、と登ってみる。
登るにつれて、経島の全貌が見えてくる。
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しばらく行くと真っ白い灯台が見えてきて、民宿や食堂が数軒たちならぶ集落へ出た。
ああ、こんなところに誰にも居場所を教えず、何日か泊まってひっそりしてみたいなあ(笑)。
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店先でイカを焼くいい匂い。
小さな祠の前で、海藻やイカを天日で干すおばさんと「おはようございまーす!」と挨拶しながら。

灯台までわたしの足で5〜6分!(笑)
青空に白く輝くその姿は、近づくほどに迫力を増す。
ほんとに凛々しく美しい。
周りの遊歩道は、2時間サスペンスドラマさながらの断崖絶壁だけど、この素晴らしいお天気にはもう、こんな幸せはないってくらい美しく。
空気も、海も、風も、光も、鳥の声も。
最高!
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おもわず、両手を広げて、バンザイ!
目をつぶって、風を感じる。
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灯台は海面からの高さが日本一。
明治に設置され100歳を越えるベテランだけど、現役!
灯台の中には資料室があり、歴史や灯台のしくみなどがわかる。

おっと、そろそろバスの時間。
早足でバス停に戻ると、運転手さんはお土産物屋さんで店主と話し込んでいた(笑)。

帰り道のバスから「神宮寺」の看板も見え、あーそっちも行ってみたかったなあ、次回だな。
そう、それに!
考えてみたら、天照大御神と素戔嗚尊のお宮があって、しかも「夜を司るお宮」のはずなのに、なぜ、3人の姉弟のうち、ずばり「夜」を司る筈の「月読命」がどこにもお祀りされてないのかな?
・・・
じつは、日御碕神社のすぐそばに、ごくごく小さいながらも月読神社があったのだ!(と、あとで知る)
山のほうに分け入る遊歩道の先だったらしいのだが、結講な山の中、道無き道に近いところで、しかもほぼ誰も行かない感じの場所。一人だとちょっと怖かったかもしれない。
ま、たぶん知っていたらゼッタイに行っただろうけれど。
日御碕神社の境内案内や観光局HPなどにも一切紹介がなく…
月読命について記紀にはあまり記載がなく、詳細は明らかになっていない。
領分が領分だけに、やはり意図的にあからさまに表の世界には出されなかったのだろうか。
それでも出雲風土記や万葉集には出て来るし、多くはないけれど伊勢をはじめ各地にお祀りした神社もあるのだけど。
そんな「夜を託された神様」が、神話のことを学び出して以来、とっても気になっていた。

今度今度!(笑)
完璧に制覇してしまうと、もう来られなくなってしまいそうだもの。

さて、バスは再び出雲大社近くの町まで戻ってきました・・・
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by saskia1217 | 2015-05-07 21:24 | 感じろ、考えろ、思え! | Comments(0)

八雲たなびく〜その参〜

大社のなかの宝物館を観てから、お隣の島根県立古代出雲歴史博物館まで歩いてゆく。
引き返した参道の途中から左へ曲がって数分で到着。
激混みだったらどうしようと思ったのも杞憂、ここは大社に増してガラガラ・・・。
せっかくなので常設展と企画展のダブルチケットを購入。
現在の企画展は「入り海の記憶」という、宍道湖に代表される全国の「潟湖」にまつわる歴史、海外との交流、信仰などについての展示。

2007年開館のこの博物館の目玉は、やはり荒神谷遺跡出土の銅剣銅矛、加茂岩倉遺跡出土の銅鐸、それから2000年に大社から出土した巨大な宇豆柱。
じつはこの三つ、全てが昨年、東京での「大神社展」に出品されて観てはいたのだけど(よく運んだなー!)、やっぱり現地で再会したかったのよね。
国宝、しかもオリジナルが展示されているって、ちょっとゾクゾク。

