苦行

ヨガの練習をしていると、時々

「ん〜、これっていったい何の苦行なんだっ?」
「ううう、何の罰ゲーム?」

と、ココロの中で思わず呟いてしまう一瞬がある。
キツいポーズを保ったままで5呼吸とか10呼吸維持していなくちゃならない、
って、そんな時なんだけど。
(まあ、キツくないポーズなんて1つとしてないのだが)

キツいとか、苦しいとか、もう嫌だ〜、とか思いながらやるもんじゃない。
あ〜気持ちいい、楽しいな〜、って思ってやるものだって、いつも先生に言われてはいるし、実際そう思っていることのほうが多いのだけど。

「苦行」・・・。
日常あんまり思い描かない単語だったのだけど(笑)。
ちょうど今日読んでいた「バガヴァッド・ギーター」の第16章にこの言葉が出てきた。
原語は「タパス」で「熱」という意味だとか。
ふつう「苦行」と訳されるが、それは必ずしも身体を苦しめるような苦行のことではないという。
色々な修養を積んだ結果、体内に蓄積される力のことらしい。
ふ〜む。

16章には「神的な資質」に属する人として、以下のような特徴があげられている。
無畏、心性の清浄、知識のヨーガに専念すること、布施、自制、祭祀、ヴェーダ学習、苦行、廉直、
不殺生、真実、怒らぬこと、捨離、中傷しないこと、生類に対する憐愍、貪欲でないこと、温和、廉恥、
落ち着き、威光、忍耐、堅固(充足)、清浄、敵意のないこと、高慢でないこと。

それに相対するのが「阿修羅的な資質」の人。
偽善、尊大、高慢、怒り、粗暴、無知。

ここを電車の中で読みながら、
もうすでに今のこの一瞬で、自分は後者に属するじゃあないか・・・
とガックリ(笑)・・・(当たり前なんだけど)。
でも、阿修羅、かい。
それどころか、ただ「行為」を行うだけでもう既にそれが罪になってしまうという考え方もヒンドゥー教には根本にある。
ダメダメじゃん、人間・・・(当たり前なんだけど)。
しかし「よきもの」に向かって心を捧げることによって、解脱できるって希望ももちろんあるのだが。
希望がまったくなかったら宗教成り立たないよね。
そりゃあ、何においてもホントの意味での「苦行」ができればいいに決まってる。

どっちにしろ、日々少しずつ、だ。
そういえば今朝、偶発的にではあるが、パドマアサナ(蓮花坐)が一瞬、ほんの一瞬だけ出来た。
蓮花坐なんて、出来る人には何でもないポーズなのだが、私のように身体が超かたい人間にとっては夢のまた夢なのである。出来ないのでいつも「半蓮花坐」(片足は床に置く方法)でしのいでいたわけで。
そうでなくても「こんなこと一生できないだろ」というポーズ満載のヨガ、1つでも、その一部でも、一瞬でも、ちょっとずつ変化があるのは、一凡人としてやっぱり嬉しい。
たとえそれが、明日の朝はまた出来なくなっていたとしても、もうガッカリすることはなくなった。
なぜかって、焦らなくても、それはまたきっといつか出来る時がくるんだ、ってことがわかったから。

ほんと。
「一生がいくらあっても、間に合わない」ね。
「いくつもいくつもあった憧れを、1つ1つ捨て去っていく・・・それが人生」
でも、全部を捨て去るのではなく。
その中からたったひとつ、他の誰でもない「自分」にとっての「一番のご馳走」だけを選んで磨いていく。
繰り返し、繰り返し、何度でも。
最近みたTBS「10のルール・宮本浩次」で心に沁みたいくつかの言葉を、また思い出してしまった。

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by saskia1217 | 2009-05-30 22:53 | 感じろ、考えろ、思え! | Comments(2)

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さいたま芸術劇場前の歩道橋。
目に入った瞬間に、巻き髪を思い浮かべてしまった・・・。
(それも・・・「サラリーマンNEO」のサラリーマン体操で時々見られるような、アノ人とかアノ人の・・・笑)
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劇場手前にある中学校の生け垣に・・・。
なんかこう・・・残念(笑)!
いろんな意味で・・・。
この生け垣は数種類の見事なバラから成っているのだが、おそらくこれは「サラバンド」という種類。
しかもちょうどいいところで欠けちゃった・・・。
花ももう終わっていたし、そこはかとなく寂しい気分に。
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芸術劇場の広告ボード。
なんかこう・・・感無量(笑)!
いろんな意味で・・・(笑)。
師匠!!!

