本郷、西片、小石川

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とにかく、いくら散歩しつくしてもネタが尽きないこの一角。
坂、川、神社仏閣、遺跡、大名屋敷、文豪、書籍・・・。
ちょうど巣鴨に用事があったので、ついでに春日まで足をのばし、ずっと前から行こう行こうと思っていた「文京ふるさと歴史館」にやっと行ってきた。
いつもならちゃちゃっと歩いてしまう距離なのだが、さすがに暑いのでメトロで(ヘタレ)。

こういう、区や市がやってる小さい郷土博物館みたいなのって都内にもいくつもあるけど、それぞれ規模や充実度にはかなりの格差があったりする。土地柄にもよるしね。
いろんな本や資料にもここの所蔵品がよく引用されたりしていたので、ちょっと期待。HPは綺麗に出来ていたし、なにせ文化と歴史の宝庫、文京ですからね。
ま〜2時間くらいあればゆっくり見られるかなと慌てずに到着。
建物に入る前、屋外にもいくつかの道標や道祖神などが展示されてる。
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そう大きくもないけれど、1〜2階にわたる展示は文京区の地形の話に始まり、江戸、そして近・現代の暮らし、そして最後に文京区にゆかりのある文豪、文人たちのコーナーまで各時代のいろんなテーマで楽しめるようになっている。

縄文、弥生、古墳など各時代の遺跡からの出土品も展示されている。
文京で縄文といえば以前訪れた動坂遺跡が有名だけど、ここには千駄木遺跡から出た人骨まるまる全身(複製)と貝塚が展示。そして弥生といえばなんといっても「弥生時代」のネーミングのもとになった「弥生町遺跡」。教科書で必ず見るあのまるっこい土器のね、って思うだけで興奮するよね(複製だったけど・・・)。
近世で有名なのは真砂町遺跡、春日町遺跡(小石川後楽園)や神田上水。真砂町に関してはブラタモリでも「大名屋敷(松平丹後守?松平右京亮?)のゴミ捨て場」として紹介されてたっけ。もちろんここは区内で初めて旧石器の遺跡が発掘されたところでもある。
本郷台遺跡群(加賀藩前田家本郷屋敷跡)から出た前田家の甲冑や食器などもあった。
区内の遺跡分布図を見ると数もたくさん、時代もいろいろで面白い。

出土品展示の殆どが複製なのが残念といえば残念。こういう「本物」ってやっぱり専門家じゃないと見られないものなのかな。
超貴重品であることはよくわかってるから仕方ないけど、原型が失われてるものや欠損してるものの「レプリカ」ならいざしらず、もしオリジナルが許す状態であるなら数年にいっぺん「特別展」とかで本物を見せてくれないかなあ。「御開帳」みたいにさ。

多くが江戸から明治に費やされているような気がした。
面白かったもの、気づいたものがいくつか。

「駒込のやっちゃ場」が、たくさんの問屋の集まりだったこと。散歩でよくその跡地のお寺あたりを訪れるのだが、な〜んとなくのイメージで、ただだだっ広いところにズラ〜ッと野菜が売られているのかと思っていた。展示されてたジオラマでは、立派な家屋(一軒家)の八百屋さんが何軒も並んでいた。

湯島天神にある「奇縁氷人石」の紹介。
これは所謂「迷子石」で、浅草なんかにもあるのだけど、迷子や尋ね人、待ち合わせなどに使われた立て札代わりの石の塔。
賑やかなところに建てられ、探す方と探される方、迷子なら親と迷子を見かけた人、それぞれが石の両側に分かれてインフォメーションを書いた紙を貼り、付き合わせて連絡がとれるシステム。
人の知恵というか、人口も多く色々な地方から来た人も多かった江戸ならではの、人と人の助け合いを思う。
 
有名な「本郷もかねやすまでは江戸のうち」の「かねやす」が、歯磨き粉で評判だったこと。「口内医」(今で言う歯医者)だったかねやすは今では7階建ての立派なビルになっていて、雑貨屋さんとなっている。(2階には歯科がある・・笑)
「かねやす」と同様有名だった酒屋「高崎屋」についての資料も面白い。ご用聞きが使った小さなメモ帳や金マスなどが見られる。
そして安政時代の本郷通り(今の本駒込から霜降橋くらいまで)の様子がわかる地図。道の両側にどんなお店や寺社があったかを絵と説明で記した巻物みたいなもの。作ったのはそのなかの一軒の床屋さん。今よく商店街でもらうお店マップみたいな、あれだ。
細かく見ていると「植木やのげんさん」とか書いてあったりして(笑)な〜んかほのぼの。
やはり本郷通りが北西に向かうほど植木屋が多くなってくる。別の展示にあった江戸の「植木屋名簿」にはさすがに駒込、染井の記載が目立つ。

