今日もまた日が昇る・・出かけてゆこう!

by saskia1217

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デビュー

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スープカレーが世間で話題になってからもう随分経つが、じつは今まで食べたことがなかった。

「カレーがサラサラなんて嫌だ・・・」

食感としては「サラサラ」より「ドロドロ」が好きなもので。
「サッパリ」より「コクのある」ほうが好きなもので。

少し前になるが、北海道からのお土産に友人からいただいたペースト。
やっと落ち着いて夕食が作れる日々が戻って来たので、先日満を持して作ってみた。

美味しかった!
サラサラなのにコクがある(笑)。
スパイスがとても効いていてバランスがいい。
鶏肉と合う!
野菜もたくさん食べられる!
(ちょっと具が多かったかな)

夏はカレーという人は多いけど、流行や話題にいつも乗り遅れる(というか興味が湧かない)私は、いつものように「今年」がスープカレーのブームになりそう。
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by saskia1217 | 2011-06-28 20:23 | くいしんぼうメニュー | Comments(2)

夢の後

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6月18日に開幕した能楽堂オペラ「リヴィエッタとトラコッロ」「アクテオン」が、昨日26日無事千秋楽を迎え、好評のうちに終了しました。
お出でくださった皆様、全てのお客様に心より感謝申し上げます。

きっと長いこと暖められていたこのプロジェクト、私が参加したのは最後のたった3ヶ月足らずくらいなのだけれど、それでも初めてプロデューサーや演出家とお会いした時のことや、あちこちのスタジオで音楽稽古や立ち稽古をしてきた日々が、昨日楽日公演の時にはさすがに脳裏を過っていった。
何度も何度も繰り返し歌い、稽古の録音を毎日チェックしながらイタリア語の歌詞や音程を完全にご自分の身体に入れてしまった善竹富太郎さん、演じ慣れたオペラの演技と全く違う所作やホールのステージのようにバミったり出来ない能舞台での動きを、最終的には全く自然にこなした臼木あいさんのお二人の「どうしてもいい舞台にする」という強い意志と力に押されるように、毎日稽古に通っていた。

昨日の楽日公演は、やはりというか、不思議な気迫が充満していてとてもいいものになったと思う。
実際全公演を見守ってくださっていたスタッフや、複数公演をご覧になったお客様からもそういう声があった。
体力的にはそう楽でもないのが楽日だが、たしかに昨日は「アクテオン」の見せ場のひとつ、主人公が鹿に姿を変えられて水面にうつる己の姿に気づいて嘆く場面では、足の下の方からゾワッとしてきて、おまけに目がじ〜んと熱くなってきて困った。演奏者はどんなことがあっても演奏しながら泣けるなんてことは滅多にない(というかするべきじゃない)けれど、昨日は、獣の面を付け美しい力が支える姿で立ちつくし又移動してゆく櫻間右陣先生の舞を視界のごくごく端にかすめ見ながら、きっと毎回同じ精神で舞っていらっしゃるとは思うのだが、何だったのかな、昨日はそこから「何か」が流れ出してきて、それがこちらまで伝わったかのごとく。
オペラのストーリーとか音楽そのものに原因があったのではなく、何か全く別の、そこに突然絞り出されてきた凝縮された空気のようなものに圧倒され、心を掴まれた感じだ。

能管の調べと私たちの洋楽器アンサンブルの音が重なってゆくのが、ただただ心地よい。
和楽器、特に能楽堂に響く能管て、本当になんて素晴らしいのだろう。開演前に吹かれる「お調べ」(調律を兼ねた試し弾き、吹き)でさえも、なんと心打つことか。
(本当はあの後で調弦なぞしたくなかったのだが、段取りとして、非常に狂いやすいガット弦が張られたバロックのコピー楽器は「1秒でも演奏開始に近いギリギリに」調弦しないと酷いことになる都合上、仕方がなかった。初日から楽日まで、とにかく酷い湿気に悩まされ続けた)