そして。
与野本町からの帰途。
JRの駅にて。
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一瞬、方位磁石かと思いました(笑)。
さらに歩くと今度は・・・。
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JRだけなのか、この言い方。
それとも地元でも普通にいうんですか?
謎。
頭がくるくるする。
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by saskia1217 | 2009-05-27 19:46 | 感じろ、考えろ、思え! | Comments(2)

「今現在の自分、そしてその時の自分達に相応しいことをする」ことが、どれだけ素晴しいか。
そしてそれは本当にどんなに難しいことか。

コンドルズさいたま公演「白と黒のナイフ」を観る。
その「相応しさ」が120%清々しく大成功していた。
鋭くて、激しくて、熱もあって、新鮮で、光と輝きがあって。
そしてそれは、無理もなく、衒いもなく、力みもなく。
あるのはただ、優しさと柔らかさと温かさと自然さ・・・プラスちょっぴりのアソビ。
余裕、なのかなあ。

金曜日に体感したエレカシライブと、計らずもまったく同じ印象を受け止めた今日のステージ。
コンドルズがエレカシを好きだったり、私がエレカシを知ったのはコンドルズ経由だったり、ということは抜きにしても、ほぼ同年代であり、どちらも男性のみから成るこの2グループは最近何かと意識の中でかぶる。

まぁ以前にも書いたけれど、こと「白と黒」というテーマにおいては、もちろんそこに「ラーメンズ」もかぶってくる。
エレカシ→白と黒しか着ない(特に宮本さん)
ラーメンズ→衣装だけでなくセットも白と黒のみ(以前グレーの衣装のこともありましたが)
コンドルズ→基本衣装の学ランは白と黒のみ

ほお。
見事。
私の「三種の神器」(笑)。

舞台美術、コント、ダンス・・・そのあちこちに「白と黒」が散りばめられた構成。
「コンドルズといえば大音量ロックに乗せた激しい群舞」というのを期待したお客さんには、量的にはちょっと物足りなかったかもしれないダンスシーンだったが、振りも今までのパターンとはちょっと違うような印象で新鮮な感じがした。今まで多量にあった「縦」の動きよりも、「横」の動きが断然多かったような。
そして今回も「音楽に合って」たり、群舞が「そろって」いたり、生理的に自然なものを感じましたね。

オープニングにはバッハの「G線上のアリア」が使われ、あらためてその「鉄板」的なものを痛感。
なんでしょ、あれはやっぱりα波が出る部類の音楽なんだな。ベタなのに、もう有無を言わせない。バッハ万歳!
そしてそこで繰り広げられる一幅の絵のようなクリアで「コンテンポラリー(って巷ではいうんですかね)」な静かなダンス。コンドルズ名物の激しいダンスも好きだけど、個人的にはこの感じが結構好きなのだ。
過去時々、モモヒキダンサーズによってそういうシーンが見られたんだけれど、作品冒頭で学ランで、というのは珍しかったかも。
珍しかったといえば、学ランに対比させて着用していた「白組」の上下とも白の衣装(モモヒキではなく白いパンツ?)がとても良かったですね。

「白黒つけよう」とする人たちが出てくる「白黒つかない」(=グダグダ・・・ということも含めて)コントは、ただ見ているっていうだけで結構楽しかったのは何故?(笑)。
そういえばコントシーンのセットや衣装がものすごくキチンとしていたのも珍しかった・・・かな。

音楽で印象に残ったのは、近藤良平さんのいくつかの新作の歌。特に好きだったのは「純喫茶・ゼブラ」の歌。いつかまとめてまたCDにしてください。生演奏のギターやヴィオラ・カイピーラも素敵。
カーテンコールの清志郎さん「雨上がりの夜空に」、続く千秋楽カテコにエレカシ「新しい季節へキミと」が流れたときには、興奮のあまりコンドルズ公演だということをすっかり忘れ、手拍子しながらつい歌ってしま・・・い・・・スミマセン。