しかもこの博物館、フラッシュ無しで撮影OK。
大社関係のみならず、この地方の古代から近代までの歴史、民族史、自然史・・・などが網羅されていて、例えば「触ってみよう」「試してみよう」と、展示物に触れたり(古代遺跡から出土した縄文杉の輪切り、実際の重さの刀など)、実際に動かしたりできるコーナーも多いから、子供でも楽しめる。
(子供じゃないのに楽しんでしまった・・・)

さっき本殿前で見てきたばかりの赤いしるしの所から出土した宇豆柱は鎌倉時代のもの。
千家国造家に伝わる資料と一致したスゴイ証拠品。
これで昔の大社本殿のスケールが証明されたわけだからね、ゾクゾクだね。
詳細はまだ不明なので、いろんな建築家が再現した模型がいっぱい。
どの点を優先するかで、いろいろ変わってくる。
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個人的にはやっぱり高いのが好き(笑)。
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昇ってみたいわー。
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民間に伝承したり、またおそらく神事に用いられたであろう楽器の数々。
土笛、二弦の琴・・・
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大社に奉納された地元特産の海苔。
海苔は今でも神饌として使うものね。
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そして・・・
ジャーン!
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東京のときとほぼ同じ展示の仕方。
今回は時間がなくて、荒神谷や加茂岩倉などの遺跡には行けなかったのだけど(近くを通ったのに、あ〜!みたいな)次回はゼッタイ訪ねよう。
古代における青銅器の分布図って面白く、時代や場所によって特徴があって、それによっていろんな謎が解けたり、定説がひっくり返ったりするらしい。
しかしこの大量出土はホント圧巻だなー。
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動物や幾何学模様が描かれたもの。
銅鐸って、私が子供の頃は「用途は不明」って習ったけど、ここでは「中に小さな木片を吊るし、鳴らすもの」という楽器としての機能が解説されていて、実際にサンプルを鳴らすことができた。
かすかな、でもやわらかくて素朴な音。
中に「叩かれたことによってすり減った跡」がある。
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時代が進むにつれ、いろんなことが明らかになってくる。
とおく昔の人の暮らし。日常、楽しみ、悲しみ、戦い・・・その人生。
自分の血のなかに、その人たちの何かが残っている、とおもうとスゴイ。
綿々と続く命を想う。

全国に5つだけ残る風土記のなかでも最も良好な状態で残存している出雲風土記。
その世界を紹介する部屋も面白かった。
神話を解説するアニメや映像、市場を再現する音や、農民や豪族のフィギュア、実際に使われていた一畑電車の車両や木製の改札なんかもあって、いちいちひっかかってしまう。
漁業の歴史、小泉八雲、相撲、石見銀山、たたら・・・

そう、たたら製鉄についての部屋に、こんなものがあって・・・
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明治時代に価谷たたらで操業されてた、炉に空気を送り込む「天秤ふいご」。
・・の、忠実な復元。
「挑戦してみよう!」と書いてあったので、挑戦した(笑)。
展示室には係員のお姉さんと一組のご夫婦らしきお客さんが、しずかに製鉄の話をしているだけ。
よーし、今だ(笑)。
靴を脱いで階段を昇り、左右のペダル部分に足を片方ずつ乗せて、上からぶる下がっている縄を両手で掴んだ姿勢を足を交互に踏み込む。
思ったより重くなく、3〜4回踏むのはさして苦労はないが、これを継続的に踏むのはおそらくかなり辛い。ここでは火があがるかわりに、送った風の分だけ赤色のティッシュが透明の筒の中を高くのぼる仕組み。
昇ると結講高い位置だし、部屋にいる人に向かってお尻を向けて作業(!)することになる(笑)。
あんまり人が居なくてよかった・・・(苦笑)。

すっかり見終わって、宿へ帰ることに。
再び、バス停のある大社前に戻ると、さすが夕刻。鳥居の前には誰もいない。
バスが来るまで30分もあったので、鳥居ど真ん前に店を構える和風建築のスタバで珍しく抹茶味の飲み物なんて買っちゃって。
下り坂になっている一の鳥居のほうを見渡したり、しずーかな門前を楽しむ。
夕食には、蜆の酒蒸し、海苔のサラダ、ヒラマサのお刺身、のどぐろの煮付け、焼き牡蠣など、ベタな味を堪能。
こっちの蜆って、小さいものでもちゃあんと身が食べられることに感動。
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大満足の初日でした。
さてと。
明日も早起きだぞー!
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by saskia1217 | 2015-05-05 20:50 | 感じろ、考えろ、思え! | Comments(0)

八雲たなびく〜その弐〜

海岸線を街のほうへ戻る途中。

あ!
あの岩!
稲佐の浜じゃん!
降りなきゃ降りなきゃ!