今回の公演を通じて、あらためて再認識したこともいくつかあった。
まず、自分はやっぱり舞台作品を創ってゆくという作業がすごく好きなんだということ。
それから、音楽のことも。
「アクテオン」を何度か弾いていて、やはり感じたこと。
西洋音楽は感情が高ぶったり、何かを訴えたいときに、音楽は必ずぐわ〜〜んと広がってゆく。上へ、まわりへ、遠くへ。楽器や身体から放たれて、外へ外へと飛んでゆく=飛ばさねばならない。
今回の「アクテオン」で、鹿になった自分の姿に驚き悲しむその瞬間もそうだ。音楽は「嘆き」と題されながら、和音は刻々と移り変わり、音は鳴り続け、休むことなくこれでもかこれでもかと繰り返される。
しかしその時舞台上で起こっていたのは、シテ方が緊迫した空気を全身にまといながら指1本動く事なく、一歩一歩後ろへ後ろへと下がってゆくという光景。
一時の休みもない通奏低音奏者が舞台をかいま見ることはまず出来なかったのだが、この場面では目の端にその片鱗をかすかに捉えながら弾いていた。
そして、その「逆方向のベクトル」を感じながら、それが異種(正反対)だから反発するということなく、双方が同じ力で逆に引っ張り合うことで美しいバランスを保ちながら、そのぴーんと張った糸がキラキラと紡ぎだされているような感じさえした。

以前にも書いたことがあるが、留学生活を含む、ドイツに住んで音楽をやっていた時代、最終的には「日本人にしか出来ない西洋音楽」の存在とその意義に確信を持った経験、それが今の私の音楽の全て、そして音楽家としての存在意義やプライドを支えている。
「アクテオン」の音楽が鳴り止み、シテ方が目に捉えられないほどゆっくりと揚幕に向かう途中で、拍手する人は一人もいない。初めてお能を観る人でさえ、おそらく同じだろう。
誰にも指示されないのに、その空気を察し、まわりの動きをはかるという感覚を私たちは生まれながらにして持っている。
そして、ルイ・クープランを弾く時、そんな息づかいが自然に出てくるのも私たちの大きな「表現」のひとつなのだ。
今回そんな場面に多く遭遇しながら、この美しき感覚を再び誇らしく思ったのだった。

「コラボレーション」は掃いて捨てるほど供給されている今日。
多くの人が既に気づいているように、何かと何かを一緒にやればそれがコラボレーションというわけでもない。
そして多くの人が言うような「異種のものの融合」がコラボレーションの意義、楽しみだという考え方には私はあまり共感していない。
くっつけるだけでは何も生まれない。
大変な準備と研究、勉強、努力、ひらめき、工夫、努力、協力、そして体力・・・その結果生まれるのは「お互いに解け合ったもの」ではなくて「解け『合う』ことなくそれぞれの存在がはっきり感じられる強さと個性の残る共存」、それこそが本当の「コラボレーション」と呼べるのではないかと私は思っている。
その意味で(私はどうしたって物理的精神的に客観的には観られなかったのだが)、今回の公演はおそらくその数少ない「本物」だった気がしている。
演出家の伊香さん、そしてプロデューサーの大平さんに乾杯!

打ち上げでは、ほぼ6時間近くワイワイと話に花が咲き、じつに楽しい時間を過ごした。
次の企画、夢、希望、壮大な野望(!)などが出るわ出るわ、皆の話はいっこうに尽きない。
いつかまたどこかで一緒に仕事ができますように、と皆が思いながら。
スタッフ、キャスト、そして能楽堂の方々、お客様にただただ感謝。

オマケの写真。
レチタティーヴォの苦労を共にした善竹さん、臼木さんと。
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そして「リヴィエッタトラコッロ」で「最も印象に残った場面」ナンバーワンの、開幕直後に登場した善竹さんの絶品の笑顔を載っけちゃおう。この場にいた全員のリクエストに答えて。
「これPCのデスクトップ画像にしたら、その日いちにちハッピーに過ごせそう」「携帯待ち受けにしたらいいことが起きそう」と大評判!
もちろんこの表情も、狂言師の修行の賜物です。
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by saskia1217 | 2011-06-28 04:01 | 感じろ、考えろ、思え! | Comments(2)

