雨の天主堂と梅の花咲くお社

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車はぐんぐん走る。
そういえば、今回車や市電の窓からよく見えたのだが、お家の瓦屋根が幾重にもなっていてとても立派、しかもてっぺんには一対のしゃちほこが付いているのがとても面白い。
古いお家はああいう建て方なのかしらん。

本渡から今度は山の中を走り抜けてゆく。雨は相変わらず激しくなる一方。この辺りは雪が降るとかなりの積雪量になり、そうなると走行するのがかなり大変だとか。
天草にそんなにガッツリ雪が降るなんて思ってもみなかったが、標高も高い山あいは雨が降っただけでもかなりの冷え込みだったからその話も容易に想像できた。
途中亀川ダムだったかな、大きなダムの横を通り、「子守唄の里」と呼ばれる福連木(ふくれぎ)というところへ出る。ここの「福連木の子守唄」が有名らしく、同じ熊本のあの「五木の子守唄」より古いものらしい。「子守唄公園」があったり、毎年「子守唄祭り」も行われている。
これもやはり他の子守唄と同じく、子守り奉公に出た女の子の悲しい歌である。


ダムの上流は、蛍の名所でもあるらしい。夏に来たらまた緑が綺麗だろうなあ。
山を抜けると目の前にふたたび海が開けた。
下田温泉。
温泉宿もいくつか見える。
サンセットラインと呼ばれる海沿いの国道389線を、今度は南へまっしぐら。
名前のとおり、このあたりからの夕日は有名だそう。
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「海、海!」とワクワクする私にお気遣いいただき、冷たい雨の中、鬼海浦展望台あたりで車を停めて下さった。海岸のほうへ降りてゆく急な階段をどんどん下ってみる。
わ〜ん、波の向こうには何も見えません(苦笑)。
それでも、打ち寄せる波のあたりを見ると、海が透き通って青いのがとても綺麗。
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ずぶぬれになったので車に戻り、私が一番見たかった教会の最初のひとつを目指す。
このあたりは「五足の靴」ゆかりの地らしく、与謝野夫妻の歌碑があったりもする。また「高浜焼き」など、焼き物も有名らしい。最近とみに人気だとか。
海岸線から少し左へそれて少し丘をのぼっていくうち、白い塔が目に飛び込んできた。
大江天主堂。
やっと来たよ!
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傘をさして教会へと向かう。傍らには歴代の司祭や関係者のものだろうか、墓石の上に大きな十字架ののった墓碑がならぶ小さな墓地。
これと全く同じ注意書きを、シュニットガーオルガンを弾きに訪ねた北ドイツの小さな教会で見たことを懐かしく思い出す。
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中に入ると、冷え込む座席に小さな電気ストーブ。そこにご年配のシスターが一人、会堂の番をしてらした。
もう何年も前に久留米近くの今村で見た、鉄川与助が建てた教会と同じ感じだな〜という第一印象だったが、はたしてここも彼の建築だった。クリーム色と白を基調にした優しい色合い。ここももとは畳敷きだったそうが、今は木のベンチになっている。バルコニーに上がる階段が限りなく急で怖そうだった。
シスターのお話によれば、天井に描かれている模様は百合(フランス)と菊(日本)を合わせたデザインで、友好のしるしだそうだ。1892年から49年間、母国に帰ることなくここを守ったのがフランス人のガルニエ神父。そういえば長崎の大浦天主堂もフランス人の神父様だったね。
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会堂の入り口で私たちを見送ってくださりながら「晴れていたら、ここからあちらに綺麗に海が見えるんですけれどねえ、残念です。またいらしてください」とシスター。
本当、ここから青い海が見たかったよ(涙)。
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会堂下のルルドを訪ねてから、その下の資料館「ロザリオ館」へ。
ここでもまず最初に映写ホールへ導かれ、なんと3Dメガネをかけて飛び出す映像で「大村の歴史」を観る。館内には先ほどキリシタン館にもたくさんあった踏み絵やマリア観音、メダイ、高札などがあったが、ほかに隠れ部屋のジオラマが、かくれキリシタン特有の「オラショ」をBGMにリアルな風景を作っていた。
それから「経消しの壷」というものが興味深かった。宗門改めにあい形だけ寺の檀家となっていたキリシタンの人たちが、お葬式の際に僧侶が唱えたお経を隣室にてこの「壷」に閉じ込め、葬ってしまうというもの。
そして、なんと代用として拝まれていた小さな大黒様の像もたくさん残っていた。なぜ大黒様?
その足元に置かれた俵の側面に刻まれている縄目の十字、それを十字架に見たてていたのだ。
昔の人は本当に様々なことを考えていたんだなあ。

