2016年 06月 26日 ( 1 )

近藤良平さん&坂東扇菊さんによる公演「縞」(三島由紀夫「近代能楽集「弱法師」より)を観る。

表参道の銕仙会能楽堂は30年ほど前、私が生まれて初めてお能を観た場所。
浅見真州さんの舞台、懐かしい空間。

観てよかった。
今まで近藤さんの舞台で私が拝見したことのなかったジャンルの作品。
近藤さんのまた違った一面を目の当たりに出来ていろんな発見があった。

三島には疎い私、大した予備知識もなく体験した舞台だったけど、シリアスかつコンテンポラリーかつ痛々しく生々しい身体とシーンの重なり。

静寂と闇とゆっくりな動きから、緊張、緊迫、閉塞感を課される前半。
後半は唐突で速い、暴力的な動きが矢継ぎ早に続き、観客の心臓の鼓動も速くなる。
三島原作のセリフがそのまま声になり演じられるラスト近く。
作品開始からラストに向かって大きなアッチェレランド。

外の音がかなり筒抜けな会場、SEなのか外部の音なのかわからない瞬間が何度か。
冒頭、虫の音に混じる風のような音。
後半、切迫したシーンで聞こえてきた、青山通りの救急車のサイレン…奇しくもまるでSEのような。
終始近藤さんのつく杖が、中身が空洞でよく響く能舞台に強く、ときには微かに響く音が印象的だったな。

出演者が2人なので、半進行やユニゾンでは自ずからお二人の動きを比較して観てしまう。
男性女性、身長差とは別に、お二人がベースにしている動き方?…舞踊のそれぞれの「香り」がチラリと垣間見えたりするのが、当然のことながら面白かった。

日本舞踊の歩みでありながら、登場直後には能舞台の作法である柱間の斜めの移動が美しくなされていたり。
目付け柱に絡まった近藤さんの手指の置き方とカタチが蔦のように美しかったこととか。

音楽を担当した四家卯大さんのチェロは、開始からラストまでを、大きなアッチェレランドというよりも、大きなアラルガンドというのか、1つの大きな広がりとして機能していた印象。
鈴の音も絶妙で。
チェロで奏されたのは、開放弦も多い、(意図的か無意識か?)Cが基調になった音の散らばり。
最初もCベースで始まり、音型は違うけどラストもそこに回帰していた。
きっかけ以外はほぼ即興に聞こえる。
ああいう場合、作品中の音の分量をあらかじめ俯瞰的に計画するのは難しい面もあると思うのだけど、多すぎず少なすぎず、静寂の多さを逆手にとったような、ちょうど平面を占める白黒の割合が一瞬で逆になるような…
バランスの良さが光ってました。

幕切れに揚幕奥から突然に差し込まれた、能舞台には不似合いな赤い照明。
「夕日を見た」「見ない」「見える」「見えない」と
原作中のキーワードになっていた「夕日」なのだろうけれど
その光をみたときに咄嗟に脳裏に浮かんだのが、この詞とメロディー

「ああうち仰ぐ空のかなたに
きらりと光る夕陽あり
俺はこのため生きていた
ドブの夕陽を見るために」
(エレファントカシマシ「偶成」)

落日を拝むと極楽に行ける、という信仰(日想観)があったそうだけれど
このお能も、そのダンスヴァージョンも、エレカシの詞も、それとまったく無関係でもない気がする
なんてね

じつは高校の後輩で、当時学内唯一のチェロ専攻だったため、在学中事あるごとにさんざんこき使った思い出しかない卯大くん…😅
30年以上経ち今や各方面で大活躍の彼の記憶からは私は当然消えているかと思いきや、楽屋を訪ねるとちゃんと覚えてくださってました(笑)
というわけで貴重なスリーショット!

んー
三島、ホントに未開の領域だが、やはり一度は踏み入ってみるべきだろうか…

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by saskia1217 | 2016-06-26 00:46 | 感じろ、考えろ、思え! | Comments(0)

今日もまた日が昇る・・出かけてゆこう!


by saskia1217