踊る

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「恥ずかしい」と思うことをやろう、と去年暮れくらいにポンと思った。
とりあえず近いところで触れる機会が多かった「ダンス」が気になった。
で、新しい年はなんとなく「踊ってみよう」と思った。
そして、その頃たまたま目に飛び込んできたWSの情報を見て、申し込んでみたら、運良く当選。
(定員の4倍の申し込みがあったそうで、ラッキー!)

一人で部屋で踊るのは、たぶん誰も恥ずかしくはないだろうけど、大人になってからはそれすらやったことがない。
昨年夏の池袋の盆踊りで、久しぶりに誰かがいるところで踊った(笑)かも。

子どもの頃はピアノと一緒に、ずっとオルフのシュールヴェルクで育ったので、そういえば、そのなかでは普通に踊ってたんだよなあ。
オルフの教育システムは即興の要素が多かったから、木琴鉄琴、打楽器、リコーダー、歌、踊りを分担して演奏つづけてるうちに、先生が「はいっっ、○○ちゃん!」て言ったら、すぐ8小節とか16小節とかその場で作る、っていうのだったな。
あのときは小難しいことは何も考えずに出来てたのになあ。

会場は東京藝術劇場、講師は近藤良平さん。
この日はシリーズ3回目で、テーマは「ダンスと音」。
3時間のクラスを2日間やったのだけど、年齢、性別、職業、ダンス経験もぐちゃぐちゃ。ダンスをしにきた動機も色々な人たちが一緒に踊るんだから、面白い(と近藤さんも仰ってた)。

初日はキーボード奏者の吉田とおるさんの生ピアノのサポートで、おもに「メロディー」や「ハーモニー」を感じて身体を動かす。
何組にも分かれたペアが同じシチュエーションで動くと、そこにピアノで音楽が付く。とおるさんももちろんこちらを見ながら即興で付けて下さってるから、毎回違うし、どんどん変わってゆく。こちらがあちらに与えるイメージ、そして音楽から受けるものでこちらの動きやタイミングがどんどん変わってゆく(乗せられてゆく)。
楽しいよねえ、これは。
2日目はパーカッショニストの那須野綾さんが様々な打楽器を携えてサポートして下さった。リズムはホントに身体に直結するという実感。
ものすごくかっこいいものを出して下さるから、ものすごくかっこいいことやってる気持ちになる(笑)。事実、かっこよくなってる人がいっぱい。

「踊る」というより「演技」に近い動きだったなと感じたのだけど、考えてみたら演技もダンスも身体の動きという点では別に境界はないということに気づいた。
どっちがどっちでもない。どっちがどっちでもいい。
そういえばこの間のブルグミュラーだって、そういう意味では殆どが「演技」に見える部分がいっぱいあったじゃないか〜。
例えば、コンドルズみたいなダンスに出会う前はずっと「音楽(特にリズム)に合わせて動くのがダンス」だと無意識に信じて疑わなかったから(多くの一般の人はふつうそうだと思う)、そうじゃなくて液体みたいに流れるものも「ダンス」に入っちゃうんだよね。
・・・・今さら。

相手があって出来ること、相手があって気づくこと。
みんなじゃないと出来ないこと。

ヨガもそうだったけど、自分の身体をよく見て、意識して、向き合って、動かすってこと、忘れがちなんだよね。ダンサーや役者さんやスポーツ選手なんかじゃ無いかぎり。
で、面白いのは、音楽家(演奏家)って自分の練習や、誰かに教える時に、ほぼいつも「ほら、力抜いて、脱力して」「ポジションがズレてるよ」「背骨意識して」な〜んて言ってるんだよね(笑)。
だけど、それって果たしてホントにちゃんとその意味を考えて言ったり言われたりしてるのかな?
つまり実感としてわかって使ってるのかな、ってこと。
自分のことも顧みつつ、そんなことを思って身体を動かしたりお話きいたりしてました。

