他不是吾〜永平寺参禅・三日目〜

3時10分、振鈴。
2日目の夜はさすがにすこしぐっすり眠ったらしい。
意識がなくなっていくのを自分で覚えていた。
前日と同じ起床時間だが、前日よりも苦労なく起きあがれた気がした。
たった2日といえども慣れというのはスゴイな。

前日同様、3時40分から暁天坐禅。
身体が一番キツいのは2日目だと、経験者ブログも、係の雲水さんも言っていた・・・
たしかに。
ただ気も張っているし、目の前にこなさなければいけないことが次々とあるのと、せっかく覚悟して来たのだから最後まで全うしたい、ちょっとのことではやめないぞという決心もあったから、多少無理はしていたと思う。
前日体調を崩して寝込み坐禅や食事を途中休んでいた方も、何とか無理されつつ復活を試みてらしたが、とても辛そうでまたすぐ具合を悪くされたりと、せっかく決心して参加されていただろうにとても気の毒だった。気力だけでは持たないスケジュールだったかもしれない。
参加するには、やはり体力的にも多少の無理が効くくらいのほうがいいかもしれないな。
私は疲労はあまり感じなかったけど、とにかく眼精疲労のような頭痛がひどく、持参した薬を全て飲んでしまい仲間のお一人に分けていただいたくらい。結局最終日まで微かな痛みが残っていた。
この朝も、眠気よりも頭痛が邪魔で、また警策を受けた。
警策は全然痛くない。女性だからといって手加減はしていないはずだが(遠くで聞こえる男性陣への警策の音は、それなりにかなりの音だったなあ、でも)痛みはなく、ただ音のごとくピシッと、ピリッと効く感じで、打たれた後も嫌な感じがまったく残らない。
ああ、励ましていただけた、ありがたい、という一心。
暁天坐禅では、坐り始めてどのくらいだろうか、5分くらい?すると、突然雲水さんの低く落ち着いた声が語り始める・・・プチ法話みたいなのが2回あった。
面壁しているから見えないのと、意識がギリギリなのとで、どなただったのか認識できなかったが、お世話をしてくださった6人のうち中心となってくださっていたお二人だったと思う。
ご自分が修行を始めた頃のエピソードや尊敬する師の思い出、今私達が感じているであろう心境を計って励ましてくださる内容など、よく通る落ち着いた声で淡々と語ってくださった。
足の痛みもそれでかなりまぎれた気がする。お話の内容もとてもありがたいものばかりだった。
彼らが話してくれる「良き師」との出会いや逸話は、今まで私が出会えて来た恩師や尊敬する牧師先生などと共通することも多く、やはりどんな場でもどんな時代でも、心から尊敬できるお手本のような方の姿というのは同じなんだなあと。
言葉だけでなく、その行動や姿勢で教えられるような方。

さて、4時10分に大開静となり、5時からの朝課のために再び足袋を履いて列をなし、大庫院に寄って擎盤後、法堂へ向かう。
この日は前日の5箇所のお経に「般若心経」がプラスされていた。
お経を読むときに肘をちゃんと張るのがなかなか徹底されず、ずっと持っていると肘がつい落ちてきてしまったりして美しくできない。
それから、坐禅のときも、こうした朝課のときも、食事のときも、とにかく坐っているときの法界定印が崩れがちで汚いと、2日目くらいからずいぶん皆注意を受けた。意識がいっていないとすぐ形が崩れてしまう。
お経を読むのも少し慣れて来て、日本語のもの、漢文のもの、当て字の音が面白いものなど、それぞれに少しずつ字(平仮名のふりがなではなく漢字のほう)を見る余裕が出て来たりした。
お経なんて法事や法要のときに、菩提寺で唱えるくらいだもんなあ。こんなこともほぼ初めてだったかも。
男性の参加者のなかには諳んじている方もいて、ほースゴイなあ、と感心。
お坊さんなのか、熱心な檀家さんなのか、仏教マニアなのか・・・