自分の中の反応で面白かったのは、踊っている人たちを見て、1人1人のその「身体(の状態)」がいちいち気になって見入ってしまったこと。今まではそんな見方をしたことは全くなかったのだが、最近「身体」とか「筋肉」が結構意識にのぼることが多いせいか「今のあれって、きっとこういう状態なのかな」とか「あの形はきっと筋肉がこんな感覚なのかな」とか・・・。
今までも、見ていて「あ〜美しいなあ」と思うことはあったけど、「美しい!!」と感じるその瞬間に、踊っているその人の体勢とか感じているであろう息づかいとか手足の感覚とか、そんなものを自動的に想像している自分がなんだか不思議だった。
これもひとえにヨガのせい、なのでせうか?

コンドルズに出会ったのは、あれはいつだったろう?
考えてみればごく最近のことだ。
2005年秋にその存在を知り、近藤さんのソロ公演に出かけ、翌2006年お正月にテレビで「Jupiter」を観たのだった。実際に公演を観たのはその年の春公演「勝利への脱出」が最初。

コンドルズ=大音響のロックに激しいダンス。コントと人形劇と映像。
・・・というイメージ。
創作者そして表現者として、あるパターンやカラーを打ち出し、それが観客(大衆、社会)の大きな評価と人気を得て、活動を続けてゆく。10年経つ、20年経つ。
ある時、どうしても何かを「打ち砕いてゆく」ことを求められ始める。本人もそう思ってくる。
「打ち砕く」「変える」「新しくする」「他の要素を加える」・・・
いろんな言い方が出来るけど、それはきっと一筋縄ではいかないし、時には勇気や決断も要る。
もしかしたら、コンドルズではそれを実に自然に構えずにやっているのかもしれないけれど、でもきっとそこには迷いや悩みや葛藤が全くないわけではないはず・・・とも思う。
それが才能だ、と言ってしまえば身もふたもないが、それが出来るか出来ないかによって、アーティストがその先(次のステップ)に行けるかどうかが決まってくる。
この「社会の中の自分」路線って、なんなのよ、どうなのよ、なんだか物わかりいいみたいに落ち着いちゃって・・・と、やんややんや言われているエレカシを見ていても、いやいや、これこそがアーティストとしての真のステップアップなんだろうが、と思う。
そして、40代というのは正にそういう年代なのだ。「不惑」っていうのはそういうことなんだと私は思っている。
それは俗にいう「丸くなる」というのともちょっと違う、生きていくアーティストの覚悟、なのだ。
「白黒つける」ターニングポイントなのだ。

さて。
エレカシのライブ、コンドルズと続いた「私の黄金週間」が終わった。
残すはラーメンズだが、それにはまだちょっと間がある。
明日からはまた、
♪労働と恋のエブリデイ♪
・・・・じゃないなあ・・・
♪労働とヨガとギターのエブリデイ♪

西洋音楽のごとく「白黒つけたい」タイプの自分。
ヨガのごとく「白黒つけない」ことの大切さ。
悩みは尽きないけど、うまくいかないことばっかりだけど、
でも目指すところは見えてきた気がする。

さあ、今日もまた、太陽が昇ってきた・・・
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by saskia1217 | 2009-05-25 04:31 | コンドルズ | Comments(0)

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本当に太陽は、毎朝毎朝、何があっても堂々と赤々しく昇ってくる。

エレファントカシマシ、ニューアルバム「昇れる太陽」全国ツァー、東京公演2日目 in Zepp東京。
大人っぽくて、落ち着きのあるライブ。
終演後ゆりかもめの中で浮かんだのは、そんな言葉。

身を粉にするようなアクションも、枯れるまで絞り出そうという叫びもそこにはあったのに、
そして20代の頃の吐き捨てるような音と言葉も再現されたのに、
それによってジタバタしたり、何かを見失ってブレたりすることがない。
もっともそれは、エレカシのライブ体験2年目6回目にして、こちらもようやっと、いい距離で受け止められるようになったせいもあるのかもしれない。
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オープニングでド〜ンと打って出る、というのではなく、じんわり始まってだんだん中から炎が大きくなっていき、そこから熱が生まれてジリジリと燃え盛っていく・・・そんな一夜。
登場後に各楽器が一斉にぐしゃぐしゃと音をかき鳴らし始め、いろんな和音で出来た混沌の中から音が集まってきて、それが「こうして部屋で寝転んでるとまるで死ぬのを待ってるみたい」に滑り込んで行くという1曲目はちょっとゾクッとした。
いいな、ああいうオープニングテクニック。
またひとつ勉強をしました。

