「禅〜心をかたちに〜」@東京国立博物館

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出勤日でないのに用事があって大学に行き、このまま帰るのも勿体無いなあと、観たかったアレに行って来た。
その名も「禅」・・・ストレートだな(笑)
チラシなんか見ていて「へえ、臨済宗黄檗宗の展覧会なんだな」と、じつはさほど「どうしても!」という情熱ではなかったのだが(スミマセン)やっぱり色々面白かった!
用事が終わってから閉館時間までたっぷり3時間あったので思い切って行ったのだが、いやいや展示品が多すぎて3時間では最後のほうは駆け足だった。
会場が2つあって、それぞれ2時間ずつはかかる感じかな。

禅宗の成立から、臨済宗の展開、戦国武将と当時の僧の関係、仏像、そして禅文化がどう広がっていったかまで5つの部分から成っていて、それぞれがとても充実している。
国宝や重文がザクザクって感じ。

印象に残ったもの・・・
国宝である鎌倉時代の「達磨図」は、いかにも「インドの人」という感じの少し浅黒く目鼻立ちがハッキリした眼力鋭い達磨さん。
お坊さんの肖像画や彫像は殆ど全て、靴(と言っていいのか)を脱いで椅子の上に足をあげている(衣の中にしまってある)。大きな背のついた椅子、そこに掛けてある美しい色の布、美しい衣、そして靴。
「臨済宗」と一口にいってもやっぱりあんなにたくさん「派」があるんだね。
それぞれの「派」別にその本山である寺の紹介と、開祖の像や肖像画(自賛)、それにまつわる品々が順に展示されていたのがとても分かり易くてよかった。

歴史で習う「臨済宗の開祖・栄西」は「えいさい」って読んでたけど「明庵栄西」には「みんなんようさい」とふりがなが付いていた。中国からお茶を伝えた方とあって、臨済宗では特にお茶との関わりが強いみたいだね。
坐禅会なんかでも茶礼が含まれてたりするよね。
今回この展覧会とリンクして「四ツ頭茶礼」に関する講演もあったりするのだけど、映像で見てみたらなかなか面白そうだった。800年前に宋から伝わったこのお茶のスタイル、合掌して待つのは普段の禅寺のお食事作法と同じだし、まあ「道」とつくもののルーツは大抵禅だから、またそこから日常生活に流布した「ふだんのお行儀」までもが、禅の流れを受け継いでいるともいえるね。
「四ツ頭茶礼」は正客が4人、そこにそれぞれ「属する」次客以降の人が7人ゾロゾロとくっついていく。
給仕する僧侶(4人)の動きがまた左右対称で美しく、一番面白いのが「主客(=大名)にはひざまずいて点茶するが、次客以下はお茶碗をお客に持たせたままあらかじめお茶の粉が入ったお茶碗にお湯を注ぎ、僧侶は立ったまま茶筅をふるうのがちょっと吃驚。
そうね、大名と家来たちへの振る舞いが違うってことか。一度に大勢のお客にお茶を出す、苦心の策だったのね。

そうそう、展示品。
中国の有名なお寺の図がかかれた「大宋諸山図」には道元が留学していた天童山景徳寺の見取り図もあり、禅宗独特の伽藍の配置はやっぱり中国から来たのね〜と。
眼にガラスを埋められてキラキラ光ってる開祖さんの彫像も美しく、またお経本や墨蹟も素晴らしい。
一番感動した書は蘭渓道隆の筆なる「金剛般若経」。素晴らしい字!
千利休が茶会をした大徳寺からもたくさん出品されてた。

一休さん所蔵か?といわれる一節切もあって、でも見やすいよう横に展示されてたから、ちょっと見「横笛」みたいで(笑)
いいサイズ感だね、一節切。
会場ではBGM的に音源が鳴っていたけど、太くないのに連綿と続くような、弱いなかに芯がある音。
尺八をとても重んじた一休さん・・・上手かったんだって。

そういえば大友宗麟、キリシタンだったはずだけど晩年は大徳寺の住職・怡雲副宗悦に帰依していたという。
アリか、そんなの・・・
山梨の向嶽寺からの品、漢字にカナが混じった書き方はとても珍しかったころのお経の版木。
すごかったなあ。
中央の印が現代の原稿用紙の模様そっくりだった。

前半を細かく見すぎて後半の「戦国武将たち」のところからちょっとアップテンポで。
それぞれが、帰依するお寺、僧侶がいたのが面白い。
まあ、当時は僧兵が普通だったり、実際武将のブレインだったお坊さんがいて当然だったからね。
時代劇なんか見てても(笑)大事な局面の判断なんかはお坊さんが決めていたりして、結局は武将同士というよりも実質その後ろのお坊さん同士の知恵競べみたいなこともあったのだろうか。
狩野永徳の筆になる信長の肖像は、カリカチュアみたいなんだけど、とても涼やかで印象的。

