詩→詞

歌というものには必ず、歌詞と呼ばれる言葉がついている。
ついている、という言い方は歌に失礼だ・・・
いや、ついている、のではなくて、時には言葉が先にある。

世の中にある「歌」のすべては「まず言葉があって、そこに音楽を付ける」という方法で作られたものだと、つい最近まで本気で思っていた。「後付け」と呼ばれる、音楽に言葉を乗っけるという作り方があるということ(むしろクラシック以外の音楽ではそっちのほうが多いということ)を知ったのは、ごくごく最近のことで、それはまあ、目から鱗というか、寝耳に水というか。

「歌」の「詞」になるものにもいろいろあるけれど、形の整った韻文だけじゃなくて、もちろん散文だって「つぶやき」だってなんだって「歌」になることができる。
たいていは曲を聴いたときに初めて「詞」を知ることになる。そしてモノによっては、それからCDについてる歌詞カードなどでそれを目から読むこともある。あの瞬間がとても好きだ。目からそのコトバたちが入ってきたとき、その味わいは一歩前に、一段深く、そしてひと幅広くなる。

もうずっとずっと、私を酔わせてやまない歌がある。
エレファントカシマシの「歴史」
大好きなアルバム「扉」のなかの一曲。(このアルバムもまったく全ての曲が入魂の傑作だ。)
何回も何回も聴いてきた後で、つい最近になってアルバムを買い、初めて歌詞カードを読んだ。
ビックリだ。普通の文章だもの。これがどうやって「こういう曲」になっちゃうのか・・ん〜〜。
詩が先か、曲が先かなんてことはもはや、どうでもよくって。というか、もはや渾然一体。
どう考えても神がかってる、この曲。

こんな詩が歌えるのは、ほんと、この人しかいないだろうな。
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by saskia1217 | 2008-05-13 01:10 | エレファントカシマシ | Comments(0)