そして間髪入れずに「悲しみの果て」。
これもいつもはもっと後半とかアンコールでばかり聴いていた気がするので、のっけからやられるとものすごく新鮮。
今日はMCが少なく(昨日は結構多かったらしい)曲から曲へと滑り込むようにセットリストが進んでいく。
昨年10月にシングルで出た「新しい季節へキミと」は何故か時間が経つにつれどんどん好きになる不思議な曲。なんだろう、あの懐かしいような、むせかえる新緑のような胸苦しさは。
この曲が出た頃、自分の中の波がかなり高かったせいだろうか。
今回のアルバムに入ったその曲順のせいで、この曲はその清々しさが際立ってずいぶんイメージが変化したとも思う。

5曲目にして今回のニューアルバムから「おかみさん」。
ギターソロはライブでも宮本さんが弾いてらしたが、そこで身のこなしが「歌係」から「リードギタリスト」に急変する有様がなんだか新鮮だったです、はい。

そして。
「BLUE DAYS」をライブで聴けるとは思わなんだ!
ファーストアルバム収録のこの名曲、一度聴くと「ここは苦しい 地獄絵図」というサビがしばらく頭から離れない、声も言葉もギリギリの感じが好き。
これは嬉しかったな。
イントロにピアノを多様したなかなか素敵なアレンジを初めて聴いた「まぬけなジョニー」、そして「さよならパーティー」を挟んで、バラード系の2曲、「絆(きづな)」、そして個人的にはニューアルバム中1、2を争うお気に入り曲「ネヴァーエンディングストーリー」と続く。

驚いた・・・。
「絆」が始まると、それまで一斉にコブシを突き上げていたお客さんたちが、水をうったようにシーンと静まり返り、誰1人微動だにしない。コブシどころか揺れもせず、全員がス〜ッと立ち尽くして聴き入っている。そして最後の一音が消えるまで、拍手も起きなければ声もあがらない。クラシックのコンサートと殆ど同じなのだ。
音が消えて一呼吸あってから、サ〜〜〜ッと湿り気のある拍手がおこる。そっくりそのままクラシックの会場に全員ワープしても何の違和感もないあの感じ。
いやいやいや〜。
なんたるこの振れ幅。
もちろん、エレカシそして宮本さんの、音楽と言葉の振れ幅が尋常でないことは身に沁みて感じている。
それは、ものを創る立場では特に、やろうとしてもなかなかできることじゃない。これが出来る「表現者」はそこそこいるだろうが、創るとなったら、まして20年以上もそれを続けているということ自体スゴいことだし、やっぱりそれは才能だなと思う。
振れ幅の大きいアーティスト・・・じつに憧れる。目指したいもんだ。
そして、今日は同時にお客さんの「振れ幅」にも脱帽。あんまり他のアーティストのコンサートに行かないからわからないが、あんなに集中力を持った音楽的な聴衆って珍しいんじゃないかしらん。

「ネヴァー・・・」は最後の最後で、蔦屋さんのピアノ+宮本さんのギターと歌との微妙な不協和音ぶりが素敵。
「桜」「あの風のように」と流れ、続く「ハナウタ」イントロと「ジョニーの彷徨」での富永さんのドラムが、ライブだと何倍も内臓にくる素晴しさで聞き惚れる。
お約束の赤い照明に包まれた「ガストロンジャー」は、相変わらずパワーに満ちた中にも何か説得力のようなものを感じたし。

そして一番好きな「to you」がここで登場!
ものすごいアップテンポで始まったので「おおお、このままいったらどんなになるのかっっ!」って期待していたら(今日は終始ずいぶん富永さんを煽ってましたね)、2番途中から歌詞がなくなっちゃったんだけれど(苦笑)・・・。
そういう時こそ最前列の人が大声で歌えばよかったのに!

