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うさぎの社

与野に行った日、せっかく埼玉に行くのだから、とお友達に誘ってもらって浦和の街に出かけた。
快晴。
強風。
肌に突き刺す冷気。
荒川を越えると空気が一気にきりっとして、素晴らしく澄んでくる。
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浦和は、大宮にいろんなものが移転してあんなにメジャーになるまで、埼玉を代表する大きな街の代名詞だった。
電車で浦和に降り立ったのは初めてだったし、子どもの頃車で通りかかった時に見た街の記憶とも違っていたから、まったく知らない街を歩く楽しさがあった。
古い家屋やお店、古民家を改造したカフェなど、散歩するには面白いところみたいだ。
いつも散歩する大好きな巣鴨〜板橋の旧中山道に残る家屋と、当たり前だが同じ佇まい。道幅も同じ。それだけでもう胸の奥がじ〜んとする。
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目指したのは、駅から徒歩10分くらいの「調(つき)神社」。
この神社の前の通りはまさに中山道。神社と反対、駅よりも少し北に江戸から3つ目に当たる浦和宿の「下宿」「仲宿」「上宿」がある。その下宿あたりにある「さいたまふるさと館」に今回は寄ることができなかったけれど、今度来たら絶対に見たいな。

調神社は紀元前156年創建という記録らしいから、とんでもなく古い。
それだけで、もう素晴らしい!
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租庸調の「調」つまり絹と綿を納める場所だったことが名前の由来らしく、そのための運搬に邪魔だったことから鳥居が無いとも言われている。
あるものが無い、ってなんとも間が抜けた感じもしなくもない。
「調(つき)」の読みから「月」「月待ち信仰」へ、そして「兎」への連想からか、ありとあらゆるところに兎がいる。
兎に縁が深い私にとっては夢のような場所で、これはもう来るべきところに来た、って感じ。
「ツキ」がつくという、縁起のいい謂れもあるらしい。
入り口の狛犬ポジションからもう、兎。
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手水舎にも兎。
おっきくて太め。後ろ姿は愛嬌あるけど、正面からみるとちょっと怖い(笑)。
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境内は広すぎず狭すぎず、いい頃合いの配置に手水舎、拝殿、社務所、神楽殿、所縁ある菅原道真を祀った摂社、稲荷神社などが並んでいる。
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拝殿は派手な色がついていない古い木目で、色合いが本当にいい。
朱色の社殿も綺麗だけれど、こういうお社は気持ちがまっすぐどこかに通じそうで、本当にホッとする。
日曜だったこともあって、何組かのお宮参り、そしてシーズンの受験生たちで結構賑わっていた。

拝殿に見つけた数々の兎たち。
それぞれの表情が面白い。
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農作業をする人たちの姿だろうか、人をかたどったものもある。
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神楽殿と、その脇にある池。
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新旧の兎が仲良く並ぶ。
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その池にかかる橋を渡ると、小さな稲荷神社に行ける。
ここへ来て初めて、見慣れたお稲荷さんの鮮やかな朱が眩しい。
さすがにここの正面にはお狐さんがいっぱい。
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このお稲荷さんの社は小さいながらも「延喜式」という建て方にみられるもので、一間社流造りという由緒ある建築方法らしく、享保から現社殿が出来た安政までの間はここが「本殿」だったそうだ。
屋根の傾斜が素晴らしく美しく、隣りに建つ小さな稲荷社もそのミニチュアのように同じく美しい形をしていた。
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ここにも多くの兎たちが彫られていて、美術的、歴史的価値があるらしい。
それぞれはとても小さいものなのだけれど、近づいてよく見ると細部まで美しく彫られている。
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その横、境内の一番奥の端には、金比羅さまなどとても古い祠がいくつか。
普段着で参拝にいらしていた近所の方とおぼしき人たちが、いくつもある摂社やこういう小さい祠のひとつひとつを漏らすことなく回って、丁寧に手を合わせていたのが印象的。

人で賑わっているのにけして騒がしくなく、高く大きな長い樹齢の樹々に囲まれて落ち着いたこの神社には、ひときわ清々しく澄み切った空気が流れていた。
たくさんの兎に守られて幾世代もこの土地と人々を見守り続けてきた、包まれるような大きさと温かさがあった。
訪ねることができて本当によかった。
色々なご縁に感謝。

