響き

文化の日、いいお天気の特異日。
運動会、結婚式、展覧会・・・、わざわざ今日に計画した人たちは、ひとまずホッと胸をなでおろしたことだろう。

少し遅めに起き、豆乳を飲む。
いつもの朝と同じように、ベランダのサッシを大きく開け、なんだかちょっと紅葉してきたミントや(笑)バジリコ、まだまだ元気に赤い花をつけているゼラニウムに水をやる。
干しぶどうの入ったロールパン、はちみつを入れたカスピ海ヨーグルト、りんご、コーヒーをゆっくりと口に運んでいると、開け放った窓から突然に、高らかな鐘の音が飛び込んできた。

すぐ近所の、駅前のホテルの屋上にある、結婚式用のチャペルの鐘である。屋上にあるので、結婚式が終わって鳴らされる鐘の音は、見事に響き渡るのだ。
カ〜ンカ〜ンカ〜ン、と高めの音で、それは数分続く。
週末や祝日にはよく聴こえてくるのだが、その音を聞くと私の脳裏には反射的に、イタリアの風景が一瞬にして蘇るのだ。

教会の鐘には、じつにいろんな音があって、大まかに言えばこの結婚式場の鐘は「イタリア式」である。リストの「ラ・カンパネッラ」で聴こえる、小さめの鐘がいくつも重なるように鳴らされるタイプ。まあ、結婚式の最後に鳴らされる鐘は、どこでもたいてい速くたくさん鳴らされることになっているのだが。

14年前に初めてドイツに留学してヨーロッパの生活を始めたとき、もちろんいろいろな珍しい経験をしたのだが、中でも一番印象的な経験、文字通り身体で経験した強烈な印象は、何と言ってもこの「鐘」だった。
ドイツの教会で鳴る鐘は、殆どの場合、カンカンカンという軽いものではなくて、ド〜ンド〜ンという重くてゆっくりした音である。どの町でも大抵その中心となる広場には、役所とメインの教会があって、その広場というのは建物に囲まれているので、鐘の音はそこに共鳴し、箱のようなポケットになった広場に響き渡る。その瞬間にそこに居合わせでもしたら、まさに「五臓六腑に響き渡る」とでもいおうか、お腹の底まで震えるような不思議な感覚に襲われる。

ヴュルツブルクの街に住んでいた時、家から学校に行ったり、買い物に出かけたりするときには必ず、街の中心にあった「ドーム教会」の脇を通ったものだが、そこは裏庭のような石畳のちいさい広場になっていて、通り過ぎるだけでいつもオルガンの音が聴こえてきたりする場所だ。鐘の音というのは、毎時定時以外にも、教会の時間割によって突然鳴ったりするから、急に鳴りだすことが時々あって、最初はおもわず立ち止まって上を見上げてしまったほどだった。

鐘といえば、こんなこともあった。旅行で訪れた南ドイツの街レーゲンスブルクで、ドームシュパッツェン(ドームの雀たち)という愛称で有名な少年聖歌隊の本拠地、ドーム教会の目の前のホテルに宿をとったことがある。観光の便もいいし、広場に面していて素敵だったのだ。旅の疲れでぐったりしていた私だったが、翌朝早く、身体中を打ちのめされるような鐘の音に見事にたたき起こされたのであった(笑)。

また、カウントダウンしながらゼクト(ドイツのシャンパン)をあけ、大騒ぎして新年を迎えるドイツの大晦日には、一年に一度しか買えない花火とともに、町中の教会の鐘がいっせいに鳴らされて、それはそれは感動的だ。

大好きなヒュー・グラントの出演する映画の中でも一番のお気に入りである「フォー・ウエディング」。英国の田舎の素晴らしい景色や、ちょっとおしゃれな街の教会など、映像が美しいのも気に入っているが、この映画でも最も印象的なのは、鐘の音である。主人公が何度も招待されるそれぞれの結婚式で、毎回毎回鳴らされる早鐘は、そのたびにどきどきするような期待感と、喜びをいっぱいに表現していて、実に象徴的だ。
お葬式の時の鐘、結婚式の鐘、礼拝の鐘、それぞれに鳴らし方が決まっていて、それが国によって地方によっていろいろ特色があるのも実に面白い。

日本の大晦日に鳴らされる除夜の鐘も大好きだが、あのド〜ンド〜ンというお腹に響く教会の鐘の音が聞くことができないのは、本当はかなり寂しい。私が「ヨーロッパ」を思い起こす時、真っ先に浮かんでくるもの、そして一生忘れることの出来ない音。
雑居ビルの立ち並ぶ駅前のホテルの屋上から、1ヶ月に数回だけ、全身まるまるヨーロッパに戻してくれる、懐かしくて甘くて涙が出そうな「音のプレゼント」を、私は密かに楽しみにしている。
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by saskia1217 | 2005-11-04 00:13 | 感じろ、考えろ、思え! | Comments(0)

今日もまた日が昇る・・出かけてゆこう!
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