2日目ラストには、16人で踊るちょっとした大作(!?)が完成し、最後の最後で、那須野さんのパーカッションと近藤さんのピアノに合わせて、もうそりゃあ、覚えてる覚えてないなんてど〜でも良くて、無理矢理強引に(笑)通しちゃったもんね。
(あれ?右足から出るんだっけ?なんて、つい「考えちゃう」自分が情けない。きっと「考えない」でやると上手く行くんだろうけど)
あの「作品」は何分くらいあったんだろう?
その場でやってるそばから振り付けが出来てきて、はい次、その次、って足してって・・・そんな、ダンサーにとっては当たり前のことも、生まれて初めてそんな作業をする身にとっては結構必死ですよ(笑)。
で、結構動いたとみえて思いっきり汗かいて終了。

本当に楽しかったから、これで終わるの寂しいなと思ったし、またやりたいなと思ったし、心も満たされたし、いろいろ面白いことも考えたし。
最後にはみんながハッピー。
誰一人として、ガッカリしたり落ち込んだりしてた人はいなかったと思う。
素敵なことだなあ。

私は何故、体育とかダンスとか、身体動かすことが苦手(だと思っていたの)か、ちょっと考えてみた。
走るのも遅い。嫌いじゃなかったマラソンだって別に速いわけでもない。鉄棒の逆上がりも出来なかった。3段の跳び箱も跳べなかった。子どもの頃は泳げなかったし、自転車も乗れなかった。ドッヂボールはいつも最初にボールに当たってた・・・
部分的にではあっても楽しんでやれてたこともあったし、苦手なものもちゃんとがんばってるのに、そりゃあもう体育の先生には怒られるし、成績は最低点つけられちゃうし、「体育」ってホントに辛かったから、その中にたとえ「ちょっとだけ好きな」ものがあっても(縄跳び、平均台、借り物競走だけは得意だった・・笑)、それさえも「体育」っていう括りに一緒になって混ぜ込まれて、楽しくなくなっちゃった気がする。
くわえて、音楽なんかやってると(昔はよくそうだったのだけど)「怪我しちゃいけない」っていう意識が不必要に厳しく働いちゃって(大人になるまでずっと周りから常にそう言われていたから)、球技なんてもってのほか(高校では禁止だった)、動かない動かさない、やらなくてもいいことはやらないでおく・・・みたいな、身体に関することに無意識にどんどん消極的になってた気がする。
それがだんだん「恐怖感」に変わってしまう。
間違いなく「好き」だったダンスが、「体育」の闇に呑まれて、いつのまにか怖くて恥ずかしいものになっちゃっていたのかな。

もっと前に、とは思うけど、今この「楽しいもの」に出会えて、よかったと思う。
間に合って、よかったと思う。
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Commented by 馬酔木 at 2014-02-16 23:11 x
先日のブルグミュラー、楽しかったです。あのようなコンテンポラリーダンスは初めてで、新鮮でした。自分がいかに原題に縛られていたか、考えさせられた舞台でした。
学生時代の「体育」の辛さ、私も同様でした。どうしても「優れている」人との格差を思い知らされることが多く…。今思うと、エアロビックとか、ジャズダンスとか、下手でも楽しめる種目があったら、自分ももっと体を動かすことが好きになっていたかも、と思います。ただ、学校教育では「評価」がつきまとう以上、変わらないかも知れませんね。
Commented at 2014-03-13 15:05 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by saskia1217 at 2014-03-13 22:03
Tさま メール届いております。先月中旬よりオペラ公演のヨーロッパツァーで留守にしており、なかなか返答が出来ませんでした。ごめんなさい。先ほど返信いたしましたのでご確認ください。
by saskia1217 | 2014-02-15 02:30 | 感じろ、考えろ、思え! | Comments(3)

今日もまた日が昇る・・出かけてゆこう!
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