今日もまた日が昇る・・出かけてゆこう!

by saskia1217

聖なる呼吸、神の息

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ほのかにネタバレ
映画「聖なる呼吸」をこれから観よう、という方はご注意!


「聖なる呼吸」観てきた!
普段滅多に行かない恵比寿、久々に降りたらやっぱり
オシャレな街にオシャレな人々や犬(笑)
どちらかといえばせっかく降りたんだからビール記念館のほうにフラフラ行ってしまいたく・・・

朝っぱらから映画館に着くと
そこは早起きのヨギー、ヨギーニたち(笑)
やっぱり「わたしヨガやってます」にゼッタイに見える方達が大勢
ま、こんな時間なので中年以降の女性が9割

開演前のCM上映中、隣席の女性2人連れの会話が大声だったので自然に耳に・・
「ね、あなたいつも、チャクラ閉じてる?」
なんかね・・・ヨガの話題じゃないタイミングみたいだったから吃驚(苦笑)
電車の中で聞こえたら思わず二度見しちゃうよ

映画は、インドのとある荒野の風の音から始まる
そう、完全なドキュメンタリーだ
ヨガ、特にアシュタンガやアイアンガー、ハタヨガなんかをちょっとでもかじった人なら
名前をきいただけで「おお!」ってなる
ヨガのグルジたちの実際の映像やインタビュー、親族や弟子たちの証言、現地を回る旅から
その歴史が生き生きと伝わってくる

パタビジョイスやアイアンガーがヨガについて語り、アサナをとる映像が見られるだけで
いや、なにより動くクリシュナマチャリアの映像が見られるだけでなんかもう…
すごすぎる!
チラシには「うっとり」「エレガント」「息を呑む映像」といううたい文句が書かれてたけど、ちょっと違う印象
清貧で、誠実で、力強くて、人間臭くて、未来への希望に満ちた「人間の生命がどう受け継がれてゆくか」という物語

ヨガにハマった妻を通して「そのルーツはどこにあるのか」という疑問を持ったドイツ人の監督
パドマアサナも組めない彼が
パタビジョイスに太陽礼拝を習い、アイアンガーからシルシアサナ(頭立ち)を習う
なんて贅沢!(笑)

そう、パタビジョイスはこの映画の撮影中に亡くなったのだ・・・
そうだ、そのニュースを私は当時、ヨガの稽古場で師匠と語り合った記憶がある
初めて稽古に行った日にシルシアサナをやらされて大パニックになったのもいい思い出だが(笑)
時々、んーあれは何て言うのかな「真珠貝のポーズ」に似てるやつで
長座から両足の足の裏を合わせて両膝の外側を床につけ(るように努力し)、つけた足先を両手で持って前屈する
それやってる私の両膝の上に、師匠が上から両足で乗るんですよ・・・膝を完全に床につけるために
ギャーって声出ちゃうんだけど「声出さないっ!騒がないっ!」って怒られる
なんて練習方法だ!ってその時は思ったけど
それに似たことをクリシュナマチャリアとかアイアンガーもやってる・・・
う〜ん、あれは正しかったのね(笑)

途中で亡くなったパタビジョイスに較べて、アイアンガーが語る場面がたくさんある
感情を込めて情熱的に、時にダジャレも飛び出しながら滔々と語る彼と
どちらかというと穏やかに見える表情と声で、淡々と言い含めるように語るパタビジョイス
(どこかで知ってる感じ・・・と思ったら、私が尊敬する牧師先生と風貌も語り口もそっくりだった!)
どちらも中に強く燃えるものを感じさせつつも、そのどこか対照的な感じが印象的
同じクリシュナマチャリアの弟子でありながら
娘婿という親族の立場だったアイアンガーが「そのために自分は特に厳しくされ、反抗心もあった。同じミスをしても兄弟子パタビジョイスは怒られなかったのに自分はひどく怒られた。
その後、自分は自分の道を見いだすことになった」と語っていたのも少し驚いた

ヨガといえば、インドで昔からずっと何百年も綿々と続けられてきたものなのかと思われがちで、私も以前はずっとそう思っていた
もともと限られた人たちの修行だったヨガが、インドでも一般の人のものになったのはつい最近だという事実は意外だよね
「なんだか得体のしれない、怪しいもの」または「曲芸やサーカスのようなもの」という認識を変えるキッカケとなったクリシュナマチャリア、その三男が語る一家の歴史は特に興味深かった
最初は王族に仕え彼らの健康のために宮廷内で教えていたヨガが、インド独立後に経済的基盤を失い、道場も家も貧窮に襲われた時代から、面識も無かったある一般人からの健康相談をきっかけに段々とヨガが知られてゆく経緯は感動もの。

今や「ヨガ」って言って通じないことはまず無い世の中
でも一言で「ヨガ」っていうけど
そこにはこんな歴史と、人々と、ヨガそのものが持つ力と、
そして何よりも、その時代時代においてその時に生きる人々にとっての必要なものをちゃんと提供できるということがヨガのスゴイところ、ということがわかったこと

いろんな聖典やヨガについての学問書とか哲学とか精神とか
深いところに宿っているものを感じたり、理解しよう努力するのはゼッタイ必要なんだと思う
実際に身体を使う面(アサナ)と心のバランスは永久に追求していかなければならないことなのだろうけど
やればわかる、やれば感じてくる、ってこともあるのじゃないか、って思える
(ちょっと乱暴な言い方だけど)
習い始めた頃からずっと、聞いたり読んだりしてきた「とにかくプラクティス」(パタビジョイス)っていうのはそういうことなんだな

映画のなかでグルジたちはいいことをたくさん話していて
何回も何回もぶんぶんうなづいていたのに
その大事な言葉をなにひとつ覚えていない??
けど、ラスト近くでクリシュナマチャリアの三男が語った言葉
「父は『信仰』と『ヨガ』を強く結びつけて人に強いることの無いよう努力していた」は
最近見聞きした「臨床宗教師」の話と重なったし
「私たちはいつも神を感じることができるけれど、欧米などではそれは難しいことなのかもしれない」という言葉は一番心に残った

この映画のタイトルは「聖なる呼吸」というステキな邦訳をされているけれど
映画を観ていて
これはやっぱり原題(Breath of the Gods)の直訳「神の息」と聞いたほうが
この作品が言いたかった真意に近いような気がした

帰って早速マットにのったけど
頭のなかに余計なものが膨らみすぎたのか
身体がまだまだ重たかった
何かが全然足りないんだな
もっともっとシンプルに
まっさらに
そして、継続は力なり

PS
使われてた音楽が
最初はヨガに合わないようなイメージだったのに
観すすめるうちに不思議とマッチしてきたのが魔法みたい
R.コルサコフ、ドビュッシー、ラフマニノフ、ゴドフスキー、などが概ね古い録音のもので使われてた
vn曲はメニューヒンかと思いきや(!)ハイフェッツのもので(笑)
一番面白かったのは、唯一ナレーションで言及されていたソラブジの曲
いずれも、うだるような、湿気を感じるような、倦怠感のあるような、ノスタルジックな、そして繊細なものばかりだったのが、監督のもつイメージを語っているようだった
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by saskia1217 | 2016-09-08 19:41 | 感じろ、考えろ、思え! | Comments(0)