2016年 11月 15日 ( 2 )

e0081334_02444238.jpg
阿佐ヶ谷教会チャーチコンサート、晴天と180人あまりのお客様に恵まれて無事終了しました。
お運びくださった皆さま、どうもありがとうございました!

「教会らしい曲も入れてください」という、チェンバロという超俗社会の(宮廷もまぁ俗ですから)楽器には難しいリクエストになんとか知恵を絞り、前半は賛美歌ネタ中心、後半は劇場、踊り、お酒、教育、そしてチェンバロ以外の世界…と思いっきり世俗まみれに😄
前半は超真面目な空気に固まっていた客席を、どうにかゆる〜くしようと、後半は私本来の不埒な感じで攻めてみましたが😎
楽しんでいただけたでしょうか?

アンコールのピアソラ「リベルタンゴ」は6月のリサイタルで好評頂いたので、調子に乗ってまた弾きました💃🏻
派手な曲はやはりお客様にはインパクトあるようです。

チャリティーとして集まった皆様のお気持ちが届き、震災からまだ完全に復興できていない東北の教会が少しでも早く再建されますよう、祈りたいと思います。
e0081334_02445182.jpg
e0081334_02443276.jpg
e0081334_02442763.jpg
e0081334_02450322.jpg

[PR]
by saskia1217 | 2016-11-15 02:41 | 感じろ、考えろ、思え! | Comments(0)

上からの声

e0081334_02340735.jpg

トーハクがらみでもうひとつ、忘れられないものを観た。
先日書いた「写禅語」や「禅トーク」に参加するには、「禅」展のチケット半券が必要なのでそれを大事にお財布に保管していたわけだが、行ってみたらどうもそれだけじゃ「入場」そのものが出来ないらしい。
つまりイベントには参加できるけど「入館」しないとダメってことで。
常設展のチケットでも買えばよいのだけど、そういえばちょうどやってる「平安の秘仏」展、うっすら「見たいなあ」と思っていたことを思い出した。
ちょうどいいや、とこれも何かのご縁、やっぱり観ろよ、ということなのか・・・とチケット購入。
イベント参加し、秘仏展はまた後日ゆっくり来ようかと思ったが、きけば展示品はそれほど多くなく部屋もひとつだけだという。閉館まであと2時間強たっぷりあった。
早く帰って練習しなきゃとか、ああ部屋の掃除してなかったとか、心に余裕がない時に限ってそれほど大したことでもないことで自分が自分を焦らせる。
思っていて出来なかったのは自分が悪いのに、なにか他のもののせいにする。
せっかく「禅」の世界に触れたのに、まったくちっとも進歩がありゃしない。

エイッ、今日はもうせっかく来たのだからゆっくり観るぞ。
野寺の大観音とみほとけたち」
滋賀県甲賀市にある櫟野寺(らくやじ)の十一面観世音菩薩、がその目玉。
数日前のテレ朝「ぶっちゃけ寺」でこの移送の様子を取材していた。
日本最大の坐仏観音、秘仏なので普段は厨子の奥の奥にいらして観られないのが、2018年に33年に一度の大開帳らしい。
仏教は好きだし興味あるし仏像も好きだけれど、けして「マニア」ではないので、正直それほど期待せずに部屋に足を踏み入れた。

・・・とたんに、もうそれはそれは驚いたよ。
ほんとうにとてもスゴイものを観た。
5メートル越えという大きさ、はもちろんインパクトの根元。
けど、それだけじゃないものすごい力。
光なんだか熱なんだか力なんだか、わからないけど一瞬で何かに包まれる感じ。
部屋の中央にドーンと、かなりの高さからこちらを見下ろしておられる十一面観世音菩薩様から、何かが発せられてる。
圧巻。
思わず中央に歩み寄って合掌する。

そのまわりには同じ櫟野寺にある10〜12世紀に出来た20驅余りの仏像がぐるっと取り囲んでいて、それぞれその様式も素材も表情も何もかもが面白く、ひとつひとつがとても興味深い。
とはいっても、中央の観音様はもう桁外れに何もかもがスゴイ。
磁石みたいに引き寄せられてしまって、ついつい中央に戻って来てしまう。
厨子の中ではゼッタイに不可能な、左右横、真後ろからも観られるのが貴重。
照明もあいまって青銅色に見える身体には、よく見ると細かく鮮やかな彩色を施された衣の模様や、持ち物や装飾品も美しい。
何よりも、釘付けにされてしまったのは、お顔の、眼の表情。
坐禅のときの45度下を見つめる視線。
いろいろな位置に立ってみて、観音様に向かって左下、右目の先くらいの位置が、あちらからの視線や光線が直接私の中に届く気がしたから、その位置から動くことができなかった。

見上げると、視線が合うような合わないような。
いや確かに「ここ」という一点だけ、合っている気がした。
何にも考えずにただ見ていただけなのに、涙が出てきて仕方がなかった。
仏像を見て涙が出たのは二度目だ。
もうひとつは、芝・増上寺の三解脱門の特別開帳の時に観た、あの門の上にいらっしゃるお釈迦様。
五百羅漢に囲まれ、文殊菩薩と普賢菩薩を従えたお釈迦様。
からっぽで観たのに向こうからやってくる力が半端無かった。

この観音様、ずうっと見上げていると
「よーしわかった。オマエを救ってやろう!」
という声が聴こえてきた気がした。
ちょっと低くて、エコーがかかっているような声である。
いやいやホラーでも、ふざけているわけでもない。
何か辛かったとか疲れていたというわけでもない。
スゴイなあ、これが万人に届く仏様の力なんだなあと素直に思えるくらい、生身で現実的な説得力があった。

まわりの仏様たちをつぶさに観ながら、途中で何度も観音様のところに戻り、最後にもう一度近くから見上げ、出口のところ、少し遠くから眺め、また真下に戻ってもう一度合掌してから会場をあとにした。
後ろ髪引かれるような気持ちもありつつ、また送り出していただいているような、背中への視線も感じながら。

思いがけず、素晴らしい時間だった。
殆ど偶然のようにフラリと足が向き、出会えたご縁。
必要なときに必要なものに出会える。
有り難い、ただただ有り難い。

それはそうと「甲賀市」って「こうか」って読むのね。
ずっと「こうが」だと思ってました。
「こうが忍者」だと思ってました。
失礼しました(笑)
e0081334_02335746.jpg
e0081334_02343337.jpg
e0081334_02341606.jpg


[PR]
by saskia1217 | 2016-11-15 02:36 | 感じろ、考えろ、思え! | Comments(0)