行遠自近

e0081334_190841.jpg

ワークショップで書を教えていただいている先生のブログでこんな展覧会をやってることを知って、それがあと数日で閉幕だったので昨日急遽思い立って見にいってみた。
「文字の力・書のチカラII/書と絵画の対話」
e0081334_1902772.jpg

出光美術館は一昨年の冬に琳派の展覧会を見に行って以来。
あの頃はなぁ・・・まだ「浮世絵」に微かに興味が出始めた頃で、琳派だってテレビで見たから行ったんだったなあ。ここは琳派の絵画とか、やきものとか、お茶道具とか、浮世絵とか、そんなものがメインの美術館だというぼんやりしたイメージで、殆どは全く興味の無かったものだったから・・・。
まさか今になってまたここに来ようとは。

う〜ん、見られてほんとうによかった!
なんというか、ココロにきた。
目からウロコも。
でもハテナもいっぱい来ちゃって困る(笑)。

こないだ見た上野の「和様の書」は量も膨大だし、書の歴史を辿るという勉強としてはとても楽しめたのだけど、ぐっとくるという点ではこっちのほうが私には近い感覚があった。
展覧会としては量だってかなりあったし、なるほど照明はたしかに暗めでかなり目が疲れたけど、惹かれた作品の前に何度も戻ってその字と近しくさせてもらうような、そんな幸せがあった。
上野の展覧会は王道で真面目なラインナップ、という感じかな。
(でもきっとこの後また行ったら、たぶん違う気持ちで見られるような気もする。)

会場は混み合ってはなかったけど、年配の方中心にそこそこの盛況。
その会話からして、殆どが書を嗜む方達なのかな。としたら、書道人口ってかなりいるんだろうな。
中には熱心に模写をする制服姿の高校生なども。

印象に残ったこと、いくつか。
こないだ上野でその漢字が「大好きだ〜」と思った小野道風の「仮名」を、ちょっと心を入れ替えて見られたこと。「好き」というより「素敵」って思った。そうだよなあ、漢字だけ書く、なんてありえないもんなあ(笑)。なんかこの前まで「仮名より漢字のほうが好きだわ〜」とか思ってたけど。名人は何でも書けるのだ、当たり前か・・・。
この私も仮名なんかを書ける日が来るのかなあ・・・想像もできないなあ・・・漢字をたったの数個書き始めて数ヶ月、まだ手が震えてる段階だけど(苦笑)。いやいや、そんなことを思うだけでもおこがましいや。

この前知ったばかりの佐里、その筋切もうつくしかった。
この日知った「本阿弥光悦」、すごく有名なんだろうな。
この展覧会でよかったのは、全作品に「何が書いてあるか」を現代文字で書いてくれていたこと。うまく読めない私にはとってもありがたかった。

「書画一如」と題されたコーナーは、くるものが多くって、なかなか足が先へ進まなかった。
今までは、書と画が一緒にかかれているものを見ても、そのふたつの関係なんて考えたこともなかったのに。
ここで一番好きだった仮名の作品「十二ヵ月図賛」の大田垣蓮月。
これは本当に・・・たぶんずうっっと見ていられる。よくわかんないけど、全てが好き。字の形とか流れ方とかバランスとか、細部細部も、全体も。
富岡鉄斎の画もまた、いいバランスで書に寄り添ってる。
(鉄斎はね、「なんでも鑑定団」でこの私にもお馴染みだった・・笑。テレビも役に立つね)

ユーモラスな中に細やかな工夫がされた尾形光琳の「蹴鞠布袋図」に思わずニコニコしていると、次にあらわれたのが「仙厓」。
面白い感じの画を描く人、というザックリしたイメージしかなかったから、ここでその画もその書も初めてちゃんと見て、スゴい人で、しかも大人気だってことを初めて知った。
きっとものすごく有名な作品であろう「一円相画賛」「○△□」そして「般若心経」。
もはや画と字の混在。ちょっと小林賢太郎さんの舞台作品が脳裏をよぎる。
習慣的に字と向き合っている人は、日々書いているなかできっといろんな世界に足を踏み入れるんだろうなあ。その結果、いろんな現象が起こるんだろう。そしてそれが形となって現われる。
筆と墨と紙だけから、考えてみたらものすごい無限の現象が起こりうる。
作曲とか絵も同じかもしれないが、過去やり尽くされて来たことがこれだけあっても、きっとまだ、あるんだよ。
作品の前にずっと立ってると、そんなことを思いながら吸い込まれそうになった。