おまけの話題。
この日は与野からの帰り、お友達と赤羽で食事をした。
宮崎のものが食べられるとっても素敵なお店「塚田農場」
なんと一度も食べたことなくてずうっと食べたかった「もつ鍋」が嬉しかった。
ぷっりぷりのモツを塩味のお鍋で。
最後の〆にいれたラーメンも美味。
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焼き小女子はレモンを振って、焼きモツは卵の黄身をからめて。
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関東ではなかなか飲めない銘柄の芋焼酎がズラッと揃っていて、焼酎は芋しか飲まない私には嬉しい限り。
朝から夜まで、一日中さいたまを満喫した、幸せな一日にありがとう。
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by saskia1217 | 2012-01-31 00:16 | 感じろ、考えろ、思え! | Comments(1)
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怒っている人を見ているのは、じつはとっても面白い。
怒った音楽、怒った映像、怒った芝居、怒ったダンス・・・。
どれも「笑い」を誘発するものに間違いない。
もともと面白いことをやる面白い人たちが怒ったら、いや、「怒るところを見せてくれたら」・・・
そりゃあ、見たくなるよ。
いや、そもそも幕が開いたときからもう、この作品のテーマが「怒れる男」ということを完全に忘却してしまってたのだけど(笑)、もちろん文字通り「怒る」表現を期待してたわけじゃあない、でも見進めていくうちにちょっとずつ、あっちこっちに散りばめてある「怒る人」たちの声や動きや、そして音楽に「あれ?」とか「へえ〜」とか反応している自分がいた。

コンドルズの作品はいつどこで観ても楽しい。それは観た人の多くが思うことだろう。
グローブ座、シアターアプル、渋公・・・ハコの大きさや動員数にかかわらず、毎回、その場の空気を、そこにいる人のココロを一気にかっさらっていってしまう。
与野の彩の国さいたま芸術劇場でのコンドルズは6回目。
ここでやるコンドルズは、私にとってはなにか特別な感じがいつもしている。
奥行きに恵まれた広いステージ、ゆったりとした客席、劇場全体の持つ「アート」(ってちょっと誤解が多い響きするけど)な空気と、ほったらかしにされたような自由さ。
そこでのコンドルズはいつもどこか新鮮で、実験の匂いもして、のびのびしてて、何かに包まれたなかで饒舌ではっちゃけてて、そしてとても真面目だ。

総勢15人がのったステージは、広すぎず狭すぎず、客席から見ていてとてもしっくりしていて気持ちよかった。
冒頭とラストに置かれた椅子を使った動きは、たぶん2階席から見たらチェスみたいでより美しく見えただろうな。その床や、作品とおしての細かい照明プランの美しさが印象的。
見始めた頃のイメージからするとちょっと違ってきたというか、比較的年齢の若いしなやかに踊るメンバーが加入したせいもあるのか、全体的にキレがあって、無駄な動きがなくてソリッドな感じ。
それでも一人一人の個性はちゃんと残ってるのだけど。
今回は特に、ダンスの部分が音楽に合わせた「振り」になってるところが多かったのが新鮮。
机を使ったダンスも面白かったけど、大の大人の男性が4人も5人も平気で乗っかって、机が若干しなっているのが見えたのがちょっとコワ面白かった・・・。
ラストの「ボヘミアン・ラプソディー」は音楽を短く切り取らずに息長く使いながら、いつもの「近藤さんのソロから全員の大団円」へのうねりが「いつも通り」から一歩外れていて面白かった。
最後の最後まで椅子が残されていて、それどころか一気に増殖してて(笑)圧巻。
近藤さんがセンターでガクッと崩れ折れて、それに喝采を送る石渕さんという幕切れの鮮やかさ。

使われてた音楽は、洋楽に疎い私には知らない曲が殆どだったけれど、どれも好きだったし、シーンにピッタリだったな。
近藤さんの弾き語りの短い歌がすごく好きでした。あれをもうずうっと何曲も何曲も続けて聴いていたいくらい。お客さんの反応の微妙さにも笑えたなあ。
カーテンコールのBGMがエレカシで正直また興奮しましたが、「戦う男」という、どセンターを外したようでいて実は的を得ている絶妙なチョイスに拍手を送ります!

