真夏の大本山

なが〜い備忘録。
自分のために書いておきます。

先日、二度目の總持寺へ。
前回は一泊の参禅会だったけど、今回は年に一度開催される「夏期参禅講座」、二泊三日。

ひどく蒸し暑いほぼ猛暑日。
鶴見駅から荷物を引き摺ってウダウダ歩くが、山門が見えて来ると自然と背筋も伸びて、汗を拭くのも忘れて真っ直ぐに歩く。
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初日は午後早くに受付の後、部屋割り、坐禅着に着替えてから集合、簡単な坐禅指導と今後の説明がある。
募集50名のところ、今回は男性24人、女性12人。ちょうどいい人数。
お部屋は6人部屋。
總持寺の参禅は、宿泊がほんとに旅館みたいに安楽(!)なのが、息抜きできるところ。
洗面、トイレ付きの綺麗な和室に、清潔でフカフカのお布団。シーツも毎日交換!(いいの?という感じ)
ポットとお茶、お茶菓子。
贅沢すぎる(笑)。

まずは15時から講義。
三重県佛光寺副住職、駒沢女子大で教鞭をとられる龍谷考道師による「總持寺五院の開創と開祖禅師の思想」。
禅宗史のご専門、しかも大学で講義されているだけに、決まった時間内に少なくない情報を、とてもわかりやすくお話して下さった。とても真面目な内容だけどリラックスして聴ける。お話の上手さって、僧侶や牧師、神父、政治家、教員・・・やっぱり大事だなあと思った。
日本曹洞宗については、道元禅師と懐奘、義介、あと瑩山禅師と峨山禅師くらいまでしか知らない私にとっては、その後の禅師方のことや、祖院にあった所謂塔頭「五院」についてのお話はとても新鮮で興味深かった。
特に、ここ数年の總持寺のテーマである「相承」に焦点をあてるということで、山禅師が自分亡き後どのようにお寺の精神的、物理的リーダーを決めて行ったらいいのか、ということまでキチンと決め、受け継ぐように言い残していたことが印象深いお話だったな。
争うことのないよう、偏ることがないよう、5年ごと(のち3年、1年)に住職を替える案などの民主的な方法がほぼ明治まで実行されていたなんてビックリだ。
現在一つの宗派としては日本の仏教寺院で最多数を占める曹洞宗の、じつは8割が總持寺の流れをくむものだということも初めて知ったし。
たくさんの古文書の資料の中には様々な取り決めが書かれているのだが、「女性を宿泊させない」とか「酒を持ち込まない」とか「無駄話や雑談をしない」とか、人間的すぎて思わず笑っちゃう・・・

