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by saskia1217

ダンス

雪がちらつく夜、映画「ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち」の試写会に出かけた。
名監督ヴィム・ヴェンダーと、偉大なる舞踊家ピナ・バウシュ・・・ドイツを代表するアーティストふたり。

ここから一部ネタバレしています。2月25日に公開される作品なので、これから鑑賞される方はご注意ください。







3年前に世を去ったバウシュ。
ヴェンダー監督はそれ以前から彼女を主体とした映画を3Dで作ることを計画したが、その準備期間のさなかにバウシュは世を去った。
その話だけきいただけで詳細は知らずに見た。

3Dときくと壮大SF映画とかアクション映画とか、どちらかというと私にはあまり興味のないジャンルの映画に多用される技術というイメージが勝って、どこかで「べつに浮き上がって見えなくてもいいのに」くらいにしか思っていなかった。
今日はかなり大きめの観賞用メガネを渡されたが、なるほどこういうものなのか。
立体的というと「迫力ある」「こちらへ迫ってくるような効果」ということだけを想像していたけれど、そういうものではないところで、監督がこの「ダンス」場面が殆どを占める映画でわざわざ3Dを使った意味があったように感じた。
踊っている人間の身体の動きや表現を「大きく効果的に」することではない。
飛び散る水滴や舞い上がる木の葉、人間の身体の立体性、どちらかというと「動的」なものでなく「静的」な方向での「奥行き」。
それにかなりドキッとさせられた。

バウシュ自身のダンスシーンはもちろん過去に撮られたごく少ないいくつかだけが使われ、殆どはブッパータール舞踊団のダンサーたちのダンスと、彼らのバウシュとの思い出や想いによる短いコメントが挟まってゆく。
ダンスの舞台になっているのは劇場やスタジオ、野外。彼らの本拠地であるヴッパータール名物の懸垂式モノレールの車内や駅の天井、そのモノレールが背景に見える街中や緑美しい公園、そしてルール工場地帯を彷彿とさせる鉄工所や採掘現場のような野外。
久しぶりに見たこの町の風景も、久しぶりにきいたドイツ語も懐かしかったな。

何よりも音楽が美しい。
冒頭は彼らの代表作であるストラヴィンスキーの「春の祭典」の脈々と血が鼓動するような映像で始まる。
パーセル、マーラー、チャイコフスキー、そして私の知らない素敵なラテンの音楽や、ドイツの古き良き時代の歌の数々。どれも素晴らしい音楽。
訥々と話すメンバーの声も、ドイツ語、英語、フランス語、イタリア語、スペイン語、ロシア語、韓国語・・・どれもが美しい「音」だった。

映像としての画ももちろん美しい。
イメージでいえば、ちょっとキリコやマグリットを思い起こさせる、私の好きな画。
「春の祭典」のほかにやはり代表作「カフェ・ミュラー」が大きな位置を占めていたが、この多くの椅子を使った舞台は先日のコンドルズのさいたま公演をちょっと思い出させた。
ここではその椅子が動かされることによって起こる「雑音」も「音」として作品に何かを与えていたように感じた。
そして「Vollmond」の水のシーンはやはり圧倒的。そうだなあ、やっぱり「月」と「水」は密接な感覚がある。

土、水、岩、空気、光、風。
人間の男と女。
手と足、顔とお尻。
左と右、上と下。
丸と四角。
生命の誕生と滅びゆく命。
次から次へと、これでもかこれでもか、と続くダンスシーンを見ているうちに、何も考えなくてもそれらが「表れて」くる。
「舞踊とは何かをahnen(=推測)させなければ」という印象的なバウシュの言葉どおりだった。

人間という美しい身体そのものとその動きを怒濤のように見させられているうちに、彼らの動きのほうが本来自然なものであって、こちら側でぼよ〜んと動かぬ身体を横たえている我々のほうがおかしい、本当の人間のあり方ではないような気がしてきて仕方がなかった。

ダンスのことはよくわからないし、ドイツでその映像や舞台を何度かみたことはあったけれどバウシュのこともあんまりよく知らない。
でもたぶん、誰が見てもなにかがリセットされる、要らない力が抜けてゆく、自分が人間である、そして人間というのは原始的なものである・・・
そんなところに持って行ってくれる作品だと思う。

ふだんダンスを見ない人にもとてもオススメ。
2/25から有楽町、新宿、横浜など全国の劇場にて公開。

公式サイトはこちらから。
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by saskia1217 | 2012-02-17 02:07 | 感じろ、考えろ、思え! | Comments(0)