さいたま公演、1年に1回のプレゼントのように楽しみにしているので、ぜひずっと続けてほしいです。
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by saskia1217 | 2012-01-30 22:50 | コンドルズ | Comments(0)

自由

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出勤途中、金網越しにいつも会う、動物園の住人。
尾っぽの色から、どうも「オジロワシ」らしい。
ユーラシア大陸の鳥でオホーツク沿岸で繁殖する彼らはきっと、寒さには強いはずだが。

高い高い止まり木の上から見上げた空の先、青空の彼方に、彼はいったい何を見ているのだろう・・。
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by saskia1217 | 2012-01-26 23:14 | 感じろ、考えろ、思え! | Comments(0)

いい音楽

昨夜、アンドウマユコさんとスガヤケイくんのキーボードユニット「ダブルドリブル」のライブを聴いた。
場所は渋谷アップリンク
観世能楽堂に行くときに時々通りかかったことがあったけど、あんな素敵なとこだったんですね。
知らなかった。
カフェレストラン、ギャラリー、ミニシアター、ライブやイベントができる小さい劇場。
面白そうな映画やイベントが連日あるみたい。
また行ってみたいと思う場所。

「モノトーンと東京と私」というタイトルの昨夜のライブは、出演者おふたりの持ってる雰囲気そのものの、余計な力や不快な物音とは一切無縁な空気のなか、すべるように始まり自然に減速して終了。
休憩を挟んでたっぷり2時間聴かせてくれたのだけど、とにかくずっと気持ちよかった・・というのがたぶん多くのお客さんの共通の印象だったんじゃないか。

考えてみると「気持ちがいい」コンサートとかライブとか展覧会とか・・・じつはあんまり無いと思うのだ。
気持ちいい、の定義もいろいろだけど。
つまり、喧噪とか葛藤とか苦悩とか、そういうものが無い、ってことじゃなく、全ての中にそれもちゃんと収まってて、ちゃんと体中で受け止めてると結果「気持ちいい」。
な〜んかうまく言えませんね(笑)。
彼らが創って弾く音楽は、誰が聴いてもたぶん第一印象は、音、音楽として非常に「耳に心地よい」。一見(ちょっと聴き)、同じものが継続しているようにも思えるのだけど、でも少しずつ少しずつ変化していって、気がつくと全然違う場所に持って行かれてる。ちゃんと移動してる。
そこに無理な力が働かないから、聴いてる人に不必要なストレスがかからない。
それがきっと、彼らの才能であり、個性なんだろうな。
似てることやってる人、出来る人はいっぱいいるだろうけど、たぶんこれは彼らにしか出来ない。

個人的には、後半「東京シリーズ」の、東京の街の名前がタイトルになってる曲たちが特に好きでした。
最後の「itabashi」は荒川河川敷をお散歩してる時に着想したという曲で、やっぱりそういわれると自分があそこを散歩したときのことが蘇ってきて、よりリアルに情景が広がる。
「kagurazaka」も面白かったですね。

私は天の邪鬼なので「癒される」とか「ほっこり」とかいう表現や享受方法がじつはものすご〜く嫌いなのだけど、表面的にそう感じるものとか音楽とかは世の中にわんさかあって、でもその殆どはもしかしたらかなりのまやかしなんじゃないか、だからこんなに嫌悪感をもよおすんじゃないか、と最近思ってきた。
フワフワしててキモチい〜「体」でもまやかしじゃないものには、ちゃんと芯があって険しさがあって戦いがある。
だから嘘じゃない実感と説得力がある。
少ないけどね、そういう本物は。

これからもそんな「空気」を持ち続けたまま、どんどん活動していってほしいと思います。
「ダブルドリブル」応援してます!


