音よ、とどけ!

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気持ちいい初冬の青空。
「声明ミニライブ」に出かけてみた。
だいすきで毎回欠かさず観ているテレ朝の「お坊さんバラエティ・ぶっちゃけ寺」にご出演中のお坊さんたち数人のTwitterを眺めていたら、ある日ふとこのイベントを発見。
巣鴨・功徳院の松島龍戒ご住職によるこの企画、朝一番で電話で申し込んだのがラッキーだった、なんと1回10人くらいの定員はすぐに満員になったとか。

で、お寺の場所を調べていて吃驚。
なんと不思議なことに、もうずうっと何年も私のお散歩コースでいつも目にしていてな〜んとなく気になっていたお寺のご住職だった。
そして、声明を通じて皆に仏様の教えを広めるということで、音楽活動もされているとか。
ほー!

そんなわけでずっと楽しみにしていた催し、いい時間でした。
受付を済ませ、本堂入り口でご住職から塗香を受け、ほの暗い空間にご本尊の大日如来様、脇間には蠟燭の灯に守られた一対の「阿」のお軸。

まず「声明」が2曲、ご住職によって唱えられる。
「四智梵語」と「対揚」。
区切りに鳴らされる「鐃鈸(にょうはち)」というシンバルみたいな楽器は、バ〜ンと鳴らすのではなく擦り合せるように打って細かいトレモロみたいな音が出ていた。
何より、それを手で取って鳴らし、また元のところに戻すまでの動作がとても美しいなあと思っていた・・・ら、ちゃあんとその作法があって、しかも宗派によっても違うらしい。
は〜。

考えてみたら当たり前なのだけど、それぞれの宗教には「音」「音楽」が重要な役割を持っている。
(逆に音楽を使わない、使ってはいけないものもあるとは思うけど)
つい最近、イスラームのスーフィーダンスの映像を見てまたそれを認識したりして・・・
で、その際に使う楽器ももちろんたくさんある。
普段我々が生業としているオルガンなどの楽器もキリスト教の「典礼楽器」だったとも言えるし、聴き親しんでる(日本の)雅楽の楽器は神道のなかで用いられる。
なのに、これだけお寺にいく習慣があるにもかかわらず、日本人が仏教の典礼楽器のことをそれほど知らないのはちょっと不思議だね。
(大学の楽理科なんてとこに居ると、専門家がいるのでさして珍しくはないけど、それでもそれを「知ろう」とはなかなかしないもんなあ)

「ライブっていうからもっと気軽な感じなのかと思ったら、なにこの重苦しいの・・とか思いませんでした?大丈夫ですか?」と笑うご住職。
でも「生演奏」だからたしかにライブだもんね。
そういや私も数年前、自分のリサイタルを「キーボードライブ」ってネーミングにして賛否両論喰らったっけ(苦笑)。
考えてみたら、声明って、昨今よくある「オケと声明のコラボ」とか、コンサートホールで時々行われる大勢のお坊さんたちの、ひとつの舞台作品となったような「声明コンサート」のようなもののほうが、実際接する機会のほうが私は多い。
だけど、本当はお寺で聴くものだよね。

続いて、声明のしくみや真言宗のことなどを少しお話くださった後で、「阿字観」体験。
ご住職自ら描かれたという「阿」がはがきサイズの額縁に入ったものや、目の前に掲げられた大きなお軸の「阿」を見ながら、座禅を組み、呼吸そして「あ」の発音。
ヨガでいつもやってるマントラの「オーム」の発音と通じるところがあって面白い。
「阿」はすべての始まりの音。
「オーム」も全てのものを孕むものとしての意味があるから。

そして「普通はあり得ないこと」とご説明があったけど、声明を我々も声を出して唱えてみるコーナー。
「礼文」というものの楽譜(博士)のプリントを見ながら、「なんとなく一緒にやってみてください」といきなりご住職と一緒に(笑)。
文字の横に書いてある印が音程を表すんだな〜ってことはなんとなく察しがついたものの、比較的単純だというこの声明を滔々と唱えるのはやはり難しい。
学生時代に「日本音楽史」で声明についてちょこっとは習ったけど、実践することはなかったもんね。
歌っているうちに、「ヨナ抜きってやっぱり気持ちいいな〜」としみじみ思ったり。
「五七五」とか「三三七拍子」とか「ヨナ抜き」とか、やっぱりDNAに組み込まれてるんだろうなあ。
血は争えない。

最後にご住職が短いものをひとつ唱えてくださり、終了。
あっという間だったけど、いい時間だった。
それぞれ少しずつ「触れる」企画だったので、ガッツリ瞑想、とかじゃなく、フワッと。
終了後に、参加者は熱いお茶をいただきながら、ご住職と自由に談笑。
声明について執筆されたCD付きのご本の出版記念のイベントだったのだけれど、普段あまりそういうところでお買い物をしない私も、現物を拝見して初心者向けの内容が面白そうだったので購入。
ご多忙にもかかわらず、参加者一人一人と丁寧に会話をされるご住職。
音楽について少しお話できて幸いだった。

CDを聴いていて・・・「あれ〜、ご詠歌ってなんだっけ?」
そうか〜、声明は僧侶だけが唱えるもので、ご詠歌は在家の人と唱えるのか・・・?
違うかな?
よくわからないけど、色々あるなあ・・
キリスト教の「大衆」讃美歌みたいに、神道や仏教にも人々に密着した音楽があるはずで(もちろん、神職や僧侶のみで行うものもあれど)、そういうものを知らずに終わるのはやっぱり勿体ない気がする。
それを今の社会にマッチした方法で、外に出そうとしている方々があちこちでいらっしゃるというのは、素晴らしいことだなあと思う。
「音」は、空気と同じように、どこの、どんな空間にも隙間なく入ってゆくことができる。
どんな世界の、どんな人にも、分け隔てなく。
遍く届くのが、「音」の尊大かつ謙虚なところ。
それを扱っているという恐ろしさと喜び。

感謝の一日。
あ〜、またやりたいなあ、阿字観!
声明ももっと聴きたいな。

ん?と思ったら、やっぱりすぐ近づかないと。
出会える、ってスゴイ。
出かけてゆく、って、生きるってことだね。
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by saskia1217 | 2015-12-01 23:05 | 感じろ、考えろ、思え! | Comments(0)

今日もまた日が昇る・・出かけてゆこう!
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