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命よ、生活よ



身体はたぶん元気なのに、何にもやる気が起きない。
こんな時に何にも人の役に立っていない。
腹立たしい。
でも動けない。

病気じゃないのに、あちこちが微妙にすこ〜しづつ痛かったり重かったり。
もともと悪かったところが悪化したり。
地震酔いは治るどころか、相変わらずぐるぐるが止まらない。

なによりも、身体のなかに力がない。
おかしなことに朝必ず6時頃に目が覚めるので(このことが既に事件)、すぐニュースをチェックして緊急事態が起きていないことを確認すると(仕事がない日や朝早い必要の無い日なんか)すぐまた横になってしまう。
要するに、生産的なことをする気が全く起きない。
日常生活の最低限のみ、ご飯を作って食べること、洗濯、簡単な掃除くらいしか出来ていない。
あとはテレビを見ること。まあ、そんなに真剣に見てるわけではないんだけど。
それでも節電しなきゃと思って消したりつけたり。
勉強とか調べものとか、全然スイッチが入らない。

・・・って日々がしばらく続いた。
昨日、ぼ〜っとしていた時にふわ〜って浮かんだコードとメロディーを、そういえば書いとかなきゃと思い、久しぶりに五線紙にちょこちょことメモ。
ついでにその勢いでアレンジ前の下調べをしようと、7月のライブで予定している曲の楽譜を引っ張りだして音源と一緒に眺める。
ここまで、これだけの行動が起こせたのは結構ひさしぶりかも(苦笑)。

音楽を聴きはじめたら、何かが動き出したみたいに身体がなめらかになった。
鉛筆を走らせたり、楽器にむかったり、ネットで調べものをしたり。
途中でエレカシも聴きながら(笑)。

7月にやるこの曲。
コールドプレイの「Viva la Vida」。
普通はなんて訳すのだろう・・「万歳」というのもヘンだ。
命への賛歌、そして同時に生活への賛歌。
歌詞を見ながら聴いていたら、この曲をプログラミングした昨年12月に聴いた時とまったく違う響き方をしてきた。
何故だかわからないけど、涙がこぼれた。
情けなくて愚かな人間のちっぽけな存在、命の生かしかたと使いかた、どこまでいっても未来があり後ろを見ることは許されないという、絶対に前にしか進まない時間。

少しずつでも、前に行けるだろうか・・・


「かつて私は 世界を支配した
私の言葉ひとつで 海は割れた
今は朝起きても一人
昔自分のものだった道を 掃く

かつて私は 犀を転がし 戦った
敵の目に恐怖がよぎる 手ごたえ
耳朶を打つ 群集のどよめく歌
「王は死んだ! 王様万歳!」

鍵を手にしたその瞬間
四方を壁に閉ざされた
ふと気付けば私の城が建っていたのは
塩の柱 砂の柱の上

エルサレムの鐘の音が聞こえる
ローマの聖歌隊が歌う
私の鏡、剣、盾になれ
異郷の地に赴く 使徒になれ

何故だろう 理由は分からないけど
そこに着いた途端
正直な言葉はひとつも出てこなかった
それは世界を支配していた頃の自分

それは邪な暴風だった
ドアをなぎ倒し 私を中に招く
砕け散る窓 轟く太鼓の音
変わり果てた私に 人々は目を疑った

革命家が 待ちわびるのは
銀盆に載る 私の首
糸1本の操り人形に過ぎない自分
おお 誰が王などなりたい?