講義後、薬石。
總持寺での食事は応量器でなくテーブルと椅子でお膳をいただく形式。
お客様用の紅いお膳に、美しい精進料理が並ぶ。
ゆっくり味わって頂きたいところだが、暗黙のうちに全員が同じスピードで食べなければならないから、2/3を占める男性陣に合わせる恰好となり、かなり急いで食べる。
写真は最終日の小食(朝食)だが、これだけお皿数があると、ひとつひとつ両手で取り両手で置きながら食べる手間もあって(つまり渡り箸をせず、口に入れたものを全て食べてから次のお皿を取る)、慣れてくるともうお膳を見ただけで攻略法が頭に浮かんでくる(笑)。
箸で切るのに粗相しそうな大きな大根や、一粒ずつつまむのに時間がかかりそうな豆類などは、まず最初に食べてしまう・・・という具合に。
応量器だと多くても食器や5つくらいだから、まだいいのだけどね。
しかし朝はお粥と漬物と胡麻塩だけだと思っていたから、豪華さにはビックリ。
どれも本当に美味しくて、嬉しかったのだけどね。
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食後、18時から第一回の坐禅。
總持寺では参禅者は衆寮で坐る。
衆寮は僧堂の隣りにある、雲水さんたちが勉強する場所。創りは僧堂と似ていて単が並んでいるのだけど、目の前に小さい机状の板があるのと、中央にいらっしゃるのが文殊菩薩ではなく観音様だってことかな。
ここの観音様は准胝観音さま。両脇には龍の化身である難陀竜王と跋難陀竜王が、観音様の蓮の花が落ちないように支えている。
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この日はもーーーーほ、ん、とーーーにものすごく暑い日で、夕方になっても気温が下がらず、たぶん34〜5度あったかなあ、湿気も凄かったので、入堂した時
「うわああああ、ホントにここで坐るんですか・・・・」
なんて、ほぼ恐怖感を覚えたのだけど、そこで・・・2炷(80分+経行10分)坐りました・・・
湿気で息も苦しく、滝のように流れてくる汗はまったく止まる気配もなく容赦なく目に入りまくるけど拭えないし・・・坐禅着はほぼ長袖だし。
こりゃあ絶対に熱中症になるな、もしくは誰か倒れるな、と思ったけど、誰も倒れなかった(笑)。
私も何とか最後まで坐ることができて、最後の放禅鐘が鳴ったときは正直ホッとしました。
↓我々が坐った衆寮
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全日程終了後に伺ったお話。
雲水さんたちが寝食坐禅されている僧堂ももちろんエアコンはなく、夏は扇風機、冬は小さなストーブ。
基本的に殺生できないので蚊を叩くことはしないけれど、手を下さないということなのか、蚊取り線香は置かれるそうなのだが(我々が坐った衆寮にも蚊取り線香があった)、数人分が寝る長い単の真ん中の床にひとつ置かれるので、両側の単に寝ている雲水さんはもう朝起きたら数十箇所は刺されているそうだ。
冬も「ストーブは暖かさを得るというより、その光を見て坐っている、という感覚です(苦笑)」と仰ってました。修行中、特に1年目は古来通りの修行を一通りしなければならないので、体力気力ともに大変な忍耐力が要ることと、また新たに尊敬と感嘆と自戒の念に包まれるのでした・・・
↓雲水さんたちのホンモノの僧堂(外単のみ撮影可)
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その後のお風呂が天国のようでした(總持寺ではお風呂の時間が1時間弱あるので、ちゃんとあったまれて足のメンテもできるし、髪も乾かせる!)
お風呂の前ではもちろん、跋陀婆羅菩薩様に合掌低頭。
担当の雲水さんは、私達の最後の1人が出るまで、その前でずっと静かに正座してくださっている。
21時、開枕(消灯)。
↓これは東司(トイレ)前にお祀りされてる烏芻沙摩明王様。
入る時と出る時必ず合掌低頭するのは、もう慣れた・・・どんなに切迫してても(笑)
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2日目、4時半振鈴。
夏場は3時半かと思ったので、ちょっと得した気分。
喜んで早起きが出来るのは、ひとえにここの朝課に参列できるという嬉しさのおかげ。
永平寺の朝課も荘厳で大好きだったけれど、總持寺の朝課は本当に素晴らしく魅力的なのだ。
雲水さんの数なのか(總持寺は180人・・現在は夏送行で150人ほど。でも朝課に全員が出るわけではないので、実際には100人くらいか?永平寺とそんなに変わらないと思うのだけど)法堂の大きさなのか・・・
読まれるお経はほぼ同じだけど、お祀りしている祖師方や守護仏も違うので、そのあたりが違ったり。
總持寺の朝課で好きなのは、大非心陀羅尼の「真読」=大悲真読。
つまりゆ〜〜っくり読み始まって、あるところまでくると急にアッチェレランドで速くなる読み方をする「大非心陀羅尼」。
きくところによると、朝課といっても日によって読まれるお経や作法も違って来るそうだが、毎月28日にはこの陀羅尼を2回繰り返すそうで、何度も聞けてお得な気分。
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いつも朝課やら法要に出る度に、聞き覚えがあるのに中身がわからなくてモヤモヤしていたのだが、最近入手した「日課勤行聖典」には殆どが載っていて便利なので、今回は持参して朝課に出るときに懐に忍ばせておいた(笑)。
もちろん基本的には私達は「聴かせていただく」立場だし、上記のように読み方にも決まりがあるので、荘厳な朝課に粗相があってはいけないから素人のワタシはお経本を掲げつつも口の中で小さく呟く程度。
実際、初めて見てビックリしたのは、2日目に読まれた「消災妙吉祥陀羅尼」。
ものすごいスピードで読んでいたかと思ったら、急に大鏧(おおきな鐘)が押鏧(余韻を消す打ち方)され、突然に訪れるなが〜い沈黙。息を呑んだ瞬間。
全員がコトリとも動かず、息もしていないくらいの静寂が続き、おそらく何秒、と決まっているのだろう、何秒かあとに鳴りもの担当の副堂和尚さんが「カチッ」と捺鏧(衣の左袖で鐘の縁を留めながら、バイ(木偏に「倍」の右)を縦に使ってカチリと打つ)を数回。
その後、突然木魚と大鏧が普通にゴ〜ンと大きく打たれて何事もなかったように再び普通に読まれる。
あとから伺ったら、これ「百八返消災咒」という読み方だそうで、本来百八回読むところを、まず10回読み、黙読のあと8回読むんだって!
このお経は永平寺の朝課でも読んでいたのだけど、私が参加した時は(永平寺では参禅者も一緒に読経した)普通の読み方だけだったから、違う日にはこの読み方もするのかしらね。