「戯墨、醉墨」というコーナーも魅力的。素敵な言葉だな、「醉墨」って。
自分が古い音楽をやってるせいなのか、「古いものには価値がある」のような理由のない価値観が植わっちゃってるせいなのか、絵でもモノでも「新しいもの」を軽視しそうなことに時折気づいて反省するのだが、ここにあった川村驥山の「飲中八仙歌屏風」は実によかった。昭和26年の作品。
読めない、読めないのだけど、すごく好き。リズムが、形が、曲線が。

「字」なのか「線」なのか・・・ここまで読めなくなっちゃうとやっぱり嫌だな〜、っていう境界線もあって(笑)、もはやそうなると抽象画を見る感覚で見てしまうから、自分のなかがちょこっと混乱する。
「ひとりぽっちになってやわらかいこころでみる」という、尊敬する中学の時の美術の先生伝の「芸術の鑑賞の仕方」は正しいと信じて作品には接してるつもりだけど、それでも「解放してるつもり」の自分のなかのどこかが無理してる気もするから。
抽象が自然なのか、具象が自然なのか、たぶん人によって違うんじゃないかなあ、結局は。

家康の書「日課念佛」のたっくさん並ぶ「南無阿弥陀仏」から「家康」の文字を探すのも面白く。
そして光圀公の「風」!!!
こないだ自分でも何度か書いた文字だったので(笑)ちょっと興奮。
ゴツさはないのにちゃんと力を秘めた、それでいてやさしい流れの「風」。

「書の風雅」のコーナーは一筆書き、一行書。
滲むくらいたっぷりと墨を付けたばかりの冒頭と、それがだんだん枯れてゆく最後。
最初にどういう気持ちでどういう「つもり」で、どんな感じで墨を付けたんだろう。どんな筆で書いたんだろう。そのちょうど途中、真ん中で、書いてる人はどんな気持ちだったんだろう。
私には馴染みのない中国の詩からのいろんな言葉、素敵なものがたくさんあったから、おこがましいけど書いてみたくなっちゃったな。

解説ボードに、いわゆる「伝統」を重んじる「書家」と、例えば「高僧」や「文人」たちの書く(芸術としての)書の違いについて書かれていたけれど、今でもやっぱりそういう区別、境目はあるんだろうか。もちろんグラデーションなんだろうけど。
書道、華道、茶道、画、禅、やきもの、句歌・・・当たり前だけど全てが連携して絡み合っている。
分け入るのも大変なことだろうなあ。とめどがない。

いまだ仲良くなれない新しい筆と、「すぐにでも準備OKですよ!」と言ってくれるいい匂いの墨汁と、意のままにならない腕と。
ま、当たり前なんだけど。

行遠自近 登高自卑 是無捷径 可走的

仕方ないね!
e0081334_1904723.jpg

[PR]
Commented by 馬酔木 at 2013-08-17 22:44 x
出光美術館も先月帝劇に行ったついでがチャンス、だったのですが、疲れて「また今度」と思ったのが運の尽き、行けてません。そう、東博の方も、翻字(現代の字に移し替える)してあれば、もっといろんな人が楽しめるだろうに、と思いました。図録にはあった(ただし掲載分のみ)のですが、今回の展示量が多く、また展示替えもあるため、そこまでしないんだろうな、と思いました。
私程度の知識では、展示品それぞれの書誌学的価値に、完全には理解が及ばず、歯がゆさが残ります。もっと勉強しないとな、と思わされました。もし東博に再度行かれるのでしたら、本館2階の平安~室町の常設展にも関連展示があります(佐竹本三十六歌仙とか)ので、足をのばされては、と思います。
書を始められたのですか? 多角的に芸術生活を送られているご様子、羨ましいです。私は書は素人なので、『とめはねっ! 鈴里高校書道部』(河合克敏、小学館)というマンガに教えられたりしています。ちゃんと先生につかれている方には邪道かもしれませんが…。
Commented by saskia1217 at 2013-08-18 00:27
「翻字」っていうのですね。東博のほうのカタログは不思議とあまり欲しいと思わなかったのですが、出光のほうのは迷わず買い、今日は一日眺めておりました。ついでに面白そうな書関係の本も買っちゃったり。
宮内庁書陵部に知人がいて時々展示会に伺うのですが、書誌学というのも奥が深くて(ちんぷんかんぷんながら)いつも感心してお話きいています。

東博のアドバイス、ありがとうございます!三十六歌仙ですか。楽しみです。
私が習っているのは「書道教室」ではなくてあくまでもワークショップなので、昇段昇級も、決まったお稽古方法もないんです。だから気軽に始められたんだと思います。
筆を持ったのは小学校以来、始めてやっと3ヶ月で、まだまだ慣れません。やってみたら楽しかったので続けています。
また色々と教えてくださいね!
by saskia1217 | 2013-08-17 19:01 | 感じろ、考えろ、思え! | Comments(2)

今日もまた日が昇る・・出かけてゆこう!
S M T W T F S
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30