たなかとかなたとけいことこいけ

観に行きたかったけど行けなかった舞台を、昨夜テレビで鑑賞。
新国で上演された長塚圭史さんの「かがみのかなたはたなかのなかに」。

長塚さんの作品は(3つくらいしか拝見していないのだけど)、私にはいつもちょっと難しくて、手放しで「よかったー」とか「たのしかったー」とかいう類いのものではなくて、たぶん観たい役者さんが出ていないかぎりは積極的には観に行かないかもしれないのだけど。
前回同じ新国で観た「音のいない世界で」に続く作品ということで、子供にも向けて書かれてることもあり、背景のイメージとしては童話、ファンタジーのような世界なのは、今回も同じだったかな。

舞台を観た友人たちが口を揃えて言っていたのは
「前半ファンタジー、後半ホラー」

ま、そうね、なるほどね(苦笑)。
たしかに。
小林賢太郎さんの舞台作品を観終わったお客さんたちが、マニアであればあるほど、その後であーだこーだと深読みしたり、頭を抱えて「解釈」しようとしたりする、あの流れにちょっと似た事をしそうな。
小林さんにも、たぶん長塚さんにも(インタビューを見てそう思ったのだけど)、「終演後ただ『あーたのしかった』で終わってほしくない。その後でもずっと、その人それぞれにいろんな解釈や考えを出してほしい」という望みがおありなんですね。

前作よりも「セリフが減って動きが増えた」ダンサーのお二人、首藤康之さんと、今回振付けと音楽を担当された近藤良平さん。
おふたりが、セリフから動きに移るときのなだらかで美しいこと!
セリフを話すように動く。インタビューで首藤さんが仰っていたとおり、それは「踊っている」感じは全く無くて、ただの「うごき」。ダンスでもマイムでもない。
首藤さんの描く動きのリズムも素晴らしかったけど、その「鏡」としてぴったり同じ動きをする近藤さんの見事なこと!
ユニゾンする際の呼吸に慣れているはずのダンサーさんであっても、その自然さがスゴイなあって。
だけど不思議なのは、「見事にぴったり」なのに、近藤さんは近藤さんなのだ。首藤さんのコピーじゃない。
そして、ホントにいくつかの一瞬だけなのだけど、コンドルズで見慣れている息づかい、タイミングも感じたり。
あと、近藤さんがやはり振付けられた「アリスのお茶の会」での「一役二人」での動きも、ちょっと思い出したり。
大好きな俳優さんである松たか子さんが魅力的だったのは言うまでもないけど、特にそのキラキラと愛らしい目の光が、後半「ホラー」とさえ思わせる狂気をつくり出した、あの切り裂かれるような切迫感とヒリヒリ感。

何でもかんでも、どーやったって、どんなに考えたって
全てがこんなにも「割り切れないもの」。
2+2が3になったら、なおのこと。
もうとにかく、全てが割り切れない。
割ろうとすると、もっとヘンなことになる。

「たなか」と「かなた」の決闘は、「半分」を永遠にやっつけることなんて出来ないんだ、っていうふうに見えた。
「選ばなきゃ勝負にならない」というセリフがあったけど、でも選ぶことなんて出来ないんだから。

決断も出来泣ければ、己の半分さえ捨てられない。
ずっと付き合うしかない。
しょうがないからもう、このまんまでいいのかな、自分も。
・・・なんて悟ることが出来そうだったりね。

近藤さんが担当された音楽のチョイスもステキで、たぶんオリジナルだと思われる子供の声の歌も、ゾクゾクしてとっても印象的。
ヒッチコックの映画のなかのモーツァルトみたいな。

相変わらずハテナの作品に、ちょっとホッとしたあったかい色が、その音楽が運んで来ていた。

いいな、舞台って。
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by saskia1217 | 2015-10-06 21:54 | 感じろ、考えろ、思え! | Comments(0)

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