もうひとつ、ずうっと気になっていたことが今回いくつか判明してスッキリ(笑)
自分のためにメモメモ。

転読大般若(お経本をバラバラ〜〜って速くめくって「読む」アレ)の掛け声は「降伏一切大魔最勝成就」
いつも「しょうじょうじゅう〜」しか聴き取れなかった(笑)

朝課の最初のほう、般若心経なんかが終わった頃に維那(法要を牽引する司会者みたいな役のお坊さん)が使う大きくて立派な見台を殿行和尚さん(法要の設えを持ち運びする役)が恭しく幕裏から運ばれるのだが(持ち方も難しそうだし、それも歩数やどのお経の部分で畳のどこを踏むなど細かい作法が決まっているそうで、法要の花形とはいえ毎日訓練が大変だとか)その際全員が唱えているお経?がずうっと聴き取れずに長いこと気になっていた。
今回、帰宅してから聞き覚えてきた音をたよりに検索してみたら、やっと見つかった!
「オンケンバヤケンバヤウンバッタソワカ」
總持寺では伽藍の守護神とされている三宝荒神の真言でした。
殿行さんはこの真言のリズムに乗って足を運ぶのだけど、その所作がまたじつに美しいのだ。
本当に總持寺の朝課は素晴らしくて、ほんとはこれだけのために毎朝5時に聴きに行きたいくらいだけど、始発でも間に合わないのがかえすがえずも残念・・・

朝課では毎回、毛氈の上に正座し参列している私達参禅者のためにも法要してくださる。
それを肝に銘じて、大勢のお坊さんたちが左右にいらっしゃるその中央に進み出て、須弥壇の前まで行ってお焼香させていただけるのがとてもありがたく、また緊張するひととき。
お焼香の時間は朝課開始からまだそれほど時間が経っていないのだが、そろそろ危なくなってきた足をよろつかせて、それでも出来るだけ背筋を伸ばして、綺麗な合掌を作るべく肘を張って、前をまっすぐ見て歩く。

感動の朝課が1時間ほどで終わり、この日はその後すぐに瑞世という、新しくお坊さんの資格を取った方の儀式が行われた。ほぼ黒一色の法衣ばかりのなかに、白をベースに紅いお袈裟、履物も真っ赤なスリッパみたいなもの・・・という若い2人のお坊さんが、これまた白、金、赤などを身につけられた導師様に導かれて登場。
大非心陀羅尼をここで再び。
彼らはこの法堂のみならず、仏殿など山内の何箇所かをまわって同じような「報告」をするとのこと。
瑞世はどこの道場で資格をとっても、大本山のどちらでも受けることが出来るそうだ。
短い時間だったが、貴重なものを見せていただいた。
フレッシュな若いお坊さんたち、これからどんなお働きをされるのだろうか。

↓法堂の地下にある書「法堂上に鍬を挿む人を見る」
山禅師の遺偈の結句。
自己の使命に目覚め真摯に生きる人、法堂とはそんな己の心を耕す人がお参りするところだ、という意味。
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殆ど感覚が無くなった足をなんとか動かしながら、そろそろと退場。
一度部屋に戻ってから小食(朝食)。
テーブルに椅子という、修行としては極楽のような食事。
しかも色とりどりの美味しい精進料理で、朝からお腹いっぱい。
五観の偈は昨年秋に永平寺に行って以来、家で食事するときも唱えているので覚えてはいるが、あらためて文字を目にしながら唱えるとまたちゃんと惰性でなくしっかりと意味が心に響いて新鮮。
大事だなあ、食材を前に襟を正す気持ち。

それから衆寮にて坐禅。この日は全日夜より少し涼しく、危機を感じるほどの暑さは無かったので少し楽に坐れ、集中することもできた。1炷のみなのですぐに終わってしまったが、密度が濃かった。
早起き、食後ということですこ〜しだけ眠かったけど、警策を気持ちよく受けた。
(總持寺の警策、女性は特に?なんだか弱い気がしていたけど、あれは本当に遠慮なくやっていただいたほうがいい。じゃないと意味がないし・・・。警策そのものが一般人向けに軽いものだけに)