江戸の緑

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都会のただ中にポッカリと残る江戸はいくつかある。
そこを訪ねるのが好きだ。

先日、友人と小石川後楽園を散歩した。
蒸し暑い梅雨の、日が射すんだか小雨が降るのかよくわからない中途半端な曇り空。
噎せ返るような緑の下に見事な睡蓮がたくさん浮かぶ。
「天下の憂いに先立って憂い、天下の楽しみに後れて楽しむ」(范仲淹「岳陽楼記」)
その名前の由来に相応しい心静まる水戸藩の中屋敷(あとで上屋敷になった)。
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回遊式庭園のじつに巧妙な仕掛けにすっかり引き込まれ、緩やかに歩くうちに次々と違う絵が目の前に現われるのに驚かされる。
だけど、睡蓮てなんて完璧な姿をしているんだろう。
これが一面に咲いている水面がいきなり眼前に開けたとき、思わず「極楽浄土」という言葉が頭をよぎった。
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庭園の歴史とか水戸藩のあれこれを知らなくても、この庭をただ歩くだけで「その時代」の佇まいとか、ここに様々な階級、職業の人びとが生き生きと暮らしていた街の空気とかが、あっち側からやってくるようだ。
あたかもこの東京の雑踏のなかにポッカリ空いた空間が、過去と通じるいくつかのトンネルのひとつのように。
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梅、桜、藤、躑蠋、サツキ、カキツバタ、紅葉・・・咲く花々は、季節毎に巡ってゆく。
特に何も想いを馳せずに訪ねた私たちが奥まった一角にゆっくりと歩みを進めると、そこには予期せぬもうひとつの「極楽浄土」がひらけた。
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白、紫、紺、無地、絞り・・・少しずつどこかが違うたくさんの花菖蒲の海。
どれも、好きな色。
うっとり。
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池には生き物もたくさん。
苔むした大木の下で、ゆっくりと頭を伸ばし、またゆっくりと引っ込ませながら、彼は一体何に思いを馳せていたのだろう。
この広い庭の中でそのちっぽけな姿がまるで自分のように思えて、おもわず頬が緩んだ。
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by saskia1217 | 2011-06-22 23:15 | 感じろ、考えろ、思え!


♪ガタガタと そりゃふれまわる
とくいの高慢ちきで
そういうやつらに俺が言う
きさまに人が信じらりょか♪
(「待つ男」)

3回目のアンコール、最後の最後はもう、身体をまっぷたつに折って歌う宮本さんが粉々になって、木っ端みじんになって消滅してしまうかと思うくらいだった。
ステージ上の全てがその瞬間に気化してしまうような、そのすさまじさ。

伊達や酔狂じゃない。
生半可なんて一度たりともありえない。
生きるか死ぬかのステージ。
有言実行を突きつけられる。
恥ずべき自分を思って頭が垂れる。
いや、まだ全然、まったく足りてないだろう、お前は。
胸を打たれるだけじゃあ到底済まされない。

4月2日に始まった「悪魔のささやき〜そして心に火を灯す旅〜」全国ツアーの最終日。
長かった、けど、始まったものは必ず終わるんだな。
ちょっと仕事が続いて身体は疲れていたけど、その先にある杖のように、湿気のこもる東京の空の下を後楽園・東京ドームシティホールに出かけた。

前日の東京1日目は自分の本番で行けなかったが、お客さんも最初からかなり熱かったと聞いていた。
ラストのラストは、一体どんなコンサートになるのか・・・という期待と気迫とちょっぴりの寂寥感がソールドアウトの会場にみなぎる。
私は何回か聴く機会に恵まれた今回のツァー、最後は気持ちも距離も少し後ろから感じたかったので、上手後方で待っていた。

