一輪の花

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「音楽は生活のなかの一輪の花でいい」

エレカシ宮本さんがそう思った時の話を、つい最近、古い音楽雑誌のインタビューで読んだ。
ちょうどアルバム「ココロに花を」がものすごく売れたときだ。
そんなことを思った(思えた)ことを、スゴイことだと思った。

音楽が職業だったり、音楽が好きだったりすると、友人知人自分のまわりに居るのもやっぱり音楽が好きということがやっぱり多いと思う。
大学が終わる頃、自分のアドレスブックに載っている全員が音楽家だったことに気づいて愕然としたことがある。留学し、そして仕事をし始めてから、その後帰国してからも、何十年もの間、その環境は変わらなかった。
あんまり普通じゃないなとは思いつつ、別段問題だとも思っていなかったけれど。
友人知人に音楽家以外、または音楽関係でない人が少しだけ混じってきたのは、ほんの数年前からのことだ。
とはいえそれだって、大体コンドルズとかそのファンとか、エレカシ大好きな人とか・・・なので、つまりほぼ全員は「音楽が好き」なわけで(笑)。
ただ「音楽家じゃない」人がかなり増えてきた、それだけで私の世界はたしかにかなり面白いものになってきた気はしている。

自分が音楽好きだと、それを特別意識することがないから、ついつい世の中の人も自分と同じスタンスで音楽と付き合ってるのだと思っているところがある。
いや、思っている、というより、そんなことを疑ったこともないから「思い」にも及ばない。

音楽は生活のなかのほんの一部。
きっと、世の中の殆どの人はそうなんだ。
壁にかかっている絵とか、気持ちいいなあと思ってやってるヨガとか(笑)、時々行く映画とか、ちょっとお気に入りの洋服だとか・・・とおんなじなんだろうな。
「音楽は生活の全て、自分の生命の全て」というスタンスの、もはやそうとしか感じられない類いのミュージシャンにしてみれば、こう思って(みる)ことって結構酷なことだと思うのだ。そして、そう思ってみた時の、その新鮮さと驚愕。
奏でたり歌ったり書いたりは言わずもがな、例えそれが「聴くだけ」であっても、音楽がなかったら生命が脅かされると本気で思っている人にとっても同じだろう。

そう思っただけで自分の音楽がより多く受け入れられるか、売れるか、というとそれはきっとまた別の話だろうが、でもいつもどこかでそう思ってることって大事だよな〜と思う。
自分のやりたいことと、人から求められていることを供給することのバランスをとることの難しさはいつの時代でもどんなジャンルにでもあって、そのスケールの違いこそあれ、みんなきっといつもそれで悩んでいるはずだ。

先日の「僕らの音楽」でDragon AshのKjが宮本さんに「聴いてくれる人がいるからやってるんじゃなくて、聴いて欲しいからやってる」感を、長期間活動してきたエレカシにまだ痛烈に感じて感動した、って言ってたけど。
もちろん聴いてくれる人がいなきゃ成立しない世界なんだけど、でもどんなコンサートでも「聴いて欲しい」どころか、(誤解を恐れずに言えば)「聴かせてやってる」くらいの強烈な何かがないと、やっぱりそれは一方的な100%サービスの言いなり商売になっちゃうと思うのだ。

や〜、なんて当たり前のこと書いてるんでしょうね、今更。
しかもこの年の瀬に。
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by saskia1217 | 2010-12-29 16:40 | 感じろ、考えろ、思え! | Comments(0)