大社にお参りする際にはこの浜の砂を持っていくのがしきたり。
とは知ってたものの、まーいいか普通に行けば、なんて思ってた。
通りかかったならちゃんとやらんと(笑)。
海ってだけでテンション上がるのに、テレビや写真でしかみたことのない「あの岩」を目前に興奮。
素晴らしい陽射し、青い海、砂浜。
スニーカーに砂がはいるのもかまわず、岩へまっしぐら。
すごーい!
最近まで海の中だったこの島、昔は弁天様だったけど今は豊玉毘古命がお祀りされてるんだって。
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海岸にぼーっと立って沖を眺める。
静か。波の音ばかり。海風が気持ちいい。
ここが国譲りの舞台なのかあ・・・
国引き神話もそうかあ・・・
感慨深いなあ。
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しみじみした後は腹ごしらえ!
お目当ての出雲蕎麦。
お店がいっぱいあって迷ったけど、時間節約かつ老舗、という感じで、大社隣りの「八雲」さんへ。
もー正直どこでもいいのだ(笑)、細かいことはいい、ベタに体験したい。
お昼ちょい前だったこともあってそれほど混んでない。
欲張りのワタシは「三色割子」を発注。
軒先に巣をかけひっきりなしに飛び交うツバメの親子を見ながら、お蕎麦が来るのを待つ。
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ツユをかけて食べるこのお蕎麦、1椀めに残ったツユを次の椀に注いで食べてゆくらしい。
蕎麦湯がいつもと逆なので(笑)、ツユの入れ過ぎには注意(薄められない・・・)。
江戸の白くて細いお蕎麦も好きだけど、一番好きなのはこういう黒い田舎蕎麦。
美味しかったし、珍しい食べ方で楽しかった!
店内に飾ってある江戸時代の蕎麦猪口なんかを眺めながら店を出る。

目の前には大きな大きな日の丸。
さあ、行こう!
横から入るのはなんなので、二の鳥居(勢溜)目指して炎天下の車道沿いを歩く。
横目に境内の末社なんかが見えたりしてドキドキ。

きたよーーー!
ついに来た!
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やっと来られた。
大きく深呼吸。
ゆっくりと歩き出す。
参道を少しゆくと右手に祓社。参拝者はまずここで穢れを清める。
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このあたりはかなりの下り坂でちょっと吃驚。
次に見えて来る三の鳥居は鉄製。触ってみたらちょっと熱くなってた(笑)。
ここからの松の参道は中央を避けて脇を歩く。
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まわりの山々の緑が素晴らしくて、立ち止まって見とれる。
この先どこにいっても、山フジが見事に咲いてたな。
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こんな朽ち果てた鳥居があったり、お馴染みの大国主命の像があったり。
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いよいよお社群が近づいて来る。
左手に手水舎。意外と小さくて驚く。大きな神社だから、なんだかものすごく大きなものを想像していた。
さっき見えた日の丸は、近づくと本当に大きい。
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遷宮がまだ完全に終わっていないので、このあたりからあちこち工事中の部分が多くなる。
四の鳥居のあたりから白いシートがかぶされていて、拝殿正面からは入れない。
ねじれながら歩いて、やっと拝殿が姿を現す。
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うーん、立派だあ。
拝殿の注連縄もかなり大きい。
亀の形をした神紋の上のほうにちょこんとスズメが一羽、いい声でしきりに鳴きまくってる。
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歩みをすすめて本殿近くへ。
もちろん八足門からのみ、本殿を透かし見る。
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さっきから警備員の姿が目だつ。ここにも一人、近距離で見守る係員が。
昨今、日本国中の寺社で心ないイタズラがひどくなっているから、その影響かなあ。
「罰当たり」ってことを知らない人がいるんだな、日本人なのに。
なにか尊くて大きいもの、神様、仏様、先祖、海、山、天、自然・・・なんでもいいのだけど、それに対するちっぽけな存在としての自分が持たざるを得ない畏敬の念、恐れ、かしこまる心・・・
それこそが、日本人が誇れる美しいDNAなのに。
小さな鳥居を描いておけば立ちションしたりゴミを捨てる人が居なくなる、外国の人から絶賛され不思議がられる規律や思いやり、その全ての根っこはこのDNAなのに。
そんなことを思いながら。

