・・・・(言葉は無力)

「全身の血が総入れ替えされた」
「昨日からどうやって今日になったのか、よく覚えていない」
「全然眠れず、全然食べられない」
「今日は明らかに、昨日の自分とは別人」
・・・・・・
そしてふと気がついたら、私の商売道具のひとつである右手人差し指の関節がこんなことに・・・(その訳は下記で解明)
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すべては昨日の夜のグローブ座でのダンスカンパニーコンドルズ2006年春公演「勝利への脱出」のせいです(笑)。

いったい私がどのくらいこの人たちのダンスに惚れ込んでいるかは、以前ここでも書かせていただいたのだが、実はコンドルズ全員による公演を生で見たのは昨日が初めて。
昨年夏に偶然テレビで知ったコンドルズ主宰者近藤良平さんのダンス、そしてその信念に打ちのめされてからずっと、私はこの人たちのステージを見たいと切望していた。その間、昨年秋に近藤さんのソロ公演、そして今年のお正月にNHK芸術劇場で再放送されたコンドルズ公演「ジュピター」(渋谷公会堂が数分で売り切れたという伝説の公演)という形で目にする機会はあり、それはそれでもちろん素敵だったのだが、おかげで否応無しに今回の春公演への期待が200%膨らんでしまった。

実は今回のチケットもかなり入手困難だったらしい。1月のとある日曜日、私はとある用事をさぼって(!)HP上でのネット先行発売時刻30分前からPC前にスタンバっていた。「冗談抜きにそれがオススメ」と制作者からアドバイスを受けてその通りにしたのだが、本当に笑い事じゃなかった。そして昨日までの3ヶ月の長かったこと・・・

午前中から用事で出かけていた阿佐ヶ谷で午後の時間を潰し、新大久保駅からグローブ座に向かって歩き始めると、ジーンズ姿の10〜20代の若者たちがまわりをぞろぞろと同じ方向に向かって歩いている。だんぜん女の子が多い。は〜、楽日、夜公演となるとやっぱり若者が多いのね〜、とジーンズをはいてこられなかった自分にちょっと憐憫(今日はオルガニストを勤めている教会で「任職式」なるものがあったので、ひじょ〜に不本意ながらいささかキチンとした服を着ていた)。劇場前には売り切れのチケットを求める人、売る人の姿がちらほら。いつものことながら、当日券(立ち見が多い)はおそらく数時間前にさばかれてしまったのだろう。
ロビーに入ると、まだ開演30分前だというのに人がごったがえし、Tシャツや本などを買い求める列が。コアなファン、恐るべし。(といささか大人ぶって冷ややかに観察していたのは開演前だけ)

1階バルコニー席の右端、通路に面した端っこの、とても見晴らしのいい席に落ち着く。満席だ。当日僅かに出たであろう当日券の立ち見もちらほら。
今回のテーマは「サッカー」。前半45分+ハーフタイム+後半45分。「開演」じゃなくて「キックオフ」。ワールドカップにちなんで、そして近藤さんが大のサッカーファンだということで。これはサッカー狂の私にとっては得した気分。

オープニング、全員がステージ前方にずらっと並び、胸に手を当てて音楽に合わせて国歌(らしきもの)を「クチパク」。ん〜、いいですねえ、よく見る風景。ステージの床はそんなわけで緑一色。
前半戦は音楽に、コンドルズには多分珍しくクラシックの占める時間が多かった。ビゼー「アルルの女」メヌエット、バッハ「管弦楽組曲2番」のバディネリ、モーツァルトのフルート四重奏・・・
その音楽の上に、いわゆる「モモヒキダンサーズ」(つまり上下白い下着っぽいスタイル)の男性たちが踊りまくる。普段聴き慣れているこれらの音楽と、同時に目から入ってくる映像(モモヒキの男たち、振り、光、色)がじつにマッチしていることの新鮮さ。
途中にはいるコントも絶品。声が枯れるほど笑いすぎて笑いすぎて、ハンカチでふかなきゃならないほど涙がとまらなかった。コンドルズのコントは寒い、という人が時々いるらしいが、寒いと感じるコントや、ナンセンスな人形劇の中に、はっとするほどのシュールなシニカルさがあると私には思える。