見ているうちに「やっぱり臨済宗は繊細で華やかだなあ」という印象。
小さい頃から曹洞宗のモノトーンの僧侶の衣や簡潔なお堂なんかに親しんできて、しかも今のところそこにドップリ浸かっている(笑)私には全体的にその色や風情がとても「雅」に映った。
黄檗宗はさらに美しい。銀色の如意(孫の手!)には吃驚。
ただ本なんか読むと、臨済宗もとても激しい一面もあるらしいし、「対面」「対話」など言葉や思考が重視されているときいても、実際に見聞きしてみないとわからないなあ・・・

特に「禅画」のジャンルで活躍した白隠と仙厓のコーナー。
ボーッとキャプチャーを目で追っていたら、あれ?
白隠が1685年生まれ、仙厓が1750年生まれ!
J. S. バッハの生没年じゃあありませんかー(笑)
・・・時代のことを考えても面白い。

展示品にあった「竹篦(しっぺい)」は「しっぺ返し」の「しっぺ」ですよね!?
いわゆる警策みたいな棒、名前はここから来ているのかあ。
道具でいえば他にも「払子(ほっす)」っていう、棒の先に白い毛がフサフサついてて偉いお坊さんがいつも手に持ってるアレ。
日頃お寺であれを持った和尚さんをみるにつけ「あれは動物の毛なんだろうか・・・殺生したらいけないんだよねえ、じゃあ死んでからとるの〜?」と疑問だったが・・
やはり動物の毛(ヤクとか馬とか)だったのか!
もともとインドのハエを追っ払う道具だったらしいけど、いつどうやって偉い僧侶の持ちものになったんだろ。
道具といえばアレもそうだ、「如意」!(如意棒の如意)
いつも「何アレ、孫の手じゃん」と思っていたら、実際もとは孫の手(つまり背中を掻くもの)だったらしい!
「かゆいところに手がとどく」から「親切心」「仏の思いやり」と解釈が進んできたんだって。
へ〜へ〜へ〜!

もうあと閉館まで30分というところでやっと「仏像」コーナーへ。
「宝冠釈迦如来および両脇侍坐像」はバックが黒く、上と横から美しい照明が当てられていて、その部屋に入って行くだけでもうそこに引き寄せられるような、そんなインパクトのある仏像。
オープン前の関係者・招待者だけのお披露目のときには、ここでお坊さんたちによる法要があったとか。
見てみたかったなあ!
本当に息を呑むくらい美しくて、2度見に戻っちゃったくらいだけど、実際お寺の中ではこんな神秘的照明は当てられていないだろうから、果たして仏像はどんな環境で観るのが一番いいのかなあ、なんて考えてしまった。
そして「十代弟子立像」は、小ぶりの仏像がぐるっと丸く展示されていた。
小さいけれどひとつひとつ表情が面白い。
先日永平寺の朝課で毎朝お呼びしていたお名前がズラリ。なんか懐かしいな。
そしてここにも「韋駄天」発見!
何故庫院に祀られていたのか疑問に思ってたけど「お米泥棒を素早く走って追いかけ退治」したから、なのかな?

最後のコーナーではお茶道具も多数。掛け物なども、もともと東博が持ってたものも。
国宝「油滴天目」は大阪の東洋陶磁美術館で見たかしら・・・
小さなお茶碗になにかがギュッと凝縮しているような、黒と金の色。

あと「織田有楽斎像」が、目下「真田丸」でこの役を演じておられる井上順さんにかなりよく似ていたのが、ちょっと可笑しかった。

インドから中国へ、そして日本へきて、そこでまた独自の味が足され発展してきた多くの宗派。
禅宗だけでもこんなにたくさん・・・・は〜(ためいき)。
普段おしゃべりなわりには、何故か沈黙と面壁とモノトーンが性に合っている気がしてるワタシ。
読書も坐禅も、目下ちょっと道元に集中しているのでなかなか他の派まで思考が届かないのだが、そのうちいろんなお寺で坐禅したいな。
・・・閉店間際のショップで、坐禅のときに使いたかったいい匂いのお線香を購入。
香りも大切。

お寺も神社も教会も同じだと思うけれど、それぞれがその土地の人々と深く関わって、歴史の深いところでその流れを左右する大きな根っこになってきたということがよくわかる展示だった。
なんだか急に一度にたくさんのキラキラした美しいもの、古いもの、珍しいもの、「歴史」をドーッと浴びたので、ちょっとクタクタになりました。
帰ったら、静かなところでちょっと坐ろうか。

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by saskia1217 | 2016-10-29 03:57 | 感じろ、考えろ、思え! | Comments(0)

今日もまた日が昇る・・出かけてゆこう!
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