そしてラストは宮本さんイチオシの「sky is blue」。やはりこれを最後に持ってくるあたり、強〜い気持ちを感じますね。ライブでも弾くのかな〜と楽しみにしていたスライドギター(メンバー用語では「スライドブリージャー」笑)は、やっぱりご本人が弾きながら。
あれって難しいのかしらん。ム〜ッって滑らすときが気持ち良さそう。
ちょっとやってみたい(笑)!

アンコール。
何が始まるのかと思ったら、なんと「太陽の季節」。廃盤になってしまった幻の名盤「奴隷天国」収録。
「これいいアルバムなのに廃盤になっちゃってて。レコード会社の人、また出してくれないかな〜」と宮本氏。「なんか高くなっちゃってるみたいで」とも呟いてらした。(ホント、私もオクで必殺入手しました)
今日はやっぱり「starting over」以降を沢山聴いているお客さんが多かったのか、それと「昇れる」以外の曲では比較的しずか〜に聴き入っている方が(やや下手寄り10列目くらいの私のまわりには)たくさんいらした気が。この時にコブシを振り上げてたのは、前列とあとは中央のみ。
そして宮本さん「この曲がさっきの『sky is blue』の裏テーマだってことにさっき楽屋で気がついて・・・小躍りしたんですけど」。
コンサートのあたまにも「昔つくった曲と今の曲(特に今回のアルバム?)は、結局同じことを言ってたりするんだよね。まあ、そういうのって、そう変わるものじゃないだろうし・・・太陽だってさ、毎日昇るけど見え方が毎日違うのと一緒だよね」って。
ふんふん。
今日の「大人っぽさ」はそんなMCからも感じられて、「こういう歳になって、今日この頃はね」みたいな落ち着いた語り口調で諭すように話してらしたのが印象的だった。

つづいて「最近すごく好きになってきた曲」と1年前くらいからおっしゃってる「今宵の月のように」。
その直前に「奴隷天国」話で、「こんな曲も入っててさ〜」と「絶交の歌」の最初のイントロとワンフレーズをギターと歌でやってくれて、お客さんから歓声と拍手。「できるかなあ?」と小さい声で呟いてらしたけど、結局そのまま「今宵」へ突入。
そして「FLYER」と「俺たちの明日」。
会場が断然ひとつになったところで、メンバーは楽器を肩から降ろして、もう終わるかな〜と思ったら、宮本さんが「もう1曲!」
♪黒いバラとりはらい〜♪
昨日のブログの最後に書いた「ファイティングマン」!
合いの手で・・・『じつはみんな!』ファイティングマン!・・・と歌われる。

お馴染みの曲でもライブだとメロディーラインが即興でどんどん変わるのが、宮本さんの歌の魅力の1つだけれど、今日もそこここでそれが聴けて嬉しかった。
CD音源から「定着したいつものアドリブ」を経て、それが「またそれとも違う新しいアドリブ」もあったり。
主に高音域にずんずん上がっていっちゃうパターンが多いんだけれど、それがまた他の人にはできない節回しなんですよね。

ところでZepp東京って、二階席は「立ち見厳禁」だったんですね。
見やすそうだしギリギリに来られるし、いいかもと思っていたが、やっぱり座ってライブ見るのはどうも・・・。
1階スタンディングにして正解だった!
確かに見やすくはなかったけど。
(女子のみなさん、ライブに来るときに髪を「盛る」のはやめませう!)

それと。
最初の1音から感じたのだが、サウンド的にはどうなんでしょ、あそこ。
確かに五臓六腑にはキタけど、ヴォーカルがまず「電気通しました」みたいな人工的、金属的な音質で、ものすごく不自然な音に聴こえた。いかにも「増幅」みたいな音なので。
JCBでは自然な「本人の声」が聴こえてその微妙な軟らかさも緻密に拾えていたから、今日はちょっと残念だった。
楽器の音も大きすぎて歌とのバランスがちょっと悪かったような。時々歌が潰れちゃうのですよね。
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う〜〜〜ん。
いいライブだった。
ラストに向かって、どんどんクレッシェンドしていった感じ。

