「中年の壁」

一昨日、金曜日。
あまりに忙しく、朝から夕刻までずっとラジオもテレビもつけなかった。
夜テレビのニュースで初めてM.ジャクソンの死を知った。

私は、彼の音楽もダンスもほぼ全く知らない。
なので、正直格別な感情は湧かなかった。
もちろん「偉大なエンターテイナー」だとされていたことは知っていたから、こりゃ大変なことだなとは思ったけれど。
昨日あたりからしきりにテレビ、ラジオで繰り返し流される彼の曲を聴いても、じつはその良さが全くわからない。代表曲だというものを聴いても、訳詞を見ながら聴いても、「最高だ」といわれるPVを見ても、どうも・・・まだその良さは感じられない。
いやいや、きっとその音楽もダンスも素晴しいに違いない、けれどね。

その訃報を扱ったテレビのニュース番組で、あるコメンテーターが「これはかなり個人的な感想ですが」と断りつつ、こんな話をされていた。

「中年の壁」というのがある、とその人は言う。
それは、どんな人にもどんな職業の人にも大抵訪れるものなのだが、もしかしたらMJはこの「壁」を乗り越えられなかった人なのではないか・・・と。
40代くらいから、人はふと今現在の自分の状況を意識して「こんなんでいいのか?」「こんなハズじゃなかった」「これから自分は一体どうなっていくのだろう?」というような、不安、自信喪失、疑問に襲われる時期がやってくる、それを「中年の壁」と呼ぶのだそうだ。

その「壁」は乗り越えなければならないものであり、また乗り越えた人はその後より豊かな人生を歩むことができるというのだが、稀に、特に幼少時代から極度に成功した人などによくあるらしいが、それを「乗り越えられずに潰れてしまう」人もいるという。

その「壁」を越えるために必要なこと、として2点が挙げられていた。
その1  友人やパートナーなど、近いところに自分を支えてくれる人を持つこと
その2  自分、そして自分のやっていることの意味を自ら受け入れて、それを認める

1は比較的わかりやすい。
でも、2もよくわかるなあ。
「こんなこともやりたかったはずなのに」
「もっとこうなっているはずだったのに」
「もっと出来たかもしれないのに」
・・・
「今、こんなところまでしか出来ていないなんて」
「かといって、今から何が出来るんだろう」
「もう遅いかもしれない」
そういう、目に見えない不安のようなものだ。

今の自分と、今まで自分がしてきたことを認める、というのは「身の丈を認識する」というちょっとマイナスな捉え方だけではない。
自分の持つ才能の「限界=大きさ」を知ること、というプラスの方向でもあるのだ。
「せいぜいココ止まり」「これしか出来ない人間」ではなく「こんなこともしてきた」「今こんなことが出来ている」なのだ。
ふだん滅多にマイナス思考には傾かない私でも、こういうことを時々確認すると、もっともっと元気になれる気がする。
モチベーション、これからのヴィジョン、自分は何かの力になっているという自信。
それは誰にでも、どんなライフステップの人にも絶対必須。

まだまだ。
まだまだ、全然やりきれてはいない。
時間はいくらあっても、足りない。
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by saskia1217 | 2009-06-28 23:53 | 感じろ、考えろ、思え! | Comments(0)

今日もまた日が昇る・・出かけてゆこう!


by saskia1217