「モノトーン」
2011年12月22日リリース
DDC-001 ¥2100(税込)

1. nakameguro
2. cis minor
3. amembo
4. the day of St.Martin
5. yuki
6. 080502
7. 紫の花が咲くころ

お問い合わせ&お申し込み
ダブルドリブル/アンドウマユコHP
info_doubledrible@yahoo.co.jp
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by saskia1217 | 2012-01-25 15:38 | 感じろ、考えろ、思え! | Comments(3)
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石渕聡さんと私のユニットでお届けしてきたマンドリン&チェンバロライブで、たくさん委嘱作品を作ってくれたアンドウマユコさん。
ライブのたびに大評判で「楽譜はないんですか?」というお問い合わせなどもよくいただきました。
マンドリンも鍵盤も自由自在に弾きこなすアンドウさんですが、彼女がずっと活動を続けてきたキーボードユニット「ダブルドリブル」のCDが、昨年暮れにリリースされました!

「ダブルドリブル」はアンドウさんと、スガヤケイくんのお二人によるキーボードによるユニットで、1台ないし2台の鍵盤楽器を使い、2人(ダブル)で即興(アドリブ)をすることから「ダブルドリブル」と命名され、これまで都内のライブハウス、カフェ、クラブで活発に演奏活動をしてきました。
私も何度かライブに伺いましたが、本当に素敵な音楽を紡ぎだしてくれる素晴らしいユニットで、毎回本当にホレボレ聴いてしまいます。
このCD「モノトーン」には、キーボードの演奏で2005年から2010年の新作まで、もちろん全てオリジナル作品が収録されています。

「モノトーン」
2011年12月22日リリース
DDC-001 ¥2100(税込)

1. nakameguro
2. cis minor
3. amembo
4. the day of St.Martin
5. yuki
6. 080502
7. 紫の花が咲くころ

どこにでもありそうなのに、他のどこにもなく
そしていつでもどこにでも置いておきたい音。
朝の光差すオフィスのデスクの上に
午後の暖かいリビングのテーブルの上に
雨降る夜更けに・・・
色とりどりの心のたべもの。

ご自分で楽しむにも、またプレゼントにもピッタリ!
詳細はアンドウさんのHP、または以下のメールアドレスよりお問い合わせ、お求めください。
ダブルドリブル/アンドウマユコHP
info_doubledrible@yahoo.co.jp
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by saskia1217 | 2012-01-24 19:30 | コンサート・スケジュール | Comments(2)

雪夜の根津

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雪の夜。
芸大時代のチェンバロの師匠と、その門下生、各世代を網羅した(笑)7人で食事。
根津神社下のお蕎麦屋さん「よし房 凛」のしっとりこじんまりした席で、目にも舌にも素敵すぎる品々を次々にいただく。
美味しい日本酒も一緒に。

蕎麦の刺身。
エビたっぷりの立派なかき揚げ。
椎茸や茗荷、オクラやアスパラのお新香。
大好きな芽キャベツが嬉しい天麩羅盛り合わせ。
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お蕎麦屋さんてほんとに素敵だ。
出されるお酒やお料理だけじゃなく、お店の設えや食器、職人さんや店員さんが醸し出す空気、やってくるお客さん・・・お店にある全てが。
饂飩も好きだけど、もともとどちらかといえばお蕎麦派だ。なのに、ゆっくりお蕎麦屋さんに行く機会はじつはあまり無い。
だから昨日は嬉しかったな。

ちょっと風邪気味かなあと思って用心して出かけたけど、お店を出る頃にはそんなこともうすっかり忘れたように元気になっていた。
ちょっとのお酒と美味しいお料理と楽しいおしゃべりは、最強の万能薬なんだ、やっぱり。

みるみる加速してゆくフワフワの雪を浴びながら最終バスを待つ。
向かいのインド料理屋さんの窓から、南の国出身の店員さんが3人並んで通りを見下ろし雪に見入っているのが見える。
やっと来たバスに乗り込み暖かい座席に座る。
バスが走り出す。曇った窓を指でこすって外の雪を見る。
暗い街がどんどん白く明るく変わっていくなか、肩をすぼめた人たちが家路を急いでいる。
iPodから「翳りゆく部屋」が流れ出した。
シャッフル機能ってのはまったく、時折とんでもない演出をするな。
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by saskia1217 | 2012-01-24 16:34 | 感じろ、考えろ、思え! | Comments(2)
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今朝、京浜東北線が長いこと止まっていた。
王子駅のすぐそばで火事、ほとんど駅まで燃え移りそうな勢い。
火事はかなり早朝だったけれど、お昼くらいまで復旧しなかった。