さて、大庫院で食事を受け取って戻り、小食。
この日のお粥は、ほぼ白米で、しかもお餅入りでまたまた美味しかったなあ。
お粥はダッシュで食べるにも便利だし、後でお湯を入れて器を洗うときに残りを綺麗に洗いやすいメリットもある。
毎朝でる梅干しは、最初果たしてこの種はどうやって出すのが正解なんだろう、ととても悩んだ。手はもちろん使えないだろうし、もちろん直接出すなんてありえないから、となるとお箸で受けるしかないだろう・・・と、そっとお箸で受け取って器に置いた。
特に怒られなかったから、あれで大丈夫だったのだろうか・・・結局最後まで訊きそびれてしまった。

食後少し休憩があり、再び集合で午前中の予定が発表になる。
整列した皆がホワイトボードを見て固まっているのがわかる。
8時30分〜11時、ずっと坐禅だ・・・
キタ!
やっぱり来たか、こういうやつ。
といってもたったの3炷(40分×3回)。
毎年12月に永平寺をはじめ曹洞宗のお寺で行われる「摂心」という行持では、一週間ずっと坐禅三昧、1日に7〜14炷坐るというから気が遠くなる。しかもお坊さんや修行僧さんだけでなく、一般の方もいらっしゃるとか。
しかーし、坐禅初体験者には3回はもう限界くらい辛い。
だけどなぜか、この修行では「途中でやめる」「出来ないからやらない」という選択肢は普通に無い感覚なのだ。
なんだろう、身体も心もそれを拒否しないで、当然のごとく素直に禅堂へ身体が向かう。痛いの、辛いのわかっているのに。
一緒に坐る人たちがいることも、懇切丁寧に指導して下さる参禅係の雲水さんたちのお気持ちも、真ん中で見守って下さる文殊菩薩様の柔和なお顔も、いい匂いのお線香も、すべてが自分を支えてくれる気もしていた。
そう、両側に誰かが一緒に同じ思いをして諦めずに坐っている・・・これは僧堂で何年も修行している雲水さんたちにも大きな力になるそうだ。

8時30分〜9時10分、1炷め。
心静かに始めたつもりが、ものの10分で足首が痛い。
お尻、右ひざ、左ひざと重心を微かに移動させてみたり、意識的に呼吸を整えてみたり、首をピンと天へ向かって吊り上げてみたり。
経行と抽解を経て、9時30分〜10時10分まで2炷め。
もう足が砕けるかと本気で思った。でも3回のうち2回が終わったんだ、始まったら必ず終わるんだ、私はここに何をしにきたんだろう、これをしなかったら意味がない、もし、もし本当にもうダメだと思ったら手を挙げて「痛いのでやめます」って言おう・・・
ようやく放禅鐘が鳴り、びっこをひきながら一度部屋に戻る。みな畳の上に大の字になって動かない。
「あと1炷だ、大丈夫なんとかやれる」と禅堂に戻る。
もはや足を組む段階で激痛。
身体が熱く、頭も朦朧とし、法界定印の手が汗で滑ってくる。
もう歩けなくなってるかもしれないな・・・二度と歩けなくなってるくらい痛いや・・・でも骨折するわけじゃなし、たとえ骨折しても死ぬ訳じゃないし、骨折するまでは(そんなことあり得ないんだけど、そのくらい思っちゃう)がんばろう・・・いやいやさすがにもうダメか・・・と思ったところで鐘。
11時、無事(?)放禅。

本当に限界だった。
足首折れたかと思った。

しかもその後はすぐ作務(笑)。
「皆さんよくがんばりました。さて」と、何事もなかったように雲水さんから次の指示がとぶ。
ああ、動いて歩けるって何て素晴らしいんだろう(笑)。
この日私は禅堂の担当。
坐蒲を上に上げ、畳を掃いてから拭き、石の床を掃いて雑巾がけ。
雑巾の持ち方、構え方、拭く方向など「永平寺式雑巾がけの方法」を伝授していただく。テレビで見たアレである。
小学校以来だったかな、大々的な床の雑巾がけ。
結講キツイのだ、これが。
でも、坐禅をやり遂げられたことで気持ちが爽快になっていたし、嬉々として働けた。
(まあ・・・「やり遂げる」っていう発想がもう既に「禅」ではないのだけど。修行したからって、坐ったからって、何も偉くなんかないし、自慢できることでもない。「やったこと」は「何か」ではない。「やったこと」が「何かになる」んじゃない。「やる、やっている」今そのものが一番大事。あ〜あ、悲しき凡夫かな)