5分押しでメンバー登場、いつものように「moonlight magic」から滑るようにコンサートが始まる。
お客さんのワクワクドキドキが一瞬にしてステージ中央に押し寄せるのがわかる。
そしてまたいつものように最初の数曲はMC無しで曲が流れ続ける。
「脱コミュニケーション」「悲しみの果て」「彼女は買い物の帰り道」そして今日は少し速いテンポの「歩く男」。
6曲目、「本屋通いをやめた、っていう曲です」とMC。
♪生きて、生き抜いて果てるだけさ行け!♪
大好きなアルバム「風」から「定め」をやってくれた。嬉しかった。
ライブで聴くのは初めてだったけど、ちょい長めの「語り」が入るこの曲、歌も語りも生で聴くと、この喉を締め付けられるような焦燥感と熱い空気と自分の中に鬱積した暑苦しさがものすごくリアルに襲ってくる。

続いて「九月の雨」、これはこのツァーでライブならではの「歌」の無限の魅力がどんどんプラスされていった素晴らしい体験が出来た曲。今日もそれまで聴いたことのない歌い回しと「声」の魔力に酔いしれた。途中で足元からゾワゾワって電気みたいな何かが走ったものね。
「歌」だけでなくて「声」そのもの・・・発声器官から発せられるもの全てに何かが宿って伝わってくるって、本当に希有な事だと思う。
そんな人はやっぱり滅多にいないよ。

「旅」の間奏では、今日はスタンドマイク真っ正面向かって叫んでた(笑)。
「ギター、俺〜〜〜っ!」
そして前に出て来てのギターソロ。
すごくいいです。

「いつか見た夢」を挟んで「ハロー人生」。
ここではもうすでにお客さんが、アンコールかと思うくらいピーク状態。
アリーナのフロア全体が飛び跳ね、腕上げ全開、そして♪ハロー、人生!♪の大合唱。
こんなの初めて聴いたな。
「珍奇男」のギターとっかえで、アコギを背中からハケさせエレキを前から受け取ったのが新鮮で(笑)、思わずホゥ〜って感心しちゃった。
「ジョニーの彷徨」はイントロのリズムボックスを一回止めてやり直してたけど、遠くで見てたので事情はわからず。何故か分からないけどこの時期「昇れる太陽」とか「starting over」のようなつい最近のアルバムの曲が出てくるとちょっと驚く自分が謎(苦笑)。

「明日への記憶」がしっとり終わった後に、今一番一番聴きたかった「普通の日々」。
こんなにこんなに好きな曲なのに、ライブで聴いたことがなかったから本当に嬉しくて。
一生懸命がんばって仕事をしている時、本番で忙しくて仕方がなくて、自分のコンサートでさえもいい気持ちで臨みにくい時・・・多分まわりから見たらおそらく非常に醜い状態になっている自分の背後から、この曲はいつも、自分をゼロに戻して本来すべきことは何なのかをしっかりと、そして優しく諭してくれる不思議な力がある。
「赤き空よ!」大好きなこの曲もしばらくは生で聴けなくなるなあ、と思いながら噛み締める。
「夜の道」は今回聴けた数回の中で、この日だけは何か違った感じがした。会場の音響によってニュアンスも違ってくるのかもしれないけど、小声で歌い始めた宮本さんの声が、この曲の時だけ生の声、ちょうどすぐ隣で歌っているように直接聴こえてきて吃驚した。
歌詞が、ひとつひとつの言葉が、消えてゆくのを惜しむように響いて、それでもそばから消えていって・・・その儚さが沁みた。
「幸せよ、この指にとまれ」ではお客さんが高く挙げる人差し指の林立が美しく、その時に本当にこの会場に、そこらへんに漂って行き場を捜している「幸せ」が集まってくるような空気だった。

そして今日は「朝」が流れ、ステージに雲の渦と雷鳴が降り注ぎ、始まった「悪魔メフィスト」。
一番最初にライブでこれを聴いた新春武道館の時の、あの外しまくりエネルギー満開の時の音を彷彿とさせたけど、それもまた時を重ねて今のエレカシで聴くと、あの時とは確かに何かが違っていてよかったなあ。

