白と黒の潔さ〜コンドルズさいたま公演「白と黒のナイフ」〜

「今現在の自分、そしてその時の自分達に相応しいことをする」ことが、どれだけ素晴しいか。
そしてそれは本当にどんなに難しいことか。

コンドルズさいたま公演「白と黒のナイフ」を観る。
その「相応しさ」が120%清々しく大成功していた。
鋭くて、激しくて、熱もあって、新鮮で、光と輝きがあって。
そしてそれは、無理もなく、衒いもなく、力みもなく。
あるのはただ、優しさと柔らかさと温かさと自然さ・・・プラスちょっぴりのアソビ。
余裕、なのかなあ。

金曜日に体感したエレカシライブと、計らずもまったく同じ印象を受け止めた今日のステージ。
コンドルズがエレカシを好きだったり、私がエレカシを知ったのはコンドルズ経由だったり、ということは抜きにしても、ほぼ同年代であり、どちらも男性のみから成るこの2グループは最近何かと意識の中でかぶる。

まぁ以前にも書いたけれど、こと「白と黒」というテーマにおいては、もちろんそこに「ラーメンズ」もかぶってくる。
エレカシ→白と黒しか着ない(特に宮本さん)
ラーメンズ→衣装だけでなくセットも白と黒のみ(以前グレーの衣装のこともありましたが)
コンドルズ→基本衣装の学ランは白と黒のみ

ほお。
見事。
私の「三種の神器」(笑)。

舞台美術、コント、ダンス・・・そのあちこちに「白と黒」が散りばめられた構成。
「コンドルズといえば大音量ロックに乗せた激しい群舞」というのを期待したお客さんには、量的にはちょっと物足りなかったかもしれないダンスシーンだったが、振りも今までのパターンとはちょっと違うような印象で新鮮な感じがした。今まで多量にあった「縦」の動きよりも、「横」の動きが断然多かったような。
そして今回も「音楽に合って」たり、群舞が「そろって」いたり、生理的に自然なものを感じましたね。

オープニングにはバッハの「G線上のアリア」が使われ、あらためてその「鉄板」的なものを痛感。
なんでしょ、あれはやっぱりα波が出る部類の音楽なんだな。ベタなのに、もう有無を言わせない。バッハ万歳!
そしてそこで繰り広げられる一幅の絵のようなクリアで「コンテンポラリー(って巷ではいうんですかね)」な静かなダンス。コンドルズ名物の激しいダンスも好きだけど、個人的にはこの感じが結構好きなのだ。
過去時々、モモヒキダンサーズによってそういうシーンが見られたんだけれど、作品冒頭で学ランで、というのは珍しかったかも。
珍しかったといえば、学ランに対比させて着用していた「白組」の上下とも白の衣装(モモヒキではなく白いパンツ?)がとても良かったですね。

「白黒つけよう」とする人たちが出てくる「白黒つかない」(=グダグダ・・・ということも含めて)コントは、ただ見ているっていうだけで結構楽しかったのは何故?(笑)。
そういえばコントシーンのセットや衣装がものすごくキチンとしていたのも珍しかった・・・かな。

音楽で印象に残ったのは、近藤良平さんのいくつかの新作の歌。特に好きだったのは「純喫茶・ゼブラ」の歌。いつかまとめてまたCDにしてください。生演奏のギターやヴィオラ・カイピーラも素敵。
カーテンコールの清志郎さん「雨上がりの夜空に」、続く千秋楽カテコにエレカシ「新しい季節へキミと」が流れたときには、興奮のあまりコンドルズ公演だということをすっかり忘れ、手拍子しながらつい歌ってしま・・・い・・・スミマセン。

自分の中の反応で面白かったのは、踊っている人たちを見て、1人1人のその「身体(の状態)」がいちいち気になって見入ってしまったこと。今まではそんな見方をしたことは全くなかったのだが、最近「身体」とか「筋肉」が結構意識にのぼることが多いせいか「今のあれって、きっとこういう状態なのかな」とか「あの形はきっと筋肉がこんな感覚なのかな」とか・・・。
今までも、見ていて「あ〜美しいなあ」と思うことはあったけど、「美しい!!」と感じるその瞬間に、踊っているその人の体勢とか感じているであろう息づかいとか手足の感覚とか、そんなものを自動的に想像している自分がなんだか不思議だった。
これもひとえにヨガのせい、なのでせうか?

コンドルズに出会ったのは、あれはいつだったろう?
考えてみればごく最近のことだ。
2005年秋にその存在を知り、近藤さんのソロ公演に出かけ、翌2006年お正月にテレビで「Jupiter」を観たのだった。実際に公演を観たのはその年の春公演「勝利への脱出」が最初。

コンドルズ=大音響のロックに激しいダンス。コントと人形劇と映像。
・・・というイメージ。
創作者そして表現者として、あるパターンやカラーを打ち出し、それが観客(大衆、社会)の大きな評価と人気を得て、活動を続けてゆく。10年経つ、20年経つ。
ある時、どうしても何かを「打ち砕いてゆく」ことを求められ始める。本人もそう思ってくる。
「打ち砕く」「変える」「新しくする」「他の要素を加える」・・・
いろんな言い方が出来るけど、それはきっと一筋縄ではいかないし、時には勇気や決断も要る。
もしかしたら、コンドルズではそれを実に自然に構えずにやっているのかもしれないけれど、でもきっとそこには迷いや悩みや葛藤が全くないわけではないはず・・・とも思う。
それが才能だ、と言ってしまえば身もふたもないが、それが出来るか出来ないかによって、アーティストがその先(次のステップ)に行けるかどうかが決まってくる。
この「社会の中の自分」路線って、なんなのよ、どうなのよ、なんだか物わかりいいみたいに落ち着いちゃって・・・と、やんややんや言われているエレカシを見ていても、いやいや、これこそがアーティストとしての真のステップアップなんだろうが、と思う。
そして、40代というのは正にそういう年代なのだ。「不惑」っていうのはそういうことなんだと私は思っている。
それは俗にいう「丸くなる」というのともちょっと違う、生きていくアーティストの覚悟、なのだ。
「白黒つける」ターニングポイントなのだ。

さて。
エレカシのライブ、コンドルズと続いた「私の黄金週間」が終わった。
残すはラーメンズだが、それにはまだちょっと間がある。
明日からはまた、
♪労働と恋のエブリデイ♪
・・・・じゃないなあ・・・
♪労働とヨガとギターのエブリデイ♪

西洋音楽のごとく「白黒つけたい」タイプの自分。
ヨガのごとく「白黒つけない」ことの大切さ。
悩みは尽きないけど、うまくいかないことばっかりだけど、
でも目指すところは見えてきた気がする。

さあ、今日もまた、太陽が昇ってきた・・・
e0081334_4304419.jpg

[PR]
by saskia1217 | 2009-05-25 04:31 | コンドルズ | Comments(0)

今日もまた日が昇る・・出かけてゆこう!


by saskia1217