ハーフタイム、といってもそれは休憩ではなく、サッカー中継よろしく(背景のスポンサーロゴまでパロディーが凝ってました)メンバーの1人が「専門家」を招いて「前半戦の徹底検証」をする、というアイデア。なるほどね〜。で、このゲストは金曜からの3日間毎日違っていたらしいのだが、楽日のこの日は舞踊評論家で専修大学の貫成人氏。楽しいおしゃべりで15分が過ぎ、後半戦に突入。つまり観客にも休憩時間はないのであるが、これがコンドルズのスタイル。でもこれがけっして苦痛じゃないんですね。2時間強の流れが中断されない。

お決まりだが毎回面白すぎる、オリジナルの映像によるいろんなCMなどがスクリーンに流されつつ突入した後半。これはもう彼らの十八番であるロックの占める分量がだんだん大きくなってくる。
ステージがそう広くない分、両サイドのドアを開け放ち、そこからの花道を上手く使い、そして客席への乱入(ボール投入とかも)、客席からの乱入など、縦横無尽に走り回る。すぐ近くで体験すると彼らのエネルギーが乗り移ってくるようだ。動き、セリフや歌という声、これ以上使えないというところまで放出している。もしかしたらコンドルズはこの大きさのステージで見るのが一番贅沢かもしれないな。

全員が、いわゆる世間的に想像されうる「ダンサー」ではないと言えるかもしれないコンドルズは、近藤さんが一緒に踊りたいと思った人たち(そして近藤さんと一緒に何かを作りたいと思った人たち)だけが持つ、考えられないほど豊かな個性の集約だ。「コンドルズ」の枠内でもそれぞれ、バンド活動(これもメジャー化です)、小道具作成、グッズ作成、台本作成、作曲、楽器演奏、おお、それにアートマネージメントなど分業でこなしている。これは後から知ったことだが、踊ることのみを仕事としているメンバーの他にも、予備校講師、大学講師、小学校の先生などが含まれていて(とはいってもその方々も舞踊学の研究者だったり、ヨーロッパでバリバリ踊っていたダンサーなど「ダンスの専門家」ではある)、無論ステージで踊るだけの訓練は積んでいるが、それは所謂バレエとかフラメンコとか他のダンスの殆どに存在する「揃った美しさ」「決まった形の様式」などとは無縁なのだ。聞けば近藤さんは、公演の練習時、特にゲネでは殆ど「ダメだし」ということをしないらしい。稽古では自分がまず振り付けを踊ってみせ、それを見たメンバーがそれを自分で解釈して踊るときいたことがある。しかしそこに発生するある種の生き生きした不思議な「一体感」は、ちょっと言葉には出来ない。
表現芸術(なんか「芸術」っていう言葉はこの場合ちょっとマイナスに響くな〜)における「自由であること」の限界がギリギリのバランスで光っている。ちょっとでも狂ったらそれはただの「ごちゃごちゃ」なのにね。

ちょっと見ると自由なんだが、実はもちろん振り付けは決まっていて(当たり前だけどホントに記憶力、というか身体への浸透の仕方がすごいと思う。過去バロックダンスで振りの記憶に超苦労した私にとってはそれだけで尊敬に値する)、その部分では確かに「一糸乱れず」なのに、それが同時に心地よく「ばらばら」なのだ。この不思議さはコンドルズ以外ではなかなか見ることが出来ないと思う。それが彼らのスゴイところ。
で一方、確かに「即興」もある(んだと思ってるけど、違うかな)。私たち古楽をやってる人間にはかなり親近感のある「即興」の要素。これはもう、身体表現も、言葉も、音楽も、彼らのやってる「即興的な部分」には何の不自然さもなくて、もはや境目もわからない。日本の音楽大学の教育で、昔から、そして今もまだまだまだまだ欠けているところ、遅れているところは、「即興」の習得だろう。学生たちに、ぜひこの「解き放たれた柔軟性」を見せてあげたいものだ。