このあたりは天草島原の乱には参加していなかったらしい。一口に「かくれキリシタン」と言っても、その土地、地域、争いが起こったときにどういう立場をとっていたかによって、かなり色々に違うということをあらためて思った。
天草で大量のかくれキリシタンが検挙された1805年の「天草崩れ」の際には、大江、崎津近辺で5000人のキリシタンが見つかったけれど、そのあまりの多さに村の存続が阻まれる危険があったせいか、比較的穏便な「心得ちがい」という判決をうけ処刑はされなかったという。その話にもいろんな意味で心がひっかかって、この旅の間じゅう残っていた。
天草にはもう所謂かくれキリシタンは居ないけれど、例えば長崎の生月島には今でも「カクレキリシタン」と呼ばれる人たちが残っているという。彼らは明治以降許されたカトリックになることをせずに、それまで先祖が守り続けた結果、過ぎ去った時とともにすでに変化していた当時(また現在)のカトリックとは全く別ものになっていた信仰を守り続けているという。
例えば「かくれキリシタン」の時代に納屋に密かに祀り拝んでいた神(納屋神といわれる)を、後にそれを発見した神父に「カトリックの神と同じ神だ」と言われても全く信じなかった、という話がある。オラショや洗礼などの儀式など、形として親から伝承されてきたものが残り、その意味はカトリックとは全く違ったものになった。
これはもうちょっと調べてみないと・・・。
生月島にも、いつか行ってみたいと思う。

話が脱線した(笑)。
大江から崎津を目指す。
写真で何度も見ていた、あの小さな漁港の向こうに浮かぶ灰色の天主堂が、雨にけむる空の下に見えて来た。
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村へ入ると、小さな商店や民家がならぶこじんまりした風景が続く。
車を停めると山に向かって石段の続く、大きくて古い神社が見える。お諏訪さまだった。
手前左の塀のなかは、カトリック聖職者の墓。この1647年創建の古い神社にもキリシタンに関係する話が残っているらしい。
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その反対側、海に面したほう、平屋の民家がならぶ路地を入っていったところに、崎津天主堂は突然に建っていた。
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ここも鉄川与助の作。ここはまだ畳が敷いてある。その上に椅子が置いてあった。
冷たい畳に正座してみる。今村天主堂でもやってみたのだが、畳に座った視線で正面の祭壇や聖画を見上げると、むこう(上)から降ってくるものがより直線的に、より強くこちらの身にふりかかってくるような気がした。たった1メートルくらいしか変わらない高さなのに、受けるものが全く違う。そして、畳にすわると、ひれ伏したくもなる。不思議だ。

会堂の横にはルルド。
その池には鯉。
錦色の鯉が泳ぐルルド・・・・ちょっと、面白い。いかにもキリシタンの里だ、と思う。
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教会を後にし、またまた車で走り出す。
ずっとずっと運転しっぱなしの団員さん、普段車で回るお仕事をしていらっしゃるとはいえ、さぞお疲れではないのか・・
と、思う間もなく「ちょっと寄るところがあるから」と、そこからすぐの小さな小さなケーキやさんにサッと車をとめ、あっという間に何かの包みを持ってお店から戻ってらした。
カスタードクリームのたっぷり入ったロールクレープを人数分。そろそろ甘いものが欲しくなって来た時間だった。温かいお心遣いに感謝。

すでに夕暮れが近づいている。
これで「天草作戦」は終了か、と思っていたら「まだ、是非ご覧いただきたい神社があります!」と。
え〜、もっと見せてくれるのですか〜?!
下島のど真中を今度は一気に北上して戻る。途中から左に曲がり、山の中を通って着いたのが「鈴木神社」。
そう、天草島原の乱のあと、この地を治めた代官鈴木重成とその一族を祀ったもの。天草じゅうにある「鈴木さま」の総社。
静かな山のなかにあるしっとりした落ち着いたお社だ。
ここの梅も綺麗に香っていた。なぜか紅梅にだけおみくじがいっぱい・・・。
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そしてさらに日没ギリギリ、本渡の天草高校近くにある「本渡諏訪神社」へ。
ここも立派で落ち着いた、とてもいい神社。建御名方命と八坂刀売命をお祀りする。
ここにもさざれ石。
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ついに日が落ちたようだ。
近くの素敵な喫茶店で、皆で熱い珈琲を楽しむ。

すごい一日。
朝7時半から18時まで、走り回った。
熊本から2時間以上かけて着き、資料館2つ、教会2つ、お寺1つ、神社2つ、お魚のお昼ごはん、美味しい珈琲。
当たり前だが、とても一人ではここまで観ることは出来なかった。
運転してくださった天草在住のメンバーの方、そして同行して下さった3人の方たち、皆さんに本当に感謝。
あまりにも濃い一日で、取り入れた情報量がハンパなく、ひとつひとつを整理し考えるのが追いつかないが、これからゆっくりまた思い出しながら味わおうと思う。

そしていつかまた、熊本を訪れることが出来たならば・・・・
そのときはどうか晴れますように!!

翌日、憎らしいほどキラキラと明るく晴れ渡った熊本の空を飛び立つ前に、名産赤牛の焼肉定食でこの街とさようなら。前回の馬肉、今回の海鮮&牛。
さて次回は何を食べようか(笑)。
そういえば今回は4日間、結局一滴のアルコールも口にしなかったな。
熊本なのに。
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by saskia1217 | 2013-02-16 22:27 | 感じろ、考えろ、思え! | Comments(0)