アンコールが始まる時、メンバーからもお客さんからも醸し出される「いやいや、まだまだこれからだぜ」感がこの日も満々。
いきなりの「極楽大将生活賛歌」、これも嬉しかったねえ。みんな大喜びで本当に楽しかった。
続いて、これまたまさかの「習わぬ経を読む男」。昨年Zeppツァーでも聴かせてもらったけど、この2曲の流れは楽しすぎる。
そしてそこで「渋い曲やります」と「DJ in my life」。やっぱり「風」は素晴らしいアルバムだ。
この曲のときだったか忘れたけど「昔の曲で・・・、あ、昔っていっても10年前、20年前、30年前と、いろんな『昔』があるんですけど・・・これは10年前の曲です」とのMC。ああ、そうだよなあ、それぞれの時、それぞれの曲、聴いてきた側も創ってきた人も、一言では言い切れない時の積み重ねがあったんだよなあ、と思いを馳せる。
「俺の道」「ファイティングマン」でいつものように熱狂のフロア。
本編まではさすがに着席していた指定席のお客さんたちも、アンコールに入るとさすがに我慢できなかったのか、立ち上がって拳を振り上げる人多数。そりゃそうだよね(笑)。

ダブルアンコール最初は「東京ジェラシィ」。
わあああ!
初めて行った野音で歌ってくれたときは、私はこの曲を知らなかった。
八王子で「東京の空」、戸田で「武蔵野」、千葉で「It's my life」・・そして「東京ジェラシィ」。
今回のツアーはその土地土地で、そこならではの曲をセレクトしてくれた感があったのだけど、今日はこれだったのかあ。
♪行くぜbaby 勝利は 俺は全然怖くない♪(「東京ジェラシィ」)
お城、遺跡、その歌詞をあらためて聴きながら、自分も東京に住む素敵な感覚を呼び覚ます。
この曲聴くと、対として必ず思い出すのが「ハローNew York!」なのですよね。
そう、結局は自分の魂はここ東京に帰ってくるのだ、と。

「俺たちの明日」が続き「ガストロンジャー」でこれ以上のピークはないという沸騰状態に。
もちろんこれはお客さんも歌いまくってた。
これでもうアンコールは終わりだろうと思っていたら、残っていた力を振り絞るように再度ステージに出てきた黒シャツの宮本さんが歌ってくれたのは「待つ男」。
今日は後ろにいたのでその姿はよく見えなかったけど、この曲、一段とトミのドラムが炸裂していた。
宮本さんの声はまだまだ力強く、パフォーマンスも渾身で。
途中、まっすぐ前を見据えて叫んだ。
「俺を見ろっっっ!!」

!!
一瞬いろんな想いが呼び覚まされたけど、う〜ん、そうか、そうなのか・・・と何故か納得させられてしまった。そうだよね、頑張ります!
カリスマ、恐るべし。

今日はMCはそんなに多くなかったのだけど、宮本さんの力強い「かけ声」の類いが結構あって、いつもの「ドーンと行け!」も連発したあとに何故か「ドーーーーン!」と1回(笑)。
で、それにお客さんがすかさず皆で「ドーーーーン!」と復唱したのがホントに可笑しくて。
そしてこれは今回のツァーで何度か繰り返しておっしゃってたけど「長くやってるって、やってきたって、いいですね、やっぱり」を今日もしみじみと。
お客さんから大きな拍手。
「今回俺たち、4月のあたまからずっとツァーをやってきたんですが、今日はその最後で・・・東京、まあいいや、今日は今日しかないんだよ!」
「でもみんな本当にありがとう。お互い様なんだけど、俺たちもみんなから元気をもらいました、ありがとう!」