ステージに上がる者としての、完成度への厳しさや自分へのプレッシャー、寸分の漏れも許さないシビアな部分は絶対あるはずなのに、見ている者にはそんなものが透けてこない。むしろルーズさや羽目を外した(ような部分)が前面に出てくることも多い。

見た目、たとえば身体的な面で言えばプロポーションとか、技術的にはコールドバレエの完成度とか、そういうものが美となる発想とはまた別の角度で、人間と、そして人間の身体がもともと持っているありのままがいかに素敵で、どんなところにもどんなものにもどんな動きにも魅力があるという徹底的なプラス思考(これって心には安らかなんだな、実際)のアピール。私が彼らのステージを映像で最初に見た時、第一印象や見た目で人を判断する度合いが少ないヨーロッパの感覚を思い出したのもそんなせいかもしれない。もちろん何か計算というわけでもなくて、彼らの根っこのところに、何よりもこれが好きで好きでたまらなくて、楽しくて面白くってもう爆発しちゃうぞというマグマがあるからこそなんだろうけど。

こんなことをいくらつらつら書いていても、じつはその素晴らしさを何にも表せないむなしさしか感じない。どんな舞台芸術もパフォーマンスもそうだけど、それは生で体験しないとやっぱり絶対に伝わらない。でもね〜、テレビでしか見てなかった時点で大好きだったコンドルズ、もちろん期待は十分していたけれど、ここまで、こんなところまでは予想していなかったんですね。
気がついたら拍手しまくるわ、叫ぶわ、スタンディング状態になるわ、で・・・さっきの「名誉の負傷」です。手を叩きすぎたんです。帰路で気がつきました。なんだか手がすごく痛い・・・ゆ、指が黒くなってる!!
こんな間抜けな負傷、その昔ドイツのかた〜い冬キャベツの葉を剥いていて爪がはがれたの以来ですよ、はあ。

クライマックス、突然下がってきたステージ後方一杯の白いスクリーンに、神田川(だと思う。彼らのホームグラウンド早稲田の風景)の満開の桜が大きく映し出され、その前で近藤さんが1人でサッカーボールを蹴るシーン。バックには歌い上げるバラード。
一番印象的なシーンでした。

いつまでもいつまでも、殆ど全部のお客さんがスタンディングで手を打つ中、何度も何度もアンコールに出てきてくれたメンバー。興奮に声を弾ませてロビーに向かうグループ。涙を拭きながら席をたつ人たち。そして、ホールの清掃が始まってもまだ帰らずに佇むお客さん達(ごめんなさい・・・私もしばらく帰れませんでした)。
そして何よりも、ロビーで1人1人と声をかわし、握手をし、サインにも写真にも丁寧に答えてくれたメンバーたち。

最近よくきく「元気をもらった」という表現、実は大嫌いなのだが、今日だけは使わせてもらおう。他にいい表現がないから。
何があってもこれでもう大丈夫、明日からまた当分がんばれる、生きていてよかった、ありがとう、そんなフレーズが次々とよぎる時間でした。
これが理想のエンターテイメントなんだな〜。
そんな音楽家でありたいです。

あ〜、今日もまた眠れぬ夜・・・・(呆)
(長かったですね、ごめんなさい)
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Commented by ukiki01 at 2006-04-14 04:44 x
初めまして。
“近藤良平”で検索してたどりつきました。

私もこの日(と前の日も)この場所におりました。
saskia1217さんのこの記事を読ませていただいて、
ずっと手を叩きながら長い間立ち尽くしていた気持ちがものすごくリアルに胸によみがえってきました。

うーん。これ以上うまく表現できなくてごめんなさい。
私も日曜の夜から(土曜はまだそれほどでもなかったのですが)呆然としてしまっているのです。

ともかく、この記事にたどりつけてよかったです。とっても。
おじゃましました。
by saskia1217 | 2006-04-11 04:10 | コンドルズ | Comments(1)

今日もまた日が昇る・・出かけてゆこう!
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