2016年 10月 14日 ( 1 )

他不是吾〜永平寺参禅・前後際断/下山してから〜

永平寺の通用門をくぐって急な階段を降りながら、再び光と緑に包まれる。
なんていい天気なんだろう。
10月4日、正午。
幸せな充実感で満たされているのに、今すぐにでもまた門をくぐって中に戻りたくて仕方がなかった。
名残惜しすぎる。
後ろ髪ひかれまくる。
帰りたくない。
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スゴスゴと「杓底一残水」の石柱のところまで来た。
一歩出ればもうそこは娑婆。
何年もここに缶詰になって修行した雲水さんじゃああるまいし、たった4日くらいここにいたからって大げさだな。
そう言われそうだが、聞こえてくる音、目に飛び込んで来る全てが、なんだか全て邪魔くさい。
とにかく、音がうるさい。
車の音や物音もだけれど、それ以上に人々の声が非常に耳障り。
特に笑い声。
そして、なんてみんなどの人も、フラフラゆらゆらしているんだろう。
上体の軸が殆ど斜めになってて、しかも重心がいつも変わっている。
いつ、どうくるのかわからない唐突な動きは、ぶつかって来られそうでとっても怖かった。
そんな自分に吃驚だよ(苦笑)

絵はがきを買って、お世話になった方や恩師など、あとでゆっくり書こう。
門前の可愛らしい小さな郵便局でご当地スタンプ消印で出してもらうことにしようっと。
とにかくお腹が空いた。
門にそう遠くないお店の食堂でお昼にする。
初日は「これから修行にいくのにお蕎麦じゃねえ・・・」とソースカツ丼だった。
帰りくらいは名物を食べることにしよう。
でも空腹すぎて、お蕎麦だけじゃたぶん足りない。
っていうんで、おろし蕎麦(人気らしい)、野菜の煮物、胡麻豆腐、とろろ、酢の物、副菜、小さなお茶碗の白米・・・・
という「精進セット」
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太めの田舎蕎麦、名物「永平寺蕎麦」はとっても美味しかった。
考えてみたらお寺にいる間、お蕎麦が出なかったのは音をたてないと食べにくいからかなあ。
お蕎麦という素材は修行にうってつけな気がするけど、雲水さんたちの献立には無いのかもなあ。
そういえばもう一つの「永平寺名物」胡麻豆腐だって、参籠の方々と椅子にすわって食べた食事の時だけしか出なかった。(坐禅のまま応量器での食事には胡麻豆腐、出なかったな)
納豆とかも、音出やすいし、犬食いできないし、かき込めないし、ねばついてお箸さばきがうまくいかなそうだし・・出ないのかなぁ。そういえば、果物も食べないのかなぁ。おやつやデザートがないから食べるチャンスがなさそうだ。

で、ついさっきまであの細々したお作法で食事してたものだから、気づくとこのお膳もつい習慣で、ひとつひとつお椀を持ち、置きして食べていた(笑)。
丼ものやお重などをいただくとき、普段からお米粒をひとつも残さないでピッカピカに食べるのがクセなのだけど、このお膳はいつにも増してピッカピカに終了。
するとお店のおばさんが「あらまーお姉さん、ずいぶん綺麗に食べてくれたねええ!」と大感激してくれた(笑)。
「バスの中でたべて」と飴を2ついただく。
私のほかにお客さんは誰もいない静かな食堂。
食事を終えてお膳をよけると、おもむろにさっき買った絵はがきをだし、お茶を飲みながらゆっくりと文面を埋めていった。
バスの時刻は決めていなかった。ただ最終が16時30分とだけ覚えていたから、ノンビリ帰ろうと・・・
しばらくして今度はお店のおばあちゃんが「お姉さんお姉さん、ゆっくりしてもらうのは全然構わないんだけど、つぎのバスに乗ってね」
「?」
「福井にいくんでしょ?」
「はい」
「次のバス、2時半だからな」
「はい、その次もありますよね?」
「あのね、今日は3時台はなかったよ、たしか」
「(えええええ?!)わわわ、そうなんですかー、ありがとうございますっ!」
少しだけ急いでハガキを完成させ、郵便局へ戻って無事投函。
さっきのお店の前を通ってバス停めざして坂道を下る。
「慌てんで、十分時間あっから。慌てんでも大丈夫」と、道の向こう側から、おばあちゃんの大きな声。
よかった。教えてもらわなかったら2時間待つことになるとこだった。
切手を買いに寄った郵便局のお姉さんも、わざわざご当地スタンプのこと教えてくれたし、みんな本当に親切。
黙ってスルーしても済むことを、面倒くさがらずにちゃんと教えてくれる。