その後中食。
そうそう、食事の時には殆ど毎回、布教部長の渡邊師が立ち会ってくださっていた。
なんと私達のために浄人(給仕係)をしてくださるのである。いやいや、感謝だ。
そして、間違った作法や次の動作がわからずマゴマゴしている時に小さな穏やかな声で、でも冷静に厳しく注意してくださる雲水さんと反対に、渡邊師は「あ、それねえ、そこは反対の手。」「はいはい、箸袋、向きが逆ね」と陽気な声で大らかに。
本来禅堂は私語厳禁なのだが、まったくコトバ無しでは研修が不可能なので、雲水さんたちは出来るだけ静かに話す。教わる側の私達は、ほぼ無言で、頷いたり、首をかしげたり(わからないアピール)、目で訴えたり、御礼のお辞儀をしたり・・・

その日の午後は、なんともパラダイスなスケジュールが待っていた(笑)
ずいぶんな「ムチと飴」である。
中食後は渡邊師、雲水さんたちと広間で「茶話会」、お茶とお菓子が出て、足を崩してもよくて(笑)、何でも訊きたいことがあれば質問して!という時間。
せっかく永平寺の重要な役職にいらっしゃるお坊さんと直にお話できるということで、私もいくつか質問させていただき、他の方の質問も興味深く聴き・・・残り時間は前日の講話でお話しきれなかったという食作法のお話など。

その後、もしお天気がよければ本来外へ出て遠足だったはずが、この日は雨模様(知らなかった・・)。
で、雲水さんの案内で山内見学へ。
普通の観光客の参拝コースでは入れないところにもご案内いただけるというのでウキウキ。
この時はジャージなどに着替えてよく、また化粧品やカメラも一時的に返していただける(が、メイクをした人はひとりもいなかった模様。今さら、ねえ)。
引率してくださったのは以前「案内」の係をやっていらしたという、山内のことなら何でも訊いて、という、お話がとても上手な雲水さん。
歩きながら少しお話もできたのだが、やはり実家がお寺で、お父様もお爺様も永平寺で修行されたとのこと。
「同期のなかで父親同士、祖父同士が同期って人も結講いたりして、修行者名簿をみると結講面白いんですよ」と仰っていた。

この時間は山内の、法堂を上にして見た時、山門を経て主に右側の部分をご案内いただいた。
国宝「山門」・・・7回も火事にあって焼失した永平寺(1244年創建)のなかで一番古いまま残っている部分で、1749年の再建。仏教の守護神「四天王」、山号「吉祥山」の命名の由来である額がかかっている。
「三解脱門」ともいわれ二階部分には五百羅漢がお祀りされてるんだって。芝の増上寺の門と一緒だね。
「日本曹洞第一道場」は後円融天皇の手になる文字。
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そして、有名な正面両柱の聯。
「家庭厳峻不容陸老従真門入」(ここは出家修行の道場であり家風はすこぶる厳格である)
「鎖鑰放閑遮莫善財進一歩来」(求道心のある者のみ、この門をくぐるがよい)

「陸老」ってのは言ってみれば、お金持ちで位も高い偉い議員さんのようなもの。そんな人であっても、それだけでここを通すわけにはいかない、って意味。
「けれど、求める者であればだれでもここを通って入門しなさい」という優しさも同時に表示されている。
「そこが素晴らしい、感動するところ」だと、雲水さんは心から感嘆して説明してくださった。
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朝いつも暗い中を整列して通る道筋を、大庫院に向かってのぼっていく。
大庫院(台所)正面には韋駄天が祀られ(毎回ここで合掌低頭する)、その前の柱には名物「すりこぎ」がかかっている。台所に吊るされている大きな魚鼓(ほう)を見学。24時間目を開いている魚はいつも見守ってくれる、という意味のほかにも、口のなかに黄色い玉が入っていて貪、瞋、癡(三毒)を吐き出すといわれているらしい。

永平寺には20あまりの部署があり、雲水さんたちは色々なところに配属され、それぞれの仕事に励む。だいたい3ヶ月交替くらいで転役になるので、1年修行するうちに3〜4箇所の仕事を覚えるらしい。(典座だけは特殊なので、もっと長く配属されることがあるときいた)
この大庫院の地下や上階にもそんな様々な部署があったり、なんと中には「おそらく今動くもののなかでは日本で一番古いエレベーター」も!
あの三越本店とかにあった、蛇腹がバチャンて閉まるアレ。それに乗らせていただいて、上階に移動。
このあたりは参拝コースには入っていない。