「そして明日も、昇れる太陽」
ゆりかもめの窓から見えるダイヤモンドのような夜景を眺めながら、しっとりとした余韻をかみしめて思う明日からの生活。
ありがとう、エレファントカシマシ。
今度会えるのは夏かなぁ・・・・。
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by saskia1217 | 2009-05-23 05:13 | エレファントカシマシ | Comments(2)

薔薇の道

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ずっと、ずうっと線路沿いに薔薇。
赤、黄色、白、クリーム色、ピンク、オレンジ、紫。
考えられうる全ての色の薔薇。

都電がやってくればまさにベストショットだったが、
惜しくも待っている時間がなく、薔薇だけパチリ。
♪キミは赤い薔薇〜♪
あちこちで満開を迎える薔薇。
この週末の「与野本町」駅前薔薇園も楽しみだ。

明日は滅多に足を踏み入れることのないお台場へ。
ライブハウスで2700人が全員マスクしてたらちょっと嫌だなぁ。
学生紛争みたいな図になっちゃう・・・。

大丈夫!
アーティスト+観客パワーで、なんとかいけるでしょう!
中止にならなくってよかった。
そっちのほうが熱が出そうだもん。

♪黒いバラとりはらい〜、白い風流し込む〜♪
・・・・
なんてぇ歌詞だい、ホントに。
黒い薔薇は残念ながら、まだ見たことがない。
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by saskia1217 | 2009-05-21 23:45 | 感じろ、考えろ、思え! | Comments(2)

リレー

本の裏表紙、あの「著者」名とか「発行者」名とか「出版社」とか「○○年第××刷発行」とか、いろいろ書いてあるページ。
あそこに自分のハンコを押す習慣がなくなってから随分経つ。
それは単にシャチハタだったり、ある時期には自分の名前入りの蔵書印だったりした。
本にしろ楽譜にしろ、買ったときには裏拍子に「買った年月日」と「自分の名前」を書くという習慣が子供の頃からあったのだが、最近はハンコはおろか名前も書かなくなった。
(読まなくなった本を売る時にそのほうがいいから、というご時世になったからということもある。
もちろん、大事な本はゼッタイ売らないが。)

先日、毎日新聞書評欄の小さなコラムに、森鴎外と「渋江抽斎」の話が出ていた。
鴎外は随分と古書を集めていたらしいのだが、その中に「渋江」という蔵書印を見つけ、その「元の持ち主」に関心を抱いたことから「渋江抽斎」が生まれた、という話。
ん〜、弘前藩の無名の医師だった渋江抽斎が、文豪・森鴎外作品のタイトルロールにまでなったわけですからね。

小学校から大学まで、学校の図書館からはずいぶんと沢山の本を借りたものだ。
今ではなかなかお目にかかれなくなったが、私の高校時代あたりまでは、図書館の本という本の裏表紙には小さなポケットがついていて、そこに「図書カード」というものが入っているのが当たり前だった。
自分の前に借りた人の名前が、そこにズラッと並んでいるのを眺めるのもちょっと面白かった。
(借りてみたらまっさらなカードが入っていて、自分が一番乗りだったときの気分もなかなかよかった・・・笑)
そこには仲のよい友達や、知らない先輩や、時には先生の名前もあったりする。
そして、つい最近知りあった人の名前が、何年も前、自分よりずっとずっと前に書いてあったりすると、なんだかちょっと不思議な運命を感じたり。
本を介在した糸は、たしかに存在する。

そういえば、高校のとき所属していた「グレゴリアンチャント・クラブ」(なんちゅ〜マニアックな部活動・・・笑)では、生徒個人個人が持つグレゴリオ聖歌の楽譜は、先生は一体どこから見つけて来られたのか、フランスの修道院で使われていた中古のものを購入していた(カトリックだった化学の先生が顧問だったのです)。
当時3000円くらいだった記憶があるから、高校生としては結構な額だったのだが。
その楽譜は聖書のように分厚くて、やはり聖書のような黒くて固い表紙をもった重たい本だったが、自分用の一冊が届いてワクワクして開いてみたら、ページのあちこちから黄色くなったり色鉛筆で綺麗に塗られたりした聖画の栞や、何本も付いている色とりどりの栞の糸の先に付けられた小さなマリア像などが出てきて、ひどく幸せな気分になったのだった。
鉛筆で書かれたフランス語やラテン語の書き込みもあったなあ。
「この本を使っていたのはどんな修道士さんだったのかなあ」
「手放したということはもうずっとずっと前に天国に行ってしまったのかもしれない」
・・・なんてずっと考えながら歌っていた3年間だった。