熱狂もピークだったけど、でも終わってみるととても落ち着いた大人っぽいコンサートだった印象。興奮もあったけれど、残ったのは平安と深い呼吸。

全28曲、2時間半弱。
「サンキュー、また会おう!」
いつもいつも、コンサートの最後で言ってくれるこの一言が、今日は心無しかちょっと重く、ちょっと心に引っかかって聞こえた気がして。
きっとこっちの心がそうだったのだろうな、これで暫くステージの彼らとは会えないなという寂しさは確かにあった。

♪Baby 幕が上がる
俺はきっと普通の日々から
あなたを想って うたをうたおう♪
(「普通の日々」)

でもきっとすぐに舞台が用意され、またすぐに幕が上がる。
たくさんの音と色と幸せを、両手いっぱいに届けてくれたエレカシに、他に言う言葉はないけれど。
ありがとう。
今度会うときは、彼らが投げかけてくれる分に相応しい大きさに、もっともっと大きく自分の両手を拡げられるようにしておこう。

その日を待ってる!

で。
本屋通い、ぜひまだ止めないでくださいね・・。
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by saskia1217 | 2011-06-20 15:30 | エレファントカシマシ | Comments(6)

一瞬の命

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舞台で行われていることは全て、その一瞬だけのもの。
音も、セリフも、衣装も、光景も、そしてお客さんの笑いやため息でさえも、その日その時ただ一回だけのもの。
その一瞬のために、頭をひねり、あちこち走り回り、楽器を練習し、声を整える・・多くの人たちがいる。
そしてもしかしたら、その一瞬だけのために、私たちは何十年もの長い時間、毎日毎日、楽譜や楽器と、演技や舞と、台本や外国語と、取り組んできた。
今日も、そして明日からもずっと続く。

小さき花が、この世の中を照らすという自分の使命を全うするように、相応しい場所で自分の「分」を務め尽くせたらどんなにいいだろう。

能楽堂オペラ、初日幕開け。
マチネとソワレ、それぞれのお客様が、この珍しい企画をそれぞれの暖かさで包んでくださった。
マチネはおそらく能や狂言に親しんでいる方が、そしてソワレはオペラや古楽の愛好家の方が多かったのではないだろうか?
前者は狂言としてしつらえられた舞台にたくさんのお客様が大笑いされ、能の形がとられた後半では終演後その作法通りに静寂が続いてから拍手が起こった。
後者は「オペラ」を鑑賞する感覚で真摯に観て下さる方が多かったのか、声に出して笑うお客様はほとんどなく、逆に終演後すぐに拍手が起きた。後半終了後は拍手のタイミングを迷っていらっしゃる方も多くて、お困りだったのかなあと思う。
同じ公演内容なのに、反応が全く違ったことが興味深かった。

多くの素晴らしい表現者の方々との出会い。
あと4回のこの得難い時空間を大切にしよう。
始まったばかりなのにもう、終わってしまうことが寂しい・・。

そして。
今、エレカシの「普通の日々」が聴きたい。
「覚醒」「何故だか俺は祷っていた」が聴きたい。

あるべき時に、あるべきところに鳴る音楽。
聴くべき人に伝わる音楽。
その片隅にでも関わっていられる幸せに感謝。
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by saskia1217 | 2011-06-19 01:45 | 感じろ、考えろ、思え! | Comments(2)

初日、明日あけます

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能楽堂オペラ、いよいよ明日初日があけます。
今日は午後いっぱい、2作品のGP。
日経や読売など、いくつかのメディアの取材が入った。

ひととおり通してから小さいダメだしをした後、夕方からは、学校を終えた子方3人と合わせ。
先生(櫻間右陣さん)の指示や注意を「はいっ!」という礼儀正しいお返事と一緒に一度できちっと覚え、次にやった時は間違えずに言われたことをきっちりやり遂げる。
合わせが終わると舞台にきちんと正座をして、我々にもきちんとご挨拶をしてくれた。