ここまでやって、まだ朝の9時(笑)。
もう二仕事もしたのに!
ここで写経のお時間。
写経は本来、禅の修行の範疇という感じではないのだけど、心を整える一環としてプログラムに入っている。
机と椅子とはいえ、いつも家で書いているのとは違って、やっぱりご本尊を目前にして書くと気持ちが引き締まる。お経の意味も少し考えながら、一文字一文字。
完成したものは須弥壇前の三宝に提出、その後納経していただけた。
数ヶ月前に写経会に来たとき願目として書いた病気治癒、今回はご供養として捧げることが出来たのもありがたく。

ここで点心(昼食)。
なんだかすぐに食事の時間が来る気がする(笑)。それだけ各プログラムに集中できているのだと思うけれど、「もう?」というわりにはちゃんとお腹が空いているのも不思議。
お部屋での休憩もゆったり出来て、今回は6人部屋だった同室の方々、それぞれのお仕事、お立場、年齢によってたくさんのお話が聞けたり、また聞いていただいたりできたのも、良かったことのひとつ。
永平寺みたいな厳しさだと(寝る部屋は三黙道場ではないので特に禁じられてはいなかったけれど)話せる雰囲気でもなく、そんな気力さえ残っていなかったからなぁ。

午後からは提唱、總持寺単頭の勝田浩之師による「禅語に学ぶ」
「知足」や「放下著」「平常心是道」など、お軸なんかでも親しみのある有名な言葉を含んだ10の禅語を紹介してくださった。
(「知足」はお茶室前で時々みかける「吾唯足知」という円形のつくばいのお話がきけて面白かった)
「知足」や「放下著」は普段から折に触れて自分に言い聞かせたり、心の支えにしたりしている。
そんなにたくさん知っているわけではないけれど、たくさんある禅語のきっとどれも「どうやったら人間、楽になれるか」ということを語っているような気がする。
本来仏である自分なのに、苦しんだり悲しんだり妬んだり、すべての「嫌なこと」は結局すべて自分の心が作り出しているだけのこと。
まあ、その「あるがまま」でいることが一番難しいんだけれどね。
禅宗の修行が、特に入門したての頃ありえないほど厳しいのは、けして「枠にはめて苦しめる」のではなく、無駄なもの、余計なものを削ぎ落としていくための方法なんだろうと思う。
その先にあるもの、目指すものが「自由」であるから、そのためにはまず「手放さないといけない」。
言うのは簡単(苦笑)
この日のどの言葉も素晴らしかったけれど
「行雲流水(こううんりゅうすい)」
これ、好きだなあ。
修行行脚する姿から「雲水」さんの元になった言葉でもある。
物事に深く執着しないで自然の成り行きに任せて行動する。
水が形を変えながら、ちゃあんと存在しているように。

他に、永平寺に参禅したこともある山頭火の有名な句
「水音の 絶えずしてみ仏あり」
「捨てきれない 荷物の重さ 前後ろ」
も、あらためて味わう。
山頭火は永平寺を訪ねて4年後に亡くなるのだけど、酒やあれこれに溺れてゆきついた永平寺ではなんと清々しい透き通った心を得たのかと、じーんとするね。
「てふてふひらひら いらかを超えた」
も好き
・・・あの大伽藍を身軽に飛び越えてゆく蝶々の姿。

坐り、薬石後に講義。
毎回一番お世話になる布教強化部参禅室長の花和浩明師。
配られたレジュメには「禅の起源と発展」という記事が書かれていたのだけれど、それに関わらず自由なお話をしてくださった。
前回「禅の一夜」の時の夜話のような雰囲気。
道元禅師が修行した中国の天童山を訪ねられた時のお話がとても面白かったのだが、現代の中国の禅寺はその頃の伝統はもう殆ど残っていず、中には阿弥陀如来様や大日如来様を祀るお寺もあるというお話にはビックリ。
天童山は道元禅師の頃1700人の雲水がいたが、今では100人くらいとか。
有名な「椎茸を干していた典座和尚の逸話」→他是不吾
をあらためて噛み締める。
河南省南泉寺の「浄慧法師」に会われたときの老師の言葉
「お寺は人の故郷でなくてはならない」
「禅というのは『日常禅』でなくてはならない」
そして、ケイ山禅師の
「たとい難値難遇の事有るとも 必ず和合和睦の思いを生ずべし」
(たとえどんな困難に直面しても和合和睦の思いを忘れてはいけない)
が、心に残った。
入浴後、21時、平安な心で開枕。