江戸時代の厳めしい火消し道具の数々をみて、あらためて「あ〜江戸時代の消火って、ホントに家を破壊して、延焼をなるべく防ぐだけしかできなかったんだな」と思ったり。

文人コーナーには、いうまでもなくおなじみの文豪がいっぱい。漱石、荷風、鴎外、一葉・・・以外もたくさん。子規から鴎外宛の書簡もあったが、ここの展示も複製が多かった・・・orz。
ま、鴎外に関しては11月の鴎外記念館リニューアルオープンを待ちましょ。
何十年ぶりかに見た名前が懐かしかったなあ・・・河東碧梧桐 、とか国語でやったきりかも。

なかなか楽しいところだったのだけど。
区の施設なので子供たちにも楽しんでもらえるように、わかりやすい表記や子供向けのパズルはパネルなど工夫がされていたり、和室のような一角に双六やお手玉など昔の遊びが用意されていて子供たちが自由にそこで遊べるようになっている。
なのだが、私が居る間そこで大暴れしている子供たちがいて(苦笑)、もともとそういうコーナーだし子供なんだから遊んでいて騒ぐのは仕方ないことなのだけど・・・そのうちフロア中を走り回って追いかけっこしながら大声で叫んだり、お手玉を投げ合って展示物にぶつけたりしだした。小さい子なら仕方ないと思ってしばらく様子を伺っていたのだが、見ると小学校5〜6年生かと思えるかなりの大きな子たち。もはや鑑賞できないほどスゴくなってきたので、見るに見かねて「ここは博物館だからできるだけ静かにしてね」と注意した。
かといって特に謝るわけでも悪びれた様子もなく、しばらく騒ぎ続けていたけれど。
平日なのに学校なかったのかなあ・・・。
小さい建物でしかも吹き抜けなので、受付にいた係員にはもちろん全て、見えて、聞こえていたにもかかわらず、何も注意してくれなかったのは残念だった。
せっかく子供たちが利用できる施設なのだから、小さいうちから博物館や美術館でのマナーを教えていくにはいい機会なのにね。展覧会でよく見る「困った大人」がいっぱい出来てしまうよ・・・。
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歴史館を出てまだ明るかったので、これも前から行きたかった近くの「こんにゃく閻魔」まで行ってみた。
こんにゃくえんま、源覚寺。
夕方だったせいか、だ〜れも居なくて静か。
思ったより境内は小さかった。都会のなかの谷みたいな緑。お堂と墓地。
これが、その閻魔様がいらっしゃる閻魔堂。
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袋入りのこんにゃくが山積みになってお供えされていた。
「お持ちのこんにゃくはこちらへどうぞ」
そっか〜、こんにゃく持ってくるの、すっかり忘れてた・・・。
お顔が見えるようにちょっとだけ開けてある入り口から、木製の閻魔様を垣間みることができた。
目までは見えなかったのだけど。
江戸時代、お願いしにきたおばあさんに自分の右目を替わりに与えた閻魔様の慈悲の心は、現代の弱い人間たちにも届く。

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境内には、小石川七福神のひとつ「毘沙門天」も。
木製の小ぶりな像だけど、迫力がある。
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「塩地蔵」。
お地蔵さまの、自分の身体の悪いところと同じ箇所に塩を塗ってお願いすると治る、というもの。
すごい塩の量。
こ、これじゃあもう塗れないよ・・・。
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お土産のお守りをもとめるために寺務所の呼び鈴を押して玄関へ入ると、そこに地井武男さんの、水彩画とサインの入った色紙が飾ってあった。しばしそれを眺めてしんみり。
隣りには石ちゃんの「まいう〜」「日本中の目の悪い人がみな治りますように」という色紙。
思えば神社やお寺も、人と人との出会いとご縁。

お寺をあとにし、春日のバス停まで戻ろうとしたら、ふと見た市街案内図に神社のしるしがある。
近そうなので行ってみる。
「小石川大神宮」。
神社を探すとき無意識に「緑」「森」を探すクセがついているのだが・・それらしきものが見えてこない。
あ!ビルじゃないの・・・。
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おそるおそるくぐって行くと、大きな鳥居と拝殿、そしてそこから直角に折れ曲がったところにある本殿。
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なるほど〜、ここは個人が特別に伊勢から勧請を許されたという、かなり珍しい神社らしい。
その方(御一族)の邸宅が隣りにあり、詳細は知らないのだが、神社を包むようにたつビルもこの神社をまもってゆくための経済基盤として建てられたものでもあるらしい。
当然ながらほかの神社と同じく色々なお祭りが行われていて崇敬会もあるようだ。
ふうん、こんな神社もあるんだね。

本郷、西片、小石川。
駒込、白山、千石、大塚。
キリが無いなあ、ほんとに(笑)。
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by saskia1217 | 2012-09-05 22:05 | 感じろ、考えろ、思え! | Comments(0)