もちろん他の大人の出演者の方々もそうなのだが、リハが始まる前にわざわざ私たちのところまでご挨拶にいらしてくださったり、あたりまえの礼儀作法なのかもしれないのだけれど、とかくワサワサと調弦始めてなんとなく始まっちゃうこともある私たちは、もうそれだけでピリッと背筋がまっすぐになる。
リハが終わっても、このオペラが終わってしまっても、忘れたくないことのひとつ。

音楽も、演技も、字幕も、装束も、プログラムも、すべて素晴らしく整えて、皆様のお出でをお待ちしています!
セルリアンタワー能楽堂オペラ、明日、初日の幕が開きます。
楽日の26日までのどこかで、皆様とお会いできますように!
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by saskia1217 | 2011-06-17 20:16 | 感じろ、考えろ、思え! | Comments(0)

良き時間

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セルリアンタワー能楽堂オペラ、初日まであと2日。
今日は装束を着けての通し稽古。

そして今日初めてご一緒できたのは、「アクテオン」のほうで共演する能舞の櫻間右陣さんと、能管の松田弘之さん。
我々古楽器の小編成オケと能管が一緒に演奏する箇所があるのだが、今日はまずその部分を短く打ち合わせ。
聞くところによると、お能や狂言の舞台では西洋音楽や演劇のような形の「リハーサル」はなく、本番の前日や前々日に「申し合わせ」が1回あるのみ、というのが普通らしい。
そしてその際でも、必ずしも本番通りに衣装や面を着けるとも限らないそうだ。
だがさすがに今回のようなイレギュラーなものでは、特に我々にとっては(!)そんなことあまりにも怖すぎるので、今日は本番通りの位置や音で合わせていただいた。

手順を説明してくださる松田さんのお話のなかに何度も出てきた言葉があった。
例えば、「ここはこう吹きますから、それが終わったら『良き時間』をおいてその先に入ってください」と。
我々ならこういう時、普段なんと言っているだろう?
「そこは大体八分休符くらいの間をおいて、次に入って下さい」
あるいはそこまで具体的でないにしても「そこはちょうどひと呼吸おいたくらいで次に入って下さい」
たぶんそう言うだろう。
「良き時間」つまり間をはかるのは、そこを受け持った者の感覚、つまりセンスに任されているということなのだ。
そしてそれが一体どのくらいの間なのか、そんなことは言葉で示すことでもなく、示せることでもなく、そしてそんなことくらいはわかっていて当たり前なのだ。

一体どうやって「絡む」のかは、本番のお楽しみデス。
「良き時間」「良き時」の在処を、ぜひ捜しにいらしてください!

(写真は、櫻間右陣さんから所作のアドヴァイスを受ける歌手の皆さん。舞台への出方ハケ方立ち方座り方や、歌う時の所作や扇子の使い方など、結構細かいお約束ごとがあります。
おひな様の五人囃子って・・・ああ、言われてみればまさにその小道具とその姿勢!など思い当たることもあって面白い。
いいなあ、オケも和服でやりたかった・・・とオケメンバーが悔しがることしきり。
なお「リヴィエッタとトラコッロ」の臼木さん、善竹さんの衣装も見事だったけど、それも本番までは秘密です!)
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by saskia1217 | 2011-06-16 23:54 | 感じろ、考えろ、思え! | Comments(0)

こちらは初リハ

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こちらのリハは今日が第一回目。
7月10日のマンドリン&チェンバロナイト#11「レジェンド」。
大学の授業の後、夜から石渕さん邸へ。

今日のところは音出しよりもまず、S.ワンダー、ディープパープル、コールドプレイのアレンジの打ち合わせ、それから書き下ろし新曲の音直しなどの微調整を中心に。
結構長いことかかって、全ての目鼻立ちがついた。
で、ここまでくると「殆どやった気になってしまう」のだ、いつものように(苦笑)。
いやいや、これからだぞ。
なんだかいつも以上に楽しくなりそうな予感。
だって、どの曲もいい曲ばかりだから。

チケットお申し込み、すでに開始しています。
(↑コンサート情報をご覧ください)
夏の夜の夢を見に、ぜひ明日館へ!
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by saskia1217 | 2011-06-16 01:43 | 感じろ、考えろ、思え! | Comments(0)