伊勢の八拍手は神職だけだけど、一般参拝者もやる出雲の四拍手は何処から来てるのかなーと思ったら、やっぱりもとは八拍手らしい。十を完全数としてそのひとつ手前(日本は二を単位として考える)の八を採用した、という起源を、千家宮司の弟さんがテレビで語ってらしたっけ。

さてと。
あれを捜さなきゃ。
あったあった、宇豆柱。
昨年東京の国立博物館で開かれた「大神社展」に、出雲からそれはそれはスゴイものばかりがやって来たのだが、その中にあの巨大な宇豆柱もあった。
それが出たのがココ!
この赤い印の場所!
博物館ではガラスに収まった柱を下から見上げていたが、ここへ来ると差し渡し3メートルの実感が湧く。
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順序通りに時計反対周りで、摂社めぐり。
釜社はお稲荷さんと同じく倉稲魂の神がお祀りされているけど、まだ御遷宮修復中の素鵞社の須佐之男命が今こちらに仮住まい中。
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素鵞社はかなり見たかったからちょっと残念。また来よう(笑)。
ということで本来素鵞社の縁の下にある「御砂」のハコも、今はここ。
稲佐の浜から持って来た砂はここに納め、替わりにこのハコから御砂をいただいて帰る。
お守りになるそう。
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瑞垣に沿ってぐるりと歩きながら、聳える本殿を見る。
日本最大級の神社建築。
今の姿でさえもこんなにダイナミックなのだから、ビル6階分ほどあった昔の姿は、現代人がみたとしてもきっとものすごいインパクトだったろうなー。
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奥まったところにある渋い建物、彰古館。中は、奉納された大黒様コレクション。今回はスルー。
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向かって右側は修復中だったけど、反対側にもある十九社。
これは神在月に全国から集まる神様たちの宿泊所。
長くて圧巻。
満室のときはきっと、夜な夜な賑やかなんだろうなあ。
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さて、本殿の西側に来た。
大社のご神体は拝殿正面じゃなく稲佐の浜のある西側を向いているので、神様に向かって正面の西側からも参拝するのがいいらしい。
でもね、本来はこんな目印も必要ないものだそうだ(公式ガイドさんの解説を小耳に・・・笑)。
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氏社のうち北側のは、宮司さん=出雲国造・千家家の祖先とされる天穂日命をお祀り。
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一巡りしたあとは、白ウサギと大国主命の像をみてその優しさに想いを馳せ、最後に牛(頭がよくなる)と馬(子宝に恵まれる)を撫でて、一旦外へ。
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一番有名な注連縄はここだった・・・とこの時やっと思い出した(笑)。
見ないで帰るとこだった。
さすが、1トンの存在感。
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その向こう側にある千家国造館の表をチラリと拝見。
さすがに誰かのお住まいとなると、そうジロジロ見る気にはなれない。
ここの注連縄も立派。
なんだか年中お正月みたいな、凛とした感じですね。
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再び境内に戻って来ると、御祈祷のためか巫女舞が始まっていて、外国人観光客のビデオと写真撮影の嵐になっていた。ドイツ人一行も・・・みなさんかなり興奮してらっしゃいましたね。