飛鳥山と駅の間のその通りは、思わずココロのシャッターをきりたくなるような道。
ドラマのロケにも時々使われているらしい。
ここをよく歩く私のカメラにも何枚かが収まっていた。
木造の飲食店や住居がずっと続き、春はこの上の山に桜が咲きほこる。
今朝は霙まじりの冷たい雨が降ってはいたけれど、これだけの純木造、折からの乾燥にはひとたまりもなかったことだろう。
なんだかちょっと悲しい。
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今日は久しぶりにサットサンガに行けた。
言うなれば、ヨガの座学。私にはとても嬉しい、貴重な時間。
バガヴァット・ギーターを読んでいる。
今日は第6章。「風の前にある蠟燭の炎」の例えで有名な箇所。

「感覚器官が惹き付けられる物や行いにとらわれていないとき、その人はすべての欲望の原因を手放している。あらゆる欲望の原因となるのは、恐れであり、不安である。その恐れと不安を癒すために人は、自分以外の何かを得ようとし、何者かになろうとする。(後略)」(第4節)

「(前略)生と死と、苦しみと喜びを繰り返す『サムサーラ(輪廻・束縛』の海から自分を救えるのは、自分自身を知ることだけである。どうか自分を見下したり、馬鹿にしたりして自分を破壊してしまわないように。(後略)」(第5節)

今日、心に響いた言葉を書いてみた。
がむしゃらに歩くのでもなく、ただただ彷徨うのでもなく、行く先しか見えていないのでもなく・・・
心の向くまま歩いているようで目的地は見失わず、通り過ぎる足元の草木やはるか頭上の空の色も目に取り込みながらも自分の足元は狂うことなく、天にも人にも多くを望むことのないまま夢を持ち続け、そして人と自分にやさしく。

そしたら、いいね。
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by saskia1217 | 2012-01-22 00:37 | 感じろ、考えろ、思え! | Comments(0)

元暗し

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大学はもう期末試験期間。
試験と試験と間にちょこっとだけ時間があいたので、学内の暖かいところでぬくぬくと本でも読むかと思ったが、あまりの天気のよさにダウンを羽織って外に出た。

大学のすぐ隣りにある、この「護国院」。
寛永寺の子院である天台宗のお寺で、このあたりで数回の移転を繰り返した。徳川家光が奉納したといわれる大黒天で有名で、谷中七福神のひとつでもあり、また上野王子駒込辺三十三ヶ所観音霊場の札所でもある。

今まで20年以上ここに通ってきて、このお隣さんには一度も境内に足を踏み入れたことがなかったという疎さ。
大学に来るのに上野駅を利用する私は、根津駅方面に行く時にしか通らないこの道をいつも「ふうん、お寺かあ」とチラッと見るだけだったからなあ。
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訪ねてみると、静謐なその境内には古くて美しいものがいっぱい。
札所めぐりや七福神めぐりの年配の方たちが漫ろに訪れるこの場所も、この時ばかりはたまたま誰ひとり人影がなく、「お守りは本堂の中にあります」の張り紙に甘えて靴を脱いで上がり、正面の入り口の引き戸が少しだけ開いているところから中を覗く。
シ〜ンと静まり返った本堂の奥には、ご本尊、大黒様、七福神・・・様々な仏様と神様が。
お賽銭箱の横には数々のお守りや蠟燭の入れ物が並び、どれも参拝者が自由に手に取って代金を入れるようになっている。

冷え冷えとしながらも、暖かい光をともす小さな蠟燭や、障子を通して差してくる日の光、仏像をひっそりと包む鈍い光、そして何よりも畳敷きの床からは何か落ち着いた温もりが発せられていて、ずっとずっとそこに座っていたい気持ちになった。
30分ほどぼんやりと座っていたあと、ご本尊に少しだけ近寄ってお顔を見たり、弁天様の前でいろいろと欲深いお願いごとをしたり(笑)。

