今日もまた日が昇る・・出かけてゆこう!

by saskia1217

ちいさき神の、つくりし子ら

「愛は沈黙のなかに」
そう言えば、どんなお話かピンと来る方は多いかもしれない。映画ではそういうタイトルがついていた。
マーク・メドフ作のこのお芝居、原題は今日のタイトルのとおり。
ただいま俳優座にて「プレタポルテ」により上演中である。その初日に出かける。
昨年観に行った「棄憶」というお芝居がとてもよかったので、同じ板垣恭一さんが演出を担当されているこの舞台も観にいってみたのだ。

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ろう学校を舞台に、新任教師とそこの卒業生で今は掃除婦として働いている女性の結びつきを中心にしたお話。3時間を越えるこのお芝居、当然演技はセリフと手話がものすごいスピードで飛び交う。もともとこのお芝居は「手話を知らない聴こえる人」でも理解できるように作られているのだが、今回は聴こえない方にもセリフの部分がわかるようにステージ両サイドに字幕が出された。
(以下ネタバレかもしれないので、これから観に行く方はご注意を)





主人公の女性サラ役はできるだけろうの女優さんを、という台本どおりに、オーディションで選ばれたろうの女優さん津田絵理奈さんが演じた。そして新任教師ジェイムズ役にはキャラメルボックスの岡田達也さん。もともと手話を使わないという津田さんも、そして岡田さんもかなり特訓されたというその手の動きは、圧巻だった。岡田さんにいたっては全幕通してハケる間が殆ど全くないという出ずっぱりで、セリフと手話の量がハンパではない。

私は原作も映画も知らずに観たのだったが、観た人はきっと誰しも、これが単に「ろう者」と「聴者」の問題を描こうとしているのではなく、日常人間どおしの間に横たわるごく当たり前の問題、誰の問題でもあるのだということを思い知らされるだろう。たぶん皆が自分のこととして受け止めた、受け止めざるを得ないような話。
それが他人であれ家族であれ、異性であれ同性であれ、年上であれ年下であれ、人間は相手に「好意」やら「愛情」やらと感じると、必ず「助けたい」「役にたちたい」と思ってしまうのが常。でも所詮誰か自分以外の人を「助ける」ことなんて不可能だし一種の「奢り」でもある。知らず知らずのうちに自分が相手より「上」になっていく危険。お互いが「まったく同じ世界」にいるなんていうことはあり得ないのに、気づいてみたら実は相手を自分の世界に無理矢理引っ張り込もうとしていただけだったり。
それでも人は人と関係せずにはいられないし、人は人を愛さずにはいられない。
甘えも、偽りの親切もない、人間どおしの本当の「関わり方」とはなにか。そしてもしも「助ける」ことができるとしたら、一体それはどうすることなのか。

お話そのものは、上記の二人のごくごくかる〜く見えるラブストーリーから始まるのだが、そこから後が(時間的にもそれが殆どを占める)このお話の真髄。
声を発することをずっと頑なに拒んでいたサラが、ジェイムズとの沸騰していく会話のなかで思わず「絶叫する」シーン。クライマックスともいえるこの場面、観客は皆ぴくりとも動かなかったですね。

とにかく丁寧に作られていた舞台で、役者さん(皆さんそれぞれキャラクターが印象的で素敵だったけれど、上記お二人に加え、ろうの学生を演じた石曽根有也さんも素晴しかったです)、スタッフさんのスゴさはもちろん、もとの脚本もじつにいいんだなと思った次第。
板垣さんの舞台は、その時にが〜んとくるというより、数時間、数日、数週間と経っていくなかでじわ〜っと色々思い出したり、ひらめいたり、熱くなったり、膝をたたいたりする、そんな感じがする。

ちょっと印象に残った場面。
ストーリーの最初のほうで、サラが恋人ジェイムズに「私は神様なんて信じてないのよ」と言う。ジェイムズはいともさらっと「へえ、耳の聴こえない人はみな神様を信じなきゃいけないもんだと思っていたよ」と言ってのける。
こういうふうにスパッと言ってのけるセリフがたくさんあり、その潔さに実に目が覚めるようだった。グサッとくる人も多いのではないだろうか。

16日まで上演してますので、ぜひぜひ!
すごくオススメです。
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by saskia1217 | 2008-02-11 03:27 | 感じろ、考えろ、思え! | Comments(0)