能楽堂に似合うもの

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毎日能楽堂に通っていると、以前から不思議だったもの、近くで見たかったものをゆっくり見る事ができて楽しい。
これは橋懸りの両側にある松の木。片側に3本ずつ、計6本。舞台に近い方から一の松、ニの松、三の松と名前がついていて、遠近感を出すために一の松に向かって背が高くなっている。
もちろん作り物じゃなくて本物。
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そして美しい揚幕。
何でこの色なんだろう、と昔から疑問だったが、調べてみたら中国の陰陽五行説でいう万物の5元素である「木、火、土、金、水」からきているという説が有力らしい。つまりそれぞれは「青、赤、黄、白、黒」に当たり、青は緑、黒は紫に対応するそうだ。
ちなみに能の世界では「黒」は見えないものとして扱うときいた。黒子とかね。
今回のオペラでは客席のど真ん中でさらし者状態になって演奏する我々器楽奏者は黒を着るので、つまり「無いもの」として見えないことになってるらしい(笑)。
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で・・・。
知らない間に撮られてた(爆)。
これもちょっとばかし、能楽堂にマッチしてるような・・・気がするのは私だけか??
意外といいと思うんだけどな。
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by saskia1217 | 2011-06-15 01:07 | 感じろ、考えろ、思え! | Comments(0)

オケ注入

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セルリアンタワー能楽堂オペラ、本日より全員会場入り。
オケも今日から参加。賑やかになって嬉しい。
何より、自分のパートだけ弾けるのが嬉しい(笑)。その分、右手をどう即興するかに、やっと心を注ぐことができるので、想像力が膨らんで楽しい。
鍵盤の役割のひたすら面白いところ。

最新号の「キーボードマガジン」に、エレカシ宮本さんとキーボーディスト蔦谷好位置さんの対談が載ってて興味深く読んだが、お互いのポジションに対するコメントが特に共感できて面白かった。
キーボーディストから見たヴォーカリスト、そしてその逆。
宮本さんにとってのキーボーディストは「知的」というイメージがあり「鍵盤を通して音楽をする人たちには自分たち(ヴォーカリストやギタリスト)には無いものがある」そうだ(正確には覚えてないのですがそういう内容)。
いろんな人と共同作業することの面白さは結局はそこだよね。
同じ音楽を同時に鳴らしているけど、音楽への対峙の仕方、捉え方がそれぞれ違うから(解釈、ではなく)楽しい、ということを久しぶりの小編成アンサンブルをやって、今日あらためて思った。
そして今回はそれに加えて、狂言師、能楽師、能管奏者という、おそらく明らかにその「捉え方」が異なる方々と一緒に作品を作っている。
一緒にやることに慣れたメンバーに対しても同じだけれど、相手がその場面でどう感じているか、何を理想としているのか、そしてどう伝えたら相手も自分もいい結果が出せるのだろう、という当たり前の作業は、楽しいと同時にエネルギーも要る。
ツーカーであればあるほど、本当にそれでいいのか、という「自分の胸に手をあてる」瞬間も多い。

休憩時間、憧れの能楽堂の裏をウロウロ。
一度覗いてみたかった「切り戸口」から舞台と客席を眺めてみた。
いいなあ、こんなふうに見えるのかあ。
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橋懸かりに出てゆく境目の揚幕。
ここから先は足袋を履かないと入る事が出来ない。
この手前の空間「鏡の間」は、お能においてお面を着けてその役柄の魂を己に入れる神聖な空間だと教わったことがある。
なんだか、立っているだけでドキドキする。
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明日もまた、リハは続く。
少しずつ、少しずつ、形と音が姿を現してゆく。
その完成形を、是非ご覧下さい!
(各公演、S席は残り少なくなっております。どうぞお早めにお求めください!)
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by saskia1217 | 2011-06-13 23:43 | 感じろ、考えろ、思え! | Comments(0)