バスは来た時と違い、お寺の裏側をぐるりと回り込み、田んぼや白いお蕎麦畑のなかを走ってゆく。
みんなは帰路についたかな、あの2人の雲水さんは無事故郷に近づいているだろうか・・・
お寺の向こう側の山や田んぼの中にもちょいちょいお寺がらみの商店やら、民芸品やお土産物の工場などが点々と散らばっている。
ちょびっとだけ高速に乗るルートで、いろんな景色が楽しめたな。

福井から再び特急に乗り込むと、突然それまでちっとも湧いて来なかった睡魔がいきなり襲って来た!
うとうとしながらも、4日間の出来事や思い出したことなどをメモメモ。
金沢から新幹線に乗った頃はもう空が暗くなり始めていた。
「おうちへ帰るまでが参禅です」(布教部部長の渡邊師)
気持ちだけはきりりと帰宅。

生まれてこのかた、日々の生活のすべてが「何かを得るため、習得するため、出来るようになるため、手に入れるようになるため」にしてきたように思う。
坐禅や修行に「何かを求めない」こと。
したからって何かを得られるわけじゃない、最初から。
「得たから修行する」ってのももちろん言語道断。
何かを得ようとではなく、何かを捨てようとして赴くのがいい、坐禅。

日々のいろんな葛藤や嫌悪感に悩んで来る人も多いみたいだが、私はそうではないつもりで行った。
プラスのはずの「前向き」や「好き」が多すぎて執着から逃れられずいっぱいいっぱいだったから、どうにかしてそれを減らすか、何かしら変化があるかなぁ、というような…
知らない場所で、誰1人知る人もいず初めて会う人ばかりのなかで、文字どおりスッピンで何も気にせず、厳しいことを自分に課すことで自分がどうなるか。
結果、余計なことはもう脳内で頭をもたげることもなく、思い出そうとしても思い出せなくなっていた。
(「執着」から解放されたのではなく「執着」の矛先がお寺に移動しただけで、根本的に無くなったわけじゃないのかもしれないけど・・・笑)
あんなに分刻みに、しかもテレビもスマホもなく、持参した本を読むことさえできないスケジュールでは、とにかくもう目先のこと、今やっていることを一生懸命ただ黙々とやるしか先へ進む道はない。
かといって、家にいてひとりでこの状況を作るのはかなり難しい。
ギリギリの状態に追い込まれてやっと気づくことはたくさんある。
しかもそれが、ちっとも嫌にならない。むしろ嬉しく、早起き、坐禅、作務、読経、廊下を歩くことさえも、それをさせてもらえることがありがたくて仕方ない。
壮絶な痛みは実際辛かったけど、不思議と回避しようとかズルしようとか止めようと思わなかった。そんなことできない空気だったんだね。
いろいろなものに守られ、助けていただいた気がする。

仲間たち。
当たり前かもしれないが、全員がそれぞれ1人でここへ集まってきた。
初日、それぞれが醸し出す空気はさすがにピリっとして、みんな気骨ありそうな人ばかりに思えた。
初日〜2日目は殆ど会話もない。
そんな余裕などなかったのだ。
少しずつ、寝る前の数分間のひそひそ話で、だんだんと打ち解けていく。
隣りで坐っている彼女も彼女もみんな足が痛い・・・やっぱりちょっといつもより頑張れる。
それも感謝。
また会えることを祈って。

雲水さんたち。
この参禅で一番出会えてよかったのが彼らだったかもしれない。
こんなことでもないと、会って話すこともないだろう立場の人たち。
普段大学で教えている学生さんたちとほぼ同じくらいの年齢の彼ら。
法衣を脱いで髪を伸ばせば、きっと見違えるような普通の若者だろう。
ただ、何年もテレビもTwitterもない毎日を送る彼らは、たとえこの永平寺にいる一時だけであっても、他の若者にはないものをたくさん持っている。いやそれはこれから彼らがどんな服を着、どんな仕事をしようとも、彼らのなかに深く残るのだろう。
覚えの悪い私達に忍耐強く何十回も同じことを言ってくださり、慣れているとはいえ朝3時いやおそらくその前に起きて、夜も私たちが寝たあとまで仕事をし、体調を崩した人の面倒をみ、私達の健康状態まで気をつかい、自分たちは常に私達のお手本になる。
上司にあたるような先輩、目上の僧侶の前では非常に謙虚で控えめで、「従う」という姿勢が自然にできる彼ら。
私がずっと映像で見て来たことを、目前で体現し、説明してくれる感動。
本当に毎日24時間ずっと、目の前にいる生きたお手本になって下さった。
感謝してもしきれない。
彼らの将来を祈りたい。

