歳月

「その頃私は年なお三十に至らず、孤身飄然、異郷にあって更に孤客となるの怨みなく、到る処の青山これ墳墓地ともいいたいほど意気頗豪なるところがあったが今その十年の昔と、鬢髪いまだに幸いにして霜を戴かざれど精魂漸く衰え聖代の世に男一匹の身を持てあぐみ為すこともなき苦しさに、江戸絵図を懐中に日和下駄曵摺って、既に狂歌俳句に読古された江戸名所の跡を弔い歩む感慨とを比較すれば、全くわれながら一滴の涙なきを得ない。」
(永井荷風「日和下駄」より 第十「坂」から)

これには読んだこちらのほうが「一滴の涙なきを得」なかった。
ニューヨークやパリの風景を思い出しつつ、特にフランスの都会の美しさについて語っているくだりに、この一文は出てくる。
そして、こう続く。

「さりながら、かの端唄の文句にも、色気ないとて苦にせまい賤が伏家に月もさす。徒に悲み憤って身を破るが如きはけだし賢人のなさざる処。われらが住む東京の都市いかに醜く汚しというとも、ここに住みここに朝夕を送るかぎり、醜き中にも幾分の美を捜り汚き中にもまた何かの趣を見出し、以て気は心とやら、無理やりにも少しは居心地住心地のよいように自ら思いなす処がなければならぬ。これ元来が主意というものなき我が日和下駄の散歩の聊か以て主意とする処ではないか。」

すでに大正の世にあって明治の頃の「古き良き東京」を全身全霊を込めて懐かしみ、そして「近代化され汚されてゆく」東京を嘆いていた荷風。見過ごしてしまいそうな、どこからかふっと切り取ってきたような風景や、路地裏に渡る風のようなものを、ぞくっとするような感覚で言葉にするその感覚。

それはそうと。
「三十に至らず」プラス十年、四十ならまだこの心持ちに共感していても大丈夫なのか・・・(苦笑)?
いやいや、五十になっても「ふ〜ん、これ、わかるなあ」という状況は、やっぱりちょっとマズいにちがいない・・・。
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by saskia1217 | 2008-11-17 00:38 | 感じろ、考えろ、思え! | Comments(0)

今日もまた日が昇る・・出かけてゆこう!


by saskia1217