最終日、4時半振鈴。
身が引き締まる快感を呼ぶこの音も今日でお別れ。
いつもなら起きてすぐに「暁天坐禅」があるのだが、さすがに「異常気象」の暑さのため、エアコン無しの早朝坐禅は雲水さんたちにとってももはや危険の域、ということで總持寺ではこの夏、判断によって暁天がない日もあるそう。
ということで我々もすぐに朝課へ。
全日工夫が足りなくて正座の後の痺れが半端無かったので、この日はちょっと重心を変えながらトライ。
目の前の畳に、トコトコと歩くコオロギが一匹。オマエもお経をききにきたのか?
終了後は上手く立つことができた(笑)。
上記のお経いろいろに感心しつつ、お焼香。
最後に「朝のご挨拶」の時間があり、殿行さんがまた壮麗な身のこなしで立派な玉座や座布団をヒラヒラ〜〜っと並べる。
そこにはどなたも腰掛けることはないが、そのまま全員で三拝する。
そうか、猊下がいらっしゃる体で、ってことなのね、と1人で納得。
あとで伺ったら、もちろん実際に参列されることもあるとか。

朝課から部屋へ戻り、受処前にある自動販売機まで1人で来たとき、この香積台入って正面にお祀りされている、木彫りとしては日本一の大きさだという大黒様に朝のお勤めをされているのが聞こえてきた。
大黒様の隣りに設置されてある大きな太鼓、そしてたくさんの鳴りものを使いながら、10名ほどのお坊さんたちが般若心経をお唱えしている。
勢いあるリズムで大きく鳴らされる太鼓に乗って、大声で。
全日の朝課の帰りに通りかかったときは、ちょうどそれが終わる頃だったのを見たのだが、この日はちょうど始まったところだったらしい。
お邪魔になるといけないので、遠くから合掌して聴き入っていたら、1人のお坊さんが手招きしてくださったので、少し近くまで行って一緒にお参りした。
お経が一区切りし、雲水さんたちの事務的お勤めになるあたりで失礼してきたが、いい体験ができた。
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小食の後、最後の提唱は、總持寺後堂の前川睦生師による「道元禅師和歌集」
これも楽しみにしていた。
今ずっと「正法眼蔵」をチマチマと読み続けているのだけど、さすがに難しいので時々頭を休めるのに、別の書物を眺めたりするのだが、それには和歌はピッタリなのだ。
7首を鑑賞。
川端康成がノーベル賞の受賞のスピーチで引用して以来おそらく道元禅師の句で一番有名な
「春は花 夏ほととぎす 秋は月 冬雪さえで冷(すず)しかりけり」
春夏秋冬のそれぞれが「冷しかりけり」に掛かっていることを知らないで読んでいたな。
なるほど、そうすると意味がよくわかる。
ありのまま、ありのまま。
他に印象に残ったのは、ケイ山禅師が「曾祖父の歌」として引用している
「心とて人に見すべき色ぞなき 只露霜の結ぶのみ身で」
(これという確定したものなど存在しないのです、私の身そのものが露霜なのですよ)