エルサレムの鐘の音が聞こえる
ローマの聖歌隊が歌う
私の鏡、剣、盾になれ
異郷の地に赴く 使徒になれ

何故だろう 理由は分からないけど
聖ペトロはきっと私の名を呼ばない
正直な言葉はひとつも出てこなかった
でもそれは世界を支配していた頃の自分」
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by saskia1217 | 2011-03-30 19:38 | 感じろ、考えろ、思え! | Comments(0)

悲しみの果て

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「悲しみの果てに 何があるかなんて
俺は知らない 見たこともない」

あたかも誰にでも思いつきそうなのに、誰がいったいこんな詞を書けただろうか。
この曲を初めて聴いたときからずっと、そう思っていた。
昨夜のフジテレビの生番組でエレカシが歌ったのは、この「悲しみの果て」。
1996年、宮本さん29歳の時の作品。

震災後のこの国全ての人にむけての番組で、出演したアーティスト27組がそれぞれの演奏と、そして殆どが短い言葉でのメッセージを付け加えていた。
テレビに、それも生番組にあまり出ることのないエレカシの出演を、どこかに重苦しい何かを持ったままの自分は、唯一それに寄りかかるようにその出番を待っていた。
嬉しいとか、楽しみとか、期待する・・とは違うような。

槙原さんもゴスペラーズも、いい声だなあと思いながら聴いていて、CM明けにいきなり映った宮本さんの険しい表情と目に思わず身体が固くなった。
その瞬間に緊急地震速報がけたたましく鳴ったので宮本さんのコメントは殆ど聴こえず、一瞬の不穏な空気をも貫いてそのまま演奏が始まる。

(ちなみに後で「速報は大事だけどコメントが聴こえなかったのは残念だった」と話したら、ある人に「でもあの警報で、たくさんの人がテレビに集中したはず」と指摘され。
ふ〜む、なるほど、そういう考え方も・・・。そして揺れは来ませんでしたね)

まっすぐな声にまっすぐな言葉、まっすぐに見据える目の力。
宮本さんがその瞬間にどんな思いでそこに立ったのかが、想像できるような。
6人の音が、テレビを通しているとは思えないくらい届く。
特別なコメントではなく、ただ一言「俺たちの希望の歌だと思って歌っている歌です」というメッセージも、そしてオンタイムで聴いたときは何かそこに特別な気持ちや素晴らしささえ感じた「悲しみの果て」もじつは「いつもとまったく変わらない、いつもと同じように」まっすぐで真摯な、そして「不必要な衒いや力などまったくなかった」演奏も。
すべてが、ほかの誰でもないエレカシそのもので。

キャリアあるプロのミュージシャンでも、たった1曲をポッと演奏するのはたぶん、ライブの中で歌うのとは違う難しさがあるはずだ。(自分がそうなのでそう思ってるだけかな?)
あの場で、あの空気で、しかも2分半という一瞬に、もちものの最大限をバシッと出せるのは、今更ながらスゴイ。
つい2ヶ月前に同じフジの「FACTORY」で生で聴いた「悲しみの果て」を今見たら、昨日とある意味「同じ」演奏だったから、そのことに感動。
本当のプロだ。

とにかく歌が素晴らしかった。歌を、音楽を、きかせてくれた。
そして、そう思えたミュージシャンはエレカシだけではなかった。
森山直太朗さんの「桜」はアカペラからインストの入りというドラマチックなアレンジで、その力を倍増させていた。
ゆずの「Hey和」もまさに今この時に歌われるためにあるような音楽で。
尼崎のライブ会場から中継のさだまさしさんは、懐かしい「主人公」。10代の頃大好きでいつも聴いていたこの曲、久しぶりに聴いてその歌詞をあらためて味わえた。
そしてこの日、スガシカオさんがバックステージで言ってらしたという言葉。
「歌うことよりも前に、まずこの場に来る覚悟を問われる」
それを感じさせてくれた何人もの「歌係」たちの真骨頂を目の当たりにした。

番組そのもの、またその画面や演出、いろいろな捉え方があったと思う。
私自身も場面によっては違和感があった瞬間もあった。
けれど、必要としている人、力と変えることができた人がいる限り、それは提供されるべきものだ。
今日、ジブリの新作会見での宮崎駿氏の言葉を読んだ。
「いまだ埋葬できずにいる多くの人を抱え、国土の一部を失いつつあるこの国で、アニメを作っている自覚をもって仕事を続けている。文明の模索と向き合う時期を迎えたが、今は軽々しく文明論を語る時期ではない」
そう、語ったり論争したりではなく、まずそれぞれが向き合わなければ。

