新しい波〜二期会ニューウェーブオペラ「ジューリオ・チェーザレ」〜

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オペラを観たのはホントに久しぶりだったなー。
昨日は新国の中劇場で、二期会のオペラ「ジューリオ・チェーザレ」の初日を観た。

17時開演、2回の休憩を挟んで21時少し前に終演。
昨日と今日の2回の公演ともソールドアウトとか。
中劇場ではお芝居しか観たことなかったけど、「音楽ホール」ではないながら言葉がちゃんと聞えるようには出来ているので、オペラも無理ではないかなという感想。

楽しかったですねー。
ニューウェーブと銘打っているだけあって、数年前に二期会がモンテヴェルディなどのバロックオペラを演り出した頃に比べて、いろんなことが良く、またやり易くなっているんじゃないかしらん。

オケは、特に弦の桐朋と藝大の古楽の学生さんたちを中心に、管楽器や通奏低音の中堅・ベテラン?を交えた、生き生きと元気でフレッシュで、かつ繊細な演奏。
指揮の鈴木秀美さんの流れとキレのある音楽は、やはり秀美さんがチェロを弾いているような音楽の動かし方で(当たり前なんだけど)、それが特に弦パートが非常に自由にのびのびと、弾き易そうに演奏していたのが印象的。
いつも大学の授業で接している学生さんたちもチラホラいたりして、その名演にホレボレしてちょっと嬉しかったですね。

今回は、一昨年、昨年と近藤良平さんの「神楽坂とさか計画・ブルグミュラー25」で共演したダンサー、中村蓉さんが振付ということも、私には非常に興味深く。
蓉さん以外にも、おなじブルグミュラーでご一緒した中村理さんがダンサーとして参加されてたのも嬉しくて。
私にとっては直接結びつくことはあまりなかった、普段の仕事場「古楽」の方たちと、ダンスを巡る知り合いとが同じ舞台を作る、という、無関係の立場ながら、一人でホクホクと感無量だったのでした。

いやー、やっぱり若い人の演出はいいですね。
若いせいばかりではないでしょうけど、その柔軟さが。
一言でいえば、音楽、演出、振付、照明、衣装・・・すべての作り手が、同じコンセプトをきちんと共有できてたという感想。
ときに、その微妙な食い違いや未消化が、作品に出てしまうことも少なくないけど、これはその違和感が全く無かったから、聴衆の個人的好き嫌いはあるにしても、彼らがどこを目指して何をしたかったのか、がちゃんと伝わったと思う。

いやー、それにしても蓉さん、よくまあ、細かく付けましたねえ(笑)。
登場人物の衣装は(耳をはじめ)どこかアニメを彷彿とさせるキャラ感、それにマッチする昭和歌謡曲アイドルみたいな動き(やっぱりわかるよー、笑)。
特に、クレオパトラの「あたしのこと見て見てー」の自己顕示欲の塊アイドル色は、まさに演出家が描きたかった面なんだろうなあ。
それにしてもまるで蓉さんが中に入ってるんじゃないかってくらい投影されてて笑ってしまった。
クレオパトラは歌も演技も安定していて、軽薄キャラとシリアスキャラの演じ分け(空気の作り方)も素晴らしかったし、他にもトローメオの濃いキャラとやり切る力がとても印象的。
チェーザレやトローメオを女性が演じるので、ちょっと見「宝塚」みたいにもなるんだけれど、チェーザレのそのちょっと「かっこいいオレ様」的なとこも面白かったな。

見始めて暫く、なにかを思い出させるなーとずっと考えていて。
そうそう「テルマエ・ロマエ」、あの時々マンガチックになる、ある程度シリアスな漫画の感じ。

今回、「踊る」のみならず、それ以外にも(そっちのほうが多い!)大道具黒子的役割から開演前幕間のパントマイムまで、本当に大活躍だった6人のダンサーさんたちには、ホントに天晴れ!
細部まで作り込まれた、きっちり踊るシーンも完璧にこなしながら。
いやいや、よく6人で全て回したなあ。
ワニのかぶり物、暑くて大変だったんじゃない?(笑)。でもあのエジプトの遺跡のワニ人間のイメージが、時には不気味に、時にはユーモラスに見えるという性格をよく表してた。

彼らが操っていたデッサン人形みたいな「ひとがた」が、「その他大勢」や(合唱を舞台上には登場させず裏から聴かせるのみ)「キャストの身代わりや象徴」になったりして、冒頭とラストでキャストそのものも「人形化」されるという「ツクリモノ」感が、「お芝居、虚構、マボロシ」みたいな効果として長い作品をキュッとまとめていたのは面白かった。
最初と最後の使い方という意味では、くす玉から落ちてくるモノが、最初→生首、最後→赤ちゃん、という「死→生」の対比にもなってた気がした。

回転舞台をめちゃくちゃ使いまくって(笑)、それがまたうまーく利用してて。
戦場へ向かうシーンなどの切迫感。
登場人物の心のスピード。
そして何より、場面転換が速く出来るから、ダ・カーポアリアの中間部で音楽通りに一瞬でガラッと変えることが出来る。しかもその中間部が「現実なのか虚構なのか」も謎のままにしておくことが出来る。
逆に「ダ・カーポアリアだからこそ」思いつくことの出来る演出なのか?
歌だけ、しかも誰かのアリアだけポッと演奏することが多いヘンデルのオペラ。
ダ・カーポアリアの意味と本当の姿は、やっぱりああやって観て聴いて歌わないと感じにくいかもしれない。

最初の幕の(お芝居の)テンポ感が、幕が進むにつれてちょっとずつ速くなっていた気がしたのも、もしかしたら意図的だったのかな。
今回の印象として「ストーリそのものを楽しんだり理解したりする」のではなく、その場その場の効果、瞬発的なエンターテインメント性を重視していたように思えたんだけれど、それってひょっとしたらバロックのオペラの正しい(本来の?)あり方なのかもね。
「演出がいろいろ細かすぎてストーリーが見えない」って感じ方も、もしかしてあったかもしれないけど、それで、それがいいんじゃないかなって。

ヘンデルが、当時なぜあんなに売れっ子で人気者だったか、あんなにたくさんオペラを書いたのか、この公演を観れば一目瞭然だったなと思う。
(そして一方、バッハが如何に、当時の一般的な音楽家としては変わり者、つまり世間的には『普通』じゃなかったか、全く別の役割を持った人だったのか、もわかる)

「ヘンデルなんてさー、何聴いても同じじゃん」とか、言ってるとバチあたるよ(笑)!
これからもっともっと日本で、二期会だけじゃなく他でも、バロックのオペラがいろんな演出家と演奏者によってたくさん上演されることを願いつつ。

皆さん、お疲れさまでした!

オマケ
終演後の、個人的にとても「レア」なショットを。
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by saskia1217 | 2015-05-24 21:24 | 感じろ、考えろ、思え! | Comments(0)

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