名物という誇り

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先日買ってきて時々広げて見回している、安政の江戸の地図。
地図の他に、江戸から他の都市への距離や、江戸の名物、名産品、名薬、名木などが出ているところがすごく面白い。

品川の海苔、本所の蜆、岩槻のネギ、江戸前うなぎ、荒川の鯉なんかは今でも違和感なく想像できる品々。
中でも「練馬の大ダイコン」が、練馬生まれ育ちの私にしてみればちょっと嬉しかった。
子供の頃にはまだダイコンの畑がいっぱいあって、漬け物を作っている農家やお店もあった。
今は「保存」するための団体があるらしいけど。
でも、四谷の蕨、鎌倉の松魚、葛西の小松菜、目黒の飴、行徳の饂飩、駒込(?)の茄子・・などは、さすがに「へぇ〜」の領域。

日本史、世界史、長い目で考えてみれば江戸時代なんてそれほど遠い昔でもない。
江戸時代から続いているお店はたくさんあるし、道や建物の一部も残っていたりする。
とはいえ、そんなものもいつかはどんどん消えてゆくのだろう。
建物にしろ品物にしろ技術にしろ、消えてゆくものを残したい、残すべきだという考えは当たり前でとても大切なことだ。そのためにお金や労力を注ぐことは重要だと思う。
けれど、消えてゆくもの、それは時間が経つということのひとつの仕方の無い現象なのかもしれない、と思ったりする。
目に見えるもの、形のあるものはもとより、そうでないものだって「永遠」なんて存在しないのかもしれない。
でもそれを嘆いたり悲しんだりするのも間違っているような気もする。
消えたっていいじゃないか。
それでも私たちは生きていて、毎日何かを作り出しているし、全ての人が皆なにかの力となって自分以外の存在に作用している。
それでもう十分素晴らしいのかもしれない。

名産として書いてある川口の鍋(「モノ早クニユル」だって!)、横山町鍵屋の花火なんていうのも「繋がっている時間」を感じるけど、先日スカイツリーの一瞬の点灯実験で話題になった「江戸紫」のところに記された「他国にル井ナシ(他国に類なし)」という一言に、このうえない誇りを感じて胸がちょっと痛むのも事実。
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by saskia1217 | 2010-10-25 00:54 | 感じろ、考えろ、思え! | Comments(0)

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