今日もまた日が昇る・・出かけてゆこう!

by saskia1217

覚悟

同年代ばかりのダンスのワークショップでエビ中の「買い物しようと町田へ」を踊ってから、家へ帰って録画していた「The Covers」エレカシの回を観た。

近藤良平さんのWSは今回、年代別のクラス分けになっていて、普段圧倒的に自分より若い人たちといることが多い私は、自分の年齢にどんよりしたものを感じる半分、もう半分はちょっとした未知のワクワクと期待を持って、じつはかなり勇気を振り絞って申し込んだのだ。
応募の段階でもう、自分の年齢を認めざるを得ないという覚悟。
大げさに言えば。
普段どんだけ、自分の年齢を認識していないことか、認識しないでいようとしていることか。
そうしようとしているわけじゃないのだけど・・・忘れちゃってる。
先日の職場の健康診断のとき、問診票に年齢を書く際に本気で自分の正確な年齢がわからず、スマホでググってしまった自分。認識しないことを自分では、むしろ「いいこと」だとどこかで思っていたのかもしれず。
それどころか、それは逃げてたってことなのか。

自分と同世代や歳上の人たち、しかもダンスのWSに来る人たちって、どんな人たちなんだろう?
今日初めて会って一緒に楽しく3時間を過ごした人たちは、みなそれぞれ、ふっきれていて、きちんとしていて、妙で、悩みもめんどくさい事情も背負っていて、ちゃんと前も向いていて。
そんな皆さんの開かれた笑顔に近藤さんの全てを受け入れてくれる大きさも手伝って、これでいいんだ、そのままでいいんだ、っていう、そう言ってしまうとありきたりなのだけど、な〜んか、そうだよ、何をそんなに頑なに偽ろうとしていたのか、と。
隠している気は毛頭なかったけど、どこかで認めていない自分がいたのかも。

胸に手を当てて帰ってきて、RCの「スローバラード」とユーミンの「翳りゆく部屋」を、あたかももう今日が命の最後の日のように、振り絞るように、だいじにだいじに、美しい声で歌う宮本さんの歌を聴いて、そしてその歌たちが、それを今こうやって歌えることがどんなに大事かを語る宮本さんの言葉を聴いて、おこがましいけど、あぁおんなじだ、と思ったのだ。
そこには宮本さんの、覚悟がみえた。
肩のチカラが抜けた、固い決意と希望が見えた。

他人のことだと、その変身ぶりが、何かを脱ぎ去って生まれ変わった様が、本当によくわかる。
ちょうど40になったころ、それまで「本当にこれで間違っていないのか」という自分の音楽の方向性、あり方への自信のような、もはや先生の助言なしにでも自分1人で確固としたものを作れるような実感があって、「なるほどこれが、『惑わず』ってことなのかも」なんて思ったりしていたが、そこから今までその「確固たる何か」がそれ以上大きく、いや美しくなっていないような閉塞感があった。

今もやっぱりこうやって私は、まわりの大好きな人たちからいろんなチカラやキッカケを貰って、生きてる意味とか楽しみとか、方向のヒントを手にすることができている。
出かけていかなきゃ、やっぱりダメだ。
自分から手を伸ばさなきゃ、自分の欲しいものは手に入らない。
そのためには、今の自分をちゃんと認めなきゃいけない。
ちょっとした覚悟。
歳をとるのも悪くない。

PS
宮本さん、NHKに出るたびに「はじめての僕デス」の話になるのは、もう避けられないな(笑)。
昔はそういうとき、恥ずかしそうだったり、ちょっぴり嫌そうだったりしてたけど、今はなんか穏やかに目をつぶってかすかに微笑みながら、10歳のご自分の声を聴いてらっしゃる。
なんか・・・いいよね。

PS2
そして、MCのリリー・フランキーさんが野坂昭如さんの曲をオススメした時に、「野坂さんといえばあの〜、『ソ、ソ、ソークラテスか、プラトンか〜』って・・・あれ、いい曲でしたよねえ」と懐かしそうに宮本さんが歌ったのが、もうほんとにドンピシャ懐かしくって、なんだかすご〜く嬉しかったのでした(笑)。
♪ニ、ニ、ニーチェか、サルトルか〜♪

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by saskia1217 | 2015-11-17 04:14 | エレファントカシマシ | Comments(0)