提唱後、最後の坐禅を一炷。
花和老師に教えていただいた、面山和尚の
「一寸の坐禅は一寸の坐仏」を思い起こしながら、感謝してだいじに坐る。

じつは暁天坐禅が無い替わりに、この日は午前の坐禅後に、予定にはなかった「作務」が急遽入ることになっていたのだが、じつは坐禅に入る前に「作務では長廊下を拭かせてくれるみたいだよ」というウワサを耳に!
なんと、あの!あの、總持寺名物「百間廊下」の作務!
雲水さんたちが朝晩の作務の締めくくりに、一周750mの拭き掃除の最後に、全員で一斉にダ〜〜〜〜〜ッと駆け抜ける、あの名物作務ですよ。
移動にいつも歩くことはできても、まさかここを拭かせていただけるとは!
一気にテンションがあがって、坐禅もヤル気満々で臨めました(笑)。
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坐禅終わってそのまま、いよいよ作務!
以前も書いたけど、この百間(180m)廊下は今では改築のため164m。
希望者だけ、体力のある人だけ(笑)ということで手を挙げたのは10名ほど。
後の方々は衆寮のお掃除へ。
渡された雑巾はあらかじめ10×30センチくらいに縫われた、普段雲水さんたちが使っているもの。
私が永平寺行きを決めたキッカケになったEテレ「お寺の知恵拝借」の作務の回、この百間廊下の雑巾がけのシーンで紹介されていた「コツ」を覚えていたので、そのとおりにやってみた。
「指を揃えてハの字に雑巾を押さえる。
腰を高めに上げて、足をすべらせないように一気に駆け抜ける。
ゆっくりやってると雑巾が乾いて拭きにくくなってくるので、なるべく急ぐ。」
もちろん最初に、指導の雲水さんが模範をやってくださる。
見事なラン!
「雑巾はあまり固く絞らず、結講湿らせてください」
なるほど〜
2名ずつ並んで、前の人との距離が少し開いたところで「ハイ、どうぞ!」とスタートの合図。
坐禅着の袴のままでしなくてはならず、前裾を踏んでしまって難しかったけど、途中3回くらい止まりながらもなんとか終点まで到達。
あれだけピカピカに見える廊下なのに、雑巾は結講黒くなった。
外に面した渡り廊下、砂や埃が常に入ってくるからそれも当然。
「何度拭いても汚れるんですよ」と笑顔の雲水さん。
掃いても掃いても降って来る落ち葉、拭いても拭いても汚れる廊下・・・それを毎日毎日、何回も同じ作務を続ける。
怒らず、ただ目の前にあることに専念するという修行。
「廊下を拭く、ということだけでなく、自分自身を拭くつもりで」
作務終了後、僧堂前に全員集合し、雑巾を横ふたつに折って足元に置き、指導役の「おっつかれさまでした〜!」の叫び声に続いて「おっつかれさまでした〜!」と大声で言って「解散っ!」「ハイっっ、失礼しますっっ!」も、テレビでやってたのと全くおんなじ(笑)
百間廊下の作務、今回の講習の一番のお土産でした!

後片付けや身支度をして、大広間に集合し、簡単な修了式があった。
花和師の簡単な感話と、一人一人に記念品を手渡してくださる。
「禅の風」の總持寺特集号や、現禅師様による「静寂」の限りなく直筆に近い(笑)コピーの色紙、寺紋入りのサラシなどのお土産を頂き、嬉しかった。
大変なお世話をかけた係の雲水さんたちにも御礼を申し上げてお別れ。
その後1時間ほどの山内観覧も再び楽しませていただく。
案内の雲水さんが変わると、また違うお話も聞けて楽しかった。
たとえば・・・
放光堂のご本尊がなんと阿弥陀様である146.png
香積台入り口の大きな杓文字とすりこぎは、それぞれ「熱いご飯に身を投じるように、人々に尽くす」「身を削って精進する」という意味。
大火災によって能登から鶴見に移転することとなった總持寺の、伽藍の建て方、植物の植え方、延焼を少しでも減らすための百間廊下の意味(一文字廊下ともいう)。
2年目とかになると用事を頼まれて1時間だけとか鶴見の町に出ることもあるけれど、その隙に遊んだりなんてとても無理だし、もしやってもすごい罰を喰らうのでやらない(どんな罰かは教えてもらえませんでした・・)。
上山してすぐ就いた「鐘洒」という山内じゅうの鳴りものを担当する係のとき、立って打つべき鐘を膝立ちの姿勢で打ってしまい、クビになりそうになったという思い出話とか。
今の總持寺では、僧堂での就寝時、布団を三つ折りにして紐で縛りその中に潜って寝るという方法ではなく、普通に持参した布団を単に敷いて寝ている、とか。
そして、同じ年に上山した同安居の仲間たちは18歳、23歳、30歳・・年齢も色々だけれど、修行中一番の楽しみといえば、彼らと一緒に日々修行に励めることだ、と。
何よりもそれが一番楽しいと。

訪ねるたびに思うのです。
御老師さまたちのお話や講義は本当に素晴らしい。
けれど、いつも目の当たりに直接感じるのは、若い雲水さんたちの姿勢と眼差し。
感動、尊敬、自省と自戒、清々しい思い。
ときどきは行って、自分を拭くことを思い出そう。
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Commented by とくまるくもん at 2017-09-07 06:35 x
船津洋子「傘松道詠集の名称・成立・性格」(大妻国文、5、1974年)に、なかなか興味深い分析があります。総持寺に負けた永平寺・宝慶寺がねつ造した歌集だというのです。
by saskia1217 | 2017-09-07 02:56 | 感じろ、考えろ、思え! | Comments(1)

今日もまた日が昇る・・出かけてゆこう!


by saskia1217