あじかん

アジアンカンフー・・・・ではない。
阿字観。

仕事の合間に、二度目の「阿字観」体験。
以前参加した声明コンサートの時に短時間体験したのだけど、いったい「阿字観」がどういうものなのか、もう少し知りたくて2度目の訪問。
もちろん正式に修行するようには出来ないけど、前回よりちょっとだけ近づけたかな。
今日は4人だけ。
ゆったりした空間で、準備ストレッチ、座り方、姿勢、呼吸、発声、視線…いろんなことに少しずつ踏み入れる。
最初と最後にご住職の声明。目を半分くらい閉じてその響きに包まれると、うつくしい声の波紋が、枯山水の庭の砂の波のような具像になって目の前に映るようだった。
阿字観も、経験を重ねるうちに、身体的にも楽になったり、心のなかも色々変わってくるらしいよ。
終了後、ご住職と少しお話できて感謝。
お忙しいお時間を割かせてしまったが、音楽のこと、教会やお寺のこと…豊かな時間を過ごせた。
空海さんてスゴい人なんだなー、とザックリ(笑)しかしシミジミ思う。

信仰を持つ人が、自分の神様や自分の仏様を最高のものだと思うのは、当然だし必要だし必然だし、この上なく尊いことだ。
でも、どんな宗教でも、あまりに選民意識が強かったり、排他的すぎるものに出会うと、ほんとうにほんとうに悲しくなる。
道が違うだけで同じ山に登っているのではないか、と一言では言い切ってしまえないのもわかるけれど、「同じ山」までいかなくても「同じ高さ」の「似たような頂上」なのかなとも思う。

「自分のとこが一番、
なぜかというと全部が一番だから」
そう仰った空海さんは、やっぱりスゴイ。

一神教の神のスゴさ、それを信じる人の強さ。
様々な役割を持つ神様、仏様を持つ広さと温かさ、それを信じる人の人間臭さ。
そのどちらが尊いかなんてことは、誰にも決められない。
どちらも、自分たちだけではない、と思うことはやっぱり大事なんじゃないか、と思うんだ。
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by saskia1217 | 2016-01-26 21:06 | 感じろ、考えろ、思え! | Comments(0)

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