「光明蔵」ここは格天井作りの見事な広間。
雲水さんたちも普段は入れないが、年に二度、ここで禅師様と謁見する。衣の色をもらう儀式「瑞世(ずいせ)」もここなんだって。総檜づくりなのでものすごくいい香り。
正面の絵は「竹(節々の大切さ)梅(厳しい冬を乗り越えて花を咲かせる)松(いつも生き生きと緑)」という意味があるとか。その絵には上部に小さめな鷹が描かれているのだが、それは広間の後列にすわるヒラ修行僧には見えない位置にあり、前へ行けば行くほど見えて来るので、「あの鷹が見えるくらいに修行を重ね前列にいけるようになりたい」と思わせる、という話も。

次に拝見したのは「妙高台」というお部屋。
大きな行事などのときに他所からいらしたお坊さんたち、または訪問された皇室の方などが滞在されるお部屋らしい。美しく設えたお部屋で、床の間の書やお花、香炉なども見事。ただ、ちょっと湿気が多く黴臭いのが難点だそうで「そういうわけであまり使わないので勿体ない。賃貸にしたら誰か借りますか?」って(笑)
坐らなくていいなら借りたいわ(爆)
そういえば山内では多くの書を目にしたけれど、それぞれいろいろな手を見ることができて本当に楽しかった。

そして「不老閣」は禅師様の謁見の間。
大きくてふかふかの朱の座布団が印象的。もちろん禅師様以外は座れない。
床の間には大きな瓢箪の置物が。
様々な置物や焼き物、禅師様の大きな写真とお線香立て、小さな鐘など。
色々特別な場所、拝見できて面白かったな。

このあたりで時間切れということで吉祥閣へ戻る。
お寺の奥の奥のほうからこっちへ戻ると、階段を降りるにつれてどんどん空気が「俗」に近くなる気持ちがするのが妙だ。
薬石の時間だが、この日はなんと!参籠や法要でいらした大勢のお客様、お坊さんたちと一緒に、応供台にて椅子に座っての食事。初めて、お料理をちゃんと見ながら食べられる(笑)。
お膳や食器は紅く、品数も多く、所謂「精進料理」のお膳。
お料理はやはり野菜の煮物や和え物など。胡麻豆腐はこの時初めて出た気がする・・美味しかったなあ〜、さすがの本場という味。下山してから門前で食べたのとは、やっぱり全然違う!
とはいえ、やはりちゃんとお作法にのっとり、お箸の袋の裏に印刷された五観の偈を唱え、私語は厳禁、まわりと同じスピードで頂く。年配のお坊さまのなかには、急いで召し上がって咳き込む方も・・・

入浴の後は、やはり参籠の方々と共に、ひとつ下の階の大広間で法話(眞如晃人師)。
足を崩して(笑)。
それから福井放送制作の30分映画「永平寺の一日」を鑑賞。
NHKの番組みたいな感じだけど、もっと私情を入れない淡々とした、雲水さんたちの入門からの生活を描く。
(このDVDは売店で買える)
こんな楽〜な時間ばかりを過ごして、21時開枕。
天国みたいな午後だったから「明日の午前で最後か・・よおし、明日の坐禅はスッキリとできそうだ、がんばろう!」とフレッシュな気分で眠りにつけた。

10月3日(月)
3時10分 振鈴
3時40分 暁天坐禅
     行香後止静
4時10分 大開静
5時   朝課(法堂)般若心経あり 
     大庫院にて擎盤
     朝参の拝(禅堂)
     小食
8時30分 止静
9時10分 経行
9時20分 抽解
9時30分 止静
10時10分 止静
11時   放禅
11時30分 作務
     中食
     茶話会(渡邊布教部部長)
     山内見学
     薬石(応供台にて)
     入浴 
     法話
     映画「永平寺の一日」鑑賞
21時  開枕


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by saskia1217 | 2016-10-11 03:12 | 感じろ、考えろ、思え! | Comments(0)

今日もまた日が昇る・・出かけてゆこう!


by saskia1217