この番組へのエレカシの出演を知ったときは、「悲しみの果て」は短くて残念とか、(非常に失礼なことだが)その歌詞が表面的に伝わったら嫌だなあ、などという僭越な思いも無くはなかった。
ほんと、失礼極まりないぜ。
「ココロに花を」とか「友達がいるのさ」のほうがいいのに、なんて思ってたりしたのだけど。
違った。
「悲しみの果て」でよかった。いや、この曲がよかった。
これは単純な失恋の歌じゃないんだ。

「涙のあとには 笑いがあるはずさ
誰かが言ってた 本当なんだろう」

「本当さ」「本当なんだよ」じゃなく「本当なんだろう」。
そこに真実をみる。
人がどうしても振り払えない不安と悲しみと不確実さ。
だから、何かに、どこかに、いつまでも頼りないグラグラした中にでも、希望「みたいなもの」を持つ、それが人間。
どう「がんばった」って無理なんだ。
嘘はつけない。
だから・・・「さあ、がんばろうぜ」でも「明日もがんばろう」でもなく、この曲が今、この時に相応しい。

「悲しみの果て」は誰も見たことがないし、考えることもできないけれど、
「悲しみの次」なら、たぶんすこしだけ時間をかければ、きっと誰にも想像することができる。

最後に。
ラストまで残ってフィナーレを歌った宮本さん、本当にお疲れさまでした・・・
元気に仕事をしていても、本当はどこか違うところが痛んでしまっている人も多いかもしれない。
弱ってしまって仕事ができなくなってしまったミュージシャンもいます。
来月スタートするエレカシの全国ツァーが楽しみ。
メンバーもスタッフも、そしてお客さんもみんなが元気で実現できますように。


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by saskia1217 | 2011-03-28 21:50 | エレファントカシマシ | Comments(4)

テレビ

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ふだんからテレビ大好き。
先週はやはり家から出られずに、24時間放送し続けるテレビをずっと見続けた。
今週は仕事がどんどんキャンセルになって家にいる時間が増えた分、節電はしつつも情報が気になってやっぱりテレビをつけていた。
そうして必要な情報が得られる代わりに、継続して目や耳から入ってくる量が圧倒的に多すぎた。
元気には自信があるのに、珍しくしばらく調子が悪かったのはそのせいもあったかもしれない。

明日、楽しみなテレビ番組。
19時からのフジテレビ「上を向いて歩こう・うたでひとつになろう、日本」。
本来、世界フィギュアの枠だったのだろうか?
どっちにしろ、いろんなミュージシャンがひとつの番組に集まって歌う、いつもは普通のことが何だかとても嬉しい気がする。
好きなミュージシャンも正直それほど好きでないミュージシャンも、この際さらっとまるっと聴いてみたいような素直な気分になっている。
演出だって企画だって別にいい。

エレカシに出会う前、滅多に行かなかったカラオケで唯一歌えたのは加山雄三、さだまさし。
前者は母の影響、後者は妹の影響。
そのお二方もご出演。
そして、大好きなエレカシも。
テレビの音楽番組、それも生番への登場はそう多くないから、単純に嬉しい。
何よりも「今この瞬間のエレカシ」が聴きたかった、見たかった。
どの曲だっていい。
ただ、今、歌ってもらえるなら、ただそれだけで。

元気なつもりできっとあんまり元気じゃない誰もに・・・
一人残らず・・・
届け、その音と言葉!
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by saskia1217 | 2011-03-26 17:02 | 感じろ、考えろ、思え! | Comments(0)

破られない約束

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何があっても、その約束は必ず叶えられる。
そこにその存在があるかぎり、その命があるかぎり。

花が咲く。

春が来るよ。
ちょっと遅れているけど。
必ず来る。
もうそこまで来てる。

卒業式が無くても、入学式が無くても
みんながそれぞれの場所で背筋をピンと伸ばしてるのが見える。

染井のソメイヨシノ。
もう少しだ。
がんばれ。

日本は終わらない。
世界は終わらない。
そう簡単には、終わらせてはくれない。
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by saskia1217 | 2011-03-26 00:46 | 感じろ、考えろ、思え! | Comments(0)