今どき古本もまっさらに綺麗でないと価値がなく、個人情報とか色々な危険に気を揉む時代になってしまったが、元の持ち主に想いを馳せるちょっとしたファンタジックな時間がなくなってしまったのも、少し寂しいような気もする。

そんな私は性懲りもなく、今日また古本を購入してしまい・・・凹。
すでにうちにある本を全部読んでから買う、と決心したばかりなのに・・・・。
ちなみに、今読んでいるのはインドの聖典がらみ等々なのだが、今日買ったのは中国の魑魅魍魎の話(笑)。
ま、東京に居ながらにして世界中飛び回れるのが、本のいいとこですけどね。
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by saskia1217 | 2009-05-17 01:22 | 感じろ、考えろ、思え! | Comments(4)

後ろにも目

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春の始めに買ったジャスミン。
花が終わって、緑の蔓が伸び始めた。
宙に浮いててかわいそうなので、支えの棒を立てた。

伸びてぶらんぶらんしていた蔓からはちょっと距離のある、
鉢の端に棒を立てたのだが、
何故かこいつはしっかりその棒のありかをキャッチして、
寄り添って巻き付き始めた。

いつもながら、スゴいと思う。
目がついてるのか、キミは!
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by saskia1217 | 2009-05-13 19:30 | 感じろ、考えろ、思え! | Comments(0)

セレブ

いつものようにのほほんとヨガのレッスンに行った。
開始時間まで先生そして2人の仲間と雑談していたが、なぜかみんなが来ない。
で、結局・・・。
今日は3人だった・・・・苦笑。
(普段はマックスいっぱいの13〜14人とかなんですけど、今日はもともと申し込みが少なかったみたいです)

芸能人やモデルさんなんかだと、自宅に先生を呼んで個人レッスンをしたりすることもある、と先生談。
考えてみれば、基本1対1の個人レッスンが日常の我々音楽家にとっては、集団でレッスンを受けるのは楽しい雰囲気で新鮮だったのだが、あらためて個人指導っていうのは結構贅沢なことなんだな〜と思ったり。

そんなわけで、flowクラスにもかかわらずポーズを流していくことはせずに、個人個人が問題に感じている部分(ジャンプスルー等々)を集中的にやったり。
基本中の基本「スーリアナマスカーラA」を、呼吸、ドリスティ(目線)、それを使ってのイメージトレーニング、どこで何呼吸するかを実習しながら研究(ワンポーズに3呼吸なのか4呼吸なのかの差はかなり大きい)してそれぞれが納得&スッキリしたり。
1人ずつ先生と向き合い、ちょうど対称形になって、同じタイミング同じ呼吸テンポで実践するスタイルもなかなか興味深かったし。

大半の時間をずうっとスーリアナマスカーラAだけやってました。
いったい何回やったんだろう?(笑)
いつものflowのように「身体を動かした〜〜」って感じはなかったけど、じわじわと汗はかいた。
でも、このセクションだけを、もう出来ないという状態になるまで何時間も=何百回もやり続けた話が、先生の先生であるケン・ハラクマ先生の著書に出てくる。
そしてNHKでやってた菅野美穂さんがインドにヨガを訪ねるドキュメンタリーの中で、偉〜いグルもこの「スーリアナマスカーラ」を勧めてらしたですね。
基本、基本は大切なのです。
・・・って、それ以前にこの一連の動きが、まだまだまだまだちゃんとは出来てないんだしね。

そんなわけでものすごい「セレブ」なレッスンを堪能。
じつは一昨日、夕刻あたりから突然尾てい骨周りに激痛が襲い、夜になるにつれてズキズキした痛みがひどくなり、一晩中一睡もできなかったという恐怖体験をしたのだが、今日のレッスンではゆっくり丁寧に動いたせいかうっすら残っていた痛みも殆ど消えたような気がする。
(どうやらその痛みも、以前肩や手首や足で経験したように「今までほっておかれた筋肉が引っ張られたり急に使われたりして炎症をおこした」ってことらしい。
尾てい骨、仙骨周りだって、そりゃ筋肉はあるわな)
とはいえ、腰回り一体に慢性的にドヨンとした痛みは4月以来相変わらず居座ったままだが、それで日常生活や仕事に支障をきたすわけでもなし、それはそれでうまく付き合っている。
痛みがあっちこっちに移っていくという不思議な現象を、この頃は少し楽しめるようになったのかもしれない。