もっと広大で時間がかかるかと思ったら、割合コンパクトで見やすかった。
わりと時間に余裕があったので、ゆっくりと宝物館、歴史博物館も観られるなー。
ラッキー!
(つづく)
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by saskia1217 | 2015-05-04 22:18 | 感じろ、考えろ、思え! | Comments(0)

八雲たなびく〜その壱〜

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「今いちばん行きたいところはどこ?」と訊かれて、数年来ずっと答えていた憧れの地。
出雲。
先週、急に行くことに決めた。
仕事の狭間、唯一空いてた2日間。
タイミングって大事。

雨女なのにピカピカの真夏日(笑)。
憧れすぎて、実感が湧かなかった。
飛行機で1時間だってこともある。
朝9時前、「縁結び空港」に降り立って山や田んぼが視界に入ってきても、まだ東京にいるみたいに不思議な気分。
ワープしたとしか思えない(笑)。
仕事や留学以外、純粋に旅行のために飛行機に乗ったのも、山陰に来たのも、生まれて初めて!

とにかく大社を見られれば、とゆるい気分で行ったのだけど、もーとにかく出雲地方一帯には行きたい、見たい神社が軽く両手で数えられるくらいはある。
生来の欲張り気質が押さえられず、せっかく早朝に到着したのでちょっぴり足を伸ばすことに。
出雲市駅付近に宿をとったので、大社に行く前にまずは遠いところから攻める。

須佐神社。
以前「神道文化検定」を受験したとき、テキストの写真を見て一瞬で心奪われた神社。
山奥・・ではある。
けれど須佐之男命をお祀りする有名な神社なので、チラホラと観光客の姿。
とはいえ朝9時過ぎ、そこは川の流れる音とウグイスの声しかしない。
周りは鬱蒼とした緑、樹々から出る息だろうか、咽せるくらい空気が濃い。
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鳥居をくぐり境内に足を踏み入れると、左右に東西と2つの末社。この高床っぽい造りがいかにも古めかしく、そして西日本らしくてじーんとする。御祭神はいずれも、記紀の物語の根っこのほうに出て来る神様たち、計8柱。
全ての社は褪せた木の色が素晴らしい。個人的には朱や金に塗られたお社より、白木のものが好きだ。
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正面に拝殿、本殿とみえてくる。
拝殿正面からは空間がぶち抜かれているので、遠く本殿の祭壇までを見て通すことができる。
心地よく乾いた山の風がその通り道を吹き抜き、昇殿参拝祈祷中の宮司さんの振る大幣や、あちこちに下がる紙垂をさらさらと動かす。
このあと色々な神社で目にした紙垂は、見慣れた吉田流のなかに伊勢流も多く混じっていたのが印象的。厳島でも伊勢流がたくさんあったから、西日本はやっぱりそれが多いのかな。
ここの注連縄も立派。
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大社造のご本殿は、深々とした緑にびっしり囲まれて聳えている。
巨大ではないけれど、流造や八幡造と違ってやっぱり「高い」、そして「西」のイメージ。
キリッとした感じが御祭神に重なる。
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裏手にはこの神社の「七不思議」のひとつ、樹齢1300年を越える「大杉さん」が寄り添うようにたっている。圧倒的な生命力と、清浄な空気。
奥には末社「三穂社」、ご本殿横には稲荷社。
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森林浴、だけじゃない清々しくて厳しい清浄な場所。
帰り際にみた「塩ノ井」は日本海と繋がっている井戸で、満潮の時は塩の花を噴くんだって。
汲んで触ったり嗅いだりしてみたよ。
ほんのり塩味のある弱アルカリ性、浴用で効力あり。
ふしぎー!
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この神社のそばには温泉もある。次回次回!

道を挟んで反対側にはもうひとつの末社「天照社」。
畑の隣り、川との間の緑に守られた一角にひっそりと。
千木の先端は平行。女の神様のしるし。
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さ、街に戻っていよいよ大社に行こう!
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by saskia1217 | 2015-05-04 19:56 | 感じろ、考えろ、思え! | Comments(0)

今日もまた日が昇る・・出かけてゆこう!
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