東京の祈り

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昨日、友人と芝・大門を歩いた。
東京タワーのてっぺんはあれから曲がったまま。
単に朝だったからではないだろう、増上寺の広い境内には殆ど人の姿がなく、閑散としていた。
法然上人800年の催しも、江戸東京博物館で予定されていた宝物「五百羅漢図」の展覧会も延期。
本堂に一歩足を踏み入れると、静謐とした空間にお香の香り、薄暗い中から正面にご本尊が見えてくる。
並べられた椅子にはぽつりぽつりと座る人が1人、2人。
コトリともしない静まり返った空間。
中央には、今回の震災で亡くなられた方の慰霊の白木のお位牌と、菊の花。
座っていると、だんだん吸い込まれるように身体も心も深いところに沈んでゆく。
こうして、カトリック教会のように誰もがフッと入って祈れる空間があるのは尊い。
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丸山古墳の上に自分が乗ってみると、やはりその大きさに圧倒される。
南関東一の前方後円墳。やはり武蔵国の前身のうち最強だったといわれる无邪志の国造を葬ったのだろうか・・・。
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馬ではなく(!)この足で、息もつかずにのぼりきった86段。
愛宕神社のこじんまりした境内には、梅の花の名残も。
家康はこんな高台にある梅の花を、いったいどこから見つけたんだろうか・・・?
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広重が「東都名所」で描いた増上寺・三解脱門からの眺めにも記されている「飯倉神明宮(芝大神宮)」の境内には、梅や椿が満開。
様々な色や形の椿のなかでひときわ深く心に残ったのが、この花。
ピンクが全く混じらない深紅、そして内を向いた小さなお椀のような美しい形。
冷たい小雨のなか、祈りの空間にじっと咲き続ける。
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by saskia1217 | 2011-03-24 21:26 | 感じろ、考えろ、思え!

三半規管

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大好きなんだけど、暫くゴタゴタして食べられないのかなあ。
冷蔵庫に残ってたほうれん草を丁寧に料理して食べた。

今日は出かけていて日中のニュースを見ていず、帰りにスーパーに寄ったらお水がまったく無くて吃驚。
パンが戻ってきたくらいで、納豆、牛乳は相変わらずひとつも見当たらない。
おまけに今日はヨーグルトも売り切れていた。

地震酔いがひどい。
家でも外でも、ちょっとでも動きを止めると身体が揺れていると感じる。
なので、部屋の観葉植物の葉を見て、地震かどうかを判断している。
車酔いする人、今は酔わなくても子供の頃そうだった人などに多いらしく、あまりひどいときは車酔いの薬も効くそうだ。私は後者。小さい頃は自分ちの車にも乗れなかった。
たぶん私のは病院に行くほどじゃないと思うけど、やっぱり気持ち悪い。
ただここ数日「わ〜、また地震酔いだ」と思うと本当に地震だったりすることも増えてきたから困る。

モヤモヤはなかなか晴れないけれど、
明日もただ、また1日元気で過ごせますように。
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by saskia1217 | 2011-03-24 01:50 | 感じろ、考えろ、思え! | Comments(0)

苦悶のなかで

どんな職業の人も、どんな立場の人も、苦悶するこの毎日。
あなたも私も苦しんでいる、きっと。
言いたいことは結構あったり、考えたこともたくさんある。

いろんな人がいろんなことを言ったり書いたりしている。
素晴らしいと思う言葉にたくさん出会った。
私がいま言いたいと思うことは、大抵誰かがどこかで書いてくれていた。
やっぱりそう思っている人がいる、ということがただただ嬉しい。

久しぶりにテレビもパソコンも消して、楽器と譜面に数時間向かった午後。
今ふと再びネットに繋いでよく拝読しているロッキングオン・ジャパンの山崎氏のブログを数日ぶりに覗いたら、つい20分ほど前に1週間ぶりに更新されていた。
これが言いたかったんだ私、と思った。
是非↓