それにしても。
腕や腿やお腹に、明らかに今まで存在しなかった「なにか」が出現しているのを発見、驚いたりちょっと面白がってみたり。
さらに、しきりに触ってみたり、鏡に映して見たり(笑)・・・
ボディビルダーのキモチがちょっぴりわかるような気がしてきた。
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by saskia1217 | 2009-05-11 23:30 | 感じろ、考えろ、思え! | Comments(4)

よォーこそ



なんて愛に溢れた曲なんだろうと思う。
お客さんにも、仲間にも、自分にも向かうココロ。

自分のコンサートを、こんな溢れるキモチを音にのせて始められたら、
どんなに、どんなにいいだろう。
うううううう〜ん。
やって・・・やってみたい・・・・。

ウェルカムソング・・・
っていうんですかね。
エレカシでいえば「夢を見ようぜ」にあたるのかな。
このオープニング、残念ながら私はまだ、実際のコンサートでは経験してないのだけど。
(♪へェイへェイへェイ♪だけでこれだけ音楽しちゃう人もあんまりいない・・・)


今夜NHKで放送した清志郎さんの特番。
録画もしていたのに、何故かリビングで立ちっぱなしでみた。
ラストの「JUMP」で涙がとまらなかった。

1曲の歌詞を完成させるのに、大学ノート3冊を使ったという話。
歳をとってからの清志郎さんの語り口はじつに穏やかだが。
(誰かの話し方にちょっと似ている、と思って考えた・・・近藤良平さんだ!)
やっと、やっと出会えたばかりだったのに、ライブも聴けないうちにお別れか・・・。

日本語!!
叶わないな、もう。
言葉を持つ「歌」というものには叶わない、と日本のロックが大好きになって増々思う。
それも、素敵なメロディーで、かっこいいリズムで、色とりどりのハーモニーで、
そしてこれ以上楽しいことはないっていうマックスのエネルギーで、
自分の中にはもう何も残らないくらい、ド〜〜〜ンと。

伝える、伝える、伝える。

「メッセージ」がなかったら、人の前で音を出す必要なんて微塵もない。
そんなのクズ同然だ。

う〜ん、出してみたい!!

日本語で詞を書いて、素敵な音楽を書いて、それを全部全部出して、弾いて歌って。
そんな男性ロックミュージシャンになりたい。
生まれ変わったらね。
本気で心底そう思う。
(今まで、いや今も女に生まれて嫌だと思ったことはないけれど、コトこれに関しては、ゼッタイ男でありたい。
何故だかは説明できない。
けれど、どうしても、だ。
女のロックミュージシャンがいけないわけじゃない。でも、なんか、何かが違うんだ。
私が思うのは、そうじゃないんだ。)

なれる?
いや、なる!!
生まれ変われたら・・・ね。
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by saskia1217 | 2009-05-11 01:25 | 感じろ、考えろ、思え! | Comments(0)

チョコ

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一番好きな、そして懐かしい銘柄のチョコ。
「Ritter Sport」
先日ソニプラで久しぶりに目にして、以前は見かけなかったフレーバーがあって、誘惑に負ける。

「ストロベリーヨーグルト」は10年以上前はまだドイツでも春だけの「期間限定」だった気がする。
で、「ア・ラ・ムース・オ・ショコラ」は初めて見たぞ。

Ritter Sportはどの味でも間違いなく美味しいから、他社の似たようなフレーバーより若干高かったとしても、迷わずこっちを買う。
ははは。
もはやここまでくると「こだわり」というよりも「信奉」ですな。

で。
チョコを食べながら目薬をさしてはいけません。
咽せます・・・・
ううう。
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by saskia1217 | 2009-05-09 15:06 | くいしんぼうメニュー | Comments(2)

今日もまた日が昇る・・出かけてゆこう!