ふと後ろから人の声がきこえ、年配の方たち数人のグループが賑やかに入ってきた。
本堂を出て我に帰る。
楽堂や庫裏をちょっと見てから、お寺を後にする。

ため息ものの宝物がゴロゴロ立ち並ぶ上野。
見事に一面真っ赤な江戸時代の地図を手に、それが殆ど通用するような過去が生きているこの街は、いつでもどこにでも発見がある。
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by saskia1217 | 2012-01-19 23:56 | 感じろ、考えろ、思え! | Comments(0)

思い出

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今日の朝知った、オランダのチェンバリスト、レオンハルトの逝去。
83歳。
昨年すでに「引退」宣言をしていたとはいえ、直接、間接的にこの音楽家が影響を与えた人数の天文学的数字を思うにつけ、もう人前で弾くとか弾かないとか、存在しているかしていないか、そんなことは全く関係なく、彼はずっと「そこ」にいて、そしてずっと「そこ」にいるんだろうな、と思う。

もう20年くらい前のことだが、私はレオンハルト門下だった師匠そしてクラスの友人たちと、彼のアムステルダムの自宅を訪ねたことがあった。
市内中央の一番歴史ある、一番堂々としているその運河に面した通りのお住まいは、オランダの都市部における古い住居に典型的な上に細長い造りだったが、地階から最上階まで、階段の踊り場からキッチンに至るまで楽器で溢れていた。
楽器やマントルピースの上にさりげなく置かれた中国の陶磁器や、壁にかかった絵からは何ともいえない「本物感」が伝わってきて。

愛用の素晴らしい楽器のある広いお部屋に案内されガッチガチで立ちすくんでた私たちに、じつににこやかに「さあ、どうぞ、弾いて下さい」なんて・・・なんて言われても。
最初は誰ひとり、一歩踏み出す人はいなかったな(苦笑)。

その演奏や外見的な印象から「紳士的」なイメージが強い方だったと思うけれど、お話してみるととてもお茶目で、ユーモアに満ちていて、いたずらっぽくて。
皆で食事している間も、スラッと冗談を連発されたり・・まあ、それはかなりレベルの高い「冗談」ではあったのだけれど(笑)。
そのとき目の前のテーブルの上にあった角切りゴーダチーズの山盛りのお皿を、何故か強烈に覚えている・・・。

コンサートには何回か足を運んだ。
日本で聴いたのは帰国後の1回だけだったが、そのときの演奏は正直私の心にまったく響かなかった。ステージの上の彼も、こころなしかあまり弾きたくないようなニュアンスに、私には見えた。
それっきり日本公演には一度も行かなかったけれど、昔ニュルンベルクで聴いたコンサートは素晴らしくて今でも時々思い出すことがある。
晩年、特に来日公演ではJ.S.バッハやルイ・クープランなどのプログラムが多かったけれど、イタリアやスペインの音楽で彼が醸し出すエネルギーと放出力のほうが、私には訴えるものが多かった。
フランス、ノルマンディーの街ディエップの1739年製の歴史あるオルガンを使って開かれていた講習会に参加したとき、昼間の受講生コンサートで私が弾いたマルシャンの曲を、ゲストだった彼が同じ日の夜のコンサートで同じオルガンで弾いたときの衝撃も忘れられない思い出。

ああ、どれもこれも、もうずいぶん遠くになってしまったなあ。
中学、高校時代に私の憧れだった大指揮者たちや偉大なピアニスト達も、もう殆ど旅立ってしまった。
パイオニアは去り、そして「次」が来る。
次の次には、また次が来る。
とは言えども、それもごくごく「ちっぽけな時間」に過ぎないのだけれど。

だからもはやそれは「さようなら」でもあり得ない。
自分もひっくるめて、すべては瞬きのうちだから。
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by saskia1217 | 2012-01-18 23:40 | 感じろ、考えろ、思え! | Comments(1)

日常

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気持ちが透きとおっていくね。

腹黒い思いとか、邪な気持ちとか、そんなものはもう、申し訳なくて持っていられない。
100%純真な子供の前では、ひとつの嘘もつけないように。
一巡して、すべてがリセット。

坂をおりて電車に乗って。
またこいつに会ってから仕事。

今日も、あるいて、はたらいた。
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by saskia1217 | 2012-01-11 23:57 | 感じろ、考えろ、思え! | Comments(0)

今日もまた日が昇る・・出かけてゆこう!


by saskia1217