山崎洋一郎の「日々ロック通信」

そうなんだよ、理屈なんてないんだ。
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by saskia1217 | 2011-03-22 20:34 | 感じろ、考えろ、思え! | Comments(2)

お彼岸

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朝、目を覚ましてラジオをつけたら震災を心に留めた音楽番組をやっていた。
ふと思い立ってメールを送ったら10分も経たないうちにDJさんが読んでくださって、とっても嬉しかった。
吃驚。
ラジオ番組にメールなんて何年ぶりだったろう。
「伝える」「伝わる」ってすごい。

そんなことを思いながらぼ〜っと朝食をとっていたら、急遽、家族とお墓参りに行くことに。
明後日のお彼岸がどうやらお天気が悪そうだということで、暖かい今日に決行。
今までなかなか来られなくて、祖父と祖母が揃って綺麗になったお墓に初めてお参りできた。

お寺ではどなたかのご葬儀があるらしく、境内は大勢の方を乗せた車でいっぱい。
梅の花の香りが、青空の下に広がる墓地中に漂う。
こんな日にこんなに大勢の人にあたたかく送られる故人がいるのだ。
ああ、いいお彼岸だ、と言いたかった。
先週、突然に彼の岸へ旅立ってしまった方がいったいどのくらいいらしたのだろうか・・・。
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境内入り口のたくさんのお地蔵様にも、それぞれのお花。
通り過ぎる誰もが、ふっと手を合わせる。
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「ほぼ」お彼岸の、「ほぼ」満月。
この美しい光は今夜、日本に生きる全ての人の上に届けられている。
どうか、魔法が効きますように。
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by saskia1217 | 2011-03-20 00:09 | 感じろ、考えろ、思え! | Comments(0)

ミヤジと呼ばないで

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パスタ、麺類の棚。
東京のスーパー、まだこんな感じ。

相変わらず姿が見えないもの。
パン、米、牛乳、納豆、卵、水、カップ麺など。
原材料、容器の調達、工場の稼動、流通、買い溜め買い占め・・
いろいろ原因はあるそうなんだけど。
個人的には今不便はないけれど、家族が多い人や、小さいお子さんや病気の家族がいるご家庭は食料品の調達も大変なんだと思う。

震災から1週間。
その時間に黙祷しながら、もうそんなに時間が経ったことを信じられずにいた。
その間いったい自分は何をしてきたんだろうと。

それにしても、ひっきりなしに携帯に入ってくる迷惑メールには猛烈に腹がたつ。
こんな時くらい空気読んでくれないかな。
本当の「不謹慎」てのはこのことだ。
しかも震災にかこつけて紛らわしいタイトルさえ付いている。
これを作成して送っているのも、同じ日本に住んでいる人間だと思うと情けない。

海外のニュースもずっと日本の震災のことを報じ続けている。
数々の援助や励ましは被災者でなくてもありがたく心に響く。
でも。
フランスの放送がしきりに「ミヤジ」を連発するの、ちょこっと複雑な気分になるから止めてくれないかなぁ・・・。
あ、ミヤギ(宮城)のことね。
gの発音、仕方ないか・・。

スカイツリー、634mに到達。
倒れないでよく頑張ったね。
そびえているものは、何故か気高く見える。
希望さえ見えてくる気がする。
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by saskia1217 | 2011-03-18 18:53 | 感じろ、考えろ、思え! | Comments(0)

メッセージ



ベルリン・フィルから、日本と日本人にむけたメッセージ。
たぶんウィーン・フィルだって、NYフィルだって、パリ管だって、きっと同じ気持ちでいてくれると思っています。

彼らのように、必要とあらば「言葉で伝える/伝えることのできる」音楽家もいます。
でも、音楽で伝えるほうがはやい、そして得意な音楽家もいます。
その人たちには是非、絶対に、そしてできるだけ早いうちに、それを音にして聴かせてほしいと、せつに願っています。
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by saskia1217 | 2011-03-17 23:13 | 感じろ、考えろ、思え! | Comments(0)

今日もまた日が昇る・・出かけてゆこう!


by saskia1217