観光地としての永平寺。
最終日、解散後に参拝コースを巡ってみて。
どこもかしこも見学者は自由に写真もとれ(雲水さん以外の施設や景色など)、大声で談笑する外国人観光客や無邪気に騒ぎ走る子供たち・・・
その廊下から襖一枚隔てた僧堂では、雲水さんたちが心鎮めてお唱えをしている。
行住座臥、そんなこともみな修行なのだろうが…
昔は一般の人が庭も山門前も自由に入れたのが、バスや電車がここまでのびて参拝客が多くなった頃から、修行の場を守るために今のような「一部立入り禁止」のシステムが取られるようになったそうだ。
神聖な鳴らしものの一瞬なども、通行者に毎回断ってから鳴らすとかいろいろ工夫されていて大変そうだったな。
ただ、我々参禅なども含めた参拝客、観光客は、お寺にとっても大事な存在。布教の大きな場である。
そんなバランスも、悩みつつ工夫、改善を重ねられているのだろう。
もともと「人里離れたところに伽藍をつくって修行する」のを目的として建立されたこの永平寺だが、今の姿を道元禅師はどう見られるだろうか・・・

手間。
永平寺の食事は本当に美味しい。
今まで何十年も食べて来たすべての料理のなかで、一番美味しいと本気で感じた。
浄人が丁寧によそってくれる品の数々は、香汁ひとつとってもその具は必ず一口で入るサイズに切りそろえられていた。青菜や豆腐は1センチ四方。
スパゲティはお箸で食べられる長さに切られ、すぐに全てが口に収まる。
もやしの根は綺麗に取られている。
その切り落とされた根は、また次のお役目に生かされたことだろう。
いくら大きな台所、大勢が働いているとはいえ、出汁をとったり灰汁を掬ったり、材料を細かく切ったり、というのはかなりの手間だ。
ニンジンやじゃがいもの皮はそのままで食べられるように下処理するより、剥いて捨ててしまうほうが速いに決まっている。切り落としてしまえば簡単なのに。
でも手間を惜しまないで、丁寧に仕事をする。
「材料を無駄にしない」ためだけではなく、食べる人のことを思う食事。ちゃんと「人が手で作っている」姿、味、香りがしている。お椀を手に取り、眺め、口にするとそれが身体全体に伝わってきて涙が出そうになる。
そしてちょうどいい時間に運んできてくださる雲水さんのご苦労。
いつでも温かい料理が並ぶことは、けして当たり前のことではない(お唱えやら食器の開け方などで、食事開始後20分くらいは食べられないんだけどね・・・苦笑)

「時間」は自分のものであって自分のものではない(人のためでもない)
目の前のことを必死でやるその一秒一秒も、永遠に与えられるものではない貴重品。
焦ることなく、急ぐこともなく、使い切る。
お茶ひとつ飲むのにも、時間、手間、心が必要。
茶処まで行く→音をさせずにお盆から茶碗を出す→ポットからお茶を注ぐ→飲む→台所前の烏芻沙摩明王さまに合掌低頭してから茶碗を洗いふきんで拭き乾かす→かかっているふきんを綺麗になおす→再び合掌低頭して茶処に戻り、茶碗をもとあった盆に静かに返し、静かに蓋をする・・
つまり「あー喉かわいた、お茶飲みたい」と思ってからお茶を手にして片付けるまで、果たしてあと5分の休憩時間に上記をすべてこなして戻って来られるか。
それで「飲みに行くか行かないか」を決めるわけ。
必死にならざるを得ない。
でもそのお茶は、誰かが私達のために24時間絶やさずに用意してくださっていたものなのだ。

「即今目前」
今目の前のひとつひとつを、ごまかさずに。
「前後際断」
未来や過去ではなく、今このときを重んじる
「脚下照顧」
足元、今自分が置かれた場所を固めなさい

そしてなによりも
「他不是吾」
他人でなく、この自分がやらなければ意味がない

頭のなか、身体のなかを良いものでいっぱいにすれば
悪いことはおのずから押し出されてしまう。
出そうと思わなくても、出ちゃっててもう記憶にもない。
修行の意味ってこれなのかもしれない。
そして、良いものをキャッチし、感じ、感動し、味わい、取り込める力を頂けていることに感謝。
ほかを羨む必要もなく、その自分こそが本物、本来の姿。
それが自分の役割なんだと悟れる。
受け入れられる。
「任運自在」

たった4日間だったけど、その威力は絶大で
一週間以上たった今でも、私は家でテレビがつけられずにいる
食器と食器がぶつかる音が、痛くてたまらない
野菜の煮物ばかり食べながら、食前に必ず五感の偈を唱える自分がいる
道元の本を片っ端から開いて、もっともっと面白いことを発見する

たった4日間で何かが変わるとか、ましてや何かを「得る」ことなんてなく
何年も本格的な修行をする雲水さんのほんの表面しかうかがいしれず
でも、それでも、ここで起こったこと、みたこと、きいたこと
「わたしの日常」が戻っても
忘れられない
忘れたくない
そしていつかきっとまた
坐りにいくような気がする

(はやく足、治さないとな・・・笑)







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by saskia1217 | 2016-10-14 02:47 | 感じろ、考えろ、思え! | Comments(0)


今日もまた日が昇る・・出かけてゆこう!


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