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これほど多くの命が一度に失われるという現実がある。
その数を現実的な数として認識することすら、私には難しい。

もし、という考え方は、命を長らえた人間のじつに自分勝手で不埒な思いだが、
もし前日だったら同じ時間、私は赤坂のど真ん中を能天気に歩いていた。
そして当日がもし金曜日でなかったら、その時間私は豊洲でオルガンを弾いている真っ最中だった。
金曜日だけコンサートの時間が遅く、私はまさに出かけるべく支度をしていてまだ自宅にいた。

被害の大きかった地域の人と、大きな困難には遭わなかった人に、たぶんそれほどの違いはない。
私にそれが起きていたことは普通に考えられるし、明日以降自分が同じ運命になることも十分あり得る。

今まだ自分の命がある、ということを考える。
わたしたちは「生き残った」のだ。
戦争経験もなく命の危険を感じたことも殆どない私にも、今回は「生き残った」「生き残された」感覚が実感としてのしかかってくる。
何をするために?
何をするべき?
何ができる?

震災以来じっと自宅にいて、ひとつのCMも入らず本来の役目を果たしていると言えるようなテレビやネットを見続けていると、色々な立場の人が色々なアクションをしようとしているのを目にする。
音楽家、ミュージシャンの呼びかけもいくつかある。
自分の仕事を通して何かができるのは素晴らしいことだし、それが出来たら嬉しいと思う。
今現在この状況下でもいつものように予定通りの仕事をしなければならない音楽家はたくさんいるだろう。それはそれで辛い思いもあるだろうし、また実際それが何かの力になることもあるだろうと思う。
人の心に力を与えるという社会的役割や使命と、現実的な状況との板挟みになって、イベントやコンサートを開催するべきかどうか死ぬほど悩んでいる音楽家もきっと少なくないはずだ。

当面本番のない私は早急に決断しなければならない必要がないこともあって、やはりここ数日は楽器を弾いたり少し先の本番の準備をしたりする気に、正直どうしてもなれないでいる。
出来ることをしよう、そう思って節電にせいを出すのみだ。
普段から比較的チマチマ節電していることもあって、それをもう少しばかり締めをキツくするという感じだろうか。
明日から計画停電ときいて、それに備えるべく冷蔵庫の中をチェックしたり、夜になってから缶詰などを少し買い足しにいったりしたのだが、私が住んでいるところは該当外だった。なんだか申し訳ない気分。
それでも少しでも電気を少なく使おう。
世間では「ヤシマ作戦」というらしいが(私には全く不案内・・・)、敢えてエレカシバージョンで言わせてもらえば「『友達がいるのさ』作戦」かと。
♪東京中の電気を消して/夜空を見上げてぇな♪
・・と始まる名曲ですが。

引っ越してきたとき区役所でもらった避難地図で、都や区指定の避難場所も再確認。
気がついたら偶然にもいつも散歩しているルート、いつも目標にしている公園や霊園ばかり。
散歩も意外と役にたちそうだ。

現在(いま)の日本を生きている人全員にとって経験したことのない事態。
ということはつまり、皆の足並みはスタートラインに揃っているはずだ。
心が痛いことはたくさんありすぎるけれど、きっと誰にもできることはある。
日本は大丈夫、きっと大丈夫。
大丈夫にしなければ。
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by saskia1217 | 2011-03-13 23:46 | 感じろ、考えろ、思え! | Comments(0)

今日もまた日が昇る・・出かけてゆこう!


by saskia1217