音羽をめぐる

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「あ、もう着いちゃった」と思うってことはつまり「そこの敷地が大きい」ってことなんだよね。
日をあらためて護国寺めぐり。
護国寺に着く手前の善心寺、西信寺もちょっと覗きながら。ここもふだん徒歩やバスで何度も通り過ぎているところ。ちゃんと境内に入ってみるとしっとりして静かでいいお寺だったり。やっぱりちゃんと足で歩かないとだめだね。
区内、都内に「富士見坂」という坂は何ヶ所もあるが、護国寺前の不忍通りのなだらかな広い坂もそのひとつ。
言わずと知れた立派な門。う〜ん、ここはどうだったかな、子供の頃に中まで入ったことあったっけかなぁ?
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この前日にテレビで桂昌院のことをやってたのを偶然見たので、物語も生々しく思い出す。
不老門の文字は徳川家達公の筆。
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階段を上り詰めると左手に庵がふたつ。
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そして多宝塔が目に入る。
高さはそれほどではないのに、形の美しさと存在感がすごい。安定感と曲線美。絶妙なバランス。
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そしてその隣りには国の重文である月光殿。
このあいだ仕事に行った大津、琵琶湖ホールからそう遠くないところにある三井寺、もともとそこの日光殿を移築したものだそうで。桃山時代の書院風、ってやつですね。
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そして本堂である観音堂。
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将軍であった綱吉が建てさせたから豪華でスケールが大きいというだけではなく、そこに発願者である母への並々ならぬ愛情が籠っている感じを受ける。
ちょうど昼休みで拝観できなかったが、ふだんは中も見られる模様。
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後ろを振り返るとちょっとしたこの「山頂感」、増上寺本堂前からの眺めに似ている。
そういえば、ここにある建造物もそれぞれが各地のお寺のものをお手本にして作られたりしているのも面白い。
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本堂脇にはいい感じに古い色合いの薬師堂。
ぽかぽかの陽の光の下、人も少なく静かでいい。
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薬師堂前にあるゾウの供養塔。象牙組合などの文字が読めた。
境内にはこの他にも筆塚など色々な供養塔がある。
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本堂裏は広大な墓地がひろがっている。ここも歴史上の重要人物をはじめ著名人のお墓が多いが、果てが見えないくらい広いので、そこに分け入っていこうという気があまり起こらない。
本堂をぐるっと回って反対側に降りると、鐘楼とお地蔵様。
この鐘楼は運良く焼けなかったそうで、梵鐘には観音堂建立についての歴史的記述がされていて貴重なものらしい。
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太子堂もいい形。
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不老門から再びおりてくると古い道祖神や道標、そして民謡碑とか(!)。
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そして、ここにもあった、お富士さんが!
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登ってみた(笑)。
結構な高さ。頂上にはお約束の浅間神社。
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そして落ち葉に埋もれてお昼寝中の保護色ネコ。
吃驚したなあ、もう。
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護国寺のすぐ東隣りにくっついてあるはずの「吹上神社」が、果たして護国寺の中なのか、それとも外から回らないと行けないのかが分からず、お寺正面の交番できいてみる。
お寺の案内掲示板に載ってないってことは外だろうなあ・・・。
おまわりさんにもわからずお寺で訊いたほうがいいと言われて、入り口の宗務総合庁舎の建物に入って警備員さんにきいてみた。
どこの国のどの街でも、場所がわからないときはとにかくそのあたりの人に訊くことにしている。言葉がわからない国ならなおさらだ。地図を見て自分で探し当てるのは基本なんだけど、見当はついていてもちょっとでも迷ったらとりあえず訊く。だいたいはそのほうが早くて正確だからね。(まあ、稀に全然違うことを教わっちゃうこともあるんだけど・・それはそれでまあ、笑い話)
警備員さんもわからない、ということで事務所の中から5〜6人の方が出てこられ、私が持っていた地図を手にあれこれと話し合いに(!)。全員スーツ姿だったから信徒総代みたいな方々かと思ったけど、輪袈裟をかけてらしたし髪型からしてやっぱりお坊さんたちだったのかなあ。
結局ご存知なかったので「交番のほうが」と言われたものの、いやいや交番からこちらへ来たと話すと全員大爆笑。それでも少なくとも護国寺の外部だということがわかって、深く御礼を申し上げてお寺を後に歩き出した。お忙しいところお邪魔してしまったが、普段足を踏み入れたことのない雰囲気のところだったから、なんか面白かったな。
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お寺の敷地端の塀に沿って、車の入れない細い道をいく。古い木造のお宅、井戸。そして真新しいアパートがくねくねと並ぶ。
突然明るい道に出たと思ったら鳥居の真下だった。
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車の通る道まで出てみたら、ちゃんとした表示があった。
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吹上稲荷神社。
徳川秀忠が日光から持ってきたお稲荷さんを江戸城吹上御殿にお祀りしたのが始まり。保食之大神という食べ物を司る神様が座す。
お狐さまはカラフルな服を着ていた。なんか・・・モダン。
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不忍通りに戻って富士見坂を下り、護国寺駅周辺の見慣れたカフェでお昼休憩してから、今度は目白方面、西をめざす。
前日に行った鬼子母神、そこに祀られている像はここで鍬に当たって出土したということから、この地名がついた「清土鬼子母神堂(鬼子母尊神出現所)」へ。
首都高と不忍通りの交差点からすぐだが、表通りからちょっと入らないとわからない。
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後ろへ回ってみると、本殿は土蔵で守られていた。
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ここも七福神のひとつで、吉祥天がいらっしゃる。
左は「雑司ヶ谷鬼子母神縁起」の中で「星跡」といわれている井戸で、珍しい三角形をしている。出土した像はここで洗われたのかなあ・・・なんて想像すると不思議。
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雑司ヶ谷鬼子母神のように観光化されずヒッソリとしたこの小さな境内には不似合いなようなこの銀杏の大きさにも目を見張る。
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今でもここでお百度を踏む人がいるのだろうか・・・。
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大通りを反対側に渡り、崖のような急階段をのぼると筑波大付属の視覚特別支援学校に出る。学校の角を曲がる小さなスペースに、次の目的地「腰掛稲荷神社」があった。
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駐車場みたいになっている隣りの空き地には、やはり大きな樹がたくさん。お宮の前、学校に沿った壁側には古い石碑がいくつか。
「元禄」の文字が読める庚申塚も。
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あとはもう通りに沿ってまっすぐ神田川方面をめざす。
日本女子大の角を曲がり目白通りに出る「幽霊坂」を通り、目白通りから南へ落ちる坂の数々を順番に見にゆく。
目白台遊び場の角から下がる「小布施坂」。
南向きなので陽当たりがよく、新宿ビル群の眺めも最高。
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有名な「富士見坂」、左に分かれているのが「日無坂」。
先日のもやさまでも紹介されてて、私もあれを見て「この景色を絶対見てみたい」と思ったうちのひとり(笑)。
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この目白通りは車でよく通る道なんだけどなあ・・・降りて歩いたこと無かったから、坂にも気づかなかったね。
日無坂から降りてみる。脇のお宅の壁が素敵。
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下りてから・・・
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隣りの富士見坂を上って戻ってみる。
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ピザ屋さんのバイクが一気にぐ〜〜んと走りのぼっていく傍らを、私も一息でのぼりきってみた。
傾斜はかなりある。毎日ここを上り下りしてたら体力つきそうだ。

そのひとつ向こうの「稲荷坂」。
外間口のお宅の庭先に小さなお稲荷さんがある。
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その先の「宿坂」。
ここから面影橋に向かって一気に下りていく。
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段差は風景をドラマティックにさせる。
小さい頃、音羽のカテドラルや椿山荘あたりの坂道を歩いたり車で通ったりしていた時の、あの独特な記憶は今でも自分のなかに残っていて、神田川上一帯に持つ「不思議感」のもとになっているような気がする。

宿坂の途中にはいくつかのお寺がある。
有名な金乗院。あとから合併された「五色不動」のひとつ目白不動尊がある。
江戸時代は、近くの此花咲耶姫社などの別当だったそうだ。(この「このはなさくやひめ」という名、何だかよく知らないのに名前だけ記憶していたのは、きっと子どもの頃話をきいたんだろうな・・)
ここの不動明王様は、左手を断ち切りそこから火が噴き出しているという秘仏。
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本堂前にある蛇みたいな姿をした不動庚申。
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道を挟んでお寺の向かいにある小屋には、こんな釣り鐘と古い器具。
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さらに道なりに行くと「南蔵院」。
江戸名所図絵によれば家光公も訪れたとか。圓朝の落語でも有名なお寺。
境内には古い梅の木も。
名所図絵には、向かいの氷川神社と共にこのお寺も梅も描かれ、ちょっと変わった道の曲がり具合も変わっていないのがわかる。
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その「高田氷川神社」。
高田一帯の鎮守。中は撮影禁止なので、外からパチリ。
中も立派なお社で、拝殿の後ろにある本殿はとても古い木造でいい感じだった。
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ここまでくれば、もうすぐそこが神田川。
面影橋のたもとに出て、左右をきょろきょろ。「山吹の里」の碑を捜す。
ふと振り返ると、川沿いの工場入り口のプレート脇にはたしてそれはあった。
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この碑そのものは貞享3年のものの転用だが、なんとも愛らしい。
太田道灌の逸話で有名な「山吹の里」はここ早稲田であった説もあれば、埼玉の越生や横浜金沢区という説もあるらしい。
この話をきくたびに、小学生の時実家の庭にあった山吹が一重でおまけに種も毎年ちゃんと実っていたがために「山吹は全て八重で、種は付かない」と言い切った担任の先生に「ぜったい違う」と言い張り続け戦った(笑)苦い思い出が蘇るんだよね・・・。

神田川の桜はまだまだ待機中。
ここに立つだけで、両側が真っ白になる光景が目に浮かぶ。
その頃またゆっくり来てみようか。
「雑司ヶ谷音羽絵圖」の南東部分が、まだ残ってるしね。
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by saskia1217 | 2012-02-12 20:44 | 感じろ、考えろ、思え! | Comments(0)

今日もまた日が昇る・・出かけてゆこう!


by saskia1217