臨床宗教師

先日のNHK「クローズアップ現代」は「臨床宗教師」をテーマにしていた。
いつも声明コンサートを聴きに伺ったり、阿字観に参加したりとお世話になっているお寺のご住職がこの「臨床宗教師」の学びをされた後そのお働きもされている方で、今回の番組にも関わっていらしたということでご案内いただいた。

臨床宗教師とは。
病院やホスピスなどで患者さんの思いを聴き心身の痛みを和らげ、特に余命宣告されたなど病の重い方がどのように最期を迎えられるか、共に歩む役割を担われているお仕事。
ふつうの病院にまだまだ心療内科がなかったり、歯科医院に心理士がいなかったり、まだまだ日本では「特別」な医療現場での「心のサポート」。

考えてみたら刑務所に懲戒師はいるよね。
あちらは「どう生きるか」を共に考えるお仕事だが「どう死ぬか、どう死にたいか」にも同じようにサポートが必要だ。

臨床宗教師、この呼び名もたぶん日本では、特に一般にはあまりピンとこないどころか、少し間違えればネガティヴな、どこか胡散臭いようなイメージに響いてしまうのではないだろうか?
それほど日本ではまだまだ「宗教」に何か特別な重さや鬱陶しさがつきまとう、残念ながら。

番組で紹介されていたのは、
「宗教宗派に関係なく、布教するのでもない」という彼らのスタンス。
宗教宗派を超えてというのは外国ではもう珍しくないが「布教しない」というところが、他の国にはない、日本らしい「きっと誰もがわだかまりなく受け入れられる」良さなのかもしれないと思ってみていた。

「その人の話をただ聞き、その人の人生の意味を肯定し、自分の信じるものにではなくその人の信じるもの、すがりたいものにつなぐこと、なにか大きなものへと導くこと」
そう語られていた。
まさに!

最期を迎えるとき、家族がいる人はまだ支えてもらえていいのではないかと思っていたけど
なるほど却って家族だから言えないこともありますよね・・・余計な心配させないためにね。

それに、なにかしらの信仰を持っていたとしてもそこにしっかり根ざしてドーンと最後を迎えられる人は少ないのではないだろうか?
そのときの苦しみ、不安、悲しみはたぶん皆同じなのではないか。

少なくとも私にはそんな自信はない・・・
やはり誰かに話をきいてほしいと思うはず。
「その人の人生の意味」について話す、と紹介されいたが
生きていても死ぬ間際でも、やはり「肯定される」ことが最も大切なんだと思ったな。

で、キリスト教のような性悪説からの肯定、と、真言宗みたいな性善説からの肯定は、もしかしたら随分違う気もした。安心感というか、心の底から委ねられるというか・・・
音楽療法は日本でもひと頃よりずいぶん市民権を得たように思うけれど、何かのお役にたつ、誰かの力になれる働きは本当に尊い。


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by saskia1217 | 2016-08-27 23:44 | 感じろ、考えろ、思え! | Comments(0)