今日もまた日が昇る・・出かけてゆこう!

by saskia1217

年末年始

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留守にしていた年末年始に録りためたテレビ番組を少しずつ見てるうちに、松の内終了。
6日に3人の博士が来たから、クリスマスのリースとオーナメントも箱に戻った。
年賀状のお返事、授業や試験の準備、コンサートのプログラミングやキャスティング。
コレルリの「ラ・フォリア」の左手の16分音符が弾けなくなってて、焦ってさらったら筋肉痛。
リハビリ、リハビリ。

大晦日、他に見るものもなかったのでやっぱり何となく「紅白」を見た。
年またぎの頃のジルヴェスターコンサートにいつものように妹が出ていたが、あんまり面白くなかったので録画しておいて「紅白」を見続ける。
リアルタイムで見なくてごめん、妹(笑)。

生演奏バンドが撤去され完全カラオケとなった紅白は、ただでさえ下手な歌手がさらに音程やリズムについて行けず、実に悲惨なことになっていた。言わんこっちゃない。
ま、もう「歌番組、音楽番組」とは思ってないからいいんだけど。
ただただ、美輪明宏さんの「ヨイトマケの歌」には涙。黒い衣装でピンスポ1本の中での6分間、人の心を捉えて離さない、本物の音と詞と歌と、そして「見せる」動きがあった。
この歌、以前米良くんが歌ってたのも素晴らしいなあと思っていたけど、ご本人のをきいたのは今回初めてだった。オリジナルを聴けて本当によかった。
紅白見てて唯一良かったと思った瞬間。
それはそうと、番組総制作費の1/6の6000万かかったというMISIAのアフリカ中継はホントに必要だったんだろうか?・・・しかも気温50度で2曲歌うって・・。
年越しライブをやってるミュージシャンが、その会場から中継して歌うみたいなのはとってもいいと思うんだけどね。

続いて毎年楽しみに、必ず正座して見る「ゆく年くる年」。
何よりも、今年いよいよ式年遷宮を迎える神宮から、普段見る事ができない内宮の内側が映されていてありがたかった。
いつもは浅草や亀戸など都内が多い中継基地が、仙台の大崎八幡宮だったのも嬉しかったな。
震災後、仙台に行った時に訪ねてとても印象深かった大好きな神社。お正月に見ると華やかな飾りや大勢の人で、見違えるようだった。
つづいてダラダラと、これまた例年のごとく「年の始めはさだまさし」を見てて2時頃にねむ〜くなって寝るという、これまたいつものパターン。

年明けてからの「GRACE OF JAPAN」特別番組も見た。
毎週欠かさず見て、大事にDVDに保管して繰り返し見ている神社の番組。
お正月特番は2時間で、建築家、生物学者、作家など文化人が「日本の自然と神々」について話すトーク部分と、いつもこの番組の音楽を担当しているHIDETAKE TAKAYAMA氏の鶴岡八幡宮のライブで構成。
(この方の音楽、この番組で初めて知ったのだが、毎回観るうちにその音楽がどんどん映像や番組の精神と重なってくるような気がしてきてとても感動している。最初はそうでもなかったんだけど。
この日放送された八幡宮の舞殿でのライブも素敵だったけど、歌パートの歌詞がすべて英語だったのがちょっと違和感があって残念だった。コンセプト的にはぜひ日本語、大和言葉などで創ってみていただきたかった。いや、英語でもいいのかもしれないけど「ハレルヤ」はちょっといかがなものか、という違和感。あの場所であのコンセプトで「ヤハヴェ」(=「ハレルヤ」の「ヤ」)に呼びかけるのは、やっぱりどうしても違和感・・・・)

司会の西尾アナの落ち着きない動きと、敬語が欠落しているのがちょっと気になったけど、出演者それぞれの立場での、日本、自然、命、神社への感性が垣間みれて、大いに共感したり感心したり。
今や自然の中、森に囲まれて静かに暮らしている細川元首相や、日本についていつも圧倒的にツボを得た捉え方をしているロバート・キャンベル氏の言葉には本当に納得させられた。
日本人が如何に自然の中で何かを感じ、自然のただ中で生きているか。明らかに日本、日本人でしかありえない、考えられないその感性。
途中、神社本廰の総長の田中恆清氏も出演されていて(神社検定でお名前はお馴染み)、人が鎮守の森に入って行くときに誰もが感じる「緊張」や「清々しさ」など何か不思議な感覚について、それを「気配(けはい)」と呼んで解説しておられたのが印象的だった。
「最近は、その気配を感じる、感じられる人が少なくなったような気がする」というお話だった。

まさにそう、神社以外でも私たちが山や川や、あるいは都会で空を見上げるときに受け取るあの、背筋がまっすぐになるような、時には息を潜めざるを得ないような、誰かに見られているような、なにか大きなもののなかに取り込まれたような、何かと通じたような、誰かの声が聴こえるような・・・あの感覚。
そして思った。
「気配(けはい)」はまた、「気配(きくばり)」なんじゃないか?
路上で1ミリも人を避けることができない若い人たちによく腹を立てるけど、鳥居をくぐってゾクッとする日本人ならきっと、みんなそういう「けはい」アンテナを身体のなかに持っているはずなんじゃないか。
山道に入ったとき無意識に目を閉じて深呼吸しちゃってる人なら、海辺の夕日におもわずグッときちゃう人なら、夜空に光る星に思わず見入って願い事しちゃう人なら誰だって、そのはずだよね?
大切なことなんだなあ、ってあらためて思う。

Eテレでやってた「亀田音楽専門学校」も見た・・・けど、あまりにもザックリしすぎてて肩すかしくったような(苦笑)。
一般の人向けに作ったのだろうけど、なんか中途半端で面白くなかったな。
せっかく亀田さんにやってもらうなら、もう一声、深く突っ込んでほしかった。視聴者だってそういうのを期待してたんじゃないのかな。
いつか同じ系統の番組作りでやってた、坂本龍一の「音楽学校」くらいの掘り下げは欲しかったな。
しか〜し。
「クリシェ」の定義がまだいまひとつわかりません(笑)。
だいたい「クリシェ」ってネガティブなイメージしかない言葉だったからなあ(ステレオタイプ、とほぼ同義っぽい感覚)。
それでもって、なんで内声が半音降下してくるとこに注目するんだよ〜、バスじゃないのかよ〜、とか(笑)。
そういえば以前、とあるバンドのベーシストに「やっぱりいつも自分が下から支えてる、って意識あるんですよね?」と、超親近感をもって質問したことがあったのだが、「え?いや、全然。けっこう自由に動き回ってるからね」ってアッサリ否定されて衝撃だったことがあったっけ。

録りためた録画を見るのは、それなりに時間もかかる。
お正月に一括再放送してた「孤独のグルメ」を全部続けて見たら、頭のなかから、エンドロールに流れる「井之頭五郎のテーマ」が離れなくなったじゃないか(笑)。
おまけに夕食がこんな感じになっちゃって困る。
夜こんなに食べちゃあ、さすがにマズイだろ・・・・。
でも、ケチャップたっぷりのナポリタンやマヨネーズいっぱいかけたサラダの誘惑にはなかなか勝てるもんじゃあない。
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by saskia1217 | 2013-01-07 02:28 | 感じろ、考えろ、思え! | Comments(0)