不思議の時間のわたし

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別役実さんの「不思議の国のアリスの『帽子屋さんのお茶の会』」の舞台を観にいってきた。
演出・美術が近藤良平さん。

別役さんの作品は正直、そんなに知らないのだ。
けど、「別役実のコント教室」という著書は愛読している。
ラーメンズが好きで好きでたまらなくて、「コント」って何だろうと考えてばかりいた頃、自分でコントを書いてみるってのはどうだろう?なんて思ってた頃、よく読んでいた本。

今日はな〜んの予備知識もなく観にいった。
別役さんと近藤さん、そして北九州で上演した(今回の東京は再演)という、私にはまったく始めて拝見する役者の方たち。
だからね、なんかまっさらな気持ち。

街は春。
けど、なんだか釈然としない。
心が重い。
本心に逆らってみたり、自己嫌悪のループに捕まったり。

劇場の座席に身体を沈めて開演を待つのはいいな。
たとえ客席のあちこちに知った顔を見かけたとしても、作品がまわっている時間だけは、まるっきり一人になれる。
ありがたい。
劇場は守ってくれる。

すてきな光。
おもしろい動き。
いろんなトーンとスピードの声。
ダンスとセリフと、動きと歌。
舞台の色や、全部が絵本みたいな世界や、ラストに素朴な歌が歌われるところとか、いつか新国で観た長塚圭史さんの作品を思い出すようなテイストもあったけれど、でもやっぱり近藤さんなんだなあって思ったな、見終わったとき。

冒頭で現われてちょっぴり驚いた「見慣れない」学ラン姿の女性ダンサーと、見慣れた学ランの近藤さんがガッツリ踊るシーンや、ラストで全員が踊るダンスの爽快さ。
自分も踊りたくなるようなダンス。

「不条理」が近藤さん色にカラーリングされても、それは、そうでないものには変わらずにひとつの「不条理」として残る。
これが例えば、音楽やダンスや、カラフルな衣装や照明や舞台装置が無かったとしたら、それはきっと違う姿の「不条理」になるんだろうし。
(わたしたちが思い浮かべる「不条理」はそっちに近いのかも)
楽しい、きれい、おもしろい、だけじゃなくて。
う〜んなるほど、と大人が勝手に納得するような「いかにも」な伏線や、意味ありげなシニカルさがそのまま残るのじゃなくて。
セリフそのままの「不条理」が音として意味を成すだけのものじゃなくて。
さんざん楽しい場面が続いたあとのしんみりが、ただのセンチメンタルやせつなさだけになるのじゃなくて。

やさしさ。
押し付けない、「かんがえる」ヒント。
時間や毎日が、それでも続いてゆく、という日常・・・お話そのものは非日常なのに。

吉田トオルさんの操る音楽も素晴らしかった。
シンセやキーボードをあんなに扱えたら楽しいだろうなあ。
劇伴としてのシーン挿入の諸々は、ほんとうにドンピシャで。
ガッツリ音楽、シーンBGM、効果音・・・
創る、ってすばらしい。

ある意味ダブルであってダブルでない・・というキャスティング上、大勢の役者さんはみな素敵だったけど、印象に残ったのは使者と眠りネズミ、というのはやっぱり、この2役だけシングルだったせいなのかな。
どちらも、キーになるポジションだったしね。
しかしそんなところも、うまく出来てるよなー。

「みんな・・・なんかあったら・・・・コンサートに行こう!」
いつかのライブで、エレカシの宮本さんが曲の途中でこう叫んだことがあったけど、なんだかごちゃごちゃになったときは、とりあえず何でもいいから出かけていって、舞台や映画やコンサートの座席に身を埋めてみるって、やっぱりすごくいい方法なのかもしれない。
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by saskia1217 | 2015-03-22 23:28 | 